第参拾壱話 交差する思い ▲
晩餐会当日、この日は様々な人物がそれぞれの目的を持ち暗躍する騒がしい夜となった。
望海達は各々の動きを喫茶店にて確認する。
「では、まず。私が圭太を参区まで送り届けてきます。その後、壱区で光莉と合流する形に。でも、意外ですね。朱鷺田さんも参区へ?」
「まぁ、向こうも仕事だからな。町長の護衛だそうだ。これは俺が引き受ける。光莉と望海は依頼人の救出に尽力してくれ」
そう言うと望海や光莉もそうだが同じく圭太も真剣な表情で頷く。
彼のスーツの胸元には姫乃がプレゼントしたハンカチがあった。
「本当だったら朱鷺田の坊ちゃんに旭の様子とか色々聞きたいけど緊急事態だし仕方ないよね。圭太君や風間様に頼むという訳にもいかないし」
「まぁ、姉貴から色々話は聞いてるし。話は通じると思うけど期待しないでね。かなりの来客が来るって噂になってるし」
「そうですよね。確か、水行川に新しくオープンするホテルのオーナーも来てるんだとか。色々と噂になってましたよ、突然現れた敏腕経営者だって。斑鳩様にも聞いてみたんですけど、面識がないそうですね。同業者の方は顔見知りだそうですが。足が悪いのか、こう言った集まりには参加されないんだとか。ホテル業界って複雑怪奇ですね」
そう言いながら望海は首を傾げている。
比良坂町に観光客というのはかなり珍しいが、政府の要人が度々視察で訪れたり、ビジネス経営者が此方の様子を見にくると言う事はある。
その為、ビジネスホテルとして経営をしている者もいる。
しかし、それは表の顔であり。裏で陰謀を働いている事など今の望海達は知るよしもない。
望海達4人はそれぞれの配置に付く事にした。
「圭太、思ったより早い到着だね」
望海に送ってもらい、圭太は生田にある晩餐会の会場まで到着した。
そのあと、瑞稀が優雅な足取りで其方へと向かう。
周囲からも風間家の当主と、今をときめく歌舞伎役者がいると言う事で目を輝かせる者達がいた。
「そういう貴女もね。師匠の教えでさ「未開の地に踏み込まないといけない時は、そもそも踏み込むな。足を使わない方法を探せ、頭と人を上手く使うんだ。動くのはそれからでも遅くない」そう言われていたんだ」
そう言いながら圭太はボウガン形の何かを取り出す。
それは比良坂町では見られない異国の道具だった。
【コード:800 承認完了 塔の守り神を起動します】
空中に放たれた矢は6つに分裂し渡鴉ワタリガラスへと変貌する。
その様子を瑞稀は興味深く見ていた。
「闇夜なら鴉も上手く隠れられるし、これ以上の適任はいないからね。偵察は彼らの十八番だ。頼んだよ」
圭太の指示の元、鴉達はそれぞれ配置につく。
今日の会場でもある屋敷を余す事なく監視出来るだろう。
そのあと、道具をトランクに仕舞おうとする圭太の様子を瑞稀はジッと見ていた。
「中々、年季の入った道具ばかりだね。異国の運び屋は良いものを長く使う傾向にあるのかな?」
「余りにも古い物はDr.黄泉に改修を依頼してるけどね。僕の師匠はとんでもない畜生でさ、僕を大寒波の雪山に三日間閉じ込めてサバイバル生活をさせたんだ。その時に使っていたのを今でも使ってる」
その言葉に瑞稀はいつものように笑う事なく、目を丸くした。
圭太は閉めたトランクを持ち上げた後、首を傾げた。
「どうかした?まさか、僕が亡霊だとでも言いたいの?生きてるのがそんなに可笑しい?大丈夫、師匠のティムもいたし。これでも一緒にワカサギ釣るぐらい仲は良かったんだよ。畜生なのには変わらないけど」
圭太と瑞稀は話をしながら会場内へと向かおうとする。
「それは、彼なりの教育方針があったという事かな?厳しい環境で身を置く事によって心身を鍛えるとか?」
「そうらしいよ。「足の速い奴が整った競技場で金メダルを取るのは当たり前の事だ、でも真の運び屋はそうじゃねぇどんなに雨が降っても雪が降っても槍が振っても自分の仕事をこなし、尚且つ誰かを助けられる心の余裕と強い体を作れ。東、お前はそんな運び屋になれ」って初めて会った時に言われたんだ」
「良く覚えてるね。彼の事が恋しいのかな?」
「異邦人の僕を弟のように可愛がってくれた人だからね。大事な仲間なのには変わらない、今でもそう。でも今は、故郷の問題を解決する方が先かな。ねぇ、ここって手荷物検査ある?あるなら先に仕込みをしたいんだけど」
「今日は来客も多いし、著名人もそこそこいたはずだ。武器の持ち込みは禁止されていると招待状にもある。どうするつもりだい?」
【コード:800 承認完了 5枚目の写真を起動します】
すると、すぐさま手に持っていたトランクはその場から消え失せてしまった。
「便利な物だね。こちらで言う所の神隠しのようなものかな?」
「そんなんじゃないよ。信じる物は救われる。実際は今でも手に取っているんだ。さっき持っていたトランクをイメージして、そしたら貴女にも見えてくるよ」
仕込みも終え、会場入り口に向かうと数組並んでおり手荷物検査を行っているようだった。
「へぇ、珍しいね。町長がこんな場所に顔を出すなんて。あの方はご子息だったかな?見目麗しい容姿を持っていると噂になってた筈だけど。確か、見合い話を全部断ったって名家の令嬢が言っていたね。その前から1人の男性と親密な仲だって聞いて、勘繰ってはいたそうだけど」
「じゃあ、姉貴の言ってた事。本当だったんだ。あの人ね、覚えておこう。まぁ、よかったんじゃないの?その言い方だと、見合い相手も親に言われて無理矢理会わせられたって言われてもしょうがないし。男と遊んでいても良いから、財産目当てで近づいたと言われかねないよ」
その言葉に瑞稀はその発想はなかったと苦笑いを浮かべていた。
「人様の関係性に私達がどうこう言う必要はないと思うけどね。確かに立場的に純粋なお付き合いというのは難しいだろう。ほら、実際に目の前で揉めてる訳だし」
確かに入り口で長時間嫌そうにしている朱鷺田とそれを呆れたように見守る町長の姿があった。
「縁、特別に武器の使用が認められてるんだ。ボディーチェックぐらい我慢しなさい。旭だって、いつも受けてるんだ」
「...っ。着物を脱ぐ方がマシだ。旭以外の奴に触られると思うと寒気がする。俺は護衛なんだ。親父に何も問題なければ良いだろう」
「本当にもう。お前って奴は。さっきからずっと旭の事ばかりじゃないか。愛想尽かされたと自分から言っておいて。申し訳ない、身元は証明出来てる。父親の私が変わりにボディチェックするのはダメだろうか?」
「親父はもっと嫌だ!しょうがない、旭も受けてるんだ。お揃いという事で許してやる」
やはりというべきが、朱鷺田は中々気難しい性格をしているようだ。
まるで旭以外の全員を信用していないというような口ぶり。
どう育てばこうなるのか?疑問に思う2人だったが直接彼と会話した時、その片鱗を見る事が出来た。
会場内で花菱の姿を探す圭太と瑞稀だったが、やはりというべきが人の波が激しく、中々探すに至れない。
東郷から写真をもらってはいるのだが、実際の人物と写真では印象が変わる場合もあり。写真の内容を記憶している圭太でさえ、二度見してしまうほど他人のそら似が多い状況だった。
そんな中で鮮やかな赤髪を持つ朱鷺田はかなりわかりやすかった。
年配者が多く、家族連れはいても自分達のような若年層は珍しい部類に入るので尚更。
圭太は物は試しにと、瑞稀に目配せし朱鷺田と側にいた町長に声をかけて見る事にした。
すると、思ったより穏やかな返事が帰ってきた。
圭太はこれに驚いていたが、自分の立場を考えると姉の仕事仲間と思えば間接的に知り合いになる。
朱鷺田から見れば、舞台を何度も見に行っている実質的なファンなのだからこの反応は当たり前と言えよう。
「こんばんわ。以前から君のお姉さんにはお世話になっていると言うか同業者なんだ。よろしくね」
朱鷺田はその女性のように細く華奢な手を圭太に差し出すが、トランクを持っている以上。不自然な動きをしてしまうのは確かだった。
それ以上に圭太には確かめたい事があった。
この朱鷺田という人物が“どちら側の人間なのか?”所謂、町長側につき町の秘密を隠蔽しようとしている側なのか?
それとも、運び屋の為に協力してくれる人間なのか?
望海も彼らの事を気にかけている以上、何かの力になれればと思っていた。
「ごめんなさい。僕、潔癖症で握手はちょっと」
「申し訳ない。私で宜しければ構わないかな?」
その不自然な会話に朱鷺田はピンポイントで圭太の手元を見ている。
この様子からして、彼は人を見る目がありかなり疑り深い性格なのがわかるだろう。
圭太もこれは通報されるかと思ったがそうではなく、穏やかな表情に戻り会話を続けている。
この時、圭太は思った。彼は何の理由も無しに人に対して冷たい対応を取っているのではなく。
寧ろ、慈愛に満ちているからこそ。周囲に期待し、それ以上に落胆してしまったのかもしれないと。
朱鷺田がずっと言っている旭という人物はその期待に応え、信用を得ていた。言ってしまえば、見染めた相手という事だろう。
町長の息子を此処までさせる旭という人物は何者なのか?圭太は好奇心ではあるが知りたいと思った。
姉の世話をしてくれたというから尚更。
そしてその機会を何と朱鷺田自身が作ってくれた。
困った表情をし、自身の父親に目配せしている。
「困ったな。僕では風間のお嬢さんと握手出来なさそうだ。父さん、代わりにお願いできますか?」
しかし、圭太に近づくと先程の口調とは打って変わり言ってしまえば先程のボディチェックの時と同じく不機嫌そうな喋り方をしている。
言ってしまえば、此方が素の彼という事だろう。
先程までのは人前での人格と考えた方がいいかもしれない。
「姉の手伝いか?」
「まぁ、そんな所かな?貴方はこのおじさんの護衛?随分と頼りないんだね。そんな細い身体で大丈夫なの?他の人を頼めないの?」
確かに、男性としては平均的な身長をしているが全体的に窶れているとまではいかないが、女性のように細く見える。
というより、いつも舞台で重い着物を着る為、筋トレに勤しんでいる圭太から見ればわざと筋肉をつけないようにしているのではないか?と思えてしまうのだ。
先程の彼の行動を見るに寧ろ理知的に見えるので、この容姿も全て計算して作っているのではないか?と。
これは、側にいた旭も心配になるだろう。
運動をせずに、男性の体を女性のように作ろうとしているのだから。
此処まで、本格的にとなると圭太も訝しむしかないだろう。
女性のように見せたいのは女形である圭太も理解出来る。しかし、自分の健康を害してまで女性になりたいとは思えない。
以前の朱鷺田には女性でなければならない脅迫概念のような物があったのかもしれないと彼の容姿を見て圭太は思った。
「生憎、本命は不在なんだ。自分でも分かってるよ、俺は旭がいないと何にも出来ないんだ。だから愛想尽かされて逃げられた」
圭太は次の言葉で旭が何をしようとしているのか瞬時に理解出来た。
朱鷺田には男でいて欲しいのだと。本人は女性のように振る舞う事を良しとしているようだが、健康面を考えてもこの体型を維持するのは不可能だ。
お互いの為に旭は離れようとした。
それであれば、圭太が彼に伝える言葉は決まったも当然だろう。
圭太は全てを見透かしたように「ふ〜ん」と言いながら朱鷺田を見ていた。
「そうやって悲劇のヒロイン気取りでいるつもり?その旭さんが可哀想だ。自分がいない間に居場所も仲間も無くなってたら、どう思うだろうね?」
「...」
旭は朱鷺田に強くあってほしい、というよりかは女性の真似をしなくてもいいと。本来の姿を見せて欲しいとそう思っているのかもしれない。
実際に圭太から見て、朱鷺田は不完全ながらも慈悲深く。心優しい性格なのが見えているのだ。
それは側にいる仲間達ならもっとその事を良く知っているだろう。
自分にストイックで理知的ならリーダーとは言わずとも、参謀には向いている。
旭はこれを見透かしていた。生かしてあげたかったが上手くいなかったのだろう。無理もない。それほどまでに朱鷺田は複雑な事情をもっているからだ。
ただ、答えを導き出せた圭太は身の上話をしながら朱鷺田を上手く誘導出来ないか?と探っているようだ。
「僕もさ、昔から姉貴に守られて生きてきたんだ。物理的な意味でじゃないよ。精神的にね。姉貴は歌舞伎の舞台に上がれないからその分も頑張ろうっていつも思ってた」
「良い心がけじゃないか」
Dr.黄泉に会う前に望海に話した会話だ。
そのあと、圭太は今の姉を見て。その考え自体が間違いであったと首を横に振った。
「違うよ。僕は逆に姉貴の事を侮辱してた。姉貴はあんな舞台で収まる人じゃないんだよ。沢山の仲間がいて、沢山の人に愛されてる。どう?貴方と旭さんは今何処にいる?」
「いや、だから離れて...嫌、そうじゃないな。鳥籠の中にいるよ。ずっとそこで一緒にいるんだ。ありがとう、そうだな。旭に鳥籠は似合わない。幼い頃、ずっと言ってたんだ。朝日が見たいって。でも、その夢が叶う事はなかった。今もそうだ」
朱鷺田が泣き出しそうな顔をしていると、圭太は姫乃からもらったハンカチを彼に手渡した。
こうなれば話は早い。町長の息子を味方につけられたらどれだけ心強い事か。この町の不気味な騒動にも決着がつけるかもしれない。
「大事な物なんだ。直ぐに反してね。ねぇ、僕達に協力してくれない?さっきさ、トランクを隠してた事黙っててくれたよね?貴方の力が必要なんだ」
その言葉に朱鷺田は涙を止め、照れ臭そうにニコリと微笑む。
何かデジャヴのような物を彼は感じ取ったのだろう。
「同じ事を前にも言われたよ。旭の方が頼りになると思うけどな。そうじゃないんだろう?」
「そのままの意味。絶対に喜んでくれると思うけどな「好き」って言ってくれると思うよ」
望海から話を聞き、両思いとまではいかずともお互いの事を思い合っている事は圭太も理解出来ていた。
だから、軽く冗談、ジャブのつもりで朱鷺田にそう言ったのだが予想斜め上の返答が返ってきた。
「旭はそんな事言わないよ。いつも“お前が俺の1番だ”って言ってくれるんだ」
そう言うと圭太はポカンと口を開ける。
いつもという事は、この会話が日常的に起きている事を意味している。毎日、プロポーズでもされているのか?と錯覚するレベルだ。
実際に朱鷺田は首を傾げ、さぞ当然のようだと逆に驚いている圭太に対して疑問符を浮かべているようだった。
圭太はとんでもない奴に会ったなと、タジタジになりながら口を開いた。
「いや、想像以上だよ。貴方、愛されてるんだね。あっ、瑞稀さんが呼んでる。もう行かなきゃ」
「そうか、じゃあ気をつけて。俺は親父から離れられないし、君達の手伝いは出来ない。お互い頑張ろう」
晴れやかな表情で朱鷺田は優雅に手を振り、圭太を見送った。
圭太は苦笑いしながら半ば逃げている状態だ。
途中で躓くぐらいには珍しく動揺しているようだ。
「どうだったかい?ご子息の方は?」
「大丈夫だと思うよ。あの人は僕たちの味方だ。というより、旭さんが思ったよりデキる人っぽいんだよね。彼の話を聞いてると。何か手がかりを持っているかもしれない。というより...」
そのあと、圭太は町長の方をチラリと見ているようだ。
それを見て、瑞稀は何かを想像したのか?叫びそうになる自分の口を塞いだ。
「...もしかして。町長に近づきすぎて消されたとか?いや、それはあんまりだろう」
「大丈夫、それはないと思う。...あぁ、なるほど。これを姉貴達に伝えるか迷うな。いや、絶対にあの3人ならすぐさま保護するとか言いそうだし。瑞稀さんなら大丈夫か、ちょっと廊下に出よう」
瑞稀は首を傾げながらも一回廊下に移動すると圭太は自分の考えを話始めた。
「成る程、自分たちの関係性を利用して自由に動き回れるように上手くカモフラージュしているという事か。でもご子息は知らなそうだったけどな。演技にも見えないし。町長も平然としていたのはそのせいか」
「多分、朱鷺田さんは知らないだろうね。もしかしたら、違う仲間には伝えてあるのかもしれないけど。旭さん本人が表に出るのは難しそうだ。何とか引っ張り出せるように誘導出来るといいけど」
そんな時だった「カンッ」と何かが落ちる音が聞こえる。
これには圭太も瑞稀も驚き、誰もいないはずのソファに目を見やると1人の老人がいた。
50代後半だろうか?黒いスーツ、ボーラーハット。
赤いネクタイをしており、清潔感はあるが何処か不気味だった。
その証拠に彼の瞳は黒く濁り、何処か虚空を見つめているようにも見える。
「済まない、そこの若者達。私の杖を取ってもらえないだろうか?足が悪い物でね」
この場面、圭太は警戒し瑞稀を会場内に逃すように戻した。
「はい、お爺さん。どうぞ」
圭太が老人に杖を渡すと、彼に耳元である事を呟かれた。
「闇夜のカラスほど頼もしい存在はない。しかし、気をつけなさい。一箇所だけ、見張られている」
「...え?」
そういうと老人はまるで霧に包まれるようにその場から消えてしまった。




