2-3【二人の過去と今】
ーーー回想
「ユーキ!! ユーキ!!」
(痛い、と言うよりは、身体に感覚が無い、凄く熱い)
これは幼き日、二人の記憶。次第に騒がしくなる周囲、赤い光と警戒音を撒き散らしながら、永遠に思えるようにゆったりとした時間の中にユキはいた。
「急に道路に女の子が飛び出してきて、彼女を庇うように彼が、ブレーキが間に合わなくて」
(ユウカねぇ、大丈夫かな)
ユキの意識は周囲の喧騒に次第に薄れていった。
「先生、ユウキは大丈夫なんですか」
「はい、奇跡的にそこまでの大事には至っておりません。後は、彼の意識が回復するのを待つだけです」
次に意識が戻った時には、ユキは病院のベッドにいた。身体はまだ動かせそうにないが口だけなら少し動かせそうだ。
「お、か、あ、、、」
「ユウキ!!」
「ユウキ君、意識が戻ったのかい」
あまりの安堵に泣き出す母親。それに動揺し、なんとか母親を落ち着かせようと手を尽くす医者。ユキは確かに生きている。彼が次に気になる事は、、、
「ユ、ウ、カ、ねぇ、は」
「えぇ無事よ、あなたのおかげでね。ただ、、、」
母親はそう言葉尻を弱めた、それと時を同じくしてユキの病室のドアは力強く開け放たれた。
「ユーキ!!」
ユウカは道路に飛び出すなんて勝手なことをして申し訳なかった事、今回の怪我でユキは激しい運動が出来なくなった事、色々な方向から謝罪の言葉を彼に紡ぐ。しかし当のユキは、あるひとつの変化が思考に突っかかり、それ以降の情報はちゃんと聞こえてはいるが脳がそれを認識する事はなかった。
「ど、う、し、た、の」
その後にユキは主治医より聞かされた。ユウカの身体は何一つも怪我してない事を。ユキに怪我をさせてしまった心意的要因で彼女は一人で立つ事が出来なくなった事を。
ーーーサンハリー領、ユキの拠点
「ツンツン、ツンツン」
ユウカがそう言いながら頬を突く感触にユキの意識は徐々に覚醒していく。魔法を使いすぎた彼は、決闘が終わった瞬間にその場に倒れ込み、心配したユウカは彼を木陰まで運搬し、彼女のひとつの夢であった膝枕を彼にしている現状である。
「あっ、ユーキ、起きたかな?」
(ひんやり冷たくて、少し柔らかい)
ユキはユウカのふとももに頬を擦り付け、その感触をしっかりと堪能する。
「もう、寝ぼけてるの? くすぐったいよ」
実際、ユキは寝ぼけている。彼の寝起きはよくはない方だ。
「でもね、こうやってユキを膝枕するのって夢だったんだ。車椅子生活だとどうしても届かない理想だったから、これまでは考えもしなかったんだけど、これは絶対に私の夢だったんだよ」
ポツン、ポツンとユウカの瞳から溢れる雫がユキの頬を濡らす。その状況に寝起きに弱い彼の感覚も恐ろしい速度で活性化する。
「足太い、硬い、寝心地悪い」
「車椅子生活で何一つ負荷をかけずに育て抜かれた私の足を太いなんて思うなら、この世の全ての女性の足はきっと太いんだろうね。硬さは、まあ、そこまでお肉ついてないし、、、」
「冗談だよ。介抱してくれてありがとう」
ユキは気恥ずかしそうに身体を起こしユウカの膝枕から脱する。
(魔力を使いすぎると無気力感に襲われるのか、使いすぎには気をつけないといけないな。そうなると魔法以外の攻撃手段が必要か)
そう思うのは確認程度で、今回の戦闘経験からユキは既に自分のスタイルに合う武器を決めていた。
「それで、さっきの決闘、僕の勝ちでいい」
「その後すぐに倒れたから引き分けでしょ」
先の勝負の決め手となった不可視のエアシールドは、ユキの匙加減でエアソードでも構わなかった。ユウカの足を切り落とす程度のこと容易くできる、これがこの世界だ。
「そう言えば、ユウカねぇは最初のスキルは何を選んだの? 移動速度に関わるスキルとかかな」
(この異世界で楽しんでるユウカねぇを守るためにも、これまでのことはしっかりと聞いておかないとな)
その後にユキとユウカは情報交換を行った、彼女のEXスキルは『天球』と言う。その効果は脳内でのオートマッピング能力と、自身の魔力を帯びた物体の追跡らしい。
「世界のどこにいても僕を探せる能力ね」
(決闘の初手で殴られた利き掌に、今でも不自然な魔力が見えるのはそういうことか、目眩しが効かなかったのも頷ける)
「神様からユーキの座標を貰ったら、地図にすぐ出てきたから、後は全力で走るだけだったよ」
(思ったより便利そうだな、そのスキル)
それからは、西の国を走り回っていた時の土産話を披露するユウカを眺めながら、ユキは今後の鍛錬の軸を頭の中で組み立てた。
ーーーサンハリー、旅市場
「おう、坊ちゃんと嬢ちゃん。決闘の疲れは大丈夫かい」
ユキとユウカは少し遅れた昼食をとり、旅市場のジンの店まで足を運んでいた。
「ジンさん、先程はありがとうございました」
「いいってもんよ、俺も坊ちゃんの戦闘に興味はあったからよ。まあ、次からは他を当たってくれ、流石に命に危険を感じたわ」
ジンへの決闘時のお礼も済ませ、ユキは本筋の話を始める。
「ジンさん、武器って売ってますか?」
ユキはここ数日で必要になりそうな物の値段を調べていた。その結果、この世界は武器の入手難易度が恐ろしく高い事がわかった。
「武器って、具体的には何よ」
「弓、ですかね」
この世界には魔物もモンスターはいない。そんな世界だからちゃんとした武器は軍に所属するか、それこそ裏ルートで入手するしか手段がない。この街で買える剣や槍は脆い木製で、ユキにとっては武器というよりおもちゃといった感じだ。
「弓か、、、多分あったと思うが、矢は売れないってのはわかってるよな、坊ちゃん」
「あぁ、それで問題はないよ。その弓がちゃんとした武器と呼べる物なら、尚のことありがたいけど」
「それは安心しろ、俺のスペアを流してやるよ」
弓は売れるけど、矢は売れない。ユキは人族の武器に関する常識を教典より学習している。
「ユーキ君、なんで矢は売れないの?」
「ん、ユウカねぇ。だって、普通に危ないじゃん」
「まあ、そうだけど、それで大丈夫なの?」
「むしろ、一般人が普通に武器を買える環境の方が大丈夫じゃないとは思うけど」
「そうか、日本もそんな感じだもんね」
「ニホンか、聞いたことない国だな」
(これはまずい、ユウカねぇが転移者ムーブをかましてしまった。よりによってこの世界にそこそこ詳しいであろう旅商人の前で)
「それじゃあ、弓を、急ぎ、お願いします」
ユキの食い気味な催促に、ジンは面を食らう。どうにかこの話題は流せそうだと、彼は心の中で安堵の息を吐く。
「わかったよ、明日取りに来い。しばらく使ってないから渡す前にしっかりと調整してやんねぇとな」
(えっ、今から試したかったのに)
「なんだ、売ってやるってんだからそんな顔される筋合いはないと思うが。なんだ、坊ちゃん、そんなにすぐ使いたいのか」
「午後からは弓の練習をと考えてまして、好奇心は生物といいますか、今を逃すと凄く不完全燃焼したまま今日を過ごさなければ」
「弓使うって言っても矢はどうす、、、わかったよ、わかったからそう残念そうな顔するな、今日一日だけ俺の弓を貸してやるから」
ジンは大鞄から弓を取り出しユキに渡す。
「坊ちゃんの身体の大きさから考えると、ちと大きいかもしれんが、そこらで買える子供用のおもちゃが欲しいって訳じゃないんだろ、我慢しろ」
「はい、ありがとうございます」
ユキはジンの弓を手に取ってそそくさとその場を後にする。先日に続いて急な逃走にジンは苦笑いを浮かべる事しかできなかった。
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