第壱拾漆話 牢獄 ◎
此処は何処なのだろうか?少なくとも比良坂町ではない。
誰かの目の前に広大な土地が広がっている。
後ろを振り返ると、中が窪んだ4階建の建物がある。
所謂、扇形に設計されているのだろう。
しかし、屋上部分だろうか?覆われるように半円状の金網が敷かれている。
よく見ると、土地を囲う柵も有刺鉄線が設置されているようだ。
何処か、刑務所のようだと見ていた彼はそう思っていた。
建物の側にはまた更に塔のような物が聳えたっており頭の天辺には何かのアンテナなのか?レーダーのような物が動いている。
何かの情報をキャッチしているのだろうか?解放的なのか?閉鎖的なのか?良くわからない状態だった。
「えっと、出入り口はこっちだったはず。来た時と一緒」
「圭太君!お疲れ様!打ち上げや反省会はまた今度」
何かのスタッフなのだろうか?大型の箱を運んだり、重そうな衣装を運んでいる者もいる。
大型の車に乗せているようだ。
圭太と呼ばれた青年は自分の荷物なのだろう、長期滞在していたのか大型のトランクを涼しい顔で持ち上げヒラヒラと周囲の大人達に手を振りその場を後にした。
彼の名前は東圭太、望海の双子の弟だが二卵性双生児なのか?かなり雰囲気が違うように見える。
黒髪なのは一緒なのだが、緑色の瞳を持ち。
今日は珍しく緑色のスーツとベスト、黄色いネクタイをしている。
いつも、稽古をしている時は白と赤の袴姿なので異国の地に赴き周囲に影響されたのだろう。
歌舞伎俳優である彼には専用の送迎の車があると言う事で、駐車場なのだろう車が沢山止まる場所へと移動してきた。
しかし、どうした事だろうか?どこか歪というか、改造車のように見える。
とりわけ、奇妙に思えたのはもう使われてないのか所々錆びつき荷台部分がまるで鉄格子のようになっている車が何台かあるのだ。
それを圭太が見た時、どこかに連れ去られるんじゃないか?と想像を膨らませているようだ。
そんな中、来客用なのだろう。圭太も現地で見たような小型の丸いフォルムをした形容車があり、近くで二十代後半の比較的若い男性が掃除をしているようだ。
茶髪に緑色の瞳、白いワイシャツに黄緑色のネクタイをしている。
全体的に爽やかそうな印象だ。愛想が良さそうに見え、人前に出る事が多いのかもしれない。
圭太は彼に近づくと準備が終わりましたよと、男性が後部座席のドアを開いているようだ。
「東圭太さん、長旅ご苦労様でした。ここからは私が比良坂町まで送迎致します。さぁ、お荷物をこちらへ」
「...君、誰だっけ?あっ、そうだ僕を散々ストーカーしていた人だ」
「ストーカーではありません!軍から派遣された護衛です!名は音無、階級は伍長です。以後お見知りおきを」
「いや、別に僕は今後君と会う事は無いと思うから無駄な情報を喋らないでくれる。舞台と家族の事以外、正直言って興味ないんだ」
モラルのカケラもなくバッサリと圭太は切り捨て淡々と車のトランクに大きな荷物を乗せ、勝手に後部座席に座り込んでしまった。
それに反して音無は呆然としていると圭太は窓を開け、彼に声をかける。
「早くして。雨は嫌いなんだ。雲行きが悪くなる前に車を出して」
「(ムカつく餓鬼だなコイツ!!いい年してクマのぬいぐるみ抱えてんじゃねーよ!丁寧にラッピングしてんじゃねーよ!)」
異国の地に居る時から、音無は圭太に寄り添い文化を教え、言語通訳をしてきた。
しかし、圭太は望海とは違い常識もなければ人を思いやると言った事をしない。というより考えた事もないのだろう。
この性格故に、側にいた音無は振り回されていた。
その為、音無はこれでようやく任務に開放されると歓喜の声を上げていた。
「比良坂町の第弐区でよろしいですね。関所の前に下ろしますよ」
「うん、それでいいよ。あのさ、君にとって理想の女性ってどんな人?」
特に仲良くもない人に、突然プライベート的な質問をされ音無は困惑どころか混乱した。
「私達って、そんなに仲良かった記憶がないんですが」
「僕もないよ。役作りの一貫で聞いてるだけ。女性を演じるにあたって自分だけの意見じゃ表現を広げられないんだ」
「あぁ、成る程。歌舞伎の女方として意見が欲しいという事でしたか。別に私の意見を参考にしなくとも身近な女性を手本にすれば良いと思いますがね。母親、姉、妹、親族じゃなくとも学校の同級生とか?探せば幾らでも居ると思いますよ?」
その言葉に圭太は雨に濡れる窓を見ていた。
何を思い、感じながら外の景色を見ているのだろう。それは今の彼にしかわからない。
「稽古を始めた時はそうしてたよ。姉が自分の理想で、姉の花道や琴の稽古を見るのが大好きで、自分も頑張る勇気を貰ってた。でも、本当は逆で自分の稽古をいつも母親が見てるから親の気を引きたくて僕以上に努力しようとしてた。だから...」
そのあと、口を噤んでしまった圭太を見て音無は安易に聞こうとはしなかった。
家族間に亀裂が入っている事を彼は連想してしまったからだ。
圭太は言う決心がついたのか、座席に座り直し話を続けた。
「姉が壊れてしまったんだ。人柄が変わったように花道も琴も舞踊も全部やめてしまって家族が寝静まった頃に帰る様になった。「元々、習い事も好きでやっていた訳じゃない」姉の本心を知ったのはそれが最初で最後だった。僕が姉を不幸にしたんだ」
「...別に貴方のせいじゃないでしょう?最終的にその判断を下したのはお姉さんなんだから。何か可笑しいなと思ったら、ソレお詫びの品って事ですか?未練タラタラじゃないですか。年頃の女性にあげるものじゃないでしょ!?」
ドアミラー越しに圭太の持っているぬいぐるみを見た後、音無は溜め息をついた。
「圭太さん、もうすぐ関所に着きますよ。お姉さんと仲直り出来るといいですね」
「うん、ありがとう。...えっと、音無さん?」
小一時間前に自己紹介したにも関わらず名前が曖昧なのを見るに本当に人に興味がないんだなと音無は痛感した。
《解説》
今回は東圭太を中心に紹介させていただきたいと思います。
元ネタはイギリス、首都ロンドンからスコットランド地方のエディンバラを結ぶ、東海岸本線の高速鉄道「あずま・AZUMA」ですね。
名前通り、日本で制作され、イギリスで活躍する車両です。
塗装が歌舞伎の隈取りを連想されるという事で、日本もそうですしイギリスにも縁がある事を示す為、海外公演を行っているとしました。
スーツ姿についてですが、同じ800形を使用するグレート・ウエスタン・レールウェイの塗装を参考にさせて頂いています。




