第弐拾弐話 ジャーナリスト ◯
瑞穂と共に部屋に戻り、近くのソファに腰掛けると亘が話を始める。
「それでは始めよう。まず、第肆区は危機的状況にある。瑞穂、燕、分かっていると思うが人魚が街中に潜入した」
「分かってるわ。咲ちゃん、凄い落ち込んでいたもの。「坊ちゃんが襲われそうになった所を斬り殺してしまった」って。「正当防衛とは言え、人殺しと変わらない」でも、そうは言っていられないのが肆区の状況よね」
繁華街での出来事はやはり、亘もそうだが肉体的、精神的に優れている咲羅さえショッキングな出来事でもあった。
それに加え、瑞稀からの言葉。咲羅も思う事があるのだろう。
今日、この場に現れる事はなかった。
「やはり、Dr.黄泉の支援が有るのと無いのでは天と地程の差があるという事でしょうか?こちらでは武器を安易に調達する事が出来ます。対人魚用の麻酔銃や照明弾、殺さない方法は幾らでもあります。ですが、肆区の方々に器用な立ち回りを要求するのは難しいのかもしれません」
肆区というのは比良坂町の中でまだまだ未開発の地域だ。
やはり、1番難点に上がっているのは電波障害だろう。
比良坂町全体ならまだしも、何故肆区のみそのような環境になっているのだろうか?
しかも、望海達も中心街である筑紫までしか移動が出来ない。
Dr.黄泉の支援も難しい中でどう立ち回るのかが議題に上がった。
「最悪、肆区が危険に晒されたとしても咲羅達3人は参区に避難する事も可能だ」
「でも、そんな事したら亘くんや海鴎くんが此処に取り残されちゃうよ!それに燕だって瑞穂や咲羅がいないと移動出来ないのは一緒だもん!」
燕は不安がっている。
これから起こる事に対して怯え、涙目になっていた。
望海も未だに面識のない海鴎という人物が気がかりでならなかった。
しかも、誰とも連携が取れず孤立状況なら尚更心配にもなるだろう。
この大事な危機を乗り越える為にも、周囲との連携は必要不可欠であると望海は思っていた。
「何か、私の力になれる事はありませんか?私が仲介役となって人員の派遣やDr.黄泉との橋渡しも出来ると思います」
「ありがとう、望海。だが、この比良坂町全体で見た時。人材が豊富な壱区はまだしも、他の区はそうはいかない。特に弐区と参区。ここは君達3人が中心となって動いている地域だ。君達が肆区に手間取っている間に他の区に何かあったらそれこそ本末転倒だ」
「...それはそうですが」
下を向き、落ち込む望海に対して瑞穂は真剣な表情で亘へと投げかける。
「でも、亘君。望海ちゃんの言う通りだわ。肆区だけで抱え込むんじゃなくて他の人に助けを求める事も大切だと思うの。特に肆区は地理的にも人の流れ的にも閉鎖的な所もあるし、こんな所にいたら狭い考えしか出てこないわ」
「確かに瑞穂の言う通りだな。それに交渉が上手くいけば人魚達と戦わずにこの場を去ってもらうという事も可能かも知れない。戦闘はあくまでも最終手段だ。今は彼女達に納得してもらえるようなカードを揃える事が鍵になりそうだな」
何とか方針をまとめる事が出来たが、状況は依然として悪い方向に傾きつつある。
望海は他のメンバーに意見をもらう為、第弐区に帰還した。
「ただいま帰りました」
「あぁ、望海か。おかえり」
児玉に出迎えられ、カウンターに腰をかけようとした時一つの名刺が目に入った。
「来客の方がいらしてたんですか?ジャーナリスト、日向葵」
「何か、運び屋の仕事を取材したいって来たんだよ。断ったがな。茶化すような態度ではなかったから協会の連絡先を渡しておいた。広報か何かが対応するだろ」
「ウチは運び屋の中でも多忙で取材を受けるような余裕ないですもんね」
その頃、協会ではスーツ姿に橙色のショートヘアーと赤い瞳が印象的な女性がいた。メモを持ち、誰かに声をかけている。
そんな中で時間があったのだろう。にこやかに応対してくれたのが山岸と翼だった。
今日は珍しい格好をしている。
山岸は白いワイシャツに緑色のネクタイ。翼は緑のベレー帽にシルバーのライダースジャケットを身につけている。
山岸曰く、緑を取り入れたおそろコーデとの事だ。
「あ、あの。少しお時間よろしいでしょうか?私、蝦夷出版より参りましたジャーナリストの日向葵と申します」
葵は喫茶店で渡したのと同じ名刺を2人に丁寧に差し出した。
これを見るに所謂、パパラッチのように一方的に相手を追い込むような下賤な記者でない事は分かるだろう。
児玉の直感は当たっていたようだ。
「全然、大丈夫っすよ。ねっ、山岸さん」
「プライベートな質問でもドンと来い!」
「ふふっ、ありがとうございます。実は弐区の運び屋特集を組んでいまして。他の皆さんから見て望海さん達、3人の印象をお聞きしているんです。ご本人は多忙な方達ばかりですから、直接取材をする事が難しくて」
「成る程、そうだな。やっぱり、他のグループに比べても連帯感って言ったら児玉さん達の右に出る物はいないよな」
その言葉を葵は聞き逃さすメモ帳に書き込んでいく。
「望海の仕事の捌き方は、同期の俺からしても尊敬するし誇らしいっていつも思ってます。自分も頑張ろうって気になるんすよね」
「お2人共、素敵なご意見ありがとうございます。ではどうでしょう?逆に直して欲しい所などはありますか?」
その言葉に2人は顔を合わせ、真剣な表情で頷く。
その光景に葵は首を傾げていた。
「葵さんは弐区の児玉さんの喫茶店に行った事ありますか?あそこにある物、大体俺たちの私物なんすよ」
「えっ!?」
「忙しいのは分かるけど、借りた物はキチンと返して欲しいよな。以前、児玉さんに料理本貸したら「今、手が離せない」とか「忙しい」とかはぐらかされて結局、自分で取りに行ったからな」
「...そうなんですか。でも、偶然という事もありますよね?」
そんな時だった、山岸が誰かを手招きしている。
葵は振り返ると数メートル先に隼と小町がいた。
「お疲れ様です、山岸先輩。翼もお疲れ。取材ですか?」
「隼、小町。俺ら2人だけじゃないよな?言ってやってくれよ、この前の会議後の事」
「あ、あぁ!!小町の傘、まだ戻って来てないの!望海に貸して、隼と相合傘して帰ったの今でも覚えてる!」
「依頼数が多い望海が風邪でも引いたら、グループだけじゃなくて全体にも影響が出るから仕方ないけど小町が傘を持ったから俺の肩がびしょ濡れになった記憶しかない。本当、肩身の狭い思いをさせられるよ」
隼の言葉に他3人は何度も頷いていた。
そのあと、葵は受付に案内され応接室に通されていた。
しかし、彼女の目は泳いでいる。
無理もない、何故なら彼女を対応しているのは会長にも近い秘書の節子なのだから。
しかし、節子は気に留めるような事もなく優雅にコーヒーを入れている。
「コーヒー、お好きかしら?ごめんなさい、今広報の方が手が離せないみたいで」
「い、いえ!お構いなく!まさか、会長のご息女が対応してくださるとは思っていなかったものですから。改めてまして、蝦夷出版から参りました。日向葵です」
コーヒーやお茶菓子を彼女の前に持っていき、節子は向かい側のソファに腰掛けた。
「まぁ!あの大手の出版社の方?私、美術館や博物館巡りが大好きでそう言った関連情報雑誌を拝読させて頂いているの」
敷島邸のある忍岡の近くには広い公園は勿論、美術館や博物館、動物園なども存在している。
節子は休日、そのあたりを散策するのが好きなようだ。
「まさか、ご息女に認知して頂いているとは思いませんでした。私は部署は別でしてジャーナリストとして“とあるテーマ”を題材とした特集を組みたいと考えているんです。ですが、情報が足らず。こちらにご協力頂ければと思いまして」
「あるテーマと言うのは何かしら?」
そのあと、葵は真剣な表情をしながら意を決し口を開いた。
これには節子もどうした物かと身構えてしまう。
「私の、いいえ。この比良坂町に関わる全ての人物のルーツです。信じて頂けるか分かりませんが私は人魚の末裔として生まれました。しかし、人間の姿をしています。この矛盾と共にもう一つ、調べたい事があります」
節子は会話を聞いて、冷静を保とうとしたがカップを持つ手が震えている。
しかし、彼女から危害を加えられた訳ではないまずは話を聞く事にした。
「私の祖母から聞いた話です。私の祖先の人魚は悪い意味で出来が良く、人魚の血を持ちながら人間の姿をしていたそうです。遊廓に売られる前、彼女には「鶴崎真紅郎」という弟が居たそうです。しかし、彼も軍に売り飛ばされました。それからというものの消息は掴めていません」
現在、比良坂町には遊郭なる物は存在していない。
しかし、節子は執事から昔話を聞いた事があるのだ。
比良坂町には昔、地上で大蛇が暴れ遊郭は勿論、城や町役場を粉砕してしまったと。
もしかしたら、かなり前の出来事で。鶴崎と呼ばれた男ももう既に亡くなっているのかもしれない。
「...単なる人探し、という事では無いのよね?」
その言葉に葵はしっかりと頷いた。
「数日前の事です。第弐区から人の出入りがありました。一人はこの比良坂町でも有名な歌舞伎役者の東圭太。彼は異国での公演を終え、この町に帰ってきました。問題はもう1人、彼の側に付き添っていた男です。彼の名は「音無拳悟」この人物も約100年前に少年兵として軍に売り飛ばされました。しかしです、目撃者からは20代後半の若い男性だったと言われています」
「どういう事?100年以上前に生きていた人物が今もなお生き続けているというの?」
節子はコーヒーをソーサーに戻し、首を傾けながらそう言っている。
その言葉に葵は首を横に振った。
「いいえ、単なる他人の空似なのかもしれません。そうあって欲しいと願うばかりです。ですが、記録と現在の状況が矛盾している以上ジャーナリストとして全ての真実を明らかにしたいというのが本音です。お願いします。どうか、協力しては頂けないでしょうか?」
立ち上がり、深々と頭を下げる葵に節子は何も言えずにいた。




