サトウカエデ
「大きい木だ!」
背の高く、こんもりと葉を蓄えた大きな木に僕達は近づいていく。
更に近づくとその木の大きさがよく分かる。
「ディライのサトウカエデ、だと!?」
「あ? なんのカエデだって?」
「ディライのサトウカエデだ!」
おじさんが声を上げる。ディライの楓?
「知らんのか? スパークリングメープルが獲れる木だ」
「あの有名な木か!」
「スパークリングメープル!」
ゲーム時代の金策に使われてたアイテムだ!
獲って提出するだけでいい金になったクエスト。回数に制限があったけど、ゲーム中盤で役に立つ店売りアクセサリーを購入したい時に丁度いいタイミングで現れるクエストだった。
「ああ。水に溶かせば甘い炭酸水に、発酵させて酒にすればボトルで金貨数十枚にもなる高級樹液が獲れる木だ。このような場所に生えているとは」
「おおー!」
「この大きさな上に今まで誰も獲っていなかった木だ! どれだけの樹液が獲得できるか分からんぞ」
「マジでか!」
「すごいんだ?」
「ああ、しかも美味い。二人とも、絶対に木を傷つけるなよ?」
「分かった!」
「了解!」
そしてその大きな楓の木の周りに多くいるヒュージヒューマスポア。
「あははははは! お頭! ははははは! おつかれっす!」
「うう、ボス、おつかれさまです。グスン」
「おう、お前らか……胞子食らったのか」
「あははははははは! さーせん! 毒消しねえっすか? あはははは!」
「グスン、すいやせん。しくじりました」
ヒュージヒューマスポアの胞子の効果だ。
あの胞子を食らうと笑い、泣き、痒みのいずれかの状態異常が発生する。ゲームだと『笑っていて攻撃できません』とか『泣いていて攻撃が当たりません』、『体が痒くて武器を握れません』という愉快なテキストが出るだけだった。
現実で見ると、悲惨だな。
「ボス、こいつらには罰を与えているので毒消しはいらないですよ」
「そ、そうか」
盗賊風の男が溜息交じりにトッドさんに伝える。
「あー、なんだ。その有り様じゃ狩りどころの騒ぎじゃねえな」
「あはははは! そうっすね!」
「うう、さーせんです」
「はい。なので今日は戻ろうかなと」
「よし。なら頼みがある。ビッシュ殿、何が必要だ?」
「なんにしても樽だ。それと木に穴を開ける工具、竹のような樹液を伝わせる筒状の物だな。あとできれば牛乳瓶とコルク蓋も欲しい」
「あはははははは!」
「ぐすっ、ぐすん」
「お前ら、とりあえず黙れ」
大の大人の笑い声と泣き声はそれなりに鬱陶しいね。
「ぷ、ぷぷぷぷぷ。ぷすー」
「さめざめ」
黙ろうとしても鬱陶しいね……。
「何かするのですか?」
「ちいとばかりな。毒ってる二人は戻って誰か別の奴にそれらを運ばせてくれ。樽は、とりあえず運べるだけ欲しい。向こうに戻ったら解毒も飲めよ」
「あははははは! 了解っす!」
「はい、ぐすん」
「お前はこの階層のどっかにいる殿下達をこっちに誘導してくれ。収納袋が借りられれば借りたい」
「分かりました」
なんだかんだ言って青の鬣という冒険者クランのリーダーのトッドさん。3人にテキパキと指示をしている。
この木からスパークリングメープルを回収する気満々のようだ。
「ジルベール、我々は木の周りのヒュージヒューマスポアの討伐だ」
「うん」
道具がないと回収が行えないので、僕は引き続きおじさんの指導の元キノコ退治である。
トッドさんの言う通り、ヒュージヒューマスポアが多く見える。ヒュージヒューマスポアはこちらを認識すると顔を向けてくるが、一定以上近づくか攻撃を受けない限りこちらに攻撃をしてこない魔物らしい。
「あの木に火の粉が飛んだら不味い」
「うん」
軽い口調で言ってるように聞こえるけど、おじさんは先ほどと違い真剣な表情をしている。
「いいな? 火の魔法は絶対に使うな」
「わ、分かりました」
気合も入っている。
「水で蛇のような魔法を撃っていたな? あれで倒せるか?」
「どうだろう。あれは攻撃範囲が狭いから」
「ふむ、地属性でいくか。アーススパイクかグランドヘブンか」
アーススパイクは地面から太い杭を相手の目の前に生み出して突き刺す魔法だ。
グランドヘブンは地面を崩落させて、相手を崩落に巻き込ませる魔法。
「アーススパイクはともかく、グランドヘブンはちょっと怖いかな。地面の下に楓の木の根があるかもだからやめた方がいいかも」
「それは盲点だった」
そうなると、やっぱり水?
「ならば風の魔法だな。よく見ておきなさい」
おじさんはそう言って少し離れたヒュージヒューマスポアに向かって手を手刀のように振るう。
「エアスライサー」
そこから生み出される風の刃は、ヒュージヒューマスポアの体を簡単に両断した。
やはり賢者であるおじさんは滅茶苦茶強い。
「風の刃を放つ魔法だ。刃は中心点よりも両端の方が切れ味がいい」
「でも後ろの木も切れちゃってるよ?」
そうなのである。おじさんの放った風の刃はヒュージヒューマスポアだけでなく、その後方に立つ木も切り倒してしまっていた。
「これじゃあディロイのサトウカエデ側のヒュージヒューマスポアには撃てぬな」
「うーん、それならこんな感じで……」
僕は手を上にあげて、風の刃を円形に作成し回転させる。
「名前は……風円斬!」
風で作った気円〇である。太公〇の〇風輪とか言ってもいい。
円形の刃が高速に回転し、それを自在に動かす風の魔法。以前から色々と考えていた魔法の一つだ。
「ふむ、使ってみなさい」
「はい!」
僕は風円斬を放って、離れていたヒュージヒューマスポアを攻撃する。風円斬はヒュージヒューマスポアの体の中心をぶった切ってもなお勢いが衰えない。
そのままコントロールして2匹、3匹と倒していく。
「おお!」
僕の生み出した魔法を目にしたおじさんが嬉しそうな声を上げる。
「なるほど、円形に刃を作りそれを回転させることで切れ味を上げ、コントロールしやすくしているのか」
そう言いながら、指先に小さな風円斬を生み出した。
「素晴らしい工夫だ。コントロールが容易だから一つで何体もの魔物を相手にできるのもよい。よく考えついた」
「あ、あはははは」
漫画のパクりです、とは言えない状況だ。
「円の大きさも自在に動かせるな。なるほど、こうやるのか」
おじさんは拳にも満たないサイズの風円斬をミルオックスに飛ばし、ミルオックスに当たる直前に円の大きさを大きくし、ミルオックスをぶった切った。
すげー、もう使いこなしてる。
「回転させる分魔力の消費が多いが、エアスライサーよりも使い勝手がよい。風円斬と呼んでいたな」
おじさんは自分の周りに小さな風円斬を同時に5つ生み出した。
「一度に制御できるのはこのくらいか? いけ!」
おじさんのコントロールする風円斬は、目に見える範囲のヒュージヒューマスポアやミルオックスをまとめて片付けた。
「ふむ、これは面白い」
「キノコは残しておいてよね!」
トッドさんお勧めの湧きポイントに、生きた魔物はいなくなった。
「すまん」
新しい魔法にテンションが上がってしまったようだ。このおじさん子供みたいだ。




