第参拾伍話 匂い
何処からか、花の匂いがする。
気分を穏やかにするラベンダーの匂い、しかしその中を駆け抜ける一組の夫婦と大事そうに抱かれた赤ん坊は必死の表情を浮かべていた。
「早く!あの運搬車に!」
男性の指差す先には、不安そうな表情を浮かべる子供達がいた。
そう、圭太が秋津基地で見た荷台が檻のようになっていた運搬車だ。
「お願い、どうか無事でいて。貴方も私達も特別なの。この町にいては命を狙われてしまう。貴方の名前は初嶺朧。ごめんね、私達の手で貴方を立派な運び屋にしてあげたかったけど無理みたい。名前だけが私達が贈れる最後のプレゼントよ」
女性の振り向く先には脅すように大型の銃を持った集団がいた。
「いたぞ、純血だ。かの帝国でも滅多に見られない純血。年老いた老婆だけどかと思ったがまだいたのか。ついてきてもらう、拒否権はない。帝国も危機的状況、お前達の力が不本意だが必要だ」
それが親子3人でいられた最初で最後の時間だった。
両親は何者かによって連行され、その後。消息不明となる。
運び込まれた秋津基地にて、少年達は身体検査を受けていた。
しかし、何故か2つのグループに分けられまるで仕分けを受けているようだと少年達は思っていた。
「No.950はAへ。No.951はBに、鶴崎少将の元にお連れしろ」
「係官、No.956は如何しましょう?と言うより、赤ん坊ですし。年齢規範に則していません。誰がこんな」
「だからBへ連れていけ。ここは鶴崎少将がトップだ。あの方のご指示に従えばいい」
No.956、それがこの赤ん坊に与えられた数字だった。
どうやら子供達それぞれにナンバリングがされており、Aと案内された子達は軍医の診察を受けていた。
そして、Bの子供達は鶴崎の執務室に通された。
どうやって選別されるのか?身長か?体重か?或いは年齢か?
いや違う、正解は“肉付きが良く、食用として適しているか?”それのみだ。
「ねぇ、お爺さん。僕達を何処に連れていくの?」
「...」
鶴崎は何も言わず、赤ん坊を抱き抱えながら他の子供達を地下へ向かうエレベーターへと誘導する。
子供達はお互い近く距離にいる為、心拍数が高鳴るのをお互い共有し直感的に分かるこれからの危機に対して震え、涙し、お互いを庇うように抱き合っていた。
地下に降りれば、そこは闇。闇のみだ。
『ツルサキ ヨハハラガヘッタ ミツギモノヲ』
「こちらに、ご用意しております。しかし、これが最終世代になるかと」
『ヨイヨイ オマエハシンジャトシテ ヨクヨニツクシテクレタ ヤクソクドオリ “門の創造”ノギジュツヲオマエニ』
「有り難きお言葉」
そのあと、目の前に高さ2、3mのコウモリにもヒキガエルにもにた悍ましい生物が現れる。全身毛むくじゃらで、この世の物とは思えない存在だ。
“ソレ”は子供達を数人まとめて掴み、大きな口を開けそれを飲み干した。
残された子供達は金切り声を上げ、自分の首を自分で絞めたり掻きむしる子まで出てきてしまった。
しかし、こんな子達も最終的に怪物の胃袋に収まった。
『フゥ ヨニセイジンハオオキシギル コノクライガヨイ マンゾクダ』
「この赤ん坊はどうされますか?」
『アァ モウヨイ ヨハネル カンシモキビシイノダ イズレ ヨハココタチサルコトニキメテイル ツルサキヨタイギデアッタ』
鶴崎は昔からこの怪物に対して奉仕をしていたのだろう。
かなり気に入られているようだ。
彼は上に戻り、この赤ん坊をAグループと同じ軍医に差し出した。
しかし、イレギュラーな事が起きた。
「鶴崎少将、この子は緑の血を持っておりません。先程、採血をしたのですが赤い血、しかもかなり濃いようです。帝国でも中々見る事は不可能かと。どうされますか?親元に返す事を視野に入れるべきでは?」
「その赤ん坊。私共の方で引き取りましょう。私は鶴崎少将と違って冷徹では有りませんので」
鶴崎が睨みつける先にいたのは秋津基地のトップ下、2番目に権力を持つ全斎その人だった。
外見は40代前半、理知的で爽やかそうに見えるが鶴崎共々百年以上生きている異端の存在だ。
「全斎准将、何を考えている?この基地のトップは私だ。勝手な指示を出さないでもらいたい」
「何がトップだ。帝国とあの怪物の言いなりの癖に良くそんな事が言えた物だな。この赤ん坊、比良坂町の壱区、しかも北部から連れて来られたんだとか?うちの部下にも同じ出身の者がいます。父親役になってくれるかと」
そう言うと軍医はホッとしたような顔をしている。
全斎は表では愛想が良い。しかし、この基地の中では鶴崎と派閥争いをしているという状態だ。
初嶺朧という赤ん坊は全斎の派閥の人間に育てられる事になった。
そしてそれから22年の月日が流れた。
「ワハハハハ!!」 「おい!もっと酒持ってこいや!」
「今日は最高だな!鶴崎も全斎もいないし、パァと飲み明かそうぜ!」
隣の部屋からそんな騒がしい声が聞こえ、ベッドに横たわっていた1人の青年が目を覚ました。
本来なら消灯時間。彼もスケジュール通り就寝していた。
月夜に照らされる銀髪に色白の肌、目を開けると翠色の瞳があった。
数回目を閉じ、再度眠りに就こうとするが溜息を吐きながら起き上がる。眠れないようだ。
隣人を注意しようか?いや、自分がそんな事をしたところで赤い血は黙っていると言われるだけだ。
しかも、自分はこの組織では1番年下。言う事を聞いてくれる訳がない。
初嶺は養父である彼の元に行き、仕事の手伝いでもしようかと身支度を整えているようだ。
彼の役割を一言で言うなら機械整備だろうか?
養父も兵器開発に携わり、現場でも整備を行っていた。
初嶺自身も、才能か?それとも好奇心か分からないが幼い頃から機械弄りをするのが好きだった。
特に時計は何度も分解し、再度組み立てていたと言う。
懐にも忍ばせており、実の両親の形見だと養父から教えられていた。
「失礼、久堂。少し此処に居させてもらえますか?眠れないもので」
ドアをノックし、室内に入ると何台もモニターを見ながら何かの設計図を描いている久堂雪道、彼がいた。
そう、以前。隼や山岸に接触していた客の男性もこの秋津基地のメンバーだったのだ。
しかし、彼は鶴崎や全斎とは別の役割を与えられている。
今はその作業をしているようだった。
「なんか、今日は皆浮かれてると思ったがツートップが揃いも揃いって留守らしいな。比良坂町に行ってるんだろうよ。けど丁度良かった。片付けしてくれる奴が欲しかったんだ。そこに出した設計図。元の場所に戻しておいてくれ。お前、そう言うの得意だろう?」
その言葉に初嶺は頷き、片付け作業に移るようだ。
彼の性格を一言で言うなら規則正しいアンドロイドだろう。
久堂の部屋が綺麗なのは彼のお陰と言っていい。
整理整頓され、ラベルも貼られ何処に何があるのか一目で分かる。
恐ろし過ぎるほど、人間味がないとも言える。
ただ、イレギュラーには弱いもので。今夜のように異常事態が起こると年相応、いやそれ以上にパニックになるようだ。
「そうだ、お前にお土産というか。以前、町に行ったとき運び屋に良いものを見せてもらったんだ。そのケース開けてみ?良いのが入ってるから」
そう言われ、指差す先にあったジェラルミンケースを開けると一丁の拳銃と赤い弾丸の入った弾倉が入っていた。
拳銃の使い方は初嶺も心得ている。しかし、これは特注性のようだ。
「再現するの苦労したんだぜ。朧の誕生日なんて知らないが、俺なりの誕生日プレゼントだ。運び屋が使っていた物を再現してみた。見よう見真似だけどな。後で射的場に行って試し撃ちしてみ?」
初嶺はとりあえず、いつも通り拳銃を使う容量で弾倉のセットや安全装置を外すなど今でも撃ちそうに成る程、手際良く準備をしているようだ。
その様子に久堂はビビリながらも見守っていた。
「久堂、これでは弾丸に念力を込められません。何かリミッターでもかかっているのですか?」
「あぁ、そのまんま再現したからな。なんか、数字を入力して起動するのが正規の手順らしい。どうする?確か向こうは3桁だったはずだが」
「3桁...では956それは私のナンバーです。此処に連れ去られた時に与えられた数字。それで良いですか?」
「それは今日からお前の物だ。お前が好きに使え。心配だし、俺も行くか。身体カチコチのままじゃ寝られないしな」
そう言いながら、久堂も射的場まで同行するようだ。
しかし、この後。彼は初嶺の隠れた能力に驚愕する事になる。
【コード:956 承認完了 亡霊火を起動します】
なんと、山岸が普段から使用している【亡霊火】それを見事に再現させた。手本もないにも関わらず、失敗もなく一発目で。
「凄いな!向こうで見たまんま、いやそれ以上だ!」
「そうですか?...私は特別なのかもしれませんね。銃触れた時、どう念力を扱えばいいのか手に取るように分かるのです。その武器の性質と言いますか?既存の武器では有り得ない事ではありますが」
実はこの能力、黄泉や愛が所有している能力と同じ物なのだ。
彼らが何故、武器開発に長けているのか?と言われれば念力を可視化しその力をどうやって武器に反映出来るのか?それを視覚的に捉えられるからだ。
一般の運び屋である望海はもちろん、血統的に優れている隼や颯、燕でさえも念力は見えず。ほぼ感覚的に使っているのだ。
見えるのと見えないのでは情報量に格差が出るのは明らか。
初嶺はこれが楽しくなってきたのか?久堂にある提案をした。
「私も機械弄りは出来ますし、どうか使っていない武器達を運び屋用、私用にアレンジする許可をもらえますか?久堂から聞いた話を元に私が再現してみます」
「おぉ!珍しくやる気だな。分かった、また町に行った時に情報収集をしてくるよ。中々、面白い奴らにも会えたんだ。朧、お前にも似た青年もいてな。その時は予約が必要らしくて頼めなかったが、その技術を盗む。いや、それ以上の物を作り上げてみせる」
そう、初嶺朧は現役最強の運び屋。隼でさえも凌駕する能力を手にしている。その為か、後日。養成ギブズにも似たリミッターを初嶺は装備し、現役の運び屋に近い感覚で軍人を相手し実戦経験を積んだ。
しかし、彼にはある疑問が出来た。
それならば、比良坂町に運び屋は必要なのかと?
自分を凌駕する相手がいてこそ、真の組織なのではないか?と。
そんな相手と対面するのは少し先の話となる。




