"OWL"(3)
「もしかして、梟の再生距離には制限がある……のか?」
芥見の脳内で、点と点が線にて結びつき始める。
能力が暴走し、砂煙が巻き起こる前の少女の立ち位置と、砂煙が晴れた後の少女の立ち位置を比較し、そのズレに気が付いたのだ。少しづつ、推論が組みあがっていく。
「現に今、僕のお腹の油は梟になっていない……! この距離なら、あいつは油を梟にできないんだ!! いける、いけるぞ!」
芥見はその仮定を基に、おそらく最後になるであろう攻防の作戦を練り上げる。
「あいつが操れる梟は四匹、そのうち一匹は既に潰した。対して、僕は同時に三発の砂の弾丸を撃てる。これを不意打ちで当てれば、三匹全部排除できる。でもそれじゃ、あいつ自身を叩く弾がない。後一匹無効化できたら……!!」
作戦は、ぶつぶつと小声かつ早口で呟く芥見によって、パズルピースの様に埋められていく。
「……相殺するか、もう一度。梟を遠くへ釣りだして、撃ち抜き、あいつから引き離す……!あいつは僕の奇襲の後、必ず一匹は攻撃に使わず、自分の手元に置いて弾除けにしていた。今回も同じなら攻撃に放ってくるのは最大で二匹のみ……っ」
不意に油で濡れた腹がうずく。先程の一撃を受けた場所だ。
「両匹撃ち落とせるならそれがベストだけど、失敗したら”アレ”をもう一度受ける羽目になるんだよな……!」
その光景を想像した芥見の体が自然と強張る。
「……迷ってる時間はなさそうだ」
逡巡している間にも、状況は刻一刻と変化していく。芥見の顔に再度、焦りの色が色濃く浮かび上がり始めた。細かく観察していた爆砂が、目に見えて消えかけているからだ。爆砂の中から、少女の顔が見え始める。
少女の上半身が完全に、渦巻く砂から抜け出した。芥見の焦りがより強くなる。
「でも梟に当てられるのか!? いやでも、あいつはずっと僕のお腹や胸を執拗に狙って攻撃してた……! 多分出来ることなら殺したくはないはず! あいつが言っていた通り、僕は何かしらの情報源だから!! 狙いが絞り込めているなら撃墜だって……!!」
無慈悲にも旋回し続ける梟は、薄くなった足首までの爆砂を一気にこそぎ落とす。
「ああ!! でも万が一! 万が一外したら僕は絶対死んで茂ちゃんが……!! っでも! これを決めなきゃ、他にあいつをぶちのめして茂ちゃんを助けに行く方法はないし!! ああああ!! くそっ、どうすれば!!」
遂には、少女を縛っていた最後の足枷すらも綺麗に剝ぎ取った。
その光景を見た芥見は、半ばやけくそで決断を下す。弾丸を生成しながら、油の染み込んだ上着を勢いよく床に叩きつける。
「……やるしかないっ!! 茂ちゃんに喰らわせた苦痛……お前も味わえよッ!!」
地を蹴り、靴音を鳴り響かせ、柱の裏から飛び出した――!!
芥見の作戦はこうだ。
まず、油の付着した上着を脱ぐことによって、四匹の梟の内一匹を再生成範囲から引きはがす。
次に、柱から出た姿を見せることで少女の攻撃を誘発、撃ちだされた梟を弾丸で相殺する。
この際、現在いる柱周辺に引き付けてから撃ち落とすことで、突撃してきた二匹も再生成の範囲外となる。
その後に砂煙を巻き起こし、目くらましをすることで、弾丸の充填と少女への接近を同時に図る。
そして最後、接近後に三発の弾丸を放てば、少女の手元には護衛の一匹しか梟がいないので確実に命中、芥見の勝利となる。
この作戦、成功するかは梟の攻撃を相殺できるか否かに係っていると言っても過言ではない。
先程、梟が突っ込んできた際に、咄嗟とはいえ撃墜できたのは一匹だけなのだ。
果たして、相殺できるのか。
芥見の懸念は、ほぼ全てがそこに集約されていた。
集中故か、時の流れがかつてない程までにゆっくりに感じる。勢いよく鳴らした足音が工場内をこだましている。
――少女がおもむろに振り返る。
「……殺れなの」
少女が呟くとほぼ同時に、芥見は視界内で何かが一匹、ブレた様な影を捉える。
「ッ!!」
反射的に弾丸を三発一斉に射出すると、目の前から大きな破裂音が襲いかかってきた。
「よしっ!」
芥見は撃墜音を聞くや否や、降りかかる油の飛沫を厭わず駆け出した。
砂煙を巻き起こしながら、少女の背後に回り込むために大きく迂回する。
先程とは別の柱の裏へと素早く滑り込み、再度、弾丸と息を整える。
「はっ……はっ……飛んできたのは一匹だけか。読みは外れたな……けど、予定は狂わない。何も問題はない」
芥見の弾丸は三発、対して少女の護衛のフクロウは一匹増えて二匹。二発相殺されたとしても、一発は打ち込める計算だ。
「でも、それはあいつも分かっているはずだ。だから、睨み合いの膠着状態になることも予想してた……何か考えがあるのか?」
疑念を抱いた芥見は、見つからないように体勢を変え、少しだけ砂煙を薄め少女の動向を把握しようとする。
周りの景色が僅かにだが明瞭になり、様子が分る。芥見が予測していた場所に少女の姿はなかった。
「流石に移動してるか。一体どこに……ん?」
視線を巡らせるうちに何か、妙な違和感を覚える。やけに砂煙の濃度にムラがあるのだ。
勿論、芥見も能力操作を完全にモノにしているわけではないため、それ自体はおかしいことではない。
ただ、操作の不完全さ故と言うには、あまりにもムラの形が不自然に見える。
「なんだあれ、粒……?あいつの能力か?」
弾丸の生成を続けながら周囲をよくよく見渡すと、体の周りにも粒状の何かが点在していることがわかる。
「いつの間に……」
気づかない内に粒状の物体が張り巡らされていたことに驚きつつも、観察を進める。
「粒からなにか、出っ張ているように見え……なッ!? 嘘だろ!?」
最初は注視していた芥見だったが、しばらくして、唐突に拳で粒状の物体を薙ぐ。
「そんなこともできるのかよっ……! まずい、もうどこも安全とは言えないぞ……!!」
芥見は一気に焦りで表情を染めると、立ち上がり、柱を背にして何度も辺を見渡す。
潜むことを意識していた先程からは想像もつかないほど、慌ただしい動きだ。
「生成が間に合った弾は一発……まだ時間が必要だ。けど、あれに見つかってる……」