改めて、決意
「錬金術師になろう」
家に帰って、夜。
大量の紙の入った箱を前に、僕は決意をした。
「神聖なるジョウロ、それと大量の成長促進剤が必要だ」
レムラお婆さんとの会話、そしてお父さんが僕に言ったこと。
まず世界樹が黒ずんだままの状態の今、エルフ達の寿命はかなり短くなっているらしい。
更にエルフ自体の子供が少ないとのことだ。
元々出生率の低いエルフだが、寿命が短くなるとなれば更に問題。
レムラお婆さんが悲しんでいたのも、辛い。
「とはいっても、いきなり錬金術師になっても成長促進剤はともかく神聖なるジョウロは作れない」
神聖なるジョウロは液体に聖なる属性を与える魔道具だ。
ぶっちゃけイービルユグドラシルを元の世界樹に戻すためだけのアイテムだ。
「とにかくシーフのJOBを早く上げて、盗賊の指先の成熟度を伸ばさないと」
弓士のコンセントレーションも欲しいけど、パッシブスキルの盗賊の指先は必須だ。それに難しい錬金術を行うにはそもそも魔力値が高くないと話にならない。
賢者とは言わないが、魔術師の上の魔法使いも取らないといけない。
「でもその前に、こいつをなんとかしないと」
僕の前に高く積み上げられた紙。これのカード化が僕の今のお仕事だ。三段以上積み上がってるところは手も届かない。
一箱でも重くて持ち上がらないけど。
お父さんや殿下に頼まれた、大事な仕事だ。
「夜にやったらシンシアに怒られるからやりませんけど」
カード化の魔法を使うのは問題ないけど、それ以外の魔法を夜に一人で使ったら怒られるのは相変わらずだ。
それがバレるような真似はしない。
シンシアやお父さんに怒られたくないのだ。簡単に怒られる口実を用意してやったりはしない。僕は油断しないのだ。
「でもこの量は大変だなぁ」
魔術書の紙片をカード化するには、植物系統の魔法の素質が必要だ。
属性結晶を用いて植物系統の素質を伸ばしている僕にしかできない。
ん? 植物系統?
「千草だ!」
そうだ千草だ! 彼女は植物系統の素養がある!
彼女に手伝ってもらえれば、単純に作業効率は二倍になる。それにイービルユグドラシルの領域に入った後も、植物系統の魔法は大いに役に立つ。
彼女の植物の系統を伸ばして、僕の役に立ってもらおう!
早速僕は、千早と千草の部屋に足を運ぶ。
「千草、今いい?」
「え? あ、はい。どうぞ」
ドアをノックして声をかけると、千草が出迎えてくれた。千早も部屋にいた。二人ともパジャマ姿だ。
「夜にごめんね?」
「いえ、こちらにどうぞ」
「若様どしたの?」
千草の案内のままイスに座ると、千早もこちらに近づいてきた。
「んとね、この紙のカード化なんだけど。千草にも手伝ってもらいたいんだ」
「魔法を使うのですよね?」
「ミレニア様もできなかったって話よね? 千草にできるのかしら」
お母さんにできないと、千草には難しいというのが千早の判断らしい。
「この魔術書の紙片なんだけど、紙って植物からできてるんだよね。だから植物の素養のある千草ならできるかもしれない」
「まあ!」
「魔術書の紙片って、植物からできてるの? ライドブッカーのドロップ品だけど」
千早が首を傾げている。この世界では紙は基本的にこれだ。この紙はあくまでも魔物産で、それ以外の紙は植物から作られると知られていないのだろう。
「これが植物から?」
「白い木の繊維を細かくして作るんだ。まあその辺は気にしないで、とにかくこれは植物からできてるから、特に植物系統の魔法が効きやすいんだよ」
「はあ」
僕は目の前で魔術書の紙片をカード状に変化させる。
「僕と同じく植物系統の魔法の素養がある千草ならできるんじゃないかなって」
「若様と、ですか。え? 若様は植物系統の素質も?」
「若様、火と水と土と……え? 何気にすごくない?」
「秘密だよ?」
そう言って僕は口元に人差し指を添える。
「それで、千草にもできるかもしれないと?」
「そそ、手伝って。あ、千早は寝てていいよ」
「いえ、あたしも」
「千草にはコツを伝えるけど、千早は聞かない方がいいでしょ。カードを作る秘密だから」
「そういうことでしたら」
千早は納得してくれる。
「じゃあ千草、部屋にいこ」
「わかりました」
僕は千草を連れて部屋に戻る。
カード化ができなかったら、ちょっとだけ手助けをしてあげよう。
千草を部屋に連れて、さっそくカード化のレクチャーをする。
千草の目の前に完成したカードを見本として置いておくのも忘れない。
「いま魔術師になりますね」
千草は魔術師の職業の書を開き、JOBを高司祭から魔術師に変更をした。
「お待たせしました」
「大丈夫。植物系統の魔法で、紙をカードに変化させるイメージなんだけど」
「詠唱とかはありますか?」
「んーっと、特にないや」
僕の言葉に千草は頷いた。
「では早速試してみますね。魔術書の紙片をカードに……植物の系統魔法を使用するイメージで魔力を込めてカードにイメージを浸透させる……」
呟きながら、魔術書の紙片に魔力を込めていく千草。
魔術書の紙片が緑色の魔力に包まれていく。
「……少し硬くなったでしょうか」
「カードとは言えないかなぁ」
魔術師の紙片自体は、すこし硬くなっている。紙片自体も一回りくらい小さくなって、周りも整ってはいるが。
「手ごたえあり、かな?」
「もう少し魔力を込めたほうがいいでしょうか?」
「うーん」
魔力は十分に浸透していた気がする。なんなら僕が使ったときよりも多く入っているんじゃないのだろうか? 僕がやってる時は緑色に光ったりしないし。
「千草、これを握って」
「はい?」
僕はポケットの中から植物の属性結晶を取り出した。
収納から取り出したものだ。見た目でこれっていうのが完璧には分からない属性結晶だけど、一度収納にしまってから『植物の属性結晶を取り出す』とやると出せるのだ。
便利機能である。
「えっと、どうすれば?」
「この石から力を吸い込むようにイメージして」
「えっと?」
「いいからいいからー」
僕は千草の手を上から握り、ニコニコ笑う。
「何かの道具でしょうか?」
「うん!」
千草の手の中に納まっていた植物の属性結晶が無事に消える。
「やってみて」
再び魔術書の紙片を渡す。
千草はそれを使って、カード化を試す。
「先ほどより変化はしっかりしますね」
「うん」
「ところで若様、いまの石は」
「もう1回使ってみようか」
僕は再び属性結晶を渡す。
「あの、これはいったい」
「いいからいいからー」
難色を示す千草の手に再び属性結晶を握らせて、もう一度イメージするように言う。
「消えるということは消耗品でしょうか?」
「変なものじゃないから大丈夫だよ?」
「確かに、少し魔術書の紙片に魔力が通りやすくなりましたけど」
言いながら千草が更に植物属性の属性結晶を使用した。
「もう1個あるから」
「はい」
千草は特に疑問も持たずにもう一つアイテムを消費する。
「ささ、やってみて」
「はい」
魔術書の紙片に千草が魔力を通すと、先ほどよりもしっかりとした感触になった。
大きさは一回りくらい大きい、B5サイズの紙みたいな感じになった。
「もうちょいかな?」
「あの、先ほどから渡されているこれって」
「内緒だよ? お父さんやお母さん、それに殿下にも」
もう2つ3つ使わせればカード化が上手くできそうなので、更に追加で収納からポケット経由で取り出す。
千草もしぶしぶ属性結晶を消費していく。
「どう?」
「今度はできそうです」
更に3つ属性結晶を使わせると、僕が作ったカードとほぼ同様の大きさ、質感のカードの作成に成功。
「どうでしょうか?」
「うん、問題ないね」
「これで千草もお手伝いできるんですね」
「うん。お願いできる?」
「嬉しいです、千草は姉さんと違って給仕も下手ですし、お茶やお菓子作りも得意ではないですから」
なんとも健気なことを。
「明日からお願いね」
「かしこまりました、若様」
千草はその長い束ねた髪を揺らしながら、丁寧に頭を下げてきた。
うん、よろしくね。
「若様! 若様!」
「ふわ、なに?」
次の日、寝ている僕を乱暴に起こす千草がいた。
「昨日のあれなんなんですか!? 朝の鍛錬で部屋が大変なことになってしまったんですけど!」
「……うん?」
「いいから来てください!」
僕はパジャマのまま千早と千草の部屋に……うわぁ。
「根っこ……」
「種からの発芽の訓練をしたらこのようなことに」
ドアの隙間から伸びる細い根っこ。そして半開きのドア。
恐る恐る中を覗き込むと、部屋の中に太い木々。
「お、おおう」
「どうしましょう! 姉さんが植物に呑み込まれてしまって!」
「ええ!?」
ベッドの方を見ると、木々の隙間から出る細くて白い手。
「千早っ!?」
これは大変だ!
「どどど、どうすれば!」
「とりあえず、急速に育てたなら枯らせるしかないね……」
植物属性の魔法の中には、植物の成長を促進させる魔法もあるが、植物を弱体化させる魔法も存在する。
「ちゃんと説明してなかった僕が悪いよね……プラントディスラプション」
僕は近くの根に手を向けて、植物を弱体化させる魔法を放つ。
エレメンタルウッドマンにとても有効な魔法なので覚えていた、植物を弱体させる魔法だ。
各属性にそれぞれの弱体魔法は存在している。これは植物専用の弱体魔法だ。
僕が放った魔法を受けた木は、その枝や根から水分が失われるようにしおしおと細くなっていく。
「どうしたのかしら?」
「あ、お母さん」
着替えていつものドレス姿のお母さんが登場。
同じタイミングで、木々によって支えられていた千早が枝や根っぽいものをボキボキとへし折ってベッドへ落下していく姿を目撃したのであった。
「ええっと、何かしら? この状況は……」
「うう、木が、根が……」
「姉さんしっかり!」
「葉っぱもすごいことになってるね……」
せっかく引っ越したばかりの千早と千草の部屋が、なんかもう大変なことになってしまいました。
「申し訳ありませんでした」
「いや、まさかレムラ婆の助言でここまで植物を育てられるようになるとは誰も思うまい。今後気を付けてくれればそれでいいよ」
おお、お父さんが寛容だ。お父さんの勘違いに千草は微妙な表情だけど。
「素晴らしい才能だ。その力をどうかジルのために使っておくれ」
「ありがとうございます。今後は室内で行わないように気を付けます」
「それと木もやめてちょうだいね? 小さなお花とか、そういうものにしてね?」
「も、もちろんです!」
朝から大変なことになったけど、どうやら昨日のレムラ婆の助言を実践した千草が頑張りすぎたということになったらしい。
千草も強張った表情で頷いている。
「朝からひどい目にあったわ」
「千早、ほっぺに木の根の跡がついてるよ?」
僕が彼女の頬に手を伸ばすと、千早がしゃがんでくれる。
「千草のことだもの、元気のない種と元気な種を間違えたとか、そんな感じでしょ」
「姉さん!」
よく転ぶ千草だから、そういうミスもするだろうと言われてしまっている。
ドンマイ!
「でも千草がここまで植物の魔法に適性があったのは驚いたわ。とても誇らしい」
「姉さん……」
千草が口ごもっているのは僕の口止めが利いているからだ。
人の属性適性を上昇させるアイテムなんてトンデモアイテムである。千草はしっかりとそれを認識してくれたらしい。
「幸い木は成長が早すぎたせいで枯れたから助かったな。あとでまとめて薪にでもするといい」
「ちゃんと片付けますから!」
「そうか? もったいないと思うが」
お父さんの言葉に何故か顔を赤らめて拒否反応をしめす千草。
なんかすみません。
「僕も手伝うからさ」
「若様ぁ」
僕を抱きかかえても解決しないよ? それと僕も共犯だもんね。
「でも薪にはしたほうがいいんじゃない? 痛い痛いっ!」
千草意外と力強いよっ! ベースレベル高いからかな?
「ところでジルベール様」
「うん?」
「夜にカード作りましたね?」
「あ!」
昨日千草と練習がてら作ったんだった。
「夜に一人で魔法を使うなと、言っておきましたよね」
「ほぉ? ジル、そうなのか?」
僕を抱きかかえていた千草がそっと離れる。く、見捨てられた気がするっ!




