スパークリングメープル
「ではここに開けますね」
青い鬣の斥候役の人が、僕と千草の示したポイントにノミを浅く入れる。
「じんわりと染み出てきますね」
「よし、竹を差し込んで穴をあけるぞ」
おじさんの指示のもと、青い鬣の人が竹を穴にあてる。隙間があまりできないよう周りをノミで削り、布を巻いている。
竹の下に樽をセットして、押し込む。
「出た!」
甘い香りと共に、竹筒を通って樽にスパークリングメープルが流れ込んでいく。
粘度が高いからか、勢いよくとはいかないが目視できるくらいの量がしっかりと出ている。
色は濃い茶色だ。
「出たな」
おじさんがその竹筒から流れるスパークリングメープルをコップで掬い、持ってきた飲み水と混ぜる。
「飲んでみなさい」
「え? うん」
目を落とすと、シャワシャワと炭酸が溢れる薄茶色い液体ができあがっていた。
この体になって初めての炭酸飲料だ。地味にテンションが上がる。
「いただきます」
ごくりと一口。
「おいしい……」
ジンジャーエールのような見た目のスパークリングメープルの水割り。
口の中と喉を刺激する炭酸が、懐かしくも新しい感触を生み出してくれる。
甘みの強いコーラのような味わいだけど、その甘さもしつこくなく、とても上品だ。
「これは、以前飲んだものよりも断然甘みがあるな」
「ええ、それでいて甘みがいやらしくない。口の中に残りつつも炭酸がさっぱりとさせてくれる」
「日の光を浴び、輝くさまも美しいわ」
「ゲプ」
おっと失礼。炭酸がすごいからゲップがでる。
「しかし、ずいぶんと量がでるな」
「何百年単位で回収されていないみたいですからね。でもダンジョンですし、魔物と同じように復活するかもしれないですね」
「確かに。ダンジョン内の木々も気が付けば再生したりしているが」
「それを試すには、少々高価すぎるな」
「いい収入源になりそうだなぁ」
トッドさんの言う通り、いい収入源だったよ!
「千草は飲まないの?」
「美味しいとは思うんですけど……その」
「千草はこれ飲むと、ゲップとしゃっくりが止まらなくなるのよね」
「姉さん!」
「別に隠すことじゃないからいいじゃない?」
「お兄ちゃん、お父さんとお母さんのお土産にしよ」
「ああ、そうだな。ジル、この牛乳瓶を綺麗にしておくれ」
「うん」
お兄ちゃんが空になったミルオックスのドロップ瓶を出してくれた。
「すまない、蓋を作れるか?」
「了解っす」
「4つおねがい!」
ドロップの瓶の蓋は例の紙の蓋だ。再度閉めるには別の蓋が必要なのである。
青い鬣の人が近くの木の枝を切って、簡易的なコルクを作ってくれた。うん器用な人だ。
「牛乳瓶~」
空になった牛乳瓶はまだある。水の魔法で4つ洗い、スパークリングメープルを流し込んでもらう。
瓶に蓋をして……どうしよ。
「はは、預かるよ。そういうところは子供だな」
「殿下、ありがとうございます」
「いいさ、その代わり私達のお土産も頼むな」
千早と千草も牛乳瓶を用意していた。伯爵、牛乳爆飲みしてるし。
「洗えばいいのよね」
「ああ。そこからはミドラに頼む」
「うん?」
「お前は気にしないでいいよ。父上にはオレから言うから」
あ、ダンジョンのドロップは全部オルト家に一度提出しないといけないんだっけ。
殿下達は勝手に持って帰れないんだった。
「警戒だっ! 全方位っ!」
そんなことを考えていると、トッドさんが声を張った。
「若様、後ろに」
「お守りします」
「殿下も」
「ああ」
トッドさんが声を張り上げると同時に、スパークリングメープルを取り出している樽を中心に全方位に視線が向く。
「ヒュージヒューマスポア……かなりの数だな」
「あんなにいたんだ?」
「明らかにこちらに向かってきているな」
「おじさん?」
「射程範囲に入ったらやりなさい。私は木の後ろ側に回ろう」
「ビッシュ様!?」
「確実に一撃で倒せる遠距離持ちは私とジルベールだけだ。使わん手はなかろう」
「ですが」
「千早、千草、其方達はジルベールの護衛であろう? 主を守るためならば手段を選ぶな。そこの近衛の長も同意見のようだぞ?」
ちらりと伯爵を見ると、彼も頷いている。
「仕方ない、指揮を執るぞ」
殿下が声を上げる。
「4手に分かれるぞ。正面はウェッジ伯爵、左手はトッド殿、右手はリリーベル嬢と千早、後方は青い鬣の5人でそれぞれ防衛だ」
「「「 了解っ! 」」」
「ジルベールは前方に魔法で攻撃、ビッシュは後方だ。私と千草はジルの護衛、ミドラは私の護衛だ。いいな!」
「「「 はいっ! 」」」
「ジルベール、混戦では火の魔法は使うなよ?」
「うん? えっと、風円斬でいいかな」
「それでよい。なるべく味方が近くにいないところを狙いなさい」
「はい!」
こうして、初めての本格的な戦闘が始まった。
「ダブル風円斬!」
杖を掲げて、みんなの頭よりも高い位置に風円斬を2つ生み出す。
「いけっ!」
僕の掛け声とともに飛び出した風の回転する刃は、こちらに近づきつつあるヒュージヒューマスポアを縦に横に断ち切る。
「は?」
「うそ、強い……」
二枚の風円斬をそれぞれ独立させ、右手と左手で操作をする。
そしてこちらに近づくヒュージヒューマスポアを更に倒す。10体も倒すと風円斬の勢いもなくなり消えてしまった。
「ええー、オレ結構あれ倒すの苦労したんだけど……」
「若様すごい……」
「さすが若様」
「お兄ちゃんは剣で近づいて倒すから苦労するだろうね」
「出番がありませんな」
「ジルちゃんすごいね」
「もっとすごいのが後ろにいるけどね……」
ちらりと見ると、空中に風円斬が10枚以上縦横無尽に飛び回っている。
「ジルベール、疲れたら教えてくれ。近接戦闘に切り替えるからな」
「はい殿下」
数は多くても、体が柔らかいキノコの群れだ。それに視界を埋め尽くすほどの大群というわけでもない、百体以上来ているとは思うけど、それぞれが足は遅いし歩調も併せているわけじゃない。
「あ!」
「どうしたジル!!」
「スパークリングメープルの樽! そろそろいっぱいになる!」
「あ、そうね……」
そんな気の抜けるような会話をしつつも、キノコの群れがどんどんと現れる。
そしてそれは、樽が5樽いっぱいになるまで続くのであった。
「栓をしたら止まるとは……」
「ああ。採取をやめて樽を片付けたら、もう追加はこなくなったな」
用意した樽がいっぱいになり、空にした牛乳瓶にも詰め込めるだけ詰め込んだ。それでもまだスパークリングメープルは出続けたので、いったん穴に栓をして採取を止める。
そうすると遠巻きにしていたヒュージヒューマスポアはこちらに向かうのをやめて散っていった。
近くにいた個体はこちらに向かってきたが、それらをすべて倒すとそれ以上の追加はこなかった。
ゲームのイベント戦闘みたいだ。
あ、ゲームのイベント戦闘だったのか!
「匂いか何かに釣られたのか? とにかく後続は止まったな。ジルベール、ビッシュ、よくやった」
「はい!」
「ええ」
おじさんのところの青い鬣の人はまったく動かなかったらしい。
トッドさん、伯爵、お義姉ちゃんの3人は結構動き回ってヒュージヒューマスポアを倒してくれた。
僕の風円斬では全部をカバーするには至らなかったのだ。
「賢者になればおじさんみたいに10個も20個も魔法を制御できるのかな?」
「あれは魔法以外の才能ですよ若様。ビッシュ様は戦場に多く立っており観察眼が身についておられるのでしょう」
「だな。ビッシュ伯父上はどの敵をどう倒すのが効率的かつしっかり考えた上で魔法を使われている。まあ一度に使える魔法の量と一つ一つの威力は桁違いだが」
「賢者のJOBを修めていて、更にあれだけの魔法を繰り出せる者は魔法師団にも数えるほどしかいないな」
ほえー、おじさんやっぱりすごいんだ!
「ジルちゃんも十分すごいわよ? いくらスポア種が魔法に弱いとはいえ一つの魔法でいくつも倒せるんだもの」
「えへへ」
「ジルベール、どこかで魔物倒してただろ」
「そそそ、そんなことないし!?」
殿下のツッコミが鋭い。
「どうだかな」
「怪しいわね」
「というか確定だろ」
殿下だけでなく、お義姉さんと伯爵にも言われる始末だ。
「いや、どうだろうな」
「ビッシュ伯父上?」
そこで助け舟を出してくれたのはおじさんだった。
「ジルベールは戦う者の経験をまったく持っていないぞ。オレの言う事を的確に実行する程度には頭がいいが、戦闘に慣れていないもの特有の緊張が感じられた」
「ほお」
「それに、クク。怖かったのだろうな。最初などは明らかに必要のない量の魔法で敵を倒したのだ。ある程度戦闘経験があれば、相手の力量をある程度測れる。もし戦闘を何度も経験しているのであればあそこまで高威力の魔法を放たんよ」
「わ、笑わないでよ!」
実際初めて相手をした魔物なんだもん! 加減なんて知らないよ!
「そうか、まあビッシュ殿がそう言うのであればそうなのであろうな」
「ああ、こやつの魔法の威力や魔法の運用はただ才能であろうな。少々振り回されているが、新しい魔法の開発なども含めて将来は有望であるぞ」
「新しい魔法?」
「これだ」
おじさんは手の平の上に小さな風円斬を生み出した。
「伯父上が教えたものではなかったのですか?」
「火の魔法を使うなと指示したらこの魔法を使ったのだ。どの魔法で倒す判断をするか見てみたかっただけなのだが、正直驚かされた」
「若様すごい!」
千早、抱きしめて褒めてくれる。
「子供ならではの着眼点であるな。それともミレニア夫人の教育の賜物か?」
「ミレニアは冒険者出身だからな。自由な発想は彼女から得たものだろう」
「こんな小さなうちからJOBを持つ者もいないからかもしれない。うちの妹にもJOBの書を渡しておこうか?」
「シルビア姫にか? やめておいたほうがいいでしょう、分別のつかない内に魔法を自由に使わせたら周りを傷つけます。ジルベールが特別に早熟だっただけでしょう」
大人達が勝手に話を盛り上げていく。
「とにかく、一度戻ろうぜ。ジル坊がすごかったってことでいいじゃねえか」
「そうっすね。戦力的には十分っすけど、ここはダンジョンなんすから」
「ボスに賛成だ」
「確かに、談笑してていい場所ではないですね。ドニー、ドロップはどうだ?」
「もう回収終わります!」
青い鬣の面々が撤退を促す。
彼らはダンジョンのプロだ。彼らの言葉に従い、片づけをして戻る。
帰りも千早に抱かれての帰還だ。疲れていたらしく、千早に抱かれてそのまま眠ってしまい、気が付いたら森から出て馬車に揺らされていた。
そして馬車の中でも二度寝を楽しんだのであった。




