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【短編小説】呼んでいる

作者: 月村光志・旧11月ミツシ

 帝立直山若木小学校は、不思議な学校である。 

 全校生徒は300人余り。この私立学校は、旧貴族であった若木男爵が創立した由緒正しき学校であり、男爵の死後はその息子の会社がスポンサーとなって学校に出資しているという。 

 また、その生徒も多種多様で個性豊かな子どもたちが在籍する。 

 校舎は5階建てのコンクリート製の現代建築。元々は木造校舎だったが、大火とともに焼け落ち、新たにL字構造の今の校舎が建てられたそうだ。体育館とプールは別にあり、広々とした校庭には多くの遊具が置かれていた。しかし、建て替えたとはいえ、旧校舎時代から存在した都市伝説的な怪奇現象が、新校舎にも受け継がれているという。



 少年であり少女である子。 

 御園日向(みそのひなた)は実に不思議な子であった。生物学的には男性に属するが、他の同学年の生徒よりほっそりとした小柄で華奢な肉体。栗色の長髪とぱっちりとした眼はまるで人形のように思える。また、日によっても見た目が異なり、今述べた見た目がデフォルトだとするなら、髪型や髪色などが異なることも珍しくはない。他にも、彼はしゃべることはあまりなく、学校の授業に出ることが稀な謎の多い子として知られていた。教職員ですら、彼の両親の職業年齢はおろか顔すら知らず、早退する時には彼の祖母を名乗る人物が、その身柄を引き取る。 

 愛想がよく、すれ違う生徒に挨拶をしたり、教職員に気を遣って差し入れを持ってきてくれるおばあさんだが、誰も名前を知らない。噂では、どこかのお金持ちの子ではないかとまことしやかにささやかれているが、その割には両親の存在が不明なことが、彼の謎を深めていくことになる。 


 だが、最も謎が多いのは、日向が日替わりで持ってくるモノにあった。


 その日、日向は大きな兎のぬいぐるみを持ってきていた。彼の小柄な伸長の半分ほどの大きさを持つ、淡いピンク色の布地に、つぶらな瞳が特徴の、かわいらしいぬいぐるみ。しかし、学校に持ってくるものとしてはあまりにも大きすぎており、彼は左手で抱きかかえるようにして校門前に立っていた。 

 時刻はお昼を過ぎたあたり。 

 校門のブザーが鳴り、対応した教師がモニター越しでも何も言わない日向に違和感を感じつつも鍵を開けると、彼は一言もしゃべることなく黙って校内に入る。昼休みに入り、多くの児童が校庭に出ていたが、その中で兎のぬいぐるみを担いできた彼に、多くの児童が釘付けとなっていた。しかし、職員室から駆け寄ってきた担任の水塩と、窓から日向が登校してくるのを見て迎えに来た友人らは、今日の日向の異常さに驚いた様子だった。 

 普段と違い、日向は首を傾げて視点は定まらず、どこか遠くを見るような虚ろな目をしていた。魂が抜けていると感じても仕方ないような脱力感。また、何かに怯えるように人から距離をとろうとしており、実際、担任の水塩が抱きかかえるまでは友人たちからも距離をとろうとしていたほどである。 抱きしめて、逃げないように抱っこしようとする担任の水塩は、駆け寄ってきた友人たちにぬいぐるみを持ってもらおうと、彼から取り上げようとする。しかし、そのか細い腕からぬいぐるみが離れることはなく、それはまるで、ボンドか何かで接着されたような力は、引き剥がそうとしてもビクともしない。手の指一本一本を剥がそうとしても、硬直したように動くことはなく、もはや何かの意思が働いて彼の左手からぬいぐるみは剝れようとしないように感じた。 

 日向の異変異様さと、つぶらで無表情のぬいぐるみに得体のしれない恐怖を感じつつも、担任の水塩はぬいぐるみごと抱っこして、そのまま教室へ向かおうとした。 

 茶色のランドセルは友人の一人に持ってもらい、赤いキャラクターの入った水筒は担任の水塩右肩にかかっている。 

 抱きかかえられている間、日向は担任の腕の中でうずくまり、小刻みに震えて何かに怯えているようだった。ぬいぐるみを持つ左手にも力が入り、ぬいぐるみの首辺りが締め付けられている。 

 担任はいったい何に怯えているのか見当がつかず、ただただ長い髪を撫で続けていたが、それでも生徒が怯えている以上、一度保険医に見てもらった方がいいのではないかと考え、階段手前の保健室に立ち寄ることにした。


 保健室は無人だった。 

 保険医である木村の姿はどこにもない。 

 鍵は開いており、メモ書きなどは特になかったが、中央のテーブルには”外出中。ケガをした生徒は職員室で手当てしてもらってください”と書かれたプラカードがあるだけ。 

 友人たちにテーブルの上にランドセルを置くように指示すると、水塩は空いている二つのベッドのうちの窓際のベッドに日向を寝かせた。虚ろな目は相変わらず虚空を眺め、口は縫い付けられたように開こうとせず、胸元に寄せられたぬいぐるみの首は、彼の両手によって締め付けられている。

 水塩は友人たちに彼を見ているようにお願いすると、保険医を探しに職員室へ向かう。昼休みということもあって、休憩中や次の授業の準備をしている他の先生に保険医の所在を問い訊ねると、山西教頭は

「高浜先生の応援に向かっていたが、先ほど連絡があり、あと5分ほどで戻られるそうだ」と語った。  高浜氏は、この地域唯一の内科医の先生であり、急患で看護師が不足してるときや、訪問診療のときの代わりとして保険医が応援に向かうことがあった。5分ほどで帰ってくるとはいえ、保健室に残した三人を放っておくわけにはいかないので、教頭に保険医宛ての伝言を託すと、一度保健室へと戻っていたところで、

 キーンコーンカーンコーン

 授業開始の5分前を告げるチャイムが鳴った。昼休みは30分の休憩ができる、しかし、5分前のチャイムで基本教室に戻る必要があった。それは生徒のみならず、クラスを持つ担任も次の授業の準備をしなければならない。

 というか、友人二人を教室に戻す必要があるため、水塩は一度保健室の方へと早足で向かうが、友人二人はすでにチャイムが鳴って教室へ戻ろうと上靴を履いていたところだった。 

 水塩は二人に日向の様子をたずねると、「ずーと変わらないよ」という返事が。実際二人に廊下で待ってもらって、彼の様子を除いて見ても、布団にくるまった彼は、焦点が定まっておらず、喋ることも、そもそも水塩の顔を見ようともしなかった。

 とりあえず布団を肩までかけてあげると、


 「御園さん、もう少ししたら木村先生が戻ってくると思うから、それまでここで待っていてね」


 と優しく声をかける。だが、日向がその言葉に反応することはなかった。

 ただ、ほんのわずかにぱっちりとした眼が見開き、口内をモゴモゴと動かしているのがわかったが、それでも、固く閉ざされた唇が開いて、何か声を発することはなく、水塩はそのまま友人らを連れて教室へと戻っていった。



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