第壱拾参話 貴公子 ★
節子が喫茶店で3人と会話をしているのと同時刻、隼達は壱区の宇須岸、陸奥、千体など壁から近い地域を。
希輝達もそれぞれ分担し、藤居山、尾山付近の捜索にあたっていた。
尾山では空き家の屋根の上に座り周囲を見渡す希輝の姿があったが、地上から剣城に声をかけられる。
「希輝、敷島の令嬢が見つかったそうだ。場所は第弐区の方らしい、俺達の担当からは外れているな。検討違いだった様だ」
「第弐区って節子嬢、相当無理したよね。まぁでも、無事なら良かった。剣城、白鷹と浅間先輩は何処?」
「2人はもう壱区の方に戻ってる。俺達も戻ろう」
希輝は安心したようにしっかりとした仕草で頷く。
「そうだね。第弐区って事はベテラン勢の所って事だし、何よりDr.黄泉の研究所ラボがある所でもある。心配は無用かな。あぁ、もう!アタシもDr.黄泉に会いたい!幸運パワー分けて欲しい!浅間先輩だけ狡い!」
浅間がソロで運び屋をしていた時は黄泉は信濃の担当をしていたが、そのあと弟子に引き継いだ為担当者が変わっている。
しかし、希輝達は若手の為まだその弟子に会う機会がなかった。
まだまだ、運び屋として未熟だし無知である事を思い知らされる。
それ以上に希輝は名残惜しそうに屋根の上から第参区の中心街を見ていた。
「いつかあの中心街まで移動できたらいいのにな。今は頑張っても眼鏡屋の所までしか行けてないし」
「眼鏡は大事だ」
そう言いながら剣城はクイッと自身の眼鏡を上げる仕草をする。
先日、やっと角鹿の申請が通り正式にビジネスを開始する事ができた。
希輝達もスケジュールが変わり戸惑う事も多いだろうがその分充実した日々を送っているようだ。
「それは剣城だけでしょ!?...決めた!我慢出来ない、自力で彼処まで行ってやる!」
「おい、希輝!」
剣城の言葉を無視し、希輝は屋根伝いに移動してしまった。
いつも冷静沈着で頭脳派の彼女がこんな事をするのだからやはり、旭に関する手がかりをなんとしてでも欲しいのだろう。
無茶も承知の上で希輝は試したかったのだ。
中心街、小坂の眩しい灯りも間近に迫った所でアクシデントが起きた。
「!?」
一部低い建物が密集する地帯に足を踏み入れた希輝は、上手く着地出来ず屋根から転げ落ちてしまった。
洛陽、昔比良坂町の町役場もそうだし歴史的建造物が建っていた場所でもある。
「(マズイ、受け身も取れない。このままじゃ!)」
地面に転落する、そう思った希輝は目を閉じ自分の運命に身を任せていた。しかし、そうはならなかった。
「大丈夫?ここら辺じゃ見かけない子だね、どこから来たのかな?」
「...へっ?」
目を開けると自身が横抱きにされているのが分かり思わず赤面する。
輝希は慌てて相手から離れた。
少し触れただけでも、希輝には良くわかる。オーダーメイドなのだろう、深緑の上品なスーツを着こなしている。
黒いシャツの胸元にはループタイがあり、イニシャルなのだろうか?「M」の文字が刻まれている。
深緑のショートヘアーに涼しげな翠色の瞳を持っている。
「黄昏れるには遅い時間だ。申し訳ないが私はこの地区から出られない。気をつけてお帰り」
「は、はい!助けていただいてありがとうございました!あ、あのお名前だけでも...」
そんな古典恋愛のような文言を言おうとした直後、1人の男性が慌てて駆け寄って来た。確か彼も運び屋だった事を希輝は覚えている。夜間で協会で見かけた事があるが、その時は妹らしき人物と一緒にいたのと彼女は記憶していた。だが、クリーム色のシャツに赤いサスペンダーは間違いなく彼の物だろう。
「風間様!良かった、ここにいたんですね。散々探しましたよ」
「朝日奈、どうかしたのかい?」
「実はお屋敷の方にメチャクチャ怖い人が来ていて!体もゴツくて顔も怖いし!皆、怖がっているんですよ!話を聞いたら人を探してるって行ってるんですけど俺にはさっぱりで」
「成る程、それは咲羅の事かな。彼は思ったより怖くないよ。勘違いされているだけだ。それでは私は行かなくては。そうだ、お嬢さんの質問に答えていなかったね。私の名は風間瑞稀、君とまた会える日を楽しみにしているよ」
そんな出来事の後、希輝と剣城は壱区へと戻り他のメンバーと合流するようだ。
風間瑞稀、風のように姿を消し縦横無尽に参区を闊歩する風来坊の異名を持つ。
そんな貴公子は御三家の中で1番若い当主だ。年齢は22歳。
今日は軽快に杖を持ち、朝日奈に案内され自分の屋敷に向かうようだ。
2つの天使像が並ぶ門の前でトランクを持つ男性がいた。
そう、咲羅だった。何か助けを求めていると言う事だろう。
「こんばんは、咲羅。そう言えば、そちらの御当主はお元気かな?かなり高齢と聞いているけど」
「ご隠居様なら、ご心配なく。ただ...肆区で異常事態が」
そう言うと咲羅は丁寧に瑞稀の前にトランクを見せ、その中身を開ける。コレには瑞稀も目を見開いた。
無理もない、人魚の血液が入っているのだから。
「...コレを何処で?...いや、すまない。違うな、コレは人魚の血液だろう?言い訳はしないよ。私も知っている。本当に噂に聞く程度だけどね。朝日奈、少し下がっててくれないか?屋敷の中で咲羅と話をしたい。大事な話なんだ」
「分かりました。風間様がそうおっしゃるなら俺は止めません。コレで失礼します」
朝日奈は被っていたキャスケットを脱ぎ、一礼した後その場を後にした。瑞稀は咲羅を屋敷に案内する。
邸宅の外観は深緑の壁に黒い屋根と重厚感があり、此方もやはり迂闊に近づけないが天使像の影響もあり何処か浮世離れしているようにも見える。メルヘンそう言ってもいいかもしれない。
中に入ると、花柄やストライプ柄のソファ、その上に可愛らしいクマのぬいぐるみが鎮座している。このぬいぐるみも高そうだ。
「御堂、お客様だ。お茶と菓子の用意を頼む」
「はい、ただいま!」
どうやら、家政婦のような存在がいるらしい。瑞稀曰く乳母のようだ。
どうやら夜間という事で風呂の準備をしていたらしい。
傷も水垢一つない綺麗な白いバスタブが見える。
床も複雑な白黒模様の大理石が敷かれているようだ。
咲羅は躊躇いながらも、瑞稀とその乳母のおもてなしを受ける。
「では、本題に入ろうか?私がこの血液を知っているのか?実はね噂で聞いた事があるんだ。人魚の肉を食べているという輩をね。不気味というか悪趣味な話だろう?でも実際そうらしいんだ。人魚の肉を調理した人達が揃いも揃ってまた板が黄色い血で染まってる。そういうんだ」
その言葉に咲羅は背筋を凍らせた。コレを仲間の瑞穂や燕に伝えるのは気が引ける。
ただ、目の前の瑞稀はそれをずっと抱えてたと考えると相手の精神状態が心配だった。
「...では、貴方は?」
そう言うと瑞稀は優雅にソファの上で足を組みながら首を横に振った。
「勿論、食してないよ。そう言う集会で聞く事があるってぐらいだ。流通ルートも不明だしね。巧妙に隠してるんだろうけど。ただ、知り合いのご老人が声をかけられたらしくてね。勧誘されたらしいんだ。そう言う食事会というか、試食会にね。勿論、怖くなって断ったらしいんだけど。相手の男が年齢に釣り合わない容姿をしているらしいんだ」
「それは老いるという意味で?それとも若返るという意味で?」
「後者らしいね。確かにチラホラといるんだよ、どちらかというと女性の方が多いかな。急に活気付いて、肌もそうだし髪の毛も若返った人がいるらしくてね。最初は私も微笑ましいと思って見ていたんだが少々違うようでね。化粧品や薬では誤魔化しきれないほど容姿が変ってしまったらしいんだ」
その言葉に咲羅は顎に自分の手を当て考え事をしているようだ。
瑞稀も余計な心配をさせてしまったかと少し体を浮かせ、咲羅の様子を伺っているようだ。
そのあと、咲羅は腕組みをしながら口を開く。
「とりあえず、コレは人魚の血の可能性が高いと言う事でご隠居様にはお伝えしておきます。ただ、専門的な鑑定もお願いしたい。その為には...」
「Dr.黄泉か。申し訳ないが私も会った事がなくてね。噂で来た事があるくらいなんだ。ここら辺の運び屋だと、望海とかの方が詳しいんじゃないかな?光莉も児玉も長い事、参区で活躍してくれてるからね。肆区にも来ないのかい?」
「時々。だが、俺では相手を困らせてしまうようで。瑞穂や燕の方が愛想が良いし、何より器用だ」
瑞稀はその言葉に苦笑いを浮かべる。
しかし、そのあと彼を褒めるような言葉を投げかけた。
「良いじゃないか不器用で。それで君は大事な物をちゃんと助けられてるんだから。君達は誰も死なせやしない。それだけで凄い信用できると思うけどな。ご隠居様もそれで君達を選んだんだろう?」
「まぁ、そうか。では、コレにて失礼する。何か掴めましたらまたご報告を」
「良いよ、私の事は気にしないで。向こうの方が大変なのは風の噂で幾らでも聞こえてくる。気をつけるんだよ、君は男性だからね」
その発言に咲羅は立ち止まり瑞稀の方を二度見した。
当の本人は首を傾げている。
「どうしたんだい?」
「いや、随分と演技が上手いなと。気づかなかった」
「良く言われるよ。まぁ、私にも色々と事情があるんだ。では、またね」
瑞稀は優雅に手を振り、咲羅を見送った。
《解説》
風間瑞稀の元ネタは「四季島」「ななつ星」と共に最高峰の列車として名高い「瑞風」ですね。
服装は車体の色を再現し、ループタイの中に瑞風のエンブレムの一部を差し込みました。
門前の2つの天使像も実際のエンブレムからですね。
屋敷の内装も、実際の車内に合わせています。
列車の中にバスタブがあるって凄いですね。
しかも、一両丸ごと使ってますからね。豪華ですね。




