守秘義務ってなんだっけ?
「ゲームだとベースレベルとJOBレベルが上がれば勝手にどんどん増えてったのにな」
魔法はJOBレベルが上がればどんどん覚えるものだった。つまりダンジョンなんかで魔物を倒していったり宿屋で訓練を繰り返していけば使えるようになる。
でも今のところ、JOBが上がって新しい魔法を覚えるといった感覚は生まれない。というか元々ゲームででてきていた魔法は普通に使えるのである。
スキルを覚えた感覚はあるんだけどなぁ。
「改めて考えると、勉強や訓練で覚えるっていうののほうが現実的ではある、かも?」
何もせずに何でもできるようになりはしない。
一を学べば十を理解できるような天才でも、一を学ばなければならない。
天才でもなんでもない僕は、一を学んで一を理解するを何度も繰り返さなければならない。
「読めない単語が多すぎる」
そりゃあそうだろう。読むだけで物のイメージができるものもあるが、それ以外はからっきしだ。
なんと言ってもまだ僕はお子様なのである。この子供ボディの頭は、勉強もせずに専門書を読めるような便利な作りはしていないのだ。
「く、自動翻訳ついてろよ」
むろんそんなスキル的なものは存在しないので、僕は辞書を片手に本を読み進めていかないといけない。
だがその辞書も手書きなのだ、辞書に書いていない単語が当たり前のように飛んでくる。
『コンコン』
「はい」
「千早です。戻りました」
「おかえり、入っていいよ」
「「 失礼します 」」
千早と千草が帰ってきたようだ。二人ともメイド服になっている。
「お疲れ様。お兄ちゃんどうだった?」
「伸びしろを感じる、良い騎士であると思うわ」
「なるほど」
つまり千早の方が上ってことか。
「千草はどう? 高司祭やっていけそう?」
「まだ高司祭としてのスキルは得ていませんのでなんとも」
「そりゃそうか」
二人は僕の問いかけに返事をしながら、こちらに寄ってくる。
「若様はなにを?」
「本読んでた」
というか調べてた。
「錬金術の基礎知識ですか。若様は錬金術師を目指されているのですか?」
「目指しているというか、お兄ちゃんが騎士だから僕はサポートできるようになりたいんだけど」
実際にはゲームストーリーが始まったときのための準備だ。
ストーリーの序盤で、回復魔法が使える仲間がいるとは限らない。やくそう丸かじりの旅がスタートの可能性があるのだ。
いざストーリーが始まった時に、僕は魔法による攻撃職を想定している。だから回復手段を別で用意しておいた方が色々と都合がいいのである。
回復職のJOBである司祭もそのうち取るつもりだけど、なんでもかんでも魔力で解決していたら、魔力が切れたら役立たずになってしまうからね。
「……読めるの?」
「調べながら、ちょこちょこ、かな。辞書にも載ってなくて分からない単語が多いんだよね」
横から覗き込んだ千早が顔をしかめている。
「どれでしょうか?」
「これ」
「オーキッシュファングですか」
「おーきっしゅ、オーク的な単語だったのか」
「中位オークから獲れる素材の一つですね。フラスコの固定具の素材に使うと書いてあります」
「フラスコの? ああ、火をかけたりする時に当たっても焦げたり歪んだりしないように硬くて熱に強い素材を使うってことか」
「手に入りやすい素材でもありますからね」
なるほど。手に入れやすいのもポイントだね。
「これが、こっちで……これがこうだから」
「えっと、お読みしましょうか?」
「……お願いします」
帰ってきて早々だけど、仕事モードっぽいからお願いしちゃおう。
「……何か飲み物を貰ってくるわ」
「お願い」
「よろしく姉さん」
千草が僕の横にイスを寄せて一緒に本を眺める形に。
千早はなんだか信じられないといった表情だ。勉強嫌いなのかな?
「ジル、いるかい?」
「あ、お父さん」
千草に字を読んでもらいつつ、本を読み進めているとお父さんが来た。
殿下をつれて。
「殿下、いらっしゃいませ」
「ああ、そのままでいい。勉強中だったか? すまないな」
立ち上がって出迎えようとするが、手で制される。
「千草、休憩にしよ」
「かしこまりました」
千草に伝えると、手早く本を片づけてテーブルを整えた。
「ぎゃんっ」
立ち上がる時に転ぶのも忘れない。
「だいじょうぶ?」
「し、失礼しました」
赤くなった鼻を押さえながら、お父さんと殿下に席を勧めた。
「役に立って、いると考えていいのか?」
「うん。助かってるよ」
千早が入れ替わりでお茶を用意してくれる。
「どうしました? 息抜きかなにかで?」
「あははは、そうであれば良かったのだが……すまん、ジルベール。父がやらかした」
挨拶もなく殿下が頭を下げてきた。父ってことは陛下?
「やらか? なに?」
「私とお前宛に早馬が届いた」
「叔父上からもな……まったく」
殿下がため息をつきながらお手紙をだしてくれる。
僕はその手紙を受け取ると、千早がペーパーカッターを用意して手早く手紙を開封してくれた。
「……内容に関しては、分かりましたけど」
「ああ、すまないな……」
陛下からの文には、簡単に言うとカードをもっと作ってくれとの注文だった。
「カードの法案を作成するにあたって、派閥内の貴族たちに働きかけているらしいのだが、叔父上の自慢話とセットで話が広がっていってな……」
「派閥内の子や孫がいる者たちが法案を通すと同時に自分たちの手元にあるようにしろと騒ぎ出しているようだ……幸いすべての貴族に話が回っている訳ではないが、それでも相当数が必要になるそうだ」
「それでこの注文数なんだ……」
できるだけ秘匿する的な契約じゃなかったっけ? 絶対に秘密にできてない注文量だよね。
「信用できる派閥の者達だけでこれなんだ。まあ一人につき一つというわけでもないしな」
ただでさえ100近い数を……カードの枚数に換算すると、5400枚作らないといけないのに、更にだ。
「できるだけ作ります、としかお返事はできないですよ」
「そうか、そうだな……」
「子供のジルの魔力量ではそこまでの数を作るのは相当に時間を必要とします」
「あと材料も。領内のダンジョンで産出するとはいえ、常にライドブッカーが紙片をドロップするわけじゃないんだよね? 冒険者の人達が一日で持ってこれる魔道書の紙片、どのくらい?」
これはお父さんに対する質問だ。
「他の階層調査や食料となる素材の回収やら、そういった物をすべて無視すれば一日で50はいけるだろう。ただ相手は魔物だからあまり無理をさせるのはな」
「我々もダンジョンにいけば、もう少し数は増やせるのではないか?」
王子も参戦するつもりのようだ。その言葉に千早が少し嬉しそうな表情をする。
「ダンジョンだから魔物がいなくなるって事がないのがいいね」
「であるが、ジルベールは大丈夫か? 魔力を使い続ける必要があるのだが」
「どれだけ使えば魔力がなくなるかはなんとも。いつもは一日に1セット作って終わりですから」
一度に10枚くらいをまとめてカードにして、それを5回程度片づければ終わるんだ。魔力の負担はほとんどないと言ってもいい。
「どっちかといえばハンコ押すシンシアが大変なんじゃ?」
家の仕事もあるし地図作りもしているし。
「そちらは他にもできる人間がいるから心配はしなくて良い」
「それと、早馬と一緒にこちらが届いたのだが」
ドスンッとテーブルにおかれるのは大量の紙の入った箱。
よく見るとその箱が大量に部屋に運び込まれていく。
「えーっと」
「わざわざ魔法の袋まで使ったらしい」
「あれって、もしかして全部?」
「そのようだ」
「うわぁ」
うん、紙ってかさばるよね。収納ができる不思議アイテムがあるのはすごいけど。
「これで足りるかどうかは不明だが、とりあえず用意できるだけ用意したらしい」
「陛下も本気だなぁ」
箱を持った従者が列を作ってるよ。
「え? え? いくつあるの!?」
「さあな」
「城の業務に支障がでない範囲で余っている紙を全部よこしたとか……ジルベールカードにできるなら全部使ってしまえとかそんな話になったらしい」
雑だなぁ。
「仕入れとかの帳簿がいきなりずれるんじゃないの?」
「そこまで考えてなかったな」
「多分父上も考えてないだろうな」
滅茶苦茶やん。
「それとレムラ婆さんのところに行きたいんだったな?」
「え? うん。千草が植物系統の魔法の素質があるから、指導をしてもらえないかなって」
「千早や千草はしばらく殿下に付けるからな。今日なら私が連れていける。今から行くか?」
「え? いいの!? 行く!」
お父さんは領主様だからね。シンシアの知り合いというのであれば、お父さんも顔が利くのだろう。
「私が顔を出してもしょうがないな。行ってくると良い」
殿下がお出かけとなると、どうしても大所帯になるもんね。遠慮万歳。




