おでかけ
「若様、お外に出ませんか?」
「外?」
千早と千草の部屋の片づけを終わらせて、部屋で本を読んでいると千早から提案がきた。
千早、飽きてきた?
「ええ。あたしが若様についてから、若様は同年代のお友達と遊ぶことなく家の中にずっといますから」
「同年代のお友達……」
思い浮かぶのはコンラートくらいだ。まあ年上だけど。
ダルウッド家の長男で茶色い髪の癖っ毛が特徴の男の子。姫様は友達と呼ぶのはなんか違う気がするし、そう考えると僕の交友関係は驚くほど狭い。
「近くにいないんだよね。同年代の友達」
「友達は作るものですよ?」
「同年代の子ってこの辺にいるのかな?」
僕の同年代の子供はいるだろうけど、僕とちゃんと遊べる子がいるだろうか? 平民ならば子供はいるだろうけど、彼らが僕と遊ぶのは少々ハードルが高い気がする。
「この領内ってあんまり貴族がいないんだよね……」
「そういえば」
僕と一緒に本を読んでいた千草が頭をあげる。
元々この地域を統治していたのは王家によって指名されていた伯爵家だ。領主ではなく代官という形で、王家の直轄領を統治していた。
彼らはお父さんに引継ぎを終わらせ、お父さんの統治がある程度安定してきた段階で王都へと戻ったと聞く。
うちと比較しても大きい家だし、爵位も当時は上だったからたくさんの貴族がいたらしいけど、その伯爵家が王都に戻った段階で、伯爵家の部下だった男爵やら子爵やらも帰ってしまっている。
「お父さんと一緒についてきた人たちは受爵してない人が多いし、行政に関わってる人も大半が子爵家や男爵家の次男三男だから貴族は少ないって」
「であれば、平民の子と遊んではいかがですか?」
「あたしは子供のころは、爵位関係なしで遊べる相手がいましたよ? まあ使用人達の子供とかでしたけど」
「あー。でも君たちついてくるでしょ?」
「ええ」
「もちろんです」
その言葉に僕は首を振る。
「保護者同伴で子供の輪に入ったら、煙たがられるでしょ。普通の子供は従者なんて連れて歩かないんだから」
「良くご存じですね」
「でも、確かに若様がお外で遊ばれないのは問題かもしれませんね。お披露目を終えた子は普通に外に出ますから」
「王都ではでしょ?」
この辺はぶっちゃけ田舎なのだ。領都と呼んでいるこの街も、町レベルだし広くない。
「まあ友達云々は別にして、外に出るのはいいよ」
「いいんですか!?」
「なんで驚くのかな……」
僕はそんなにお外に出たがらない子だと思われているのだろうか。
読んでいた本に栞を挟んで、イスから降りる。
「この格好じゃまずいよね?」
「はい、お着換えを用意します」
「まあ適当で……千草、それ違う。それお披露目の時の衣装」
「初めてのお出かけですから、おめかししないといけないのではないでしょうか?」
「より友達ができなくなりそうだから、やめて?」
ただでさえメイド服の二人を連れて歩くんだ。下手に着飾ったらもう何しに来たんだってレベルになってしまうではないか。
「あんまり人が多くないね」
「そうですね。お昼過ぎの時間ではあるのですけど」
千早と千草を連れてテコテコ領都を歩くお子様。それが僕だ。二人もメイド服から私服に着替えている。美人姉妹だ。
「市は朝しか立ってないだろうし、子供もこの時間帯だと家の手伝いをしているんじゃないの?」
「そうかもしれませんね」
ヨーロッパの田舎町みたいなイメージの領都。家の近くには畑があったりもする。そこまで広くないが、道だけは馬車のために広く作られているから余計に寂しく感じる。
「レムラお婆さんの家はあっちだね」
「寄っていきますか?」
「また泣かれても困るからパス!」
僕の言葉に二人は顔を合わせて笑いあっている。
似た顔で揃って笑うのは絵になるなぁ。
「お、第一子供発見」
「なんですかその表現は……」
「水を運んでますね。家の手伝いでしょう」
そっとしておいてあげよう。
「なんかお店でも覗いてみる?」
「一応お金は持ってきてますけど」
「買い食いはさすがにダメよ?」
「そっかぁ」
確かにそうだ。夕飯が食べられなくなる。というかお昼を食べてからあんまり時間が経ってないからお腹もすいてないし。
「あ、服の仕立て屋さんに行ってみる?」
「仕立て屋、ですか?」
「いいけど、服を買うの?」
「二人の。メイド服とダンジョン突入用の装備くらいしか持ってないでしょ?」
僕の服はいっぱいあるから必要ないのだ。
「確かに、私服はほとんどないですけど」
「いらないっちゃいらないわよね。城にいたときも給仕服だったし」
「千草は下着くらいでしょうか? そろそろサイズを調整したいですし」
千早の目が鋭くなるのを指摘しないであげるべきだと僕は思うんだ!
「でも若様のお付きで来てるときに自分達の買い物はできませんね」
「そうでした」
キリっとした表情に戻る千早と、普通にガッカリする千草。
対極な性格をしているな。
「へぇ、可愛い子じゃんか。こんな子この街にいたっけ?」
「さあな、でも珍しいっちゃ珍しいな。なあお嬢ちゃん方、そんな子供家に帰してオレらとお茶でもどうよ? オレ達今日休みなんだよね」
「アイススネーク」
「「 いいっ!? 」」
どこからともなく現れたチンピラっぽい二人の足を氷の蛇で拘束。
「何か用?」
千早と千草が反応する前に動いてしまう僕であった。
「若様、領民をいきなり氷漬けにするのは……」
「というか氷まで使えるのね、詠唱もなしで」
二人ともなんかズレてない?
「お兄さん達は、だれ?」
「お、オレたちゃ、ここの領主に雇われてる兵士だぞ!」
「いきなり街中で魔法をぶっ放すってなあどういうつもりだ! 捕まえちまうぞ!」
その言葉に僕はため息をつく。
「あの、若様?」
「いきなりはちょっと」
「あのね、君達の仕事はこの街の治安を守る事じゃないの? 領主から雇われてるってのはそういう意味だよね?」
「そ、そうだけどなぁ」
「ほ、ほら、オレたちは兵士だからさ、見慣れない女の子がいたら迷子かなって」
「ここ、町一番の大通りじゃん」
下手な言い訳は有罪だよ?
氷の蛇が足元で威嚇してるよ?
「ねえ、領主様からお達しが来てない? 重要な客人が来てるから警備はいつもよりもしっかりしないとって」
「ああ、そりゃあ聞いて……てか冷たいんですけど」
「も、もちろんでさぁ。あの、そろそろ拘束を解いてもらえると」
「はぁ」
僕はため息交じりに氷の蛇を水に変える。
そうすることで二人を自由にする。
「街中でいきなり仕事中の女性に話しかけたりして、迷惑だと思わないの?」
「そ、そりゃあそうかもだけどさ」
「この街、あんまフリーの女いないから、王都とかから来た女性だったらワンチャンあるかもって」
うちの可愛いメイドさん二人にお前らみたいな三下がワンチャンあるとでも?
「出会いが少ないのは問題だね」
「だ、だろう?」
「だよな!?」
腰が引けてますけど。
「で、大事なお客様が来ている時期に、見慣れない女性をナンパしようとしているお二人は真面目な兵士なんでしょうかね?」
「「 さーせんっしたっ! 」」
うむ、綺麗な気を付けである。
「今日は不問とします。即座に家に帰り、今日はもう外を出歩かないこと」
「「 了解しましたっ! 」」
またもや綺麗な敬礼だ。本当に兵士っぽい。
「じゃあ解散」
「「 あざーっす! 」」
チンピラーズが綺麗に回れ右をして、走って消えていった。
うちの領、あんなのが兵士って人手不足酷くない?




