第弐拾壱話 報告 ◯
数日後、望海は調査結果を報告する為七星邸に訪れていた。
「任務完了、お疲れ様。ありがとう、望海。君に頼んでよかった。君達、姉弟とDr.黄泉の話も実に興味深い。成る程、150年前から続く血の因果という物がこの事件に関連していると良い事か」
黄泉から届いた資料を捲り、内容を確認しているようだ。
望海にとっても中々、衝撃的で理解し難い内容なのだが噛み締めるように読んでいるようだ。
年下にも関わらずしっかりしているなと望海は感心していた。
そのあと、大切な物なのだろう。大型の鏡が机の上に置いてあるのを望海は見つける。花紋鏡だ。それを見ながら会話を続ける。
「あの、以前その鏡を見て私と節子さんが人魚ではないと分かっていましたよね?その鏡には何か不思議な力が秘められているという事でしょうか?」
そんな質問をすると亘は実際に触れながら丁寧に教えてくれた。
一瞬、鏡の中に望海が映ると文字が複数浮かび上がる。
「花紋鏡は七星家に伝わる家宝の一つなんだ。真実を映し出し、相手の素性を教えてくれる。君の好物も分かるよ。アイスクリームだろう?」
「な!何故それを!」
「別に君だけではない、先日君と一緒にいた令嬢はキーマカレー、咲羅は大学芋、瑞穂は辛子蓮根、燕は豚骨ラーメン、新入りの海鴎はカステラだ」
望海が慌てる姿を見て、亘は年頃に相応しく静かに笑っていた。
それと同じ頃、屋敷のチャイムが鳴る。
亘が席を外し、玄関へ向かおうとするのを望海は慌てて止めた。
「このご時世です。侵入者かも知れません。もしかしたら、人に化けた人魚かも」
「心配してくれるのか、ありがとう。大丈夫、元々来客を呼ぶ予定だったんだ。報告書の内容を共有しておきたくてね」
しかし、心配に思った望海は亘と共に玄関に向かう。
亘が扉を開けるとそのまま彼は手を引っ張られてしまう。
「やっぱり!亘さん...あれ?」
亘は抱き寄せられた先で呆れたように溜息を吐いていた。
「瑞穂、僕の事を子供扱いするのは辞めてくれないか」
「えー?亘君はまだ子供でしょう?ふふっ、背伸びしちゃって可愛い」
「瑞穂、燕の頭も撫でて撫でてー」
「はーい、燕ちゃんもナデナデしようねー。あら、望海ちゃんもいたの?久しぶり、瑞穂お姉さんが良い子の望海ちゃんを甘やかしちゃおうかな?」
「...くっ」
正直な事を言うとこのまま瑞穂の豊かな胸に飛び込んで甘えさせて欲しい。
母親の愛情に飢えている望海にとって瑞穂は理想の母親像に近い所がある。
とは言え、自分のプライドが邪魔をして素直になれないのだ。
「け、結構です!」
「あら、本当にいいの?そうだ、2人とも先に行っててくれる?私、望海ちゃんに用事があるの」
「はーい!亘君、燕と一緒に行きましょう」
2人が部屋に行くのを見届けた後、望海は質問を投げかける。
「あの、私に用事というのは?」
その言葉を言い終わる前に瑞穂は望海を抱き寄せて頭を撫でる。
「望海ちゃんはとっても良い子ね。貴女が私は大好きよ」
「...」
「生まれて来てくれてありがとう。貴女はいるだけで愛されるべき存在よ」
実の母親からも貰えなかった言葉を瑞穂はくれる。
望海と圭太の母親は条件付きの愛しか与えなかった。
舞台や習い事で上手く行った時しか褒めてもらえない。
いや、子供達を褒めるのも結局は自分の為。
自分の、母親としての居場所と地位を守る為に子供を利用しているだけなのだ。
子供が優秀ならそれを産んだ自分も優秀だとそう思い込んでいたのだろう。
圭太はそれを幼い頃から気づいており、冷ややかな視線を向けていたが望海は割り切る事が出来なかった。
自分とってたった一人の母親。
変わりがいない存在から愛情が欲しい、しかしそれは幻想だったのだと望海は数年前に気づいたのだ。
母親は元々、無力な人だった。
赤い血を持っているのも関わらず異能者でもなかったのだ。
望海が習い事を辞めた頃から彼女は精神病院にいる。
生きる価値を探し求め、彷徨った結果がこれだ。
母親は何も与えてはくれない。
もう、望海は母親と対面する事はないだろう。
「ありがとうございます。瑞穂さん」
彼女から離れるとふと、瑞穂が一瞬悲しそうな顔をしたがいつものように優しい笑みを浮かべた。
実は先程の彼女の言葉、本来では望海ではなく瑞穂が本来求めている言葉なのだ。
以前、彼女が武術道場出身という話をしたが師範代である彼女の父親は瑞穂が女児故に後継ぎになれないと疎外していた。
道場の出入りも許されず、まるで存在を否定するような事をされたのだ。
しかし、瑞穂は諦める事はなかった。
だが自分から歩みよるものの、父親から体罰同然の事をされそうになったのだ。そんな時、助けてくれた存在がいた。
詳しい話は彼女から直接聞く事になるだろう。
「ふふっ、素直な望海ちゃんも大好きよ。じゃあ、私の用事は終わり。2人の所に行きましょうか?」
「はい。でも瑞穂さん、やっぱり貴女はお強い方ですね。私は貴女以上に強い女性に会った事がない。まぁ、光莉も中々強烈なんですが」
そう言うと瑞穂は嬉しそうに笑みを浮かべている。
2人は亘の部屋に向かう為、歩きながら話をするようだ。
「光莉ちゃんや児玉さんは私達の目標みたいな物だし、望海ちゃんもそうでしょ?私ね、凄い経験をさせてもらってるっていつも思ってるの。元々、武術は磨いて来たつもりだけど運び屋に関して素人同然で。知識もあまりなくてね」
その後、望海も同じ思いだったと共感するように首を横に振っていた。
望海も家系的に運び屋と縁がなかった。どちらかと言うと以前は利用者側で習い事で使っていたと言うぐらいだろう。
「いいえ、私も身近にいたスポンサーの方が兄弟でご活躍してた方だって知らなくて。しかも、燕ちゃんの大叔父さんなんですよね。世間って狭いですよね」
「本当にね。そう言えば、幼い頃にね。咲ちゃんと一緒に遊んでいた男の子がいたの。確か、お母さんが運び屋でお仕事で此処に住んでたんだったかしら?写真もないし、記憶も曖昧なんだけど。いつの間にか引越しちゃって。とても静かな子だし、どこか大人びて見えたから心配だったの。何処にいるのかもわからないしね」
瑞穂は参区や肆区を中心に活動する運び屋だ。
協会は勿論、他の区に移動する事も難しいだろう。
もしかしたら、全区に移動する望海ならその男の子にあった事があるかもしれない。
「もし良かったら、亘さんみたいにその子を見つけてお手紙でも贈りますよ。素敵じゃないですか。普段会えない相手と言葉のやり取りするの」
しかし、瑞穂は首を横に振った。
「良いのよ。その子、口下手だったし。突然贈ったらビックリしちゃうでしょ?相手も覚えてるかも分からないし。それにね、もしかしたら私達と一緒で運び屋やってるんじゃないかって何となく信じてるの。根拠もない直感だけどね」
望海は瑞穂の思いを受け入れながらも、何処か納得していないように見えた。
しかし、相手の男の子はキチンと瑞穂達との思い出を持っていた事をこの後、知る事になる。
しかし、その機会が訪れるのは少し先の話になるだろう。




