第壱拾伍話 幸運 ◎
「それで、当てはあるのか?Dr.黄泉の居所に」
「...児玉さん、どうしましょう。私、後先考えずに依頼を受けてしまいました」
「完璧主義の望海にしては珍しいよね。別に時間制限がある訳でもないし、ゆっくり探せばいいんじゃない?他の運び屋に聞いてみるっていう手もあるし」
いつもの喫茶店のカウンターに馴染みのないトランクが置いてある。
あれからというものどれだけ考えてもDr.黄泉の手がかりなど望海にあるはずもなく途方に暮れていた。
しかし、立ち止まっている訳にもいかない。
人が行き交う協会であれば何か手がかりが掴めるかもしれないとトランクを持ち、其方へと向かってみる事にした。
Dr.黄泉を知っているグループと言えば現状では一つのグループに絞られるだろう。
協会の廊下、待ち合わせなどに使われる伝言板の前に隼がいた。
これに日付やメッセージを書いて相手に伝えるのだが無線を持っている以上使用する意味もないのだが小町がこれを好んで使っているようだ。
なんでも、普通に合流するのではつまらない。
本当のバディなら自分を見つけてくれるはずと隼は勿論なのだが以前バディだった山岸や颯もこれに巻き込まれたようだ。
隼は小町の書いた絵を頼りに集合場所を探しているらしい。
その困惑した様子を小町は隠れながら見守っているようだ。
「何だコレ?どら焼き?猫?」
小町はちゃんと絵の意味が伝わってると頷いているようだ。
正解は小町が隠れている大きな鈴なのだが、隼は気づいてくれるだろうか?
しかし、隼は音楽に秀でているのと同時に聴覚過敏でもある。
見知った話し声が聞こえ、そちらに集中していた。
「あれ、望海じゃん!?何してるのそんな大きい荷物持って、旅行にでも行くつもり?」
望海が協会の入り口でフラフラしていると希輝が声をかけてきた。
「希輝さん、実は人探しをしていまして。Dr.黄泉をご存知ありませんか?依頼を受けまして彼に荷物を届けたいんです」
そう言いながら望海は持っていたトランクを彼女に見せた。
それに反して希輝は驚いた顔をする。
「え!?Dr.黄泉って第弐区に研究所を構えてるって噂で聞いた事あるけど。そっちにいるんじゃないの?」
「えっ、そうなんですか?そんな話、児玉さんからも聞いた事ないんですが...」
どうやら話が交錯しているようだ。
希輝から詳しい話を聞くとどうやら浅間が協会で敷島会長と黄泉が会話をしているのを聞いていたらしい。
彼が名刺を渡しながら「困った事があればこちらにお願いします」と住所を読み上げていたという、その場所が第弐区だったそうだ。
「Dr.黄泉の存在って都市伝説か何かだと思っていました。普通に人の前に出てお仕事されているんですね。じゃあ、第弐区に出戻った方がいいのかも」
望海が入り口の方へ向かうのを見て、隼は慌てて其方へと向かった。
と言うよりも、意外だったのかもしれない。
隼は望海が彼の事を知らないとは思っていなかったのだろう。
当たり前だ、自分の先輩である山岸より前から活動している2人がいるのだから。
それを踏まえると怪我をした時、どうしていたのか?とか何だかんだ言って自分達は山岸に大切にされてるなと色んな感情が彼の中で巡った。
それ以上に教えてあげないと今後何かあった時に不便だろうと思いあまり人との会話を望まない隼だったが出来るだけ言葉を選びながら2人に近づく。
「923」
「隼待つの!小町を置いていかないで欲しいの!」
小町からは急に伝言板から隼が立ち去ったように見えたので小さな体で息を荒げながら彼の腕を掴む。
望海もその声に振り向いた。意外だなと思った。
外から見れば、隼はいつもクールでミステリアスに見えるのだろう。
彼は外と身内では態度が全然違うのだ。
本人も周囲に言えない秘密を抱えているので仕方がないのだが、望海から見て天才肌な所は弟と良く似てるなという印象だった。
ただ、弟はどちらかと言うと毒舌なタイプなのでそう言う意味では隼と正反対だろう。
ただ、何となく夜のように静かな人だなと言う印象はある。
以前、ここの近くで依頼人を待つ為に一緒の待ち合わせ場所にいたがお互い終始無言の状態でいた。
だが、気まずい雰囲気になる事もなく。逆に隼は依頼人が来るまで望海のリクエスト通りピアノの演奏をしてくれる事もある。
だから、悪い人でない事は分かるのだ。
「Dr.黄泉と会いたいんでしょう?彼を呼び出す番号がそれ」
「番号?」
「望海も彼の作った道具を使用する時、コードを入力するよね?「コード:700」って。Dr.黄泉は道具が故障したのかを確認する為に自分用のコードを持っているのと同時に呼び出しにも応じてくれるんだ。知らない?」
隼は出来るだけ優しく語りかけるように望海に話しているようだ。
以前彼は周囲から冷たい人、歯に着せぬ発言が多いと言われた事がある。
だからこそ、あまり人と喋らない。喋りたくないのかもしれない。
しかし、望海相手にはそこまで気を張る必要もないだろう。
隼本人にもそれは少し伝わっているようだ。
正直、身内以外なら1番喋りやすいとまで思っている。
「...いいえ、ご存知ありませんでした」
どう考えを巡らせても望海にはそんな情報を持っていなかった。
しかし、希輝もそれは同じだったらしい。
彼女は若手という事もあり、何かあれば浅間に頼ることも多いのだろう。
それに、怪我をしないよう最善の注意を働くのは当たり前の事だ。
頼らないならそれはそれで良い事なのかもしれない。
「そんな話、アタシも聞いた事ないけど誰から聞いた?」
隼に近づく希輝の間を遮るように小町が前に出た。
小柄ながらも、隼を守ろうとしているように見える。
隼はコミュニケーションに難を抱えている為、小町が傍らで付き添ってあげなければ大変な目に遭う事は隼本人も自覚している。
隼は彼女に感謝しつつ、一瞬優しい笑みを溢した。
「貴女が知らないなんて可笑しいの!Dr.黄泉には東出愛っていう弟子がいて、壱区は彼女が運び屋の治療や支給品の修理を担当しているの。愛のコードは「926」疑うなら試してみれば?」
望海はDr.黄泉を呼び出す為、腰にある拳銃を取り出し「923」と入力してみる。拳銃は望海達が良く好んで使っている武器だ。
本格的な刀や槍、弓も存在するが携帯するのが難しく普段使い出来ない事も多い。
そんな時に頼りになる武器がこれだ。弾丸も機能によって山岸が使っていたように切り替える事が出来る。
【コード:923 承認完了 Dr.黄泉を呼び出します】
「えっ、すご!やばい!やばい!サイン色紙用意しないと!」
興奮する希輝とは反対に望海は意外と冷静だったが内緒ではドキドキしていた。
幸運を呼ぶという彼はどんな人物なのか?
好奇心冷めやらぬ状況だった。
次の瞬間、自分達の目の前に白衣を着た男性が現れた。
そうDr.黄泉だ。噂通り彼が今切羽詰まった状況を打破してくれる存在だ。
文字通り幸運を運んできてくれたという事だろう。
「何だい?僕に何か用かな?今、コード増設のアップデートをしている所なんだ。用がないなら帰らせてもらうよ」
「Dr.黄泉!お会い出来て光栄です。サインください!」
「サイン?いいだろう。僕と出会えた事は何よりの幸運だからね」
さっきまで不機嫌だったのに嬉しそうにサインに応じている。
思ったよりDr.黄泉は目立ちたがりなのかもしれない。
「あ、あの!Dr.黄泉、はじめまして!実は依頼人である七星亘様から貴方にお渡ししたい物があるそうで、代理に私がお呼び出ししました」
この機を逃さず、望海はトランクを彼に渡した。
「中の物を鑑定して欲しいと伝言を預かっています。検査結果が出次第、私に書類を届けて欲しいと。調査結果を第肆区の依頼人まで私がお運び致します」
「成る程、肆区からの依頼か。彼処は僕の管轄外でね。中心街まではいけるがそれ以降は行動不可能だ、武器を送ろうにも電波が悪い影響で呼び出しに応じる事が出来ないし管理不足で事故があっては本末転倒だ。医療器具と携帯食料ぐらいしか支給出来ない。彼らは自衛の為に武器を持っていなかったかい?」
確かに咲羅は腰に刀を刺していた。
第肆区はサポートを受ける事が不可能な為にあの様な武闘派な人物が生まれるのかもしれない。
無事に依頼品を受け取ってもらえ、安堵していた望海だったが隼がDr.黄泉に質問を投げかけた。
「Dr.黄泉。先程言っていたコード増設というのはどう言う事?新しい運び屋が増えるの?」
「先日、電報があってね。新規というより移植と言った方がいいかもしれない。コード:800の使用許可が欲しいと知らせが来たんだ。僕としては別に運び屋が増えるのは構わないし、使用者もいないからすぐさま了承の返事を返したよ。まぁ、でも一つ疑問点があってね」
「疑問点ですか?」
「その電報先が異国の地、つまり海外から届いたって事さ。しかも、元祖運び屋の国からだ。可笑しいとは思わないかい?異邦人がわざわざ比良坂町で運び屋をしたいと言い出すんだ。これほど面白い事はないさ」
その言葉に望海はある人物の顔が直ぐに思い浮かんだ。
隼の顔をチラリと見て、連想した人物の名前をだす。
「その方は本当に異邦人なのですか?異国の地に赴いただけの比良坂町の人間では?」
「鋭いね。君は。どうしてそんな事が分かるんだい?」
「簡単な話です。私の双子の弟だから」
《解説》
隼が目にしていた伝言板は今は存在しませんが、実際に様々な駅で待ち合わせの手段として使われていた物ですね。
東京駅の地下には銀の鈴という大きな鈴があります。
グランスタの所ですね。
記述し忘れてしまったのですが、実際に東京駅の駅舎の天井には8つの干支が書かれていますが、残りの4つが存在しません。
しかし、とある幹線の起点駅付近にそれは存在します。
なんかロマンが溢れてますよね、全メンバーを揃えると干支が完成する訳ですから。
制作された辰野金吾氏の遊び心と言われていますね。




