お客様
「算学に関しては、若様の方が千草より早いくらいですね……」
「あははは」
九九を暗記しているから、その分早いんだと思うよ。
「若様すごい」
「カードで遊んでると、自然とこの辺は早くなると思うよ? 足し算で競うゲームもあるし」
屋敷にある本で歴史の勉強をしてもいいけど、どうせなら実際に貴族院で勉強する内容を勉強しておいた方がいいだろう。
そう言ってお兄ちゃんが、貴族院で使っていた教科書をいくつか置いていってくれたのでそれを使って勉強をしている。
算学は数字のお勉強だ。教科書薄い。主に足し算、引き算の勉強と、その数字を金貨や銀貨に変えて計算したり、両替の計算だったりそういったものが中心だ。
国語は本を読む、そして文字を書く授業だ。日本でいうところの習字も併せているようで、綺麗な字を書くのも授業の一環となっている。千草が一番厳しい授業でもある。
本を渡されて、読めなかったりした単語があるたびにそれの書き取りをさせられた。結構手が疲れた。
歴史は国の成り立ちや王様の名前を覚えたり、貴族的に重要な法律がいつできたかなどの授業である。歴史と法律を混ぜないでほしい。
儀礼は貴族としての礼儀作法の授業だ。軍盤じじいこと、クレンディル先生に教わった内容の延長になる。挨拶の仕方、お茶会のマナー、ダンス、楽器や歌なんかの授業だ。
たぶん外から見たらお遊戯会の練習にしか見えないと思う。
そして何故か訓練こと体育だ。千早が活躍できる場がまったくないので、急遽追加された授業。
千早と一緒に木剣を振ったり、千早と模擬戦をしたりする授業だ。あまり家から出ないで本ばかり読んでいる印象を与えている僕なので、授業の一環として用意された。
そのうちお父さんとも剣を交えるようにしましょうと言われて、少しだけテンションが上がったのは内緒だ。戦士が取りたくなる。
「午前中に算学、国語、歴史で午後に儀礼と訓練」
これが僕の一日のスケジュールだ。
魔法の訓練の時間割も作ってほしいって言ったら、訓練の時にやりましょうと千草が提案、そして少しだけがっかりする千早がいた。
そして早速算学の授業が終わりを迎えたのだった。だって教科書の内容があまりにも幼稚なんだもん。
「やはり若様は天才……」
「というかこの内容だけで終わってる算学が問題なんじゃないかな……」
万単位の足し算引き算を飽きるほど繰り返しやらせて、極力間違えないように教育する。
この方針が間違ってる気がするんだけど。そろばんでも作ろうか? 僕が使えるわけじゃないけど。
「算学の次は領地経営学の授業に行くんですけど、ミドラ様はもう一度勉強をしなおすからと言って教科書を残していってくれなかったんですよね」
「算学から領地経営学っていきなり飛びすぎじゃないかな?」
必要な知識しか入れない方針の専門学校みたいだ。
「それと騎士団コース、魔法師団コースに分かれますね」
「何教えるのそれ」
「騎士団コースは騎士団内における序列やルール、規律なんかが座学ですね」
「魔術師団コースも同様ですね」
「なんだろう。そんなに教わることがあるようには思えないんだけど……9歳で貴族院に入って、2年間通って11歳。そのあと5年間も騎士団コースや魔術師団コースにいるんでしょ? 長すぎじゃない?」
「騎士団コースや魔術師団コースも、実際に騎士団や魔術師団に入る気がなくとも選ばなければなりません。民を守る力を持つのは貴族の義務ですから。午前中は共通で領地経営学や法学、儀礼なんかの授業を受けて、午後はそれぞれ専門の授業。夜には社交界に出たりするのが一般的ですね」
「あたしは冒険者登録してダンジョン行ってたわ」
「そうなんです……この姉はまともに授業でてないんです……」
「それって、有りなの?」
「必要だったから。それに貴族家でも裕福ではない家庭の子供なんかは同じように冒険者登録して稼いでたわ」
「ああー。貴族はJOBがある人がほとんどだから重宝されそうだね」
「そのまま冒険者として活動する人もいるくらい」
「大半の人は王都から逃げ出して活動してますけどね……」
ゲームで冒険者に妙に若いJOB持ちが多くいたのは、そういう裏話があったのね。でもダンジョンに行ってたのは正解だと思う。JOBはダンジョンか訓練でしか伸びないから。
コンコン。
「はい、どうぞ」
「失礼します」
算学のお勉強から脱線していると、門番をしている兵が声を掛けにきた。
普段は僕のところまで声を掛けには来ないが、今日は僕しかいないので僕のところの千早に声を掛ける。
「旦那様にお手紙を届けに来たと、貴族風の男が門に来られました」
「はい。お預かりします」
声をかけられた千早ではなく、千草が兵から手紙を受け取ると、その手紙に書かれた封を見て目を細めた。
「若様、大変です」
「なんというか、大変そうなのは伝わった」
「ちゃんと聞いてください姉さん! 若様、お客様はモーリアント公爵家の使いの方です。その方も貴族位の可能性が高いです」
「え? 公爵家?」
「お父さんもお母さんもいない日に限って……しかも初日に」
「若様、いまオルト家には旦那様がいませんし、奥様もいません。家来頭のレドリックさんもいないので、若様が対応しなければなりません」
「う、うん」
「精一杯フォローしますが、基本的に私は話に参加できません。私や姉さんに相談したいときは必ず私たちに話しかけてください。貴族同士の会話に私たちが割って入れば、お客様によっては不快に感じられるかもしれませんから」
「わ、わかった」
千草がテキパキと言いながら、僕の着替えを用意する。
「こちらに着替えておいてください。このままの恰好ではお出迎えもできませんからね」
「そんなに待たせていいの?」
「約束のあるご来訪ではないですから多少待たせても問題ないです。ロドリゲスさんに声をかけてきますので、その間に着替えておいてください。姉さん、貴賓室にお通ししてお茶をお出しして」
「分かったわ」
なんだかんだ言ってこの二人は元伯爵令嬢だ。普段はどこか抜けている千草も、こういった状況だととても頼りになる。




