第弐話 協力者 ◆
とある日の夜、病院を名残惜しそうに立ち去る一人の男性がいた。
出入り口の扉には黒髪と深緑の瞳が映る。
ピンクのネクタイに緑のシャツ、袖や襟元には白いボタンがある。
彼の名は山岸寿彦、引退した旭の同期で仲の良い仕事仲間でもあった。
しかし、彼はあくまでも仕事仲間であり山岸は違うグループに所属している。
年齢は旭の二つ上の二十八歳だが、実年齢より若く見えるのは自分より年下に囲まれているからなのだろう。
手には女性物のようにも見える緑と白のボストンバッグがある。
親族の女性が入院していて、その着替えを取りに来たのだろうか?
『...ねぇ、寿彦さん。こっちよ。こっちに来て』
その言葉に山岸はビクリと身体を震わせ、そこから直ぐに立ち去ろうとする。それに返答すると言う事もしないようだ。
『なんで?なんで私を見捨てたの?貴方も知ってるでしょう?私、死にかけたのよ。とても辛かった。とても苦しかったわ。ねぇ、助けてよ。寿彦さん』
その不思議な声に思わず山岸は立ち止まる。
それほどまでに応えたのだろう、この声は彼の願望や妄想が入り混じった声なのかもしれない。
しかし、彼は良く知っている。彼女がそんな事を言う人ではないという事に。
「...そうだね、青葉。丁度、こんな満月の夜に君は襲われた。秋だから余計に月が綺麗に見えた」
『そうね。私達は仲睦まじい夫婦だった。今もそう。ねぇ、寿彦さん。貴方に会いたいわ。こっちに来て、顔を見せて?』
そのあと、山岸はフッと微笑んだあと。壁の方へ真っ直ぐに向かった。
比良坂町の区域を仕切る壁は特殊で、この壁の間には水路が存在している。
彼のいる、千体という地域は壁が近く危険区域であり皆、警戒していた。
そして山岸もまた同じだった。真剣な表情でホルスターから拳銃を抜き、赤色の弾丸を詰めた。
その時、水路から一人の女性が飛び出してくる。
いや、違う。確かに上半身は女性だが口を開くとギザギザで鋭い歯を持ち。下半身は完全に魚と一緒。
つまり、この水路には人魚が生息していると言う事になる。
【Code:005 承認完了 亡霊火を起動します】
グリップ部分にある数字ボタンに指定の数字を入れ、躊躇う事なく引き金を引いた。この状況を何度も遭遇しているのだろう。
人魚は全身を発火させ、一部は黒く変色してしまっている。
その様子を山岸は冷たい表情で見ていた。
『アァァァァァァ!!ナンデ!!ナンデヨォ!!トシヒコサン!!』
「その薄汚い口で俺の名前を呼ぶのやめてくれる?俺はね、お前達を許さないし許しちゃいけないんだ。ウチは紅一点の男世帯だからね。良く知ってるよ、お前達のことは。男をそうやって惑わして水路に引きづり込もうとする。青葉は逆に俺の声を真似されて、俺に何かあったと思って壁に近づいたんだ。「貴方が無事で良かった」と言ってくれるぐらい青葉は誰よりも男前なんだよ。だから襲ったんだろ」
山岸は怒りを露わにしながらもその頬には涙が伝っていた。
そのあと、人魚が消え去るのを見届ける。
「はぁ、また討伐数増やしちゃったよ。隼君に怒られちゃうかな。適当に数字濁しておくか。おっと、連絡が。もしもし、那須野?どうした?」
「あぁ、山岸。済まない、今外で依頼受けてるんだけどよ。歯医者で夜間救急が入っちゃってさ。そのまま戻らないといけないんだわ。本拠地の戸締りお願い出来るか?」
仲間である那須野健雄は実家が歯科医院を経営しており、自身も運び屋と歯医者を兼業している。
依頼がない時はこのように医院で仕事をしているので今日も同じように戻るようだ。その言葉に山岸は頷く。
「分かりましたよ。愛しの那須野の為だもの、喜んでお受けします。あっ、そうだ。俺もうすぐ定期検診なんだよね。那須野先生にお願いしたいな。今、予約して良い?」
山岸は普段から軽快というか、チームメンバーが皆。基本的に真面目で仕事熱心と言う事もありムードメイカーがいないと堅苦しく周囲からも見えると言う事で、最年長でリーダーである山岸が率先してその役割を担っている。
このチームは二人一組のペアで依頼を受ける事もあり、山岸にも相方がいる。組織内で那須野同様いやそれ以上に兼業も多いが元々器用な性格なのか?嫌がる事なく逆に楽しそうに仕事をこなしていた。
彼らの本拠地は此処から離れた氷川という場所に存在している。
彼らは異能力者、瞬間移動に特化しその上で先程のように戦闘能力にも秀でている。
これは比良坂町の立地に関係していると言っても過言ではないだろう。
壁や病院から立ち去った山岸の前には碁盤の目のように複雑に入り組んだ街並み。皆、建物が低く古民家。平屋が多い印象がある。
しかし、その家でさえも古めかしく本当に人が住んでるのか疑問に思う程だった。
実際に空き家も多く、経済的に困窮している比良坂町ではそれを取り壊して新たに建物を作る余裕すらない。
道も狭く、車が通るスペースも確保するのは無理があるし自転車でもギリギリだ。
実際に歩行者と自転車の接触事故も多いと聞く。
十字路が多い為、その分死界も多くなるからだ。
そんな町民を無事に目的地まで送り届ける存在が運び屋だ。
彼らはこの複雑怪奇な比良坂町の地理を把握しており、正確な道案内までしてくれる。
戦闘能力も持っている為、要人警護を任される事も多い。
実際に旭は町長の護衛役をしていた事もある。
勿論、先程の人魚に対しても有効だ。
特に彼女達は真夜中、一人でいる男性に接近する事が多い。
それにはある事情があるが、それが判明するのは先の話だろう。
山岸が束ねる組織は男性が多い事も合わさって、戦闘に秀でたメンバーが複数人いる。
その中でもずば抜けて、優秀かつ仕事も早い山岸にとっても自慢のエースがいる。先程、口にしていた隼の事だ。
道を良く知る山岸はスタスタと迷う事なくある場所に移動した。
半壊した古民家から剥き出しになった柱、そこには不気味なマークが存在していた。
それぞれ、個性があり鳥や山、他にも林檎だろうか?専用のマークもあり緑や赤色の配色が多いように思う。
運び屋達はこの存在を印と呼んでいる。
印は空間移動するのに重要な存在だ。
運び屋達は異能力者故に強弱はある物の念力を持ち合わせている。
山岸は丁度、組織内で平均的な能力を持っている。
試しに彼が自分の印に触れると数キロ先の氷川まで一気に移動した。
そのあと、数歩歩いた所に彼らの本拠地が存在する。
「あれ?可笑しいな、明かりがついてる。今の時間、那須野以外誰かいたっけ?」
首を傾げながら、本拠地の民家の窓をチラリと見やると山岸は微笑んだ。その様子から見て、仲間が中にいるのだろう。
鍵を開け、共有スペースへと向かった。
「隼君!ただいま!お父さんが帰ってきたよ!」
年齢的に親子関係は無理があるので山岸は冗談で言っているのだろう。
緑のベットにもソファにも似た場所に胡座をかきながら楽譜を書く二十歳前後の青年がいた。
無造作な黒髪、緑色の瞳。それを見るとなんとなく山岸が息子扱いするのも分かるだろう。自分に似ているからだ。
首にかけている紫とピンクのヘッドホンも印象的だ。
白いシャツに緑の上着、いつもの彼の服装だ。
しかし、集中しているのかブツブツと独り言を言いながら鉛筆を顎に当てている。首を傾げ、困った表情をしているのを見るに次のメロディを考えているのだろう。
しかし、山岸の存在を認知すると顔を上げた。
彼の名は松浪隼このチームのエースであり、比良坂町でも一二を争う知名度を誇る運び屋だ。
「あっ、山岸先輩。何してるんですか?こんな所で。貴方、朝一でしょ。こんな所にいたら、寝坊しますよ」
「朝に弱い隼君に言われても説得力ないね。ねぇ、聞いてよ隼君!この前精肉店に行ったらさ、また値上がりしててさ。隼君の好きなザンギが作れなくなっちゃうよ」
その言葉に隼は顔を顰める。これには色々な意味があるだろう。
山岸は料理上手な一面もあり、皆にご飯を振る舞う事も多い。
と言うか、メンバーの弁当も彼が作っていると言う有り様だ。
しかし、それには狙いがあり隼や他のメンバーもそうなのだが食に対して問題点を持っており、実際に隼も好き嫌いが多く偏食でもある。
それと同じく服装についても一緒で触覚、感性が鋭いのか隼は着る服を選ばなくてならないのだ。セーターのような服は特に彼に不快感を与えてしまう。そんな彼を思い、手作りの赤いセーターを贈ってくれたメンバーもいる。
「俺、ちゃんと稼いでいるから問題ないでしょ?望海達程じゃないにしても、顧客も最近増えてきたし」
「隼の仕事の速さは比良坂町随一だからな。リーダーとして誇らしいよ。でもさ、意外だよな。隼って、男の子からカッコいいって良く言われてるじゃん?本人としてはどう思ってるの?」
「いや、別に。俺は自分の仕事をするだけだから。ただ、俺は周囲の思うような人間じゃない。根暗で、世捨て人で、周囲に馴染めない愛想笑いも出来ない。そう言う存在なんだ」
暗い表情をする隼に山岸は近寄り、対面で座りだした。
「いいじゃないかそれで。そう言う所が隼の魅力なんだよ。クールで冷静沈着で。落ち着いていて、しっかり者で知識も豊富で。一点特化の感じとかさ、職人気質って感じがしていいじゃない?俺は何でも卒なくこなす器用貧乏って感じだし。今の男の子が憧れる存在ってきっと隼みたいな存在なんだよ」
そう言うと隼はホッとしたのか、微笑みながら二度頷く。
山岸はいつも思う。隼の笑顔や寝顔はあどけない子供のようだと。
だからこそ、周囲に子供が近寄ってくるのかもしれない。
そのあと、側にあった数冊の本に目が行った。
山岸はその本の持ち主を良く知っている。しかし、隼の物ではない。
その本の持ち主を目の前の彼は教えてくれた。
「颯先輩にこの本返そうと思って待ってたんですよ。仕事終わったらそのまま、実家に寄るって聞いてたので。お祖母さんがせんべい汁作ってくれるって言うから一緒にご飯を食べて来ます」
その言葉に山岸はバカ親にでもなったのか?突然泣き出した。
その様子を隼は呆れたような表情で見ている。いつもの事なのだろう。
「グスッ、隼君が他の家のご飯を食べるなんて。今までだったら絶対出来なかったのに。成長したな。お父さんも一緒に行こうかな」
「いや、無理でしょ。陸奥の方ですよ?山岸先輩行けないでしょ。今回ばかりは諦めてください。と言うか、集中してたらいつの間にかこんな時間に。俺もう出ますから、山岸先輩はどうします?」
山岸も自分の荷物を持って玄関の方に向かうようだ。それに追従するように隼も其方に向かう。
「那須野がそのまま歯科医院に戻るって言うから戸締りを頼まれたんだよ。そしたら隼がいたってわけ。鍵は俺も持ってるし、早く颯の方に行ってやって。もうすぐ業務も終わるだろうから」
「分かりました。じゃあ、山岸先輩。また明日もよろしくお願いします」
隼は軽くお辞儀をして印のある場所に移動する。
鳥のマークが描かれた印に触れると周囲に突風が吹き荒れる程の勢いで瞬間移動を行う。これだけでも異質な存在という事が分かるだろう。
「やっぱ、二代目はすごいな。あぁ、でも。隼はそう言われるのが好きじゃないんだよな。母親の事は反面教師にしてるって以前も言ってたし。でもやっぱ凄いわ。能力って遺伝してるのかもな」
そんな言葉を吐き捨て、山岸は拠点の施錠を行った。
《解説》
今回は山岸寿彦、彼を中心にキャラクター紹介をさせて頂きたいと思います。
山岸は1982年から現在にかけて運行されています。
「東北新幹線・やまびこ号」をモデルとしています。
現在は東京ー盛岡間で運行されていると言う事で、苗字の岸は岩手県のリアス式海岸、名前の寿は「ひかり」「こだま」に続いてキャリアが長い事から長寿という意味で名付けました。
キャラクターには好物も存在しており、山岸は岩手県をイメージして「びっくりドンキー」の一号店「ベル」が盛岡にある事からハンバーグ、じゃじゃ麺や冷麺も有名と言うので好物に選んでいます。
山岸は正統派、爽やかイケメン、伊達男みたいなイメージで書いてます。同じく停車駅の仙台の影響も強いですね。
料理が得意なのもずんだ餅や八丁味噌を考案した伊達政宗からです。
服装はE5系をイメージしていますが、元ネタのやまびこは様々な種類の車両を使うと言う事でそれに合わせて対応出来るようにワイシャツとネクタイにして色を臨機応変に変えられるようにしています。
妻の青葉は同じく開業から1997年まで運行にしていた「あおば号」ですね。現在はあさひ号とともに存在していないと言う事で史実同様、引退しているという風にしています。
物語の舞台である【比良坂町】はミニ日本だと思ってもらって構いません。
今回、千体=仙台、氷川=大宮と実名を出す訳にはいかないのでその場所の昔の名、旧国名や土地の名前の由来にもなった城や神社などからも名前を取っています。
律儀に覚える必要はないので雰囲気で楽しんでください。
地元の方だったら大体この辺りかな?と検討がつくかもしれません。
比良坂町は完全なるディストピアで、住みたくない町No.1を目指して描写していきたいと思っています。
新幹線を【運び屋】という物騒な職業に変換しましたが、実際に人を安全に運んでいるので当たっているといえば当たっていると思います。比良坂町では運び屋達はヒーローのような存在です。
リアルで子供達が新幹線をヒーローのように思う気持ちと同じだと思ってください。
【印】は路線図を見ると停車駅に丸がついてる場合が多いんですよね。それを見立てています。
印の場所はキャラクターごとに違いますし、行動範囲もリアルに沿って決めています。例えば、新青森行きのやまびこ号ってありませんよね?
それと同じで新青森行きのはやぶさ号はある為、陸奥まで移動出来ると。隼のモデルは「はやぶさ号」となっています。
今作は擬人化という事で新幹線達は運転手と同じく乗客としても利用が可能になっています。
なので隼が山岸を陸奥に連れて行くという事は出来るんですが断られてしまいましたね。