第壱話 陰謀 ▲
この一年にも及ぶ出来事、事の発端はとある男達二人の密談からだった。
「はい、紅花ちゃん!これを町長さんのお部屋にお運びして。お客様もいらっしゃるから失礼のないようにね」
「はい、ただいま!」
とある料亭の板前から食事を受け取り、元気よく配膳に向かうのは紅花と呼ばれた女性だった。
彼女の着物には椿の花があしらわれている。
指定の客間、今の季節に見合う桜柄の襖を開けようとした時。
二人の話し声が聞こえてきた。
先程、板前が言っていた町長とそのお客様という事だろう。
「そう言えば、以前お会いした時と時計が違うように見えますが新しく買い替えたんですか?」
「良く見ていらっしゃる。これは元々息子にと思ったんだが突き返された。「それよりも正確な時計を持っておりますので結構です」とな。全く、子供の気持ちというのは幾つになっても掴めんな」
「おじさま、失礼致します。椿が配膳に参りました」
町長と知り合いだと言いたげな口ぶりで紅花椿は声を其方にかける。
そのあと、安心したような。さっきの話とはうって変わり、機嫌の良さそうな優しい声色が続く。
「おぉ!椿か。ほら、コッチに来なさい。全斎さん、安心してもらって構わない。私の友人の姪っ子でね。彼女の従兄弟も昔から目をかけて可愛がってるんだ。息子よりも出来の良い子だからね」
もう既に酒が入っているのか?ペラペラと身の上話をしている。
当の全斎と呼ばれた男性は眉一つ動かそうとしていないようだ。
椿は町長よりも全斎の方を警戒していた。
これには深い訳があった。
実は椿という存在は二人に探りを入れる為のスパイであり。
自分から志願をし、此処の料亭で二人が会うという情報を手に入れ従業員として潜り込んだ存在でもあった。
「そう言えば、旭は息災か?ウチの息子が申し訳ない事をしたと椿から伝えておいてもらえないだろうか?昔から良く迷惑をかけてお前達を困らせてたからな。こうなるのも必然か」
頭を恭しく下げる彼に対して、彼女は否定の言葉を返す。
「そんなっ!昔からおじさまやおばさまには凄く可愛がってもらっていますし、旭兄様だって迷惑だとは思っていません!...ただ、今は一人にさせて欲しいと」
そういうと町長は寂しげな顔をしながら何度も頷いている。
そのあと、椿は食事の配膳を終え。ある場所へと移動した。
それはなんと、二人がいる客間の天井裏だった。
天井に向かうと、名前に似合わず暗闇の中で盗聴機をいじる本間旭、彼の姿があった。側には写真機もありこの場面を撮影したのだろう。
無数の写真が散らばっていた。
旭の目的はただ一つ、町長と全斎という謎の人物との繋がりを調査。その現場を写真や音声で捉える事であった。
天井と室内で同じ会話が流れる。
「正直言って、比良坂町はもう限界だ。最盛期は一万人だったが今は減少傾向にある。全人口四千人、各区で千人の計算になる。これでは経済活動どころではない。だからこそ、全斎さん。貴方のお力をお借りしたい」
「此方としても、お互いの目的は一致している。組織からの脱出、許可制とは言え外に出る事すらままならず。町の中ですら行き来が困難な状況では、町民達の精神も疲弊しかねない」
町長はそのあと、全斎に対して深く頭を下げた。
この光景を見た、天井裏の椿は目を見開き驚きそうになる自分の口を慌てて塞いだ。
無理もない、自分の住む町の比良坂町長が外部の人間に対し頭を下げているのだから。
「この町には運び屋がいる。異能力者が各区に移動し足掛かりになっている。私の息子もそうだ。その職に就いている。しかし、昔から口癖のように「自分は籠の中の鳥だ」そういうんだ。父親としても息子の可能性を潰したくない。選択肢を広げてやりたいと願っている。どうか!」
「...」
その会話を聞いていた旭は終始無言で無表情だった。
自分だって、幼い頃から町長家族にはお世話になり。
以前は実家が銀行を経営していたが破産に追いやられた過去から金銭面で援助を受けていた身の上だ。
いつも息子と仲良くしているからと、一緒の学校に行くために学費の援助もしてもらっていた。
その行動からも分かるように町民からも慕われ、圧倒的な支持率を得ていた。
そんな彼に存在した“落とし穴”これを旭は見て見ぬフリというのは出来なかった。
ただ、自分の幼馴染であり町長の息子である彼に相談するという事は不可能だった。
昔から親子仲は険悪で、良く揉めていると本人からも近所の噂話からも聞いていたからだ。
親子仲の事を旭自身も話を聞き、相談に乗っていた。
それを思うに関係を修復したいという両者の思いがある以上、これ以上揉めるような火種を用意したくないという旭なりの優しさがあった。
二人が食事を終え、料亭から姿を消したあと。旭達も天井裏を抜け、真下の居間に降りてきた。
そのあと、旭は椿に対し労いの言葉をかける。
親族である椿もまた、家の経済難に苦しみ苦楽を共にして来た妹のような存在だ。
旭は幼い頃から裕福な町長家族に気に入られていた事もあり、お菓子をもらう事が多々あった。
それを毎度、彼女に分け与えており。椿から見ても信頼できる、そしてその恩返しがしたいと思うほどの兄的存在でもある。
「椿、ご苦労だった。親父さんも煙草付き合いはしてくれても、俺でも酒付き合いはしてくれないからな。親子揃って酒には弱いらしい。ようやく、口を滑らせる事が出来た。これで一通り証拠を揃える事が出来た。感謝する」
「でも、本当に良いんですか?何も兄様一人で抱え込まなくても。椿もいますし、支援してくれている後ろ盾もあるわけで。これを新聞社に売り込んでドンッと一面に飾ってもらう事だって出来るのに」
そう言うと旭は大きく笑い出した。その様子を見て椿もホッとする。
彼は日頃は陽気で優しい人だ。穏やかな空色の瞳からもそれが伝わってくる。
普段からニット帽を身につけ、今日は水色と銀色の物を身につけているようだ。服装もそれに類似している。
ただ、椿から見て旭は良くも悪くもマイペースでこうして周囲の協力を得ようとせず一人で突っ走り。抱え込んでしまう事もある。
だからこそ、今回自分の事を頼りにしてもらえた事が椿は嬉しかった。
先輩の運び屋からもオーパーツだと言われ、時代にそぐわない事をしていると良く言われている。
ただ、それだけ彼が当時はずば抜けて実力があり結果を出してきた存在という事が分かるだろう。
“当時”というのはもう彼は運び屋としての職に就いていないからだ。
今回の町長への危機感を覚え、それの調査に専念する為に幼馴染二人に仕事を任せた。
そんなおり、旭の持っていた無線機が鳴った。
本来であれば運び屋同士の連絡手段として無線機の使用を義務付けられているが、引退しても尚。旭はこれを利用している。
「申す申す。旭、聞こえる?マックスさんだよ!」
「おっ、マックスさんじゃないか。久しぶりだな、元気してるか?ちゃんと、トッキーの飯食えよ。塩分凄いけど」
「いや、なんかね。みどり君、ずっと縁側でぼーっとしちゃってさ。時々泣いてる時もあるし。何度呼びかけても反応してくれないんだよね。トッキーって言うと、振り向いてくれるんだけどさ」
そういうと旭は寂しげながらも、口元は嬉しそうに微笑んでいた。
渾名のように言うトッキーも、みどり君という呼称も同一人物の事をさしている。
幼馴染という事もあり、幼い頃に自分達で考えた安直な渾名を今でも使っているという事だ。とても仲が良い事が伝わってくる。
旭や電話相手の幼馴染は町長の息子であり、今回の事件の中枢的な立ち位置にいる。だからこそ、今回の怪しいやり取りにも旭は気付けたのだが、逆に近づき過ぎて正直。もうこれ以上何も出来ないというのが本音だった。
懐から手帳を出し、先程撮影した写真も挟んであるのを旭は確認する。
手がかりは得た。しかし、証拠を持った自分が騒動を起こす事は絶対に避けるべきだと旭は慎重になっていた。
「そうか。実は証拠品が出揃ったんだ。明日、家に戻るよ。共有しておきたいしな。昼間なら大丈夫か?トッキーも仕事でいないだろうし」
この口ぶりから見ても分かるが、三人は元々同棲生活をしていたという事になる。
幼馴染だし、お互いの呼称をみても仲が良い事は分かるがいかんせん距離感が近いようにも思う。
その証拠に息子が迷惑をかけたと町長が言う程だが何か訳ありなのだろうか?
「うん、良いよ!じゃあ、谷川さん待ってるから。あっ、本名言っちゃった。じゃあね、旭。後ろから包丁で刺されるなよ」
「鞠理がそう言ってくれるなら安心だな。そうだ、今何時だ?さっき懐中時計確認したら二十分もズレててさ。嫌だよな、ブランク持ちは」
そのあと、谷川と一緒に0秒に合わせカウンドダウンしながら時計の調整をする。旭は正常な時刻を取り戻したようだ。どうやら時計が二十分近く遅れていたらしい。
「...よし。これでちゃんと前に進めそうだな。あと、俺に出来る事と言えば待つだけだな。これでも辛抱強い方だが、どうなる事やら」
そんな時、ふと旭はとある少女の事を思い出した。
現役の時から、不思議と親近感を覚え後輩なのも合わさって面倒を見ていた女子高生がいた。
初めて、自分が所属していた運び屋の協会で彼女に会った時の事を思い出す。
仕事が上手くいかず、困惑していた彼女に手を差し伸べたのは正直、旭自身も不思議に思っていた。
自分が離れる頃には立派に業務をこなしていると知って安心したのを今でも覚えている。
「...望海。お前は夢の先をちゃんと描けてるか?お前は俺だけじゃない。俺達の希望だ」
とある運び屋は言った。自分は“夢を乗せる運び屋だと”叶わぬ思いや願いを叶える存在であると。
その思いを絶やす事なく、この町には無数の運び屋が存在している。
その運び屋達に危機が迫っている。比良坂町というこの混沌とした場所で何かが動き出そうとしていた。
旭はそのあと、溜息をつきながら名前に似合わず月を見上げていた。
《解説》※ここではメインキャラの設定や元ネタについてご紹介したいと思いますのでよろしくお願いします。
第1回は本間旭と紅花椿から。
旭の元ネタは1982〜2002・2022年に運行していました。
「上越新幹線・あさひ号」です。
上越新幹線の最速達列車として初期は大宮〜新潟を担当していました。
あさひの特徴として、まず挙げられるのは当時の世界最高時速を叩き出したと言う事です。
越後湯沢駅手前の大清水トンネルにて275km/hを叩き出しました。
その為、今作では名前のイメージから陽気で明るいお兄さん。
先輩からオーパーツ、時代にそぐわない事をしていると言われています。1人で突っ走ってしまう所も史実でのエピソードからですね。
越後湯沢駅やガーラ湯沢駅はスキー場の最寄り駅として有名の為、それを連想させるようなニット帽をいつも着用しています。
苗字は歴史的に佐渡島を支配していた本間家から名付けています。
初期の相棒と関連する形で色々と設定を盛り込んでいます。
今回の帽子のカラーリングはあさひ号も使用していましたE1系と同じ物です。
仲間である谷川も元ネタではコンビを数年ですが組んでいました。
上越新幹線といえば、2階建て車両のMAXが有名と言う事で会話の中に組み込んでいますが、これだと旭も同じマックスさんですね。
従姉妹設定の紅花は新幹線より以前、特急時代のあさひ号の後任である「べにばな」が元ネタです。新潟〜米沢間で運行されていました。
紅花は山形県の県花で、椿、正式には雪椿が新潟県の県花となっています。
他にも色々設定がありますので、登場キャラに沿ってご紹介させて頂ければと思います。