第参話 二つの血 ◆
「氷見戸」と書かれた表札の家の前に一人の青年がいた。
年は二十代前半、山岸や隼の間ぐらいの人物だ。
銀髪に水色の瞳、青白い肌を持ち血色があまり良くなさそうだ。
緑の上着に白のニット、紫とピンクの手袋が印象的だ。
ポケットから鍵束を取り出し、解錠する。
ここは彼の家なのだろう。しかし、玄関を開けると目を見開いた。
「うわっ、隼来てんのかよ!?」
何故隼がすぐに来たかのが分かったのかというと、ここは氷見戸颯、彼の祖父母の家だからだ。
小さな下駄や草履はあるがそれは祖父母の物。
若者が履きそうな靴は直ぐに分かる。隼は同じ服装が多いので尚更。
項垂れながらも彼は食事の匂いがする居間に向かった。
彼は普段は一人暮らしで実家から離れているが高齢の祖父母は勿論、自身も病弱の為お互い助けを求める事が多かった。
その為、年半分は実家にいる事も多い。
今日は体調は良いものの、祖父母の顔を見ようと立ち寄る予定だった。所謂、おじいちゃんおばあちゃん子でもある。
彼の両親は彼と同じく病弱で、若くして病に倒れ息を引き取った。
これには言ってしまえば比良坂町に住む“人種”が関係している。
颯はその運命を受け入れ、呪いながらも幼少期からの夢でもあった運び屋の仕事を山岸の誘いもあり引き受けた。
しかし、どれだけやる気はあっても病弱な体では追いつかない。
周囲は勿論、自分だって体調に気を使っていたがそれでも限界が来てしまった。今は隼に仕事を譲り、朝と夜に仕事を受けている。
組織に何かトラブルがあれば手を貸してくれる事もあるだろう。
それには彼の性格も関係している。病弱な彼だが本質は面倒見の良い兄貴肌だ。子供にも優しく、入院していた過去もあり同じ境遇の子供達が不安にならないよう読み聞かせをしたり、一緒に遊ぶ事もある。
意外に知的で論理派の為、教育係に向いていると言われ隼に運び屋の仕事も教えた過去がある。
だからこそなのか?なんなのか?颯は隼に良く懐かれていた。
「颯先輩、おかえりなさい。お邪魔してます」
居間兼食卓でまるで我が家のように座布団に座り、おにぎりとせんべい汁を平らげる隼に颯は入り口の壁に寄りかかり顔を伏せていた。
その表情を見る事は不可能だろう。
「...婆ちゃん。なんでコイツ家に上げたの?」
側で隼が食事する姿を嬉しそうに頷きながら眺める祖母の姿があった。
祖父も三人のやり取りを縁側にある椅子に腰掛け、新聞を読みながら遠くから見守っていた。
「ん?颯に本を返しに来たって言うから、いつも通り晩御飯を用意してあげたんだよ。ほら、隼。食べ終わったら風呂に入っておいで。浴衣を用意してあげるから。お布団は二階でいいかい?」
隼は頷いた後、手を合わせて祖母にお礼を言った。
「ご馳走様でした。美味しかったです。颯先輩、俺。風呂入って来ます」
「近況報告しなくていいんだよ!お前はこの家の孫にでもなるつもりか!?婆ちゃん、コイツ朝早いから六時半になっても起きて来なかったら起こしてやってくれ。案外、朝弱いから。俺は婆ちゃんの顔見れたし帰るわ。じゃあな」
颯は呆れたように玄関の方に向かうがそれを隼は引き止めた。
側にあった本を持ちヒラヒラと動かし、返却しに来たと合図を送っているようだ。
颯は苦笑いしながらも、離れにある書庫に案内した。
先程、会話をした祖母はかなり特殊な生い立ちをしている。
実はイタコ、降霊術やお祓いをする巫女なのだ。
その唯一の子孫として颯は存在している。
その為、オカルト専門の貴重な本を多く持っている。
異能力者として運び屋のルーツについても詳しい。
書庫に入ると、壁一面に本棚がありぎっしりと本が詰まっている。
中央にはテーブルと椅子があり、付箋の貼られた本がある。
「颯先輩、今回借りた本。中々興味深い内容でした。“赤い血”と“青い血”貴方も良く知ってますよね?」
「まあな、運び屋は異能力者だ。それは基本的に血統で決まる。赤い血を持ってる奴だけが運び屋になれるんだ。隼、お前だってそうだろ。俺もだけどな。ほら、ここだろ。抜けてる所。貸せ、しまっておくから」
本棚を整理しながら元の場所に戻すのを颯は手伝ってくれるようだ。
隼はそう言う彼にいつも助けられている。隼は幼少期から周囲と馴染めず孤立してる事も多かった。
隼は元々、現在いる壱区ではなく肆区。別の所から越して来たのだ。
比良坂町は正方形の敷地を仕切るように壱区、弐区、参区、肆区と数字で町区の振り分けが行われている。
その区域同士に壁と水路が存在しているという有り様だ。
特に陸奥という場所は閉鎖的で余所者に厳しい。
隼の父親は壱区にある音大の講師と言う事もあり仕事の兼ね合いで越して来たのだ。しかし、周囲と馴染めなかった。
音楽だけが生きがいだった隼に手を差し伸べてくれたのは今の仲間達だった。
特に颯は自分と境遇が似ていると思っていた。
隼もまた、人には言えない病を抱えている。母親からの遺伝によって。
今は他のメンバーに支えられながら日々を過ごしていると言う状況だ。
「俺の母さんは、母親としてはだらしのない人だったんです。いつも家を散らかして、忘れ物も多いし。夜に仕事をして、昼間は寝てて構ってもらえた事はあまりない。運び屋を引退して、家族の時間を作ろうと言ってくれたんですけど。正直、甘えられるような年齢でもないし。どう話しをしたらいいのか分からなくて」
隼の言葉に颯は本を取り出して読みながらフッと笑みを溢した。
彼は組織の中でエース的立ち位置にいる。そんな彼が母親に対して困惑の表情を浮かべているのだ。
それが颯には面白いなと思ったし、羨ましいなとも思った。
自分が両親といられた時間なんて限りがあったしもう正直、写真でも見ないと思い出す事も難しくなってしまっている。
「だから、此処に逃げて来たって訳か。まぁ、いいんじゃねぇのゆっくり考えれば。今までずっと一緒にいなかった母親が急に家にいるんだ。生活が変わって心も体も驚いてんだろ。婆ちゃんも孫が出来たみたいで嬉しいって言ってたしな。生まれつき目が見えないから、人の念力を頼る事が多くてお前は良く見えるって言ってた」
颯の祖母は特殊な目を持ち合わせている。
盲目になってしまった代償に膨大な念力とそれを見る事の出来る心眼を持っているのだ。
実はこの目、運び屋の中にもいるのだがかなり珍しい。
遭遇するのも不可能に近いと言われているが、もし会う事が出来ればそれは心強い味方となってくれるだろう。
隼や颯はその存在に頼る事が多い。
とある運び屋は女医として仲間のサポートをしてくれるからだ。
2人とも病に侵されているのも相まって不本意ながら仲良くさせてもらっている。
隼は近くの椅子に座り、テーブルに顔を伏せようとしている。
完全にリラックスし、考え事をしているようだ。
此処がお気に入りの場所なのだろう。
「青い血って比良坂町に元々から住んでる人達の事でしょう?颯先輩もその割合が多くて病弱だ。でも、望海の家みたいに芸能家系も多い。俺もそうか。父さんも音楽家だし」
「案外、音大のレベルも高いらしいしな。倍率も凄いんだと。わざわざこんな小さな町に留学してくるやつもいるみたいだしな。平和な町かって言われたらそうじゃないんだけどな。何か事情でもあんのかな?」
一瞬、颯が暗い表情になるのを隼は見逃さなかった。
しかし、そこから更に食い込んだ質問をするのはよそうと思った。
今はある情報だけを手がかりにこの町で過ごしていくべきだと隼は思った。
「どうなんでしょうね?颯先輩、本はまた後日借りに来ます。ありましたよね?運び屋と植物の関係性みたいな本」
「あぁ、あの変な本な。俺もさ、風邪引いた時に試したんだよ。でも余り効果がないっていうか。咳は弱まったけどな」
「いいじゃないですかそれで、別に首にネギ巻くとかそう言うのじゃないんでしょ?雑学とか頭に入れといても損はないし」
その言葉に颯は苦笑いした。
隼は表面上はクールだが案外、子供っぽく天才肌で変人でもある。
そんな彼に颯は振り回される事も多いが、自分に弟が出来たみたいで嬉しい気持ちになる事もあった。
二人は用事を済ませ、隼は玄関で彼を見送る。
仕事仲間とは言え、他人に実家でお見送りをされるのは些か不思議な光景だった。
「颯先輩、じゃあまた明日」
「あぁ、遅刻すんなよ。じゃあ、また明日な」
玄関の扉を開け、颯がそれを閉じようとした時ふと隼が小さく手を振り微笑んでいるように見えた。
颯はやっぱり変人だなと思いながら、同じく安心したように微笑んでいた。
《解説》
今回は松浪隼と氷見戸颯についてご紹介したいと思います。
前者の元ネタは「北海道・東北新幹線はやぶさ号」
後者は同じく「北海道・東北新幹線はやて号」です。
2種別ともH5系、E5系を使用するという事でヘッドホンや手袋が側面のカラーであるピンクと紫に合わせています。
隼の好物がザンギなのは北海道を代表する料理という事で入れています。唐揚げに近い物ですね。
颯は名前の由来から疫病を連想させるという事で病弱設定にしているので良く山岸の作ったすりおろし林檎を食べています。
体調が良い時はマグロや煮干し、塩や味噌ラーメンなどの好んで食べているようです。
隼と颯は共通してハンバーガーも好きのようですね。
これは函館にありますラッキーピエロというハンバーガー屋が元ネタです。
話に出ていましたせんべい汁は青森県八戸市の郷土料理ですね。
実際に2002年の八戸延伸をした時に地元アピールとしてこの料理が取り上げられました。
颯の祖母がイタコなのも青森県の恐山に由来します。