採取準備
「おいし」
サトウカエデの木に寄りかかって、ミルオックスの牛乳を魔法で冷やしながら飲む。牛乳瓶の開け口が大きくてこぼれてしまうのは仕方ない。
なんだかんだいって歩き回り抱っこされ、担がれ、魔法を使い戦闘をこなしたのだ。そこそこ疲れた体に冷えた牛乳が染み渡る。
目に見える範囲の敵をおじさんがまとめて倒してしまったので、僕達は大きなサトウカエデの木の下で休憩をしていた。
獲れたて新鮮のミルオックスのミルクはやはり美味しい。
ダンジョンの中で言うのもなんだけど、気持ちのいい木漏れ日と爽やかな風、暖かくも過ごしやすい気候でお昼寝をしたい気分だ。
「メスが多くてよかったなー」
オスはお肉や角をドロップし、メスは牛乳をドロップするらしい。
おじさんが暴走気味に倒した2種類の魔物。
ミルオックスはお肉、角、牛乳がドロップ。ヒュージヒューマスポアは赤傘キノコや緑色の胞子といった回復薬や毒消し薬の材料をドロップ。モンスターメダルは出なかった。
せっかくなのでこっそりと牛乳とお肉だけ収納にしまった。時間経過がどうなるか知りたかったのだ。牛乳も生肉も見た目と臭いでダメになってるか分かるから判別しやすい。
「ずいぶん寛いでいるな」
そこに到着したのは殿下達。トッドさんの部下の伝言が届いたのかな?
「若様、大丈夫?」
「若様、回復魔法は必要ですか?」
千早と千草も一緒だ。
「大丈夫だよ。二人はどうだった?」
「ミルオックスはそこそこ手強いですね」
「はい、ミドラ様、殿下のお2人で力を合わせて倒すような手合いですから」
そんな返事をしながら、僕の体をペタペタ触って怪我をしていないか確認をしてくる二人。
ミルオックスはそこそこ手強いんだ? おじさんは魔法で一撃だったから強い印象がなかった。
「僕はスポアの相手しかしてないからよくわかんないや」
「何体か倒されたんですよね?」
「うん。魔法でズバっと」
「うわあ、本当に倒しちゃうんだ。さすが若様」
「えへへ」
最初のパワーレベリングとは違うけど、そこそこレベルは上がったと思う。それとシーフのJOBレベルも。
「ジル、伯父上とトッド殿はどうした?」
「近くの魔物全部片づけてくるってどっか行っちゃった。ここで休んでろって」
「お二人は……ジルちゃんをダンジョン内に放置だなんて。護衛というものがどういう意味なのか分かっておられないのですか……」
お義姉ちゃんが怒っている。
「まあいらないだろって言われちゃった。スポアは近くにいたら倒していいって」
「適当な……ダンジョン内では突然横に魔物が湧くときだってあるのだぞ」
ゲーム内でも『不意を突かれた!』とか『奇襲だ!』とかあったから注意をしないといけないんだよね。
でもこれだけ見晴らしがいいと、そういった心配はなさそう。魔物も突然その場にパッと出てくるんじゃなくて、光が地面から溢れてそこに出現するし。
「それで、なぜ呼ばれたのだ?」
「殿下の収納袋がお目当てみたい。採取するんだって」
「採取か。何を?」
僕は背もたれにしていた木をパンパンと叩く。
「……こんな巨大な木はさすがに入りきらんと思うが?」
「この木の樹液が、スパークリングメープルなんだって」
「え!?」
「ほー」
「そうなのね」
お義姉ちゃんが目を見開く。
「みんな知ってるのか?」
うん。お兄ちゃんドンマイ。
「いやあ素晴らしい。私の妻の好物なんですよ。人前では飲みたがらないですが」
「何度か飲んだな」
「水に溶かして飲むだけで、キュっとくるのよね」
「千草は、飲むのはちょっと苦手です。そのままパンケーキに乗せて食べるのが好きでした」
「やっぱおいしいんだねぇ」
「なんだ食べ物か」
「ああ、そうだったわね。伯爵は陛下付きだし殿下は食べたことあるでしょうね……千早と千草も姫殿下と一緒にいたから……うう」
お義姉ちゃんが地味にダメージを受けてる。
ゲームでも金策に使われる樹液だ。当然高価なのだろう。
「採取するんですよね! するんですよね!?」
「あ、はい。そう聞いております。ハイ」
お義姉ちゃんの剣幕、ちょっと怖いです。
「落ち着いて採取できるように、近隣の魔物をあらかた片付けるって」
「手伝ってきます!」
「お前、護衛中って分かってるのか?」
今度はお兄ちゃんがお義姉ちゃんを注意する番のようだ。
「おお、集まってるな」
「待たせたようだな……何をやっているのだ?」
木の周りでピクニック状態の僕達。
あ、ウェッジ伯爵と千早は立って周りを警戒しているよ。
「何、少し休憩をな」
殿下が持ってきていたクッキーをみんなでかじりつつ、牛乳パーティーをしていたらおじさん達が帰ってきた。
「まったく、ここがダンジョンだということを忘れているのか?」
「ああ、無警戒にもほどがあるぜ」
そんなダンジョンに5歳児を一人放置する大人っていうのもどうなんですかね?
「ジルベール、何体か倒したか?」
「うん。ドロップは殿下が回収してくれました」
僕だけでなく、再度湧いたミルオックスを伯爵とお義姉ちゃんが倒したりもしてた。
ミルオックスは出現しても、こちらから危害を加えなければ手を出してくることはない。
ヒュージヒューマスポアはこちらを発見したら、ゆっくりとした足取りで近づいてくる、僕の歩く速度よりちょっと速い程度だ。
この階層は遠距離攻撃ができる僕にうってつけの階層に思えてくる。
「殿下、オレのも預かってください」
「オレのも頼むわ!」
二人とも大きめの袋を担いていたけど、それが全部ドロップ品だったようだ。
多いな。
「まったく。私はポーターではないのだがな」
「使えるものは使うが冒険者にゃ必要なんだぜ?」
「殿下は冒険者でもありませんわ」
お義姉ちゃんのツッコミが鋭い。
「まあ預かるが……ビッシュ、これからスパークリングメープルを採取すると聞いたが真か?」
「ええ、そのつもりです」
「そのことなんですけどね、難しいと思いますよ?」
否定的な意見を出してくるのはウェッジ伯爵だった。
「難しい?」
「スパークリングメープルってのは、木の中を走ってる樹液だぞ? 木のどこを傷つければ樹液が採取できるか、素人にわかるもんじゃないだろ? ディライでは毎月木の点検を専門家が行っているうえで、採取もその専門家が行っているらしいし」
「「 あ! 」」
ただ木に適当に傷をつければ樹液が出る、というものではないらしい。
「ああ、そのことなら問題ありません」
「やはりご存じでしたか。三色の賢者殿は博識なのだな」
伯爵の言葉に首を振るのはおじさん。
「植物のことだからな。千草、頼んだぞ」
「ふぇ!?」
おじさんに肩をポンと叩かれて、変な声を上げる千草。
うん、そりゃ驚くよね。突然の大抜擢。
「あ! 千草ならできそうね」
「植物系魔法の素養に恵まれている彼女ならば、きっとできる」
「そそ、そんな魔法知りませんよ!?」
うん。僕も知らない。
「別に魔法を使う必要はない。属性素養のある人物は、その属性の本質を探る才能がある。火ならばどうすれば火力が上がるか、地ならば肥沃かどうか、水ならばその水が飲めるかどうかなどな」
「ええっとぉ?」
チラチラこっちを見てくる千草、でも内緒だよって言っておいたもんね?
「樹液は液体だから水の素養でもわかるかもね? 僕も一緒にやってみようか」
「若様っ!」
千草、そんな感動するようなことじゃないよ。
「ボス、お待たせしましたー」
「樽部隊到着っす」
「工具もいくつかご用意しました」
青い鬣のメンバーが、ちょうどいいタイミングで到着したのであった。




