第壱拾壱話 救助 ★
駆け足で協会から脱出して来た節子は左右をキョロキョロ見ながら何処に行こうか迷っているようだった。
「私は肆区に行かなきゃいけない。だったら千体、陸奥、宇須岸の方に移動して...そうだ、失敗は出来ないわ。一回練習しましょう」
土壇場になってしまったが、脱出する機会を作る事すら節子には難しい。夜間屋敷を抜け出して...とは行かず、門前に警備員もいるし母親は勿論、幼い頃から孫のように可愛がってくれた執事もいる。
敷島家の令嬢として夜間に出歩いていたら、家の顔に傷が付く。
だからこそ、同じ境遇の亘も変装をし繁華街に向かったのだ。
もし、夜間に自由に出歩ける者がいるならそれは最後の御三家の当主である風来坊ぐらいなものだろう。
【コード:001 承認完了 柄長鳥を起動します】
練習通り、柄長鳥を召喚した。
後は印を持ってもらい、壁に貼り付ける作業をする。
ここまでは予習通りなのだが、颯から一つ注意を受けていた。
「じゃあ、お願いね。本当に可愛いわ。雪の妖精さんみたい」
そうウキウキに話す節子だったが、柄長鳥は勿論なのだが小型の鳥類は警戒心が強く、気性が荒いのだ。
颯は家柄故に幼い頃から、こう言った鳥類の化身達に馴染みがあり使い方も心得ている。
因みに、望海も警戒する事なく鳥を操れるようだ。
その為、2人は複雑かつトリッキーな技や武器を使う事が多い。
その機会が訪れるのは少し先の話しになる。
それを踏まえると使えて数日しか経っていない節子では鳥達を使いこなす事は出来ない。
勝手に自分達が好きな方向へ行ってしまったのだ。
正確には弐区側、望海達の喫茶店がある方向だ。
「ま、待って!いや、でも壁は隣接しているんだから取り敢えず壁の天辺までいけたらそこから移動すればいいのよね。あぁ、でも人魚が。...いいえ、大丈夫。私にはコレがあるんだもの」
そう言いながらポケットからキューブ状の何かを取り出しているようだ。流石は箱入り娘、その箱が彼女の武器になるようだ。
一方その頃、会議中もそうだが終わった後も違和感が残り考え事をしている人物がいた。それが希輝だった。
「隼、ちょっとゴメン。聞きたい事があってさ。あのさ、何かあった?」
そう言うと隼も疑問符を浮かべてしまう。
彼と話す時は、少し工夫が必要なのだ。曖昧な表現が苦手なようで正確な物事には対処してくれるのだが今回はタイミングというか伝え方が難しいようだ。
隼が困惑していると山岸がフォローに回ってくれた。
「ほら、会議中に敷島のお嬢さんがいなかっただろ?颯が可笑しいなって思ったらしいんだけど。ほら、体調が悪いから動けないじゃない?皆んなで手分けして探そうってなったわけよ」
「やっぱり!さっきの鶺鴒可笑しいと思ったんですよね。教えて頂いてありがとうございます。あの、アタシ達も協力させてください。参区だったらいけますし。望海も手伝って...あれ?」
側にいた翼は苦笑いを浮かべながら出入り口の方を指さしている。
「3人とも帰っちゃったすよ。ほら、先輩だから先に帰らないと皆んな出て行かないだろうって。まぁ、望海達の事だから帰り際に担当範囲の見回りしてるっていつも言ってるから大丈夫でしょ」
希輝は豪快だが優しい先輩達だなと思いながら、他3人も呼んでそれぞれ壱区と参区の見回りをする事にした。
それと同じ頃、都筑付近で見回りをする望海達3人の姿があった。
「結局、節子さん。最後まで来られませんでしたね、体調不良でしょうか?」
「いやいや、体調不良なら会長が知らない筈ないでしょ?節子お嬢様だって時々さぼりたくもなるよ。そういうお年頃なんでしょ?」
「あっ、おじさん分かっちゃったかも。デートと会議がドッキングして相手を選んだとか!」
児玉が何かを閃いたように指を鳴らし、2人に矢印を向けるも光莉に突っ込みを入れられた。
「それ、奥さんと付き合ってた頃の玉ちゃんでしょうが!にしても心配だね。見つかるといいけど」
その会話を遮るように異様な音を3人は聞く事になる。
耳をすませば、服がはためき、風が何かに抵抗する音と何かが水路に落ちる音が聞こえるのだ。
「ドボンッ」
「「「!?」」」
そんな時だ、そう丁度節子が壁の天辺に移動したのだが足を滑らせそのまま落下してしまう事になる。
しかし壁は15mもあるのだ。分かるのは水が大きく弾く音と弾けた紫の水滴だけだった。
しかし、ベテラン勢はコレを取りこぼす事はなかった。
「児玉さん!誰かが水路の中に!」
「分かってる!救命道具をすぐ準備する!望海は壁の天辺まで移動してくれ俺もすぐ向かう」
「私、投影機とレーダー持ってくる!」
児玉と光莉は自身の喫茶店に直ぐに移動し、道具の準備に向かうようだ。
実は喫茶店には地下倉庫があり、そこ中に皆の仕事道具を保管している。
「大丈夫、運が良いね。人魚は側にいないみたい。今なら助け出せるよ」
やはり警戒すべきは人魚の存在だろう。
光莉が壁を透視する機器を準備し、レーダーと交互に見ながら索敵を続けている。
無線機を使い、お互いに連携をとりながら救助者を探す。
ここでも、3人の連携を見る事が出来るだろう。
水路の中に人影が見えた。
淡い紫の水の中にも関わらず、望海ははっきりと見えた。
見間違いなどあり得ない。今にも沈んでいく艶やかな黒髪と白いワンピースは節子の物だ。
どうしてこんな事になってしまったのか?どうして相談してくれなかったのかと手紙を渡している身として望海は後悔の念に包まれた。
しかし、節子が自分を頼らない頼れない理由も分かるのだ。
節子は誰よりも優しい。自分の負担になりたくなかったのだろう。
児玉が救命道具を持ち、壁の天辺に向かうと呆然と立ち尽くす望海の姿が見えた。
目を合わせると望海は慌てて彼に駆け寄った。
色々と聞きたい事もあるがまずは人命救助が最優先だ。
「節子さんが!節子さんがこの中に!」
児玉も節子の位置を特定し不気味な手腕が銃身部分に存在する拳銃の引き金を引いた。
【コード:700 承認完了、猿の手を起動します】
救命道具の一種である猿の手は投擲された手腕が膨張し、救助者を掬い上げる。水路を遮断し、足場にする事も可能な万能機具だ。
その巨大な手は節子を包み込むように掬い上げ、浮き輪のように浮上している。
「ゲホッ、ゴホッ」
反射的に水を吐き出し、蹲る節子を抱き抱え弐区の方へ瞬間移動した。
節子の計画としてはかなりのご破算、イレギュラーな事態だった。
全身ずぶ濡れで、ワンピースもそれでは水に浸かりかなり重くなっているだろう。実際に節子は寒そうに震えていた。
「玉ちゃん、喫茶店の方に行った方がいいかも。ここだと人目に付くし何より節子お嬢様の体調も良くない。暖かい所に移動させないと」
「そうだな。それ以上に水路の水が良くない。あれは血の川みたいなもんだ。全部吐き出させて、口からでも点滴からでも水分を入れなきゃならねぇ」
苦しそうにする節子の顔を悲しげな表情をしながら望海は見ていた。
自分にもっと余裕があれば、何か相談に乗ってあげられたのかもしれない。望海も以前は1人で抱え込んでしまう事があったので尚更そう思ったのだろう。
体調が整ってからで構わない。望海はしっかりと彼女の話を聞く事にした。
3人は節子を抱き抱えすぐさま喫茶店へと向かった。




