"ACT"
とある放課後の高校、その教室内では生徒のほぼ全員が共通の話題に興じるという、少し珍しいことが起こっていた。
「やっぱりさ、俺は”HED”の犯行だと思うんだよね、この事件は」
「まぁ、間違いないでしょ。こんなことを出来るのは”HED”ぐらいなもんだろうしね」
生徒の興味を惹いて止まないのは、今日の正午に起こった海外の事件である。その内容は、演説をしていた海外の政治家とその周辺の人間、合わせて15人が同時に、そして一斉に真っ二つになったというものである。犯人もその手口もいまだ不明な為、今、世間では様々な説が飛び交っている。
ただ、様々な説が流れているが、全ての説に必ず一点だけ共通するものがある。それは、何かしらの形で必ず”HED”と呼ばれる存在が関わっているという点だ。
そんなニュースの話題について教室内が賑わう中、一人だけその輪に加わらず帰り支度をし、教室を出ようとする少年がいた。少年は教室の出口まで足を運ぶが、あいにくそこは熱狂的に”HED”の話題について語り明かす生徒達に塞がれている。
「~でさ、やっぱり犯人の目的は国の乗っ取りだと思うんだよ!多分どこかの政党に肩入れしてて、そいつらの邪魔になる政敵を……」
「ごめん、そこ通してもらっていいかな?」
「お、おぉ芥見か。ごめんな」
少年が申し訳なさそうに声を掛けると、少年に気が付いた生徒は少し驚き、ばつが悪そうにしながら体をどけた。芥見と呼ばれた少年が教室から出ていったのを見届けた後、生徒たちは彼についての話題を話し始める。
「芥見って良くない噂をよく聞くけど、噂程良くない奴ーっみたいな雰囲気ないよな」
「でも、別のクラスの奴が浮浪者と仲良さそうに喋っているところを見たらしいぞ」
「へー……なにしてんだろうな、それ。」
「さぁ? それよりさ、知ってるか? さっきこの辺で大量の梟が――――」
生徒たちは芥見についてさほど興味がないのか、すぐに別の話題に移り始めた。
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「茂ちゃぁーん、いるー?」
教室を出た後、芥見はいつものように廃工場に来ていた。芥見の問いかけから少し遅れて、奥の方からいかにも浮浪者といった風貌の男が顔を出す。
「おぉ! 来たか仁坊!」
「ごめん、ちょっと遅れちゃって」
芥見と親しそうに話す浮浪者の名は茂というらしい。齢4,50といったところだろうか。二人は廃工場の入り口から大広間のような場所へと話しながら移動する。広間の壁際には廃材やら鉄パイプやらといったガラクタが散乱しており、二人はそこにある比較的新しめのソファーに腰を掛ける。
「あ、そうだ。これ、頼まれてたのものね」
談笑の途中、芥見は思い出したように学生鞄からコンビニのレジ袋に入った食料品や生活用品を取り出すと、茂に手渡す。
「おぉ、そうだったそうだった。毎度毎度すまねぇな。ほれ、代金な」
「うん、ちょうどだね。今日の茂ちゃん、やけにテンション高いね。どうしたの?」
どうやらいつもと様子が違うのか、気になった芥見が代金を受け取りながら茂に訊いた。
「あぁ! そうなんだよ、聞いてくれよ仁坊!」
そう言いながら茂は興奮し、捲し立てながら説明をする。
「さっきオレぁがここに着いたらよ? あそこの固ってぇ扉が半開きになっとったんよ。なんやろなと思いながら恐る恐る様子見ながら入って奥に進むとよ、なんとこんなもんが落ちとったんだわ!」
茂は芥見に対し手を突き出し、掌の中にあるものがよく見えるようにする。そこには軽く装飾が施された、”綺麗な石の様な物”が付いているネックレスがあった。
「え……? いや、これって……!」
「へへ、いいだろ仁坊! 何か宝石っぽいものがついてるし、オラぁの見立てだとこれぁいい値が付くぞぉ! どうせこんな廃工場の奥に落ちてたんだ、誰も取りにゃ来ねぇだろ。警察に届けりゃ半年後には――」
皮算用をする茂を遮るように、芥見が驚きながら言う。
「いやいやいや、茂ちゃん! これ! これ”HED”の”能力核”だよ!? なんでこんなとこなんかに……。」
「あ、あん? ”HED”……”能力核”…? ようわからんが、これって拾ったら不味いんか?」
驚いた様子の芥見に心配そうに茂が訊いた。
「いや不味いっていうか!茂ちゃん”HED”を知らない訳じゃあるまいし……って、あぁー……!!そっか、いやそうだった! 茂ちゃんあんまり新聞読まないもんな!そりゃ知らないか!えと、どう説明すればいいかな。いい?茂ちゃん、まず――」
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”HED”
それは、かつて、フィクションの中にのみ存在していた”超能力者”を指す別名である。
約10年前、世界各地で原因不明の突然死を遂げる人間が多発するという現象が多発していた。死体を解剖したところ、死亡者の体内には大きな”石”のようなものが生成されていたという。
それを知った他の研究機関が、生者、死者関わらず多くの人間達から”石”を摘出し、調査を開始した。結果、判明した内容というのは信じ難いものであり、その研究結果は世界を震撼させることとなった。
調査結果の一つである映像には、被験者が摘出した”石”に触れた瞬間が記録されていた。被験者が辺りを見渡したかと思うと周囲にあった鉄製の器機が宙に舞い、被験者が指先で指示をすると、器機がその方向に弾かれる様に飛んで行く。そして、映像は一通りの器機を飛ばした後、最後に被験者が
”私は自在に鉄製のものをコントロールする力を得た”
という旨の発言を興奮混じりにし、映像は締めくくられた。
本動画を皮切りに世界各地で他の研究機関からも似たような映像の公開が相次いだ。それにより、人類は認めざるを得なくなる。
”フィクションの中にのみ存在するとされていた超能力が、現実になったことを”。
その後も各国の研究機関等の発表により、
――”石”を摘出せず体内に長期間放置すると、石が巨大化し、死に至ること。
――摘出すればその時点で変質は止まり、死にはしないこと。
――超能力は摘出した”石”に、摘出された人が接触しなければ使えないこと。
――超能力は使い続けると成長するということ。
といったような様々な”超能力”についての法則が分かっていった。また、解明され、それらの情報が世界へと広まるにつれて”超能力”関連の名称も変化することとなる。
”石”のようなものは”能力核”という名称へ。
”超能力者”の総称は、超能力者が”能力核”を摘出した際に何かしらの装飾品に加工した上で身に着けることが多い為、Have Extra Decoration の略である”HED”と呼ばれるようになった。
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「色々と端折ったけど、これがHEDの大体の説明ね」
「ほ~ん。オレぁが知らねぇ間に世間はンなことになってたのか。」
「世間であれだけ……っていうか今じゃ常識だし、茂ちゃんが知らなかったのに驚きだよ」
芥見は少し呆れたように笑うが、茂はどこ吹く風といった様子で改めてネックレスまじまじとを見る。
「しっかし、こんな石で超能力とやらが使えるようになんだなぁ。不思議なもんだ」
「だね。まぁ使えるのは本来、体内にその石を持っていた人だけなんだけど。……というか、本当になんでこんな場所なんかに落ちてたんだろう……」
「さぁなぁ。オレぁが来る前にドアが開いてったことは、誰かがいてそいつが落としたか、わざと捨てたっつうことなんだろうが、まぁわかんねぇな」
茂はそこで言葉を切り、芥見の方へ向き直った後、ネックレスを差し出した。
「まぁ、これは仁坊に預けとくわ。悪いけど警察にでも届けておいてくれや。あ、謝礼が出たら山分けな」
そう言ってシシシと茂は笑う。
茂は一般人から見たら(少し浮いている(上に点々))見た目なので、人がいる場所へ赴くとなると奇異の目で見られてしまう。なので、街などで用があるときは基本的に芥見が代わりに行っている。
「いや、僕は今はそこまでお金に困ってるわけじゃないからいいよ」
芥見は微笑みながらそう言うと、ネックレスを受け取ろうとする。芥見の指先がネックレスの能力核に触れ――
「ーっっ!?」
その瞬間、能力核がいきなり激しい点滅を起こし、それとほぼ同時に芥見が大きくバランスを崩す。
「ぐっ、ぐぅっ、ぅぅっー!?」
「お、おい!どうした!!大丈夫か仁坊!?」
芥見の目は急激に血走り、激しく呼吸を繰り返し悶え苦しんでいる。
「う、うぁぁぁぁぁ!! あ、”在る”!なんだこれ!?なんか、色々、色々たくさん、周りに”在る”ぞこれ……!なんだこれ、なんなんだよこれ!!」
「くそ!おい、聞こえるか仁坊!とりあえずそのネックレスを離せ!明らかにそれがヤベェぞ!」
そんな芥見の姿を見て、ただ事ではないと感じた茂が原因であろうネックレスを取り除こうとする。しかし、苦しさ故か芥見の手はしっかりとネックレスを包み込んでおり、離さない。
茂が必死にネックレスを外そうと格闘していると、突如、茂の腹部に大きな力が加わり、身体が大きく仰け反る。
「ぐえ!? げぇほっ! な、なんだ!?」
地に尻をついた茂が、驚きながら芥見の方へと視線を戻す。すると、彼の顔は更なる驚愕の色に染まることとなる。
「なんじゃ、これぁ……」
大広間の至る所から埃や砂が、芥見の周囲に這いずるように引き寄せられたかと思うと、彼の周りを”舞い”始めたのだ。その量は次第に増していく。
埃や砂は繭のような形を形成しつつあり、集まってきている埃等は蠕動し、脈打っている。
呆気に取られていた茂だが、彼の腹部からそれなりの量の”砂が落ちる音”を聞き、我を取り戻す。
見たところ、徐々に芥見の動悸は治まってきており、それに合わせて周囲の埃や砂もゆっくりと下に落ちている。
「! お、おい仁坊!」
それを好機と見た茂は一気に芥見に近づくと揉み合いの末、芥見の手からネックレスを外す。
「っ……はぁ……うっ……」
「はぁ……ふぅ、何だってんだ今のは。この能力核とやらももずっと光ってるしよぉ」
茂の言った通り、ネックレスの先端にある能力核は、今も等間隔で点滅していた。
「はぁっ……はぁっ……分かんない」
「でもよぉ、お前さんのさっきの話だと……」
「うん、能力は能力核が摘出された人しか……」
そう言って芥見はかぶりを振る。
「ふーむ。ま、しばらくはそこのソファーでゆっくりしてな。奥から毛布か何か、取ってきてやるよ。ま、ガラクタだらけでゆっくりできねぇかもしれねぇが」
「ははは。うん、ありがと」
茂が工場の奥に行くための通路に入って行ったのを見届けた後、芥見は改めて自身の記憶を振り返る。
茂と話していた通り、能力は能力核を摘出された人間が、摘出した能力核に接触して初めて発動する。
なので、芥見は必死に記憶を辿りながら、自身の能力に関連していそうな記憶を探すが、何も思い出すことは出来ない。それでも、芥見は先程起こった不可解な現象を解き明かすべく、より思考を底へと落としていった。
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……思索に耽ること十数分、芥見は妙に茂が遅いことが気になり始める。茂が毛布を取りに行った部屋はそう遠い場所にあるわけではない。訝しみながら更に数分待っていると、不意に工場の奥から足音が響いてくる。
「あ、茂ちゃん。随分遅かった――」
ソファーから腰を上げ、茂を出迎えるために芥見は音が鳴る方へと近付く。しかし、そこにいたのは茂ではなく、打ち捨てられた廃工場に似つかわしくない、余りにも不思議な格好をした美しい少女であった。
少女は精緻な美しさを持ち、それ故かどこか無機質な印象を与えてくる。動いていなければ、作り物と見間違えてしまいそうだ。しかし、一番目を引くのはその容姿ではなく異様な服装である。
黒のレインコートと濡羽色の毛をたなびかせながら、背中に何か大きな容器を背負い、横には濃色の茶色い、少女の頭の倍以上はあるであろうサイズの梟を携えている。
その姿は、まるでなにかの物語から飛び出てきたようだ。
芥見が困惑していると、少女が印象通りの平坦な声で話しかけてくる。
「あなた、能力核はどうしたの?」
「へ?」
「あなたが持っているのは知ってるの」
何故この少女がそれを知っているのか。そんな疑問を抱きながら、芥見はいまだ点滅している能力核に触れないように細心の注意を払って、ネックレスをポケットから取り出す。
「これのこと?」
少女は能力核の点滅を見た瞬間、雰囲気が大きく変わる。声こそ抑揚がないままだが、どこか無機質だった様相は霧散し
「”それ”、どこで見つけたの?」
視線が好奇心と敵愾心で溢れたものになった――