3-2【三人目】
ーーーサンハリー領、治療院
「はい、ちくっとしますよ」
「っと、ねぇちゃん、少しは優しく」
治療院に患者の野太い絶叫が響きわたる。
(ユウカねぇ、少しは魔力操作を覚えよう)
ユキが眠っていた3日の内に、サンハリーではリーナやアンジェが侵されていた病が農家を中心に大流行していた。
「はい、ちくっとするよ」
「ひぃい」
ちなみに魔力の扱いがそこまで上手くないユウカが、成人男性の処置は担当し。それ以外の女性や子供の処置はユキが担当している。
「はい、終わりました、痛くなかった」
「うん」
「じゃあ、次の人に変わろうね」
(本来土魔素の代謝が高いはずの農家の人間も、体内で処理しきれない量の土魔素をどこからか貰ってきているのか。ここで行っている治療行為も根本的な解決には繋がらないし、汚染源を探すのが、、、)
「はい、ちくっとしますよ」
「今、明らかにぶすって音鳴ったぞ」
成人男性の怒号があたりに響きわたる。
「俺、子供でよかった」
「はい、終わりましたよ」
「ありがとう、ねぇちゃん」
(うん、僕は男なんだがな)
隣の地獄を見ているせいか、ユキの治療を受ける子供の目には、彼は天使のように映っている。
「ユキさん、薬の確認をお願いします」
「リーナさん、これまた沢山つくりましたね」
リーナには風魔素の塗り薬を急ぎ量産してもらっている。ユキ特性薬壺に入っている塗り薬を、ひとつずつ看破スキルを用いて確認を行う。
「どうでしょうか」
「大丈夫そうですよ。少し効き目が弱そうな薬は魔素を加えておきました」
「ありがとうございます」
ユキはリーナが彼が作った手袋を身につけていることを確認し、使用感を確認する。
「風魔法の手袋、使い心地はいかがですか」
「はい、おかげで少しなら畑仕事もできそうです」
ユキは弓を使い始めるにあたって、手を保護するため手袋が必要だった。しかし、普通の手袋だと、ユキの体内の風魔素が布に妨げられ、風の矢を生み出す際の支障となっていた。
「それはよかったです」
「本当は、これを量産できればいいのですが」
その問題を解決するためにユキは、風魔法で糸を作り色付けに煙を閉じ込めた後、その糸を使って手袋を編む事にした。
「手が空いたら糸を大量に作りますね」
「はい、編み物は私に任せてください」
風糸は風魔素を妨げる事はなく、意識せずとも体外の風魔素を自然に貯蓄してくれる。そのため、接触部の土魔素の影響を和らげる効果を持つ。
「それじゃあ、治療に戻りますので」
「はい、忙しい中ありがとうございました」
(そのうちリーナさんの作った塗り薬が街に行き渡るだろうし、もう少しの辛抱だ)
ユウカ担当の患者から轟く断末魔の中、ユキは淡々と治療を行っていく。
(この世界に来てすぐの頃は、まさか医者の真似事をやることになるとは思わなかったな)
ユキはこれまでの数日を振り返り感傷に浸る。
(本当は弓の練習とか読書とか色々したいけど、僕しかできないこともあるし仕方ないか)
「ユキ様、少しお時間よろしいですか」
治療院のドアが強く開かれ、そこからは軽い鎧を身につけた中年の男が現れた。
「お仕事お疲れ様です、衛兵の方ですよね」
「はい、西門の警備をしている者です」
「それで、要件は、いかがなさいましたか」
「西門でニホン国の者と思われる人物を確認したので、その報告に参りました」
「わかりました。西門ですね、すぐに向かいます」
(治療できる人間は一人でも多い方がいい)
塗り薬、薬壺、風糸と、治療以外にもユキが関与している作業は多くある。他の転移者が協力してくれるならそれに越したことはない。
ーーーサンハリー領、西門詰所
「おぅ、坊ちゃん、やっと来たか」
「ジンさん、こんな所で何してるんですか」
「嬢ちゃんのお茶の相手をな」
「頼んでないし、商売トーク鬱陶しい」
「ジンさん、もしかしてお得意の唾つけですか」
ジンと対面する席には日本人らしい黒髪で小柄な少女が紅茶を啜っていた。
「面白そうな奴を見つけたかと思えば、坊ちゃんはリーナに取られちまうし、ユウカの嬢ちゃんは戦闘にしか興味なさそうだし」
「ジンさん、女性相手にそれはやめましょ」
「貴方が日本のこととか、黒髪のこととか偉い人に言っちゃったのがそもそもの原因」
(詰所で待っている間に、先日の出来事を中心に衛兵から色々と聞いたのだろう)
「あはは、詳しい経緯は聞かれてるみたいで」
少女は苦言を呈しているが、その表情は動きが乏しい。小柄な見た目と反して、話し方も落ち着いている
「とりあえず自己紹介しようか、なんて呼んだら良いかわからないからさ。僕のことは知ってるかもしれないけどユキ、こう見えても男です」
「俺は、旅の、商人のジンだ。これでも、、、」
「はい、ストップ」
ジンの自己紹介は長い。それを知っているユキは彼の発言を咎めた。
「私はルナ、よろしく」
(完全にハンドルネームといった感じか)
ユキは不審に思われない程度にルナを観察する。
「魔法、結構使えそうだね」
「うん、素養はe、心得はg」
(武芸は何かすればfまで上がるだろうに、本格的に魔法しか扱いたくない感じの子なのかな)
「なんだ、イィとかジーってニホンの言葉か」
ルナ自己申告によると、彼女の魔力の素養はeランク、これはユキのそれと同様の値となっており、治療の面で即戦力となりうる存在だった。
「ちょっと魔法使おうしてみてくれるかな」
「属性は、どんな感じがいい」
「自然体で、掌の上に全属性混ざった感じ」
「わかった」
ユキはルナの掌に集まる各属性の魔素の光の大きさを確認した。水属性が強く、風属性が弱い。
(セオリーと違う、魔素の変質者か)
「確認できました、もう大丈夫です」
「確認、なにを」
「各属性の魔法適正かな、僕には見えるんだ」
一般的な魔素の関係は、土と風の対、水と火の対の関係となっているが、属性の解釈によってはそれ以外の関係性も存在する。
「この街では今、少し困ったことが起こっててね。街全体の土魔素が妙に活発で、人の身体が結晶化する病気が流行っているんだ」
風属性は、それを拡散と解釈する場合その反対は凝結の土属性だ。しかし、風属性を流れとして解釈する場合、水属性も同じく流れであり。形を持つことの出来ない風を解放、器に注ぐことで形を持つことのできる水を集約と対にすることもできる。その様な一般と異なる魔素的感性を変質と呼ぶらしい。
「ん、その土魔素を黙らせればいい」
「いや、普通に治療を、、、」
(魔素を黙らせる、どういうこと)
「治療より黙らせる方が楽」
ユキはルナの感性がよくわからないが、これは彼女の単なる比喩表現ではなく、EXスキルからの思考である可能性も考えると無視はできない。
「その様な魔法をお持ちで」
「うん、そもそもそのためにこの街に来た。神様のお願い、近くにあるから行って欲しいって」
(ルナさんの担当神様ありがとうございます)
そう口にしたルナは紅茶を飲み干し席を立つ。
「ここだと、狭い。外に出る」
「おぅ、嬢ちゃんの実力見せてもらうぜ」
「ジンさん、さっきまで比較的静かだったのに、急にどうしました」
「いやー、魔法はあんまりわかんねぇからよ」
ルナはユキとジンを引き連れて詰所を出る。
「私の得意技は召喚魔法」
ルナは懐から杖を取り出し宙に翳した。
「暦に連ねし十二の獣、回り回りて時は満ち、陰気強まり丑みっつ、二時の彼方に顕現せよ」
次の瞬間、強い閃光と共に、それは現れた。
「おぃ、嬢ちゃん、マジかよ」
「ウシシ、我が求めに応えてくれたか」
ルナが駆け寄るその先には、トコトコ歩く大きいサイズの牛のぬいぐるみが召喚されていた。が、ユキの思考を今一番占めている事はというと。
(杖を持つと性格が変わる人だぁ)
ここサンハリー領に、また一人、個性的な転移者が増えることになった。
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