優秀すぎるオレの弟
「こうして寝ている姿は可愛いものなのだがな」
馬車に乗るとき少しだけ起きたジルだが、馬車が動き始めてしばらくすると、再び寝てしまった。
「ジルちゃんは起きていても可愛いけど?」
「そういう意味ではないさ」
千早と千草の間にはさまり、スヤスヤと眠る姿は本当に可愛らしい子供だ。
そんな子供なのに、正直同年代の魔術師連中よりも強力な魔法を繰り出していたようにしか思えない。
「でもそうよね。ビッシュ様の血筋を思わせるすごい魔法だったわ」
「若様の攻撃魔法は初めて見ましたけど」
「以前街中でナンパ男を懲らしめた時の魔法もかなりの速度で発動していました。確かに同年代の魔術師と比べると、素早く的確な魔法であったと思います」
千早と千草の二人も、ジルの異常性には気づいていたようだ。
「ミドラ、あなた負けていられないわよ? ジルちゃんがこのまま成長し続けたら……」
「オルト家の後継をジルに持っていかれるか?」
「そこまでは言わないけど」
可能性は十分に考えられる。オレも殿下の護衛騎士という大役を任されているが、後継に関しては絶対ではない。
「いや、ジルは魔法の才能に加えて領内に新しい産業を生み出した。ダンジョンにジルベールカードの2つだ。領のことを考えるなら、ジルの方が後継者にふさわしいかもしれない」
「……」
「今のうちにオレは就職活動でもしておいた方がいいか?」
「ちょっと、本気で言ってるわけじゃないわよね?」
リリーの口調が若干厳しいものになっている。やばい、リリーはオレより強いから怒らせると手に負えないんだった。
「……若様は現在、錬金術師を目指しております」
「千早?」
「ミドラ様が武の人なので、自分は魔法を。何かを生み出し、兄の助けになれるように、支えになれるようにと、勉強をしております」
「バカな! 生来魔法を使え、単一ではなく三つもの魔法の素質を持つのだぞ!? 生まれながらの賢者ではないか!」
「そうね。いずれはビッシュ様をも超える、王国史に名を残す才能だわ」
そう、ガトムズ様のような!
「それでも、ミドラ様の助けになれるようにと。あたしでも何を書いてあるか分からない本を片手に、辞書を引き、辞書に書いてない単語を千草に聞いたりして、本を読み進めております」
千早は眠っているジルの手に、自分の手を重ねて優しく包む。
「あたしは頭があまり良くありませんので若様のお手伝いはできませんが、若様がミドラ様のサポートができるようにと必死にお勉強される姿は見ております」
「……そうか」
「はい。ですからミドラ様も、若様にふさわしい兄君であってください。こんな小さな体で、こんなにも頑張っているのですから」
沈黙を貫いている千草も、ジルの頭を優しく撫でる。
まったく、可愛い顔で寝ているな。
「……卒業と同時に、殿下の護衛を辞退し領に戻る」
「ミドラ?」
「殿下の護衛役は最後までやる。だが殿下と私が卒業したら、それで終わりだ。私は近衛を目指さず、父の下で領主としての勉強に励む。殿下が学生という身分でなくなれば、院の中にいる必要もなくなる、そうなればオレよりも優秀な護衛が殿下に付けられるしな」
「そう……」
「リリー、近衛に就職が決まっていたな。此度の婚約については」
「ダメよ? ミドラ」
リリーがオレの両ほほを掴んできた。痛いのだが。
「私は貴方の妻になるの。だから、貴方についていくわ」
「だが、お前の夢は……」
「近衛になり、王族に仕える……確かに私の夢ね。でも私の夢はもう一つあるのよ? ずっと昔から、本当に子どものころからの夢」
「それは?」
「素敵なお嫁さんになること。貴方と一緒にここに来るわ。そして、お義母様と一緒に貴方達を支えてあげる。ジルちゃんに負けてられないもの」
「リリー……」
「でも私の方が一年先に卒業するのよね。一年だけ近衛にしてもらえば夢も叶ったってことでいいわよね?」
一年でいなくなることが確定している人間を近衛になんかするだろうか? いや、何も言うまい。リリーならそれでもなれてしまう気がする。
「……卒業したら迎えにいくよ。オレの妻として。だからそれまで、怪我などしないでくれよ?」
「大丈夫よ。私はこう見えて、学年最強なのよ?」
「そうか。そうだったな」
この婚約者は、私よりもずっと強いのだ。
こうと決めたら、私の手には負えないくらいには。




