第壱拾捌話 再会 ◎
「ただいま、姉貴。いる?」
シンと静まり返る我が家に圭太は帰ってきた。
1、2年前から姉の姿をまともに見ていないが以前からの癖が抜けないと言うより、家に居て欲しいなという彼の願望もあるのだろう。
荷解きは後でやるとして、一度圭太は確認しなければいけない事があった。
「もう、こっちに電報は届いてるはずなんだよね。間違いはないと思うけど、念のため」
そう言いながら彼は望海の部屋に向かった。
和室の文机に立てかけられている分厚い本がある。
そう、運び屋が使用する武器の説明書だ。そこを的確なページで捲り何かを確認するとしっかりと頷いた。
圭太は普段から舞台の台本を覚える為、記憶力が良い。
数ヶ月間、海外にいたにも関わらず正確にその事を覚えているようだった。
「後は...彼処かな。いつも可笑しいと思ってたんだよね。ずっと店閉めてばかりなのに何で潰れないんだろうって。姉貴の学校の近くだし、言ってみるか」
家を出て向かったのは、望海達の拠点である喫茶店だった。
「いらっしゃいませ...!?」
「貴方だよね?僕の姉貴を誑かしたの。想像していたよりタフガイだね。肉弾戦でもする?僕、筋肉には自信あるよ」
圭太はコキコキと拳を鳴らしながら、店内に居た児玉を威嚇した。
「...いや。結構です」
喫茶店に突入された上に戦闘を申し込まれた児玉は真顔で拒否の返答するしかなかった。
やばい奴が来たと通報しようかと思ったが、年も若いしヤンチャをしたいお年頃なのだろうと彼は黙って見守っていた。
光莉に会ったばかりの頃も、中々心を開いてもらえず途方に暮れていた時、花菜が提案し2人で手料理を彼女に振る舞った事がある。
お嬢様故に、舌に肥えている光莉だったが今作ってるのと同じビーフシチューは気に入ってくれたようだ。
「そうだ、坊主。腹減ってないか?今、ビーフシチューの仕込みしてんだよ」
腹が満たされれば、心も満たされると思ったのだろう。
側にあった鍋をかき混ぜ、圭太が近寄ってくるのを見計らいご飯とソレを皿に盛り付けた。
「おじさん、良い人だね。僕、海外から戻ってきたばかりなんだ。アッチの食事が合わなくて、味噌汁とご飯が恋しかった」
「そうか、そうか。...って、坊主。結構、エリートか?外に行ける奴なんて年齢的に留学生ぐらいだろ?」
「僕は留学生じゃないよ。歌舞伎の公演で海外に行っただけ。東屋って知らない?お年寄りしか舞台なんて見ないか」
その言葉に児玉は目を見開いた。
東屋という言葉に驚いたのではない。
望海の親族である事を知って驚いたのだ。
「って事はお前が圭太か!?話は色々聞いてるぞ、にしても似てないな。仮にも双子の姉弟だろ。雰囲気も違うな」
「双子を過信し過ぎだよ。僕達は二卵性の双子なんだから似る訳がないじゃん」
その会話の後、児玉は慌ててエプロンを外し何か準備をしている。
「こうしちゃいられない!早く望海達を迎えにいかないとな。いや、その前に息子を迎えに行かないと。そうだ!圭太、地図を書くから零央を迎えに行ってくれ。俺は2人を探してくる。じゃあな!」
そのまま児玉は颯爽と店を出て行ってしまった。
「...普通逆じゃないの?」
地図を見ながら指定の場所に行くと案の定、幼稚園があった。
零央と圭太は初対面の筈だが、圭太が望海の弟だと知るとあっさりと受け入れていた。
彼と手を繋ぎ帰路に着こうとした時だった。
圭太のスーツのズボンにペタペタと零央が何か貼り付けている。
「何してるの。何?このシール」
「パパのまね!これつかってないやつ!」
とポケットから無数の印を取り出す。
児玉は特に念力が強く、無数の印を扱える運び屋だ。
予備として持っていた物を零央は探し出し持って来たのだろう。
「せっかくなら、僕の所だけじゃなくて道に貼ってみたら?使い方が分からないなら教えてあげるよ」
「れお、ひみつきちつくりたい!れおしかわからないひみつきち!」
「いいね、秘密基地。それなら3人に見つからない所に貼ろう」
それと同じ頃、児玉は2人と合流し幼稚園の方に行ったのだが入れ違いになってしまったのか圭太達を見つけられずにいた。
「あら?零央君ならさっきお兄さんが迎えに来てましたよ。海外に行ってた歌舞伎役者の方ですよね。今日お帰りになる日だったんですね。姉弟揃って有名人なんて羨ましい」
担任の先生からそう言われ、望海はそうだったと思い出したように蹲っていた。
「そうでした、すっかり忘れてました。なんか、関所の方が騒がしいと思ったんですよね。と言うか、圭太何処に行ったんですか?一度、喫茶店に来たんですよね?」
「あぁ、もしかしたら一回そっちに戻ったのかもしれないな。俺はそっちに行って来るよ。光莉と望海は外を見てきてくれ」
「了解。でも、私。圭太君、お初なんだよね。っていうか向こうで運び屋やってたかもしれないって本当?」
光莉が望海に目配せすると少し考え、嫌そうな顔をした後ゆっくりと頷く。
「私の推論では。でも、当たり前ですけど向こうに知人や伝があるわけでもないのにどうやって運び屋になれたんですかね?疑問しかないですよ。舞台だってあったのに、そんな自由に出来る暇があるのかなって。まぁ、お帰りなさいって言いたいですし。本人から後で色々と聞いてみます。今は疲れてるでしょうから、問いただしたりはしませんけど」
そのあと、児玉は喫茶店の方に戻るが案の定2人はいないようだ。
一応、関係者以外立ち入り禁止区域である地下倉庫にも行ってみたのだが同じ状態だった。そんな時だった、上で黒電話がなっている。
児玉は慌てて戻り受話器を取った。
「もしもし。お待たせしました。此方、喫茶ハルキクです」
しかし、応答が来ない。悪戯電話かと思ったが何故か戸惑うような声が聞こえてきた。向こうから電話をして来たのに。
「あっ...えっと。児玉さん?児玉さんであってるよな?済まない、全然人に会ってないせいで声が思い出せなくて」
その声に意外だなと思うとの同時に嬉しい思いも交差した。
そう、電話相手は朱鷺田だった。何か用事でもあったのだろうか?
「あぁ、ちゃんと会ってるよ。朱鷺田だろう?どうした?ゆっくりで良いから俺に話を聞かせてくれ」
「あ、ありがとう。実は親父の仕事の都合で、来月参区の晩餐会があって俺は護衛でついて行かないといけないんだ。そう言うのは今まで旭が全部手配とかしてくれたんだけど今回は自分でやらないといけなくて。でも、児玉さん達は多忙なのは分かってるから突然無線で連絡するのも気が引けて、迷惑だろう?同業者として気を使うって言うかさ」
「まぁ、俺達はちょっと特殊だからな。仕事が他のグループに比べて極端に多いから。だが、その分依頼の回転率も高い。町長を参区まで運べば良いんだよな?なら、光莉や俺だったら当日枠も設けてるし都合の良い時間帯で構わない。だが、望海は厳しいかもな。元々人気だし予約枠も俺達より広く取ってるしな。繁忙期は完全予約制にさせてもらってる。流石に限界もあるしな」
「あぁ、そうか。俺って本当に無知だな。皆、自分と同じだと思ってたけど人によってかわるのか。...ちゃんと出来るかな。済まない、町長の息子が情けないな。これでも頑張って皆に追いつこうとしてるんだけど上手くいかなくて」
「大丈夫だよ。自分のペースでやれば良い。何と言うか、お前達は極端だよな。マイペースと言うか」
児玉がそう言うと朱鷺田は電話越しで笑っているようだ。
「旭はあれだけハイペースって言われたのにな。俺達は逆のスローペースだ。長い事皆さんをお待たせしてしまい申し訳ない。ちゃんと追いつくから。旭と肩を並べられるまで待っててくれ。そう言えば、今日。望海の弟が帰って来てるんだったか?壱区にも噂が流れて来てたぞ」
「そうなんだよ。今探してて、息子と一緒にどっか行っちゃったんだ。やっぱ有名人なんだな。俺は全然知らなかったけど」
「いや...俺は彼の舞台を何度か見た事があって。彼、歌舞伎でも女形なんだ。だから、何となく自分と重ねて見てる所があって。でも、そうか。児玉さん、子供いるのか。良いな、抱っこしたい。やっぱり可愛いか?」
何処となく、食い入るように聞いてくるのでやっぱり朱鷺田は子供好きなんだと児玉は改めて自覚した。
朱鷺田の子供への支援は全区を移動する児玉達なら良く聞いている事だろう。
「あぁ、可愛いよ。俺と奥さんの宝物だ。毎日、すくすく真っ直ぐ育っていく姿を見てると俺もだし光莉や望海も元気をもらえるんだ。将来が本当に楽しみだよ」
「そう言ってもらえたら息子さんも嬉しいだろうな。ふと、思う時があるんだ。旭に似た子が自分の子供で側にいてくれたらなって。昔のアルバムをさっき見てたんだ。懐かしいよ。今は良くニット帽かぶってるからな。髪型を忘れそうになるんだ」
「ウチの息子は天然パーマだからな。良く、園の帽子から髪の毛が飛び出してるよ。ご近所さんからは天使みたいで可愛いねって言われるんだけどな」
「もしかしたら旭も今頃髪の毛が大変な事になってるかもな。まぁ、ありえないと思うけど。小さい頃は短い茶髪だったからな。明るい方の」
そう思うと、零央と旭は似てるなと児玉は思った。
長話をしてしまったと朱鷺田との電話を切り、2人に追いつく事にした。
それと同時刻。零央と圭太は秘密基地を探していた。
「なんか、姉貴達全部壁際に印を貼ってるな。零央、良かったね。結構良い場所取れたんじゃない?」
「うん!あっ、れお。あそこがいい!あのね、かいっていうんだってパパがいってた」
壱区と弐区の境目、甲斐にある小山の上に立つ見晴らし台に行き、綺麗に大通りを直線で繋げたような配置の印を確かめていた。
そのあとの事だった。下に2人の人影が見える。
「見つけた!」
「圭太!零央くん!どこまで行くつもりですか!?」
望海と光莉が息を荒らしながら、慌てて駆け寄ってくる。
「圭太君歩くの早すぎ。零央くん抱っこしながらなんでそこまで歩けるのよ」
「丁度良かった、2人とも印を何処に貼ってるの?大通りに何もないのはおかしくない?中央がガラ空きなんだけど」
「えっ?最初は児玉さんが壁沿いに印をつけてて、それを元に私達2人が需要がある場所に印をつけて...」
「そういえば、何もしてないかも。行動範囲を広げればいいやと思って最短距離とか気にした事もなかった」
「けいた!れおのひみつきちがひみつじゃなくなった!」
「零央、実は君に内緒でかくれんぼをしてたんだよ。零央がお姉さん達を見つけたら勝ち。秘密基地は幾らでも作れるよ。でも、お父さんはいつでも会える訳じゃないだろう?会いに行こう」
「うん!きょうはれおのかち!パパのところにかえる!」
そうすると圭太と零央は一瞬にして何処かに移動してしまった。
余りの速さに2人は呆然としている。
「えっ、なんか2人で何処か行っちゃったんだけど!...ってこれ、玉ちゃんの印じゃん!印って、他人でも使えるの?」
「いいえ、それはあり得ないと思います。でも、親族なら可能かもしれません。念力の質も似ていますし、投影がしやすいのかもしれません」
「...玉ちゃん。とんでもない物を生み出しちゃったんじゃないの」




