第参拾参話 変化 ◎
西棟の屋上へ向かう為、螺旋階段を駆け上がる圭太と瑞稀は警戒心を募らせていた。
上階へ向かえば向かうほど照明が遠のき、薄暗くなっていくその事も合わさり余計に恐怖を煽られる。
【コード:087 承認完了 鬼火を起動します】
鬼火はどの運び屋でも使用可能な標準装備だ。
淡い火の玉が周囲を照らす。
「灯りをつけよう。暗闇は人を不安にさせるからね」
「確か、向こうにも似たような存在がいるんだ。ジャック・オー・ランタン。僕も準備しないと、戦闘になるかもしれないしね」
【コード:800 承認完了 騎士王の剣を起動します】
古より、湖の乙女により制作された魔法の剣。
その鞘にも魔力があり、どんな傷を受けようとも消して血を流さないと言われている。
圭太の師匠であるティムもまた、柄頭に赤い宝石が嵌め込まれた剣の使い手でもある。
西棟の天辺、最後の階段を駆け上がった2人は恐る恐る屋上に繋がる扉を開けた。
「人の気配はするかい?」
「いや、全然...」
慎重に2人は数歩前へ進めた。その刹那、異変を感じた。
気づいた圭太は言葉を発するより先に命の危険を感じ、瑞稀の腕を引っ張り自身の背後まで来るように促す。
瑞稀が元居た場所には鋭利な苦無があった。
「圭太、ありがとう。しかし、これは苦無の類いのようだ。何処にいる、敵か?」
【コード:087 承認 神隠しを起動します】
「遅い、お主ら本当に運び屋か?初嶺殿の方がもっと機敏であったぞ」
神隠しで居場所を隠蔽したにも関わらず、声の主は圭太を拘束し、首に苦無を突き刺そうとする。
その様子に瑞稀は目を見開き、解放を促す。
闇夜に巧妙に隠れた、藍染の服装を見るに隠密に手慣れているのだろう。
普通、隠れるなら黒をと思うだろうが実際の夜空というのは純粋な黒である事は珍しい。月光によっても加減が変わってくるだろう。
それを踏まえ、藍染もそうだが紺色、渋柿色を好む者もいるのだ。
相手もまた同じ思考なのだろう。
「何が目的だ。彼を放せ」
「其方は風間の後継者か、この青年は音無が担当した歌舞伎俳優であったか。異国の運び屋と聞いている。面白い組み合わせだ」
「音無さんを知っているの?」
圭太にとって、音無という人物は今後のキーマンになる事は間違いない。
というより、知り合いなのであれば当然秋津基地絡みなのは明白だった。
「勿論、同じ基地所属の同士よ。拙者の名は百地玄四郎、軍の隠密班に所属しておる」
あまりにも悠長な自己紹介に圭太は疑問を持つ。
こんなにも手慣れた相手なら、自分は今頃殺されている筈だ。
なのに何もしない。
情報が欲しいが為に脅しているというというわけでもない。
それどころか、自分の話を聞いてくれと言われているような気がしないでもなかった。
しかも軍という言葉、もしかしたら外の世界には軍隊という物が健在なのかもしれない。
領土の防衛の為なのか?それとも攻撃の為なのか?用途は分からないが、比良坂町という町はそう言った争いとは無縁の所だった筈だ。
何かきな臭い。新たな戦いに巻き込まれてしまったようだ。
しかも相手は戦闘のプロフェッショナル。
此処は圭太も素直に従う事にした。
「瑞稀さん、今のままじゃ僕達には勝てっこないよ。ここは冷静に相手の話を聞こう。百地さん、貴方の目的は何?話を聞いてあげても良いけど」
「それで良い。拙者の今夜の目的は其方らと何ら変わらぬ、この夜会で人魚を食す奴ら下賤な集まりがあると軍の諜報部が耳にした。拙者の目的はただ一つ、下賤な奴らの殲滅」
しかし、瑞稀はその言葉に疑問を持った。
人魚の肉を食う人達は何十年も前から存在している、瑞稀はその存在を自分とは相入れない存在だと俯瞰していた。
それなのに何故今更、こう言った事態に至ったのか経緯を知りたかった。
「それは本当の話かい?何故今更、軍の人間が比良坂町の治安に関わろうとする?警察が信用出来ないから、自分達の手で比良坂町を支配しようと考えているのかな?」
百地の話が本当だとすれば、人魚の肉を売る存在も今此処にいるという事になる。
彼のの目的としては売買ルートの破壊と関係者の処罰と言った所だろうか?
しかし、瑞稀としては何を今更という考えもあった。
それ以上に向こうにメリットがあるのか?という印象も受ける。
何の計画に沿って動いているのか?これが彼女には分からなかった。
「考察をするのは大変結構。話はこれで終わりだ。貴殿を解放しよう」
圭太は解放され、瑞稀も安堵する。
しかし、次の瞬間百地が姿を消した。
何処かから窓ガラスの割れる音がする。
「おい!放せ!私をどうするつもりだ!!」
「「!?」」
何度か視線が右往左往したが、標準が定まった後、百地が花菱を拘束しているのを見つけた。敷地内の中庭にいるのがわかる。
下の階の突き抜けた角部屋、おそらく瑞稀の言っていたVIPルームから阿鼻叫喚が聞こえてくる。
「あれは花菱!彼をどうするつもりだ」
「不味いな、思ったより状況が悪い。姉貴、早く来てくれ!」
その騒動は会場内にいる朱鷺田の耳にも届いていた。
ピクリと耳を動かしてみると何処からかガラスの割れる音がするのだ。
他の来客と会話していた町長を引き上げさせる為、耳元で指示をする。
「どうかされました?」
「あぁ...いや。本当か縁?物騒な物音が聞こえたというのは?何かの間違いでは?此処の警備は万全だと」
「あのな親父、それなら何で旭や俺が護衛についてるのか分からないだろう?此処は素直に従ってくれ」
町長が動揺していると、目の前の来客は穏やかな笑顔で口を開いた。
「私の事ならご心配なく。実は仕事が残っているのを忘れていまして。職場に急いで戻らなくては。それでは今夜はこれで失礼します。貴方と話が出来て良かった」
「私もだ、全斎さん。ホテルがオープンしたらまたお祝いさせてくれ」
正直、朱鷺田から見ても町長と全斎の関係には疑いを持っていた。
得体の知れない相手に対して、何故そこまで親切にするのか?それ以上にヘコヘコと頭を下げる父親。完全に立場が逆転している。
朱鷺田も色々な集まりに父親と同伴し、様々な人達を見てきたが普段はもっと堂々として自分の言葉を力強く伝える物だ。
幼い頃はそんな姿の父親に尊敬と憧れを抱き、自分が後を継ぐのかな?と思っていたぐらいだ。
会場から離れ、廊下に出るとまた更に違和感のある異臭が漂ってくるのだ。これには町長も危機感を覚えた。
「縁、どうなっている!?」
「分からない、親父は奥の客室に避難してくれ。会場内に残された人達は今頃パニックになってると思う。避難誘導をしないと」
「おい!待ちなさい縁!」
朱鷺田は町長と離れ、元居た会場に戻る事にした。
それと同時期、望海と光莉も到着。
しかし、目が霞み、痛みがあるのか?瞬きし、目を越すっているようだ。
「えっ、何これ?今の時期に花粉なんてありえないし。どうなってるの?」
望海は異変を感じ、男性の叫び声が聞こえると姫乃の変装し中庭の方へと向かった。
話の内容的に、花菱のように聞こえたからだ。
それは目を両者とも目を合わせた時に確信した。
「お父様!お願い、お父様を離して!」
「姫乃、何故ここに!?いや、この際何でもいい。姫乃、私を助けなさい。お前が代わりに人質になったって良いんだ!」
その言葉に姫乃と側にいた光莉も嫌悪感を表した。
娘よりも自分の命の方が大事なのかと。なら、他人の姉妹を助けた光莉の両親は一体何なんだ?と彼女は思った。
それと同じく、自分は両親にたくさん愛されてきたんだなと改めて自覚出来た。百地に至っては呆れた表情をしている。
「望海、どうする?私が2人をまとめて撃っても良いんだけど」
正直、光莉にとってはこんなクズ親直ぐにでも処罰したいのだが望海は慎重に状況を見定めているようだ。
「もう少し様子を見ましょう。上に圭太と風間様がいます、2人を巻き込まないのが最優先です」
本来、監禁されている娘に花菱が動揺するかを試す為に変装した望海だったが花菱の反応を見るにもう手遅れだろう。
しかし、今は情報が足りない。望海は交渉を続けた。
「お父様をどうする気?」
「花菱姫乃だな。健気な娘だ、本当はこの男を恨んでいるのではないか?この男、何百人の人魚を殺してきた極悪人だ。拙者は知っている其方が人魚の末裔な事も、姉が食用として殺された事も」
望海は自身の口を覆い、驚いた仕草をするのとは裏腹にほくそ笑んでいた。変装がバレていない。それだけで状況は優勢だった。
しかし、どうしたものか?
望海としては姫乃の今後の生活の平穏を願うなら、花菱に酷い目に遭って貰うのが1番だ。
この状況で恩を売るような真似をしたとしても、姫乃を冷遇するのは目に見えている。
望海は先程の姫乃との会話を思い出し、相手を上手く誘導できないかと探っているようだ。
こう言う時、本当に姉弟揃って思考が似通っていると言わざるを得ない。
「ごめんなさいお父様。私、思い出してしまったの。幼い頃、火事があったでしょう?ずっと考えてた。どうしてなんだろうって」
「姫乃!!それ以上話してみろ!!お前も姉と同じ目に遭うぞ!!命が欲しかったら私に従え!!」
「お父様、どうして?私は悲しくて仕方がないの。どうしてこうなってしまったの?全部嘘だったの?ねぇ、もう一度やり直しましょう。...それがダメなら私は貴方と共に死ぬわ。だって、血の繋がりはなくとも親子だもの。一緒に罪を償いましょう?」
「死にたいならお前だけ勝手に死ね!私は人魚の肉を食い永遠に生き続ける!こんな所で死ぬわけにはいかないんだ」
やはり、花菱の気持ちは硬いようだ。
懺悔の気持ちすらも持ち合わせていないと望海は分かっていたつもりだったが此処までくると、心中する振りをして花菱を突き落とそうとまで考えてしまった。
それを屋上で見ていた圭太は姉が変装をしている事に気づいたようだ。
望海の変装術は姿形、声帯は忠実に再現出来るがあとは望海の演技にかかっていると言って良い。
幼い頃、お披露目として歌舞伎の舞台に上がり演技指導も受けた経験があるからこそ成せる技と言ってもいいだろう。
「姉貴?間違いない、姿は彼女だけど仕草も歩調も姉貴そのまんまだ。...なんだ、なんか焦げ臭い匂いがする」
「圭太!火事だ、しかも大規模の!壁の方だ!」
瑞稀が慌てて壁の方を指差す。
屋上にいる2人は壁から炎が上がっているのが分かる。
「存じていないのか?花菱殿、人魚はもういない。全部拙者達で処理した。人魚が何故水中にいるのか分かるか?火を怖がり、彼女達の弱点だからだ。もう若返る事も寿命を伸ばす事も叶わぬ。もう諦めろ。
全斎殿の言う通りだった、最初からこうすれば良かったのだ」
「嘘だ!!私の商売道具だぞ!!お前、何様のつもりだ!!放せ!自分で確かめにいく!」
半狂乱になりながら、花菱は拘束を解こうとする。
百地は思った以上に抵抗せず、花菱を野晒しにした。
この状況を見て、圭太と瑞稀は察した。
百地は放火の計画を実行する為にこれまで時間稼ぎをしていた事に。
そのあと、百地は逃走を開始するが次に狙ったのが会場内にいる来客達だった。
しかし、それよりも先に朱鷺田が到着しパニックになる来客達がおりこの異臭が火事による物だと言う事に気づいた。
「ママ!助けて!」
この人の波で親と逸れたのだろう、1番大きなシャンデリアの下に少女がいた。
その時だった、窓ガラスが割れ百地が潜入してくる。
その先には少女のいるシャンデリアなのが朱鷺田には分かった。
「不味い!」
朱鷺田は少女の所に向かい、守るように抱き抱えている。
その直後、何かが千切れる音がした。そうシャンデリアを固定していた鎖や配線が一気に切られたのだ。場内から悲鳴が上がる。
そのあとはもう何もいう事はないだろう。
もう彼は籠の中の鳥ではない。羽ばたく時が来たのだ。
拳銃に「毘」と刻まれた銀色の弾丸を上空に打ち上げる。
【コード:004 承認完了 毘沙門天を起動します】
まるで花火のようだと来客達は思った。
守り神である毘沙門天と、花火のように開き覆う半円状の幕。
負けを許さない。最強の盾。それが毘沙門天だ。
「全く、骨が折れる。とんでもない事に巻き込まれたな」
「...きれい。おにいさん、まもってくれてありがとう」
少女がお礼を言うと朱鷺田は目を見開きながらも喜んでいるようだ。
「どういたしまして。大丈夫、安心して。君も君の大切なお父さんやお母さんも俺が守るから。誰も死なせやしない。それが俺達のポリシーだから。さぁ、お母さんが呼んでる。行ってあげて」
「うん!ママ!」
やはり安心するのは母親の腕の中なのだろう。
抱きしめ合う親子を見て、朱鷺田もある人物の事を思い出していた。
「旭、俺ちゃんと守れたよ。まだお前に自慢出来るような物じゃないし小さい物かもしれないけど。大事な一歩だ。俺はそう思ってる。...でも、旭。会いたいよ。立派になった所をお前に見てもらえなかったら意味ないだろう。やっぱり無理なのかな、お前と肩を並べるなんて」
しかし、悠長な事は言っていられないのも事実だった。
朱鷺田は窓の外、中庭から変身を解いた望海と光莉が恐らく壁の方向に走り出しているのを目撃する。
此処での年長者は自分だ。しかも手慣れている望海や光莉でさえ瞬間移動せずにと言う事は相当パニック状態になっているのは明白。
正確な指示を伝えなければ、他のメンバーもそうだし、現場も大混乱になる。
朱鷺田はこの状況を黙って見ていられず、震えながらも久しぶりに無線機を手に取った。
「何処に連絡を入れれば...あさ...まが良いか。和田の様子も知りたいしな」
いつものように旭に頼っては彼が何の為に組織を抜けたのか分からない。
実は彼が家を出る時、朱鷺田と谷川に伝えた言葉があった。
自分がいなくても大丈夫だと思えるまで帰らないと。あくまでも2人が中心となって組織を引っ張っていくのだとそう言われたのだ。
それは、以前から精神的にもそうだしリーダーとして動いてくれていた旭に依存していた背景があったからと言わざるを得なかった。
だからこそ、他のメンバーと合流をと思っていたが正直。浅間が自分達に親切に接してくれるとは思えなかった。
しかし、浅間はこのような状況にも関わらず朱鷺田にお礼を言うほど丁寧に対応してくれた。
しっかりした後輩だなと朱鷺田も感心していた。
谷川も同期で誕生日も一緒の為、仲良くしているのは知っていたが正直浅間と谷川の性格は真反対だなと思う時がある。
だからこそ、仲が良いとも言えるだろうが。
「朱鷺田さん、連絡ありがとうございます。今、比良坂町の水路全域が放火されていて消火活動に追われているんです。山岸さん達も到着が遅れてまして。出来るだけ残りのメンバーで対応しているんですが、連携が取れてなくて」
朱鷺田が通話をしながら階段を駆け上がり、会場の高い所から窓を覗くと確かに炎が上がっている。
こうなると動ける人員も少ないだろう。
朱鷺田は頭をフル回転させながら浅間に指示を出した。
これを考えると朱鷺田も旭同様、知略家であり人を動かす能力がある。きちんと、旭が今まで守ってきた物を継承出来る人材なのが分かるだろう。だからこそ、旭は朱鷺田に任せたのだ。誰でもない彼に。
「分かった。申し訳ないが、俺は親父の護衛で参区にいて引き返す事が出来ないんだ。谷川を呼んでくれ、こき使ってもらって構わない。それと児玉さんなら数時間前に会ったから今頃、自宅にいるんじゃないかな。黄泉先生でも良い、其方に連絡出来る人に頼んでくれ。それと後で情報共有しておきたい。民家に被害があるなら尚更データが欲しい。修理費も親父伝で頼めるしな」
「的確な指示ありがとうございます。流石、先輩。頼りになりますね」
「旭はもっと凄いぞ。頼み事が多くて済まないが、資料が出来たら集会を開きたい。俺や谷川も参加する。皆に伝えてもらえるか?」
「はい。データ収集なら私にも頼もしい後輩がいますし適任かと。久しぶりに全員揃いそうですね」
「...旭や青葉もいてくれたらもっと良かったんだけどな」
最後、そう呟き朱鷺田は浅間との通話を終えた。
その一方で参区側の壁に向かうと何処からよじ登ったのか?花菱が壁の鉄壁に立ち絶叫していた。
恐らく、壁の端にある備え付けの梯子から登ってきたのだろう。
「嘘だ!私の商売道具が!全部、亡くなってる。まだまだ、納品が終わっていないんだ。私の今まで築き上げた人脈も...そうだ、私には姫乃がいる。姫乃、出てきなさい。私の為に金持ちと結婚してくれ。何処だ?何処だ姫乃?」
貿易商は彼の仮の姿で今まで多くの人魚を富裕層に売り捌いてきたのだろう。
以前から噂されていた売人というのは花菱、この男の事だったと言う事だ。
もしかしたら、彼の言葉や流通ルートを考えると町の外にも人魚の肉を食う輩がいるのかもしれない。
光莉は指差しながら、青ざめた表情で望海に訴えかけている。
しかし、望海は全てを諦めたようにその場から動こうとはしなかった。
「望海、不味いよ。あんなにフラフラしてたらいつか火の中に落ちちゃうよ」
「もう、彼は手遅れです。聞いたでしょう?光莉。自分の事ばかりで娘の命などどうでも良いのです。後は見届けて、姫乃さんに報告しましょう」
そのあと、花菱はあっという間に足を滑らせたのか火の中へと消えていった。




