とある魔法兵の独り言
別視点というかなんというか。一応、今後も本編に出てくる人です
わたしはクリスタ=ウォーゲンといいます。
父はここ、オルト領で官僚をしている男爵です。
今年の4月に貴族院を卒業した17歳の才色兼備の魔術師よ!
すみません、才色兼備は嘘です。
試験に合格できず、魔法使いの魔導書を貰えなかったその他大勢の木っ端貴族です。うちの家はそんなに貧しいわけじゃないけど、コネクションが弱いから魔法使いの書なんていう珍品を入手することなんてできないもの。
貴族院では試験に合格できないし、貴族院で行われるお茶会やダンスなんかに参加しつづけるほど地方貴族であるわたしには財力的な余裕もなく。
日中は学校に、午後は冒険者として活動を続けていました。
王都のダンジョンはいいですね。魔術師の女の子っていうだけでちやほやされましたし、周りが守ってくれたので危険もあまり感じませんでした。
「でも、婚期は逃したぁ……」
これには凹むしかありません。
魔法師団の授業をほとんど出ずに、ダンジョンにばかり行っていたわたしに、出会いの場なんかありませんでしたもの。
冒険者にいい男はいなかったかって? さすがに仕事中にそういう気分にはならないわよ。それと仕事中に口説いてくるような相手も嫌。
冒険者としての活動をメインとすると、どうしても逃せない依頼というものが出てくるのです。人々のために活動をするのが冒険者なんです。授業に出てもお金がもらえないのが悪いんです! なんでわたしを社交界に招待しないっ! わたしを招待しない男なんか知るかー!!
……失礼、取り乱しました。
貴族院は無事に卒業できたから、実家に戻ってきたの。しばらく実家を満喫してたわ。
そしたら父さんが『婚約者がいないのならせめて働け! そこで魔法使いの書を授かれるくらい結果をだしてこい!』って無理矢理就職させられたの。
しかも就職先は領兵よ? わたし男爵令嬢なのに酷くない?
「はあ、選抜兵には選ばれないし……」
選抜兵っていうのはここオルト領での兵士の花形業務のことよ。
ナイスミドルなアーカム様と一緒に戦えるチャンス! でもまだ魔法兵としての活動が1か月程度のわたしは、連携に組み込めないとのことで留守番になったわ。
アーカム様を近くで眺めていられるだけで良かったのに。最近伯爵に陞爵されたし、そろそろ第二夫人とかいらないかしら? 愛人でもいいけど。
え? ミドラード様? 無理無理! あの人は殿下の護衛よ? 同年代で唯一の!
男前だと思うし紳士だわ。昔はやんちゃだったけど、貴族院で一皮剝けたわね。
同郷だし理想的な男性ではあったけど、ちょっと出世しすぎだわ。次期領主っていうだけでも若干引けるのに。
殿下とミドラ様が並んでいる様を眺めているだけでわたしは幸せだったもの! どっちが上でどっちがし……こほん、受けとか……違う違う。
忘れて。
同郷だったから狙ってた時期もあったけど、彼は殿下の専属護衛になったの。
オルト領には家族がいたし、故郷だもの。彼はおそらく中央の人間になるわ。申し訳ないけど、わたしはオルト領で生きていくつもりなの。
え? ミドラ様の婚約者?
わたしには見えていないから平気よ。
はあ、こっちに帰ってきてもいいことないわ。でも自分で洗濯しなくていいし、ご飯も勝手に出てくる環境は手放せないわね。
遠くで鐘も鳴っているし……鐘!?
「緊急招集じゃない!」
慌てて寝巻から魔法兵の制服に着替える。
わたしが持っているどのドレスよりも値段の高いローブを上に羽織り、髪だけ整えて準備を終える。
ここで遅刻なんかしたら、また魔法使いの書が遠のくもの!
「母さん! いってきます!」
「大変ねー、朝ごはんはー?」
「時間がないわ!」
休日だからとゆっくりしていたのは失敗だったわ!
可愛い男の子が可愛い声で、何やら説明を始めたわ。
可愛いわね。
兵士長が礼をし、ロドリゲス様が付き従っているからわたしよりも上位の貴族かしら? しかも横にいるの千早様よね? わたしの3年先輩で、わたしと同じくダンジョンに籠っていた変わり種の伯爵令嬢。
美しい黒髪にしなやかな剣の使い手で、王都の冒険者ギルドでは『黒姫』って呼ばれていたとても有名な剣士。
卒業後は名前も聞かなくなっていたけど、まさかこちらに来ていたとは思わなかったわ。
「質問があります!」
「はいどうぞ」
「今年配属された、魔術兵のクリスタです! ボスの邪魔とは具体的にどうすればよろしいのでしょうか!」
外壁から敵に向かって魔法を撃つのは当然の戦い方よね。でも問題はあのボス狼に魔法が当てられるかどうかって話。
あの手の魔物は動きが素早い上に、こちらの攻撃を先読みして動いてくるタイプが多いわ。強い魔物の行動を阻害するっていうのは冒険者らしい戦い方だけど、実際にどうすればそんなことができるのかしら?
「基本はファイヤーボールです。それだけを撃ち続けます」
「ファイヤーボール、ですか?」
何を言ってるの?
「確かに威力はあるかもしれませんけど」
「速度も遅いし、当たらないんじゃ……」
「使えはしますが、実戦で使ったことはほとんどないんですけど」
そう。授業の一環で覚えた魔法ではあるけど、貴族院の先生も先輩方もあまり有用ではないと言っていた魔法だわ。
それなりに威力はあるけど、本当にそれなりだ。魔法や火に弱い魔物が相手なら、確かに倒せる魔法だけど。
敵に当てるにはしっかり狙いを定めて動きを読んで放たないといけないし、本当に当てる気ならば、ある程度近づいて放たないといけない魔法。
「じゃああの強そうなボスの魔物を倒せそうな魔法、誰か使えますか? 周りの動き回る狼にこの距離から魔法を確実に命中させられますか?」
それを言われると痛いわ。先輩方も黙っちゃったし。
「ファイヤーボールのいいところは、着弾地点で爆発をして爆音を出すところです。これで順番に放ちます。相手も避けるでしょうね」
「は、はい」
「でも爆発地点の近くに他の狼がいたら、巻き込めます。石や岩などの破片が周りに散らばります」
なるほど。ファイヤーボールのいいところは効果範囲がある程度広いところだものね。でもちょっと爆風に巻き込めても致命傷にはなり得ないわ。
「確かに……」
「全員で同じ魔法を撃つのは、ファイヤーボールが初歩の魔法で全員が使え、それなりに威力があり、それでいて魔力の消費が少ない魔法だからです。あのボス狼はともかく、それ以外の狼ならば倒せる威力があります。倒せなくても爆風や石や岩の破片に巻き込まれて動きの鈍った狼なら、矢で狙いやすくなります」
そうか! この場に残った弓兵は練度が低い者しかいないから動き回る狼を狙うのは難しいわ! でも動きが鈍った相手になら、矢を当てることができる!
「それに爆音も響きますから、狼もビビッて逃げていくかもしれません」
「それは、どうでしょう」
ロドリゲス様のボソッといったツッコミが妙に面白くって、笑いそうになったわ。そういうのはやめてほしい。
「まあ無理かもですが、とにかく、相手の自由を奪うのにちょうどいい魔法です。指示に従ってください」
「「「 了解! 」」」
「領主のお父さんは不在ですし、母もいません。いま代表として話せるのは僕しかいません。不安かと思いますけど、どうか協力をお願いします。みんなで街を守りましょう」
「「「 おーーー! 」」」
ありえないんですけど! ありえないんですけど!
作戦だけ伝えて、どこかに引っ込むかと思っていた子が、わたしの隣で本を敷物にして座っているの。
それだけならまだいいわ! いや、戦場ではよくないんだけど!
それ以上にありえないのが、あのファイヤーボールの炸裂範囲!
わたしのファイヤーボールの範囲の10倍近い爆発を起こして、一度にまとめて10匹近い狼をまとめて焼き殺しているもの!
それに着弾時の爆風で効果範囲外の狼も吹き飛んだりよろめいたりして、慌てふためいているのがまたおかしい!
それを見た狼達は、わたし達の撃ったファイヤーボールに対しても大きく回避しようと必死に逃げ回っている。え? これが狙い!?
連射速度もおかしいわ! わたしが1発撃っている間に、3発も4発も飛んでいくもの!
何なの? こんな小さな子が魔術師のJOBを持っているのもおかしいし! わたしより威力が高いのもおかしいし! もうわたしの3倍近く放っているのにケロっとしていて指示を出しながら連打しているのよ!?
本当にファイヤーボールなの!? なんか別の魔法なんじゃない!?
ちらりと先輩方の顔を見ると、こっちに視線を向けるなと言わんばかりに顔を背けられたわ! やっぱそうよね! 異常よね!
「ファイヤーボール」
しかも同時進行で何か見たことのない魔法を放ったわ! 門の前の地面が燃えてる! 狼達がそこに近づけなくなって、足を止めるものも出てきた。
「わ、若様すげえ……」
「しばらく僕一人で支えられそうファイヤーボール。だから休憩してていいやファイヤーボール」
できる訳ないでしょ! 撃つわよ! 何発だって!
「ファイヤーボール! ひゃああああくっ! れんぱーーーーつ!」
わたしがキレ気味にファイヤーボールを3つほど宙に浮かせると、急に頭の上に熱気が生まれた。
思わず目を向けると、まるで太陽がいくつも浮いてるように、大量のファイヤーボールが生まれていた。
え? いま百連発って言った? ほんとに!? ほんとに百もあるの!?
いちにいさんしー……あ、撃ち出した! 数えらんないじゃん! 数えてる場合じゃないじゃん!
「ひいっ!」
思わず頭を下げると、わたしのファイヤーボールが制御を失ってどっか飛んでいっちゃった。
ま、まあ外壁の向こう側に飛んでったからいっか。
「あの、若様」
「その若様って固定になったの? えっとクリスタさん?」
「す、すみません、その。お名前をお伺いしてなくて」
失礼かもしれないけど、改めて名前を聞いてみる。
ジルベール様だ! ミレニア様にお呼びいただいたお茶会の席で、お話にでていたわ!
「こんな小さな子があれだけの魔法を……」
ボス狼に攻撃が当たるのを確認しつつも、ジルベール様も休憩に入った。
あれ? 煙の中からボス狼が出てこないんだけど?
突然風が吹いて煙が消えると、そこには白骨化したボス狼のものと思われる頭蓋骨。
溶けて原型が分からなくなり、細い骨は完全に焼き尽くされていた。
「ありえない……」
それを実行したジルベール様は、あどけない表情でなんか完全武装の騎士風の男に肩車されていた。
え? 誰!? ちょっと! その方を乱暴に扱わないで!
「魔法兵集合! 門の前の魔物の掃討と片付けだ!」
ひゃっほーう! 休日出勤だけでなく残業確定だわ!




