"OWL"(1)
「”それ”、どこで見つけたの?」
どこか無機質に感じる見た目通りの、あまり起伏の無い声で芥見に問いかけてくる。
「え、えと、さっきこの工場で拾ったんだ。探しに来たの? 返すよ。」
ネックレスを渡そうと、能力核に触れないよう持ち、一歩踏み出したところで、少女の横にいた梟が芥見の胸部に向かって直撃する。
「ごぉっ!?」
直後、非常に鈍い音が芥見の身体から発せられ、胸に体が浮くぐらいの衝撃を受ける。芥見の全身から力が抜け、前のめりに倒れ込む。
「貴方から近づくな、なの。私から行くの」
「っかはっ……! っえ゛っ……! な、なにが……! お゛っえ……!」
肋骨が粉々になったかと思うほど強烈な衝撃に、芥見の息が詰まる。必死に肺に空気を取り込もうとするが、上手く呼吸をすることができない。体に力も入らないので、自然とうずくまる体勢となる。
「けっほっ……! なんで梟が……! げほっ……!」
しばらく悶絶した末に何とか呼吸を安定させ、何が起こったのかを把握しようとする。
「な、なんだこれ!? 血!? いや、ちが、よく見たらこれ、血じゃない……なんだこれ、油……?」
すると、体が何か液体に濡れていることに気が付く。一瞬、芥見は自分が血を流したのかと恐怖する。しかし、少し冷静になり観察すると、それはただの茶色の濁った油であると気が付く。
「なんだ、これ」
芥見がただただ理解できずに困惑していると、少女が少しずつ歩みを進め、近づいてくる。その小さい体躯にそぐわない威圧感を引っ提げて、一歩ずつ、ゆっくりと。
「それ、本当なの? 本当に拾っただけなの? 能力を発動させているのに、ただただ偶然拾っただけと主張するの?」
「へ? 何言って……っ!? っ今度はなんだ!?」
何か思い違いをしているであろう少女に、芥見が返事をしようとするが、その途中で彼は体に異変を感じる。
なんと、体に付着していたはずの油が勝手に落ちていき、一か所に集まったかと思うと、まるで意思を持ったように独りでに動き少女の方へと向かっていくのだ。
「そんなの信じろ、って方が無理なの。偶然にしては余りにも出来すぎているの。貴方はあの人の協力者……?」
少女の足元にまで辿り着いた油は、足伝いにその体を駆け上がる。
足から腰に――
腰から頭に――――
「私は今、貴方が何を話そうと確信を得られないの」
「さっきから何言って――……! 君はHEDなのか!」
頭に上った油はそこで一時停止し、だまになって一つの形を形成し始める。
「でも、私はあなたを信用したいの。信じるに足る情報が欲しいの」
だまになった油は、まるでラグビーボールのような楕円を成し、更に蠢く。
「少しはこっちの話を聞いてくれ! 僕は本当にこれを拾っただけなんだ! いや、厳密には僕ではないけど……」
「白々しいの。能力核を持って、点滅反応までさせているのに、今更知らないフリの演技な
んかしたって騙し通せる訳ないの」
側面から二つの棘が飛び出、先端がぷくっと風船のように膨らむ。
「いや、本当に何も知らないんだよ! さっきから何か大きな勘違いをしてるって!」
棘はおもむろに鳥のような羽の体を成し、楕円先端の球体には目のような窪みと、鋭く尖ったくちばしが生成される。
最終的にその姿は、芥見の腹にぶつかり、散らばった梟と寸分違わぬものとなった。
「今の貴方の話すことは、状況的に怪しすぎて信じられないの。だから、勘違いかどうかは、もう少し痛めつけてから判断するの。苦しみから逃れるためになら、真実を話すかもしれないの。」
「なっ……!?」
要は拷問するぞと脅しをかけてくる少女に、芥見は絶句する。
そんな芥見を意に介さず、少女が背中の容器を軽く小突き、それに呼応するように容器が小刻みに震える。
芥見が身構えた直後、油が間欠泉の様に蓋を押し上げ、噴き上がった。
打ち上がった油は宙で三叉に分かれ、それぞれの先端で飴細工のようにグニャグニャと頭部、体、翼、足と順繰りに体を成し、三匹の梟を形成した。
それを見た芥見の顔色が、困惑から少しづつ絶望へと移り変わっていく。芥見は、まだズキズキと痛む胸に手を当てながら、”もしあの梟が一斉に突撃してきたら”という最悪な想像を巡らせていく。
一体に突撃されただけでここまでダメージを負ったのに、仮に4匹すべてが一斉に襲い掛かってきたら、自分の身体は五体満足で残っているだろうか。嫌な想像は、芥見に自然と身震いを起こさせた。
しかし、絶望に染まった目をしていた芥見だが、直後に聞こえてきた少女の声でその様子は急変する。
「安心してなの。さっきみたいにならないようにするの」
「は……? さっきみたいに(・・・)? お前、まさか、茂ちゃんに……!!」
ほんの一瞬、呆けた様子を見せた後、数秒前の絶望が嘘のように剣呑なオーラを放ったのだ。
「急に立ち直ったの。茂が誰かは知らないけど、小汚いおじさんのことを言ってるならそうなの」
「っ!! 茂ちゃんは無事なんだろうな!?」
「? 何故そんなにいきなり強気になれるの? 今のでもっと信用できなくなったの」
視線で殺さんとばかりに少女を睨みつけ、吼える芥見。しかし、少女は不思議そうにしながらも、受け流し、独り言を呟く。
「お前、さっきからいい加減にしろよ……! こっちの話に一切聞く耳持たず、自分勝手なことをべらべらと! 僕の質問に答えろよ! 茂ちゃんは無事だろうな!?」
「……まぁ、死んではないと思うの」
芥見は、先程の態度からは想像もできないほどの剣幕で捲し立てる。流石に少女も自分の思考から意識を戻し、興味なさげに芥見の問いに答える。
「ふざけるなよ……! そんな、そんな無責任な返答があるかよ」
芥見の目と眉は一層吊り上がり、握りしめていた拳が震える。歯列と敵意を剝き出しにしながら、憤りを強めていく。
「……茂ちゃんだけなんだぞ、僕の友達は!! それを……それをお前っ!!」
意図的に能力核に触れないようにしていた芥見だが、怒りのあまり思わず握り込んでしまっていた。
芥見の怒りに呼応するように、初めて能力核に触れた際に集められていた砂や埃が、突如として芥見と少女の間で球状に圧縮され始める。
「……っ! 行くの!」
少女もそれとほぼ同時に頭上の三匹の梟に突撃指令を下す。
しかし、砂の球体は梟が到達するよりも先に爆発し、広間中が砂煙で覆いつくされ、芥見の姿も砂の濃霧で隠される。
梟達はそれも厭わず、勢いよく砂を裂きながら砂煙の中に突撃していく。
砂煙に三つの穴が出来た後、一瞬遅れて大きな激突音が鳴り響く。少女はその方向を注視し、気を張り詰めるが、しばらくすると緩めて警戒を解いた。
「……逃げられたの」
少女は少し厄介そうに言葉を零すと、残していた肩の梟を飛ばし、周囲の警戒に回す。そして自身は芥見がいた場所へと歩いていった。