僕にしかできないこと
「そもそもエルフは世界樹の恩恵を受けて生きておりました」
「世界樹って、ここから南西にある大きな木だよね?」
「ええ、以前の光り輝いていた世界樹であればこの地からでも世界樹を見ることができたのですよ? 今は暗いオーラを発し見ることもできませぬが」
そう言ってテントの壁に視線を向けるレムラお婆さん。
「光り輝く世界樹から放たれた魔力は大陸中に届き、その魔力は大地を潤し森の木々や農地に恵みをもたらしました。我々エルフもその恩恵にあずかっていたのです」
「エルフも?」
ゲームではそんな話は出てなかったな。
「世界樹から放たれた魔力を我等エルフは肉体に取り込むのです。そのおかげでわれらエルフの寿命は人々の7倍以上になり、様々な職業の適性を持ち、属性への素養も持ちました」
「世界樹ってすごいんだね……」
「そうなのです。ですが闇の王子の手により邪悪に堕ちた世界樹は、イービルユグドラシルとなり、地脈より吸収した魔力を拡散させず、己の成長にのみ魔力を使うようになりました」
「うん」
それは知っている。
「我々エルフの王族は、禁術とされる世界樹の成長を抑える儀式を行い、この大地が世界樹に覆われるのを防いでおります……ですが、もはやその儀式を行える者はおりません。最後の姫様が儀式を行ってしまいましたから」
マーニャのことだね。ゲーム時代ではまだ儀式を行う前だったから普通に会えたけど。
「一人ではその儀式は行えず、若く才能あふれる多くのエルフ達と共に、その身を石へと変えました。禁術ゆえ、代償が必要なのです」
「そうなんですね」
ゲーム知識で知ってはいます。
「ですが、世界樹の成長は未だに止まりません。王族の皆様や、多くのエルフを犠牲にしても、世界樹の成長を完全に阻害することは叶わないのです。それほど世界樹という存在は巨大なのですから」
「本来だったらここからでも見えるくらいの大きさなんだよね?」
「ええ、そうでございます」
お婆さんが視線をテーブルに落とした。
「世界樹の魔力の恩恵を受けられなくなったエルフは、寿命も短くなり、出生率も落ちました。いまのままでは、エルフは死滅してしまうでしょう。仮に命を繋いでも、この大陸は世界樹に飲まれて滅んでしまいます」
「そんなに世界樹って大きくなるの?」
「そうだな、数百年前になるだろうが。我が国も世界樹をなんとかしようと何度か兵を送り出したことがある」
「そうなんだ? でも……」
「ああ。世界樹というか、世界樹の生み出すウッドマンが非常に厄介でな」
「ウッドマン、魔物だね」
イービルユグドラシルが生み出すのはエレメンタルウッドマン。物理攻撃に対し、強い耐性を持っていて、しかも個体によって属性の異なる人型の植物モンスターだ。
こいつの厄介なところは数が無限に湧き出るところ。という設定だった。
イービルユグドラシルが攻撃を受けたと判断すると生み出されるのがエレメンタルウッドマン。ゲームでいうところのレベル40前後で相手をする魔物だ。
イービルユグドラシルは四天王の一人を倒した後で攻略するイベントだから、そこそこ手ごわいのである。
物理攻撃に耐性があるので魔法で攻撃をしないといけない。でもこれにも制限があるのだ。コマンドバトルでの処理になるけど、個別の攻撃魔法は大丈夫だけど、範囲魔法と呼ばれるターゲットを複数にできる魔法を撃つと、エレメンタルウッドマンは増えるのだ。
これは範囲魔法をすると、近くの木々を巻き込んだという判定になり、木々が攻撃を受けたとイービルユグドラシルが判断することでエレメンタルウッドマンを生み出すのである。
弱点も個体によって違い、物理攻撃は基本的に効かない。しかもストーリーの後半の魔物だからとても強い。
ゲームでもそれなりに苦戦した相手だ。物理でなんとかする場合はクリティカル値を引き上げる装備を付けて防御無視の会心の一撃で倒すか、即死効果のある武器で即死を狙うくらいしか方法がない。
あとは魔法で弱体化させてから物理で倒すか、個々で違う弱点属性をハンターや探知魔法で調べてから属性魔法で倒す方法。
全員を魔法使いや賢者にすればレベル上げに使えそうな相手だけど、MP効率が悪いのであまり連戦できないのでサックリクリアするのがここのポイントである。
「ウッドマンは魔法も使う。連中の魔法を回避しても、魔法が近くの木々に当たったりして更にウッドマンが増えて……倍々に増えるのだ」
「うわぁ」
ゲームでは違ったけど、エレメンタルウッドマンの攻撃でもエレメンタルウッドマンが増えるらしい。ずるい。
「増えたエレメンタルウッドマンは倒さなければいつまでも世界樹の支配圏に居座り続ける。世界樹の根元どころか、影響下の森に簡単に入る訳にはいかなくなった」
「増やしすぎちゃったんだね」
「そういうことだ」
それは厄介だ。
「ですが、このままではエルフ達は静かに息絶えるしか道はありませぬ。それにいずれこの大陸も。どうかジルベール様、我等エルフに救いの手をお差し伸べください」
「そう言われても」
レムラお婆さんがテーブル越しに僕の手を握ってくる。
「どのような形なのか、時期はいつごろなのか分かりませぬ。ですがもしその時が来たら、どうかこのババの言葉を思い出してくださいませ」
そう言って涙を流すレムラお婆さん。
「もし叶うのであれば、また美しく緑色に輝く世界樹をこの目で見たいものです。よろしくお願いいたします」
ゲームの知識だと毎回思っていた僕だが、お婆さんの涙を見た瞬間、ここは現実なんだなと思い知らされてしまった。
「レムラ婆のことだが」
「うん」
帰りは道が分かると言った千早は御者台に乗り馬車を操っている。
代わりに馬車の中に入ったお父さんが、少しだけ沈んだ気持ちの僕の頭を撫でながら言った。
「娘と息子がいたんだが、彼女よりも老化が早くてな。世界樹の恩恵を受けていた世代の子の彼女より、世界樹の恩恵を受けていない彼女の子の方が寿命が短く老いが早かった」
「そう、なんだ」
「ああ。迎えに出てくれたシノーラ。彼女はレムラ婆の曾孫だ」
「曾孫ってことは、えっと。レムラお婆さんのお孫さんも?」
「そうだな。もう見た目でいえばレムラ婆と同じくらい老いていて、よその街に住んでいる。会うことは叶わないだろう……レムラ婆は元々エルフは寿命にバラツきがあるから珍しいことではないと言っているがな」
「寂しいね」
「そうだな。しかし、お年寄りに長距離の移動は大変なことだからな」
エルフ達の寿命は短くなっているという。
人間からすればそれでもかなり長い寿命なのだろうが、同じエルフ達からしたらとても不幸な話だ。
自分の子や孫が、自分よりも早く老いて亡くなっていくのだから。
「街の周りは安全だ。魔物は凶暴なものは少ないし、この国には盗賊と呼ばれる連中はほとんどいない」
「ふうん」
盗賊ってあんまりいないんだ? ファンタジーな世界だからもりもりいるのかと思った。
「だが馬車などを使った長距離の移動を耐えるのは大変だからな。お年寄りは道中で体調を崩しやすい」
「そうだね」
もう家族に会えない、そう考えるだけで胸が張り裂けそうになる。
他人のことではあるが、少し考えただけで悲しくなって泣きそうになってしまう。
「例えば、今すぐにお前が世界樹をどうにかしても、すでに失われた寿命が戻るようなことは、恐らくないだろう」
「……うん」
世界樹もそこまで万能ではないだろう。
「だから、考えなくていい。お前はエルフ達に何かしら利益をもたらすと占いにでたらしいが、かといって今のお前に何かできるわけではない。分かるな?」
「……はい」
僕は手を伸ばすと、お父さんが抱えてくれる。
「私は嬉しいぞ。お前の未来は明るいと言われたようなものだからな。何を成すのか、それは分からないがきっと良いことだ」
お父さんの胸板に僕は顔を埋める。
「だが、まだお前は子供なんだ。気負わず、できることをすればいい。いっぱい学んで、いっぱい修行をし、立派な大人になりなさい」
「うん」
お父さんはずっと僕の頭を撫でてくれる。
「そして、もしエルフ達に何かを成すことができたら、レムラ婆に報告してあげるといい。きっとどんなことであっても、よろこんでくれるだろう」
「わかった」
僕ができること、ユージンの奇跡の知識のある僕にしかできないこと。
それを考えると、僕はすぐにでも行動に移すべきなんじゃないかと思ってしまうのだった。




