1-2【お金が無い】
ーーーサンハリー領、旅市場
「旅の商人です、何か困り事はありませんか」
ユキは日の出と共に簡易的な夜営地を片付け、大鞄を背負い、転移直後に目にした街へと来ていた。
(商売に入る前に街の様子を一通り確認したけど、商品として用意した土魔法で作った土器を正攻法で売るのは流石に難しくように思えてくる。さて、どうしたものか)
サンハリー領。立地的には王都とそう離れてなく、煌びやかな街かと思ったが、その実は農業を主体とする閑散な街。肥沃な土地は初代サンハリーがもたらしたものらしく、領民の領主への信頼も厚く和気藹々とした街だ。
(王都を。いや、この国の食を支える要所といった感じか)
ユキは同じように旅の商人のような風貌の人が固まっていた区画に店を構えた。商品としては、昨日魔法を練習した際に土魔法で創ったあたり障りのない出来の土器を並べる。
「おう、嬢ちゃん、これまたイカつい土器売ってんなー。この辺りでは初めて見る顔だけど、この街は初めてかい」
そうユキに話しかけてきたのは、隣で商売をしている彼より2回りは大きい男だ。ユキの身体は神様の趣味で特別小さくされているため、男の体躯は標準の範囲で収まる程度であろう。
「そうなんですよ。お初にお目にかかります、私はユキ、旅の商人を商いとしております。見ての通り、若輩の身にありますので、お手柔らかにお願いいたします」
(聞いた感じ、女性と間違われているようだ。このまま勘違いしてもらった方がなにかと有力かもしれない)
「おぅ、おいらはジンってもんよ。世界中を巡って珍しい物を集め商いをするお前さんと同じ、旅の、商人さ。同業者の間ではそこそこ名が知れていて、同じ街に2日も居座らない事から風来のジンの通り名を、、、」
ジンは誰に促されたわけでもなく、自分語りを続ける。通りすぎる人々はそんな彼に注目しつつも関心は商品には向いてなく、同じ区画に店を構えている商人の方々からも、次第に痛々しい視線が彼の背に突き刺さる。
「ジンさん、少し落ち着いて、、、」
(願ってもいない好機だ、この人から一稼ぎするか)
ユキは大鞄から土魔法で創った水瓶と、薄緑色の湯呑みといった茶器を取り出し、水を注ぎジンに差し向ける。
「っと、嬢ちゃん商売中に悪かったな。しっかし、ご丁寧に水まで用意してくれるとは、将来大成する器だなこりゃ」
ジンはユキから受け取った水を一気に飲み干す。
(親和的というか、何一つの警戒も無しに飲み干したな。毒とか仕込まれていたらどうするのだろうか)
ジンは商人としては少々警戒心が足りないよう思える、商売においての毒はなにも身体ではなく心に作用するものだ。
「嬢ちゃん、この水に一体何を入れたんだい」
「気分は晴れましたか。旅の者として、これだけ土の毛の濃い地に留まり商いをするのは、思う以上疲労するものですよ」
「それじゃ答えになってねぇぜ。確かに、商売に秘密はつきもん、ってのはわかる。だが、客の疑問に対してある程度の解を示すのもまた商売とは思わねぇか」
ジンは先程の自分語りの際とは一転し、仕事モードという感じの真剣な眼差しをユキに向ける。
「まぁ、初めてお客様ですわ。それは、誠実に接さなければなりません。とはいいましても水自体には何もしてませんよ、その茶器にこそ秘密がございます」
ジンは手に持つ湯呑みを四方から見つめ直し、何周も何周も鋭く観察している。
(ジンさんはこの場に客としている、従業員に質問した上で何も買わないという冷やかし行為、それを商人である彼は許容し難いだろう。中々に僕寄りの展開だ)
「可能でしたら、是非一度水を注いでみたらいかがですか?」
ジンは自分の荷物の中から水袋を取り出し、ユキの言う通りに湯呑みに注ぐ。その水面にはコポコポと気泡が踊り、次第に炭酸水のようにシュワシュワと音を立てていく。
「これは驚いた。エールみたいにシュワシュワしてやがる」
「どうでしょうか、面白いものでしょう」
「これは、魔法道具なのか」
「魔法道具だなんて、そんな難しいことはしていませんよ。作る際に用いる土に心ばかりの工夫をしているだけです」
「よし、この茶器を買わせてもらおう」
(喰いついた。これで最低限の利益は出せる)
商売の流れがユキにある今、もう一押しと彼は仕掛けに入る。
「いえいえ、その茶器はジン様にお譲りいたしますわ。一度とはいえジンさんがお使いになった物ですから、他の方にお売りする事はできません、不良在庫の処分です」
「いやいや、それなら俺が責任を持って買い取らせていただくのが通りでしょうに、タダでいただくことは出来かねます」
「その茶器は魔法の道具ではありません。ですので、その泡も有限と、いつまで続くかわかりません。それに、茶器としては少々脆くできている事もあって、お客様にお売りする物としては、、、」
ジンは手元の茶器から、ユキの顔に視線を移し、売り物として並べてある土器の方へと手を伸ばす。
「そこまで断られるとは仕方なねぇ、これの代わりと言ってはなんだが、そっちの土器を買わせてはくれないか」
「こちらはちゃんとした売り物です、もちろんお売りいたします。価格はひとつ50マルクになりますが、どの土器になさいますか」
(この世界の常識にない茶器等、僕自身の知識で値付けできない物は流石に売れない。これで最低限の安全な利益に繋がった)
この世界での通貨はマルクという。ユキが利益が出た際の使い道として買いたい物の値段を軽く調査したが、バゲットが1本10マルク、安めの服が上下で100マルクと、日本円で考えると1マルクは20円程度の価値となるのだろう。
「この茶器の事もあるんだから、もう少し値段を釣り上げてもいいんだぜ。俺も、ある程度までなら許してやるからよ」
「商品を作った身として、買ってくださるだけでありがたいです。必要以上の値段をつけるのは恥ずかしく思えてしまいます」
(実際、土魔法で手間と労力をかけずに作った物だし、適正な価格より高値で売るのは流石に良心が痛む、、、とは思うが)
ユキはジンから50マルク硬貨を受け取り、指定された土器を売り渡す。そのやりとりを終えた彼は、他の土器を片付け始める。
「嬢ちゃん。今日の商売は終わりかい」
「そうですね、とりあえずこれだけのお金があれば、次の街までの移動にかかる雑費は賄えます」
「それは、これまた急な話だな」
「私も、旅の、商人ですので、気ままに吹く風です」
ジンはしてやられたといった表情浮かべ、腰袋から50マルク硬貨を5枚取り出し、ユキに直接握らせる。
「じゃあ、残りの土器も買ってやるよ」
「よろしいのですか」
(適正価格な上で、数売れるのは問題ない)
「その変わりと言ってはなんだが、この茶器に関してもう少し詳しく教えてくれないか」
「そうですね、それでいいのであれば」
ユキはまるで夢の話、遠い話、おとぎ話をする時のように心を落ち着かせ、言葉を紡ぐ。
「土器に用いる土と言っても、様々な種類があります。この茶器はその中でも風が吹き抜ける丘、そうですね、緑色のスライムが生息している地域の土を使っております。その土は風の魔力を多少ながら帯びており、その風の魔力に影響が出ない温度でゆっくりと焼き固めております。茶器に残った風の魔力は注がれた水の質を変え、細やかな気泡と爽やかに喉を抜ける感触を演出して下さいます」
「なるほど、土自体に存在する風の魔力か。焼き固めの温度の管理が大切となると、しっかり焼き固められない。確かに茶器自体の耐久性に難があるのは理にかなっている」
ユキは売り物である土器の全てをジンに渡し、残った荷物を大鞄に詰め、閉店作業を終わらせる。
「それでは、もう売る商品も残っておりませんので、私はこれで失礼いたします」
「おう、嬢ちゃん。色々とありがとうな」
「こちらこそ、良い商売でした」
ユキは大鞄をからい、ジンの元を後にする。それから数歩、2人の距離が少し開いたタイミングで、ユキはジンへと振り返る。
「ジンさん、実は僕、男なんですよー」
ユキは罪悪感と共にそう口にすると、ジンは鳩が豆鉄砲を食ったような顔を彼に向ける。
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