おんぶされてだいぼうけん
「ここからは徒歩になります。道は一応ありますが、あまり離れないでください」
森の近くで馬車を降りる。目的のダンジョンは森の中だから、馬車ではこれ以上進めないのである。
「多くはありませんが魔物もいますので注意を」
「はいはい」
「まあ聞いた魔物であればほとんど心配はないだろ」
殿下のおざなりな返事と、やっぱり適当な返事をするウェッジ伯爵。
「ジルベール、お前は千早と千草の間だ。最後尾は」
「私がつきます」
「ああ、よろしく頼む」
道案内のお兄ちゃんが先頭で、次に殿下と伯爵。
その後ろに千早と千草に左右を挟まれた僕で、後ろはおじさん。
最後尾がお義姉さんだ。シンシアは別行動で森に向かっていった。
青の鬣のメンバーが踏み固めたという道が森の奥へと真っすぐ延びている。
「コボルドとレッドウルフだっけ」
「スポアやマンイーターなんかもいるぞ」
「スポアは倒したことあるやつだ」
パワーレベリングしたやつだ。
「この辺のは王都のと違い胞子を飛ばしてくるから気を付けるのだぞ」
「あ、そうなんだ? 青の鬣の人達は特に言ってなかったなぁ」
この辺のスポアも倒したことあるけど。
「ああ、連中は平原でスポアを集めたのだろう。森の中のスポアは少々毛色が違う。あまり近寄らないようにしなさい」
「平原のスポアでも近寄りたくないから大丈夫」
「そ、そうか」
おじさんが若干引き気味に答えた。でも普通に考えてよ、僕まだ5歳よ? スポアって僕の半分くらいの大きさあるんだもん。
「スポア程度にビビってちゃあ先が思いやられるぞ?」
「慎重って言ってよ」
殿下が口を挟んできたので、僕も反論する。
「ご安心を。若様には魔物を近寄らせるような真似はしませんから」
「ありがとう千早」
殿下やおじさんがいるから、千早がいつもより丁寧だ。
そう考えていると、先頭を歩くお兄ちゃんが足を止めて手を腰の辺りで振る。
停止の合図だ。
「何かいるか?」
「何か、というかこちらを窺うような気配を感じます」
殿下の問いにお兄ちゃんが静かに答える。
「……わからんな」
伯爵が首を振る。
「オレが足を止めた瞬間に消えました。離れているか、さもなければ」
「ミドラよりも手練れの可能性もあるな。先頭を代わるか?」
「……お願いします」
伯爵の提案をお兄ちゃんが素直に受け入れる。
「千早」
「はい」
千早が僕を抱っこした。
「何かが起きるかもしれません」
「はぁい」
僕は千早のだっこ、千草が素早く紐で僕を固定した。
おんぶではなくだっこだ。後ろから攻撃を受けた時の対策らしい。
「キツくないですか?」
「大丈夫。千早は平気?」
「ええ」
髪の毛が邪魔にならないように、髪をサイドテールにまとめて千早は立ち上がった。
「準備できました」
「ああ、それでは行動を開始する」
今度は伯爵の号令で、前進を開始する。
何かいるのかな?
「こちらの様子を窺う気配、確かに感じるな。ミドラ、よく気づいた」
「普段殿下の護衛をしている時には感じなかった気配ですので、逆に気づけました」
伯爵の言葉にお兄ちゃんが静かに答える。
「危険はなさそうか?」
「恐らく、としか言えないな」
おじさんの問いに伯爵は答えを濁す。
「殿下、いかがいたしますか? 気になるようであれば戻ることもできますが」
「いや、むしろ前進をした方がいいだろう。鬣の連中のキャンプは遠くないのだろう? 彼らとの合流を早めた方がいい。冒険者達なら何か感じ取れるかもしれんし、単純に頭数が増えればそれだけ対応できる幅が広がる」
青の鬣の人達はシンシアが手練れ揃いだと言っていたから、彼らと合流した方が安全かもしれない。
「仕掛けてくる気配はいまのところありませんな。私の気配感知の範囲の外にいるようです。まだこちらの様子を窺ってはいますが……まあ手を出してくる様子もありません。殿下の言う通り合流を急ぎましょう」
仕掛けてくる気配とか分かるもんなのか、伯爵すごいな。さすがは殿下の護衛役。
「異常があったらすぐに言ってくれ。即座に離脱を行う。ビッシュ、場合によっては」
「ああ、ジルベールだけ連れて逃げさせてもらおう」
おじさんの言葉に殿下が頷く。
「え? 殿下優先じゃなくていいの?」
「この場合は足手まといを離すのが目的だな。いくらビッシュ叔父上が強力な魔法を使えても森の中じゃそこまで強力な魔法が撃てない」
「そういうことだ」
「なるほど」
そもそも森の中だから火の魔法は使えないし、木々で視界が遮られているから敵が遠いうちに魔法を撃ちこむことも難しい。
ゲームだとコマンドバトルだったし、地形効果的な要素もなかったからどんな場所でも魔法は撃てた。だけど現実では環境に合わせて魔法を選ばないといけない。
ゲームだと水中戦だろうが火の魔法撃てたし。冷静に考えると無茶苦茶だよね。
「じゃあ僕、おじさんにおぶさった方がいい?」
「あたしと一緒でいいですよ。それに魔物のいるエリアではおんぶは危険です。後ろに目はないのですから」
千早が苦笑しながら言う。どうやら前もって色々とフォーメーション的なモノが決まっていたらしい。
むう、そういう決まりごとがあるんなら前もって教えてほしかったな。
「さて、話していても仕方ないです。先に進み……魔物だな」
「ええ」
伯爵が剣を抜く。お兄ちゃんと殿下もだ。
お義姉ちゃんが僕の後ろについて、おじさんがにらみを利かせる。
次第に規則的な足音がこちらに近づいてくるのが聞こえてきた。
そして木々を縫うように、素早く二匹の赤黒い毛の狼が飛び出してきた!
「ふっ!」
「はぁっ!」
伯爵とお兄ちゃんが前に飛び出て、あっさりとその2匹の狼。レッドウルフだろう、それに剣を振り抜いた。
瞬く間にレッドウルフは切り伏せられる。
伯爵の方が年齢的には強いんだろうけど、ゲームと違ってダメージ数値が出るわけじゃないから、二人とも一撃であっさりと倒したとしか見えない。
「こんなものか」
倒されたレッドウルフを一瞥した伯爵が視線を前に向ける。
「この辺はまだ街道にも近いですから、そこまで強力な魔物は出てきませんよ」
お兄ちゃんがその伯爵に苦笑いで答える。
「千早、千早もあれできる?」
「もちろんです」
僕をだっこした千早が素早く答えてくれる。
「みんな強いなぁ」
「まあ、武器がいいってのもあるさ」
殿下は涼しい顔をして、腰に吊るしていた袋を手に取って、魔物に向けた。
そしてその袋の中に魔物が吸い込まれていく。
「すごい! 魔法みたい!」
「実際に魔道具だ。収納袋だよ」
「おおー」
なんともファンタジーな道具が存在するもんですな!




