れんきんべやっ!
屋敷は人が出払ってしまい、残っているのはお母さんとマオリーとロドリゲスだけとなった。いきなり減ったなぁ。
昨日回収できなかった経験値の回収と属性石や属性矢を回収し、そうそうにチュートリアルダンジョンから脱出。
人が少ないから何か読んでいない本でも読もうかな?
そんなことを考えて、地下の書庫を歩いていると違和感を覚えた。
これは……。
「ジル様、どうしたのですか?」
「いや、えーっと。この本棚だけ随分乱雑だなって思って」
本の大きさは規格が決まっているわけではないので、本棚にぴっちりしまわれているわけではない。
乱雑な場所はここだけではないんだけど。
「ああ、こちらには隠し扉があるんです」
「隠し扉!」
やっぱり! シーフのJOBが上がってたんだろう、隠し通路発見のパッシブスキルで発見したようだ。
しかし隠し扉か! 先に通路があるからそれで発見できたんだろうな。
探知の魔法にはひっかからない。何か仕掛けがあるのかもしれない。
「はい。隠し扉があって、鍵穴も分かっています。ですが鍵がなくて開けられないんです」
「シンシアでも無理なの?」
シンシアは多分アサシンまで上り詰めてるシーフ職の最上級だ。鍵開けなんかもお手の物なんだと思うけど。
「ええ、シンシアだけでなく代々の代官の方々やそのお知り合いでも無理だったそうですよね」
「いつぐらいからあいてないの?」
「100年は開いてないかと。無理に開けようとすると罠が作動するそうです」
「うわぁ」
それはエグい。
「無理に開けようとすると、屋敷が崩れるらしいです。扉を開けようとした者は屋敷に押しつぶされてしまいますし、屋敷自体も陛下から代々の代官や領主から引き継いだものです。失う訳にはいかないですから誰も挑戦しないんです」
「失敗したら死んじゃうんじゃ、確かに無理だね」
「ええ、ゴースト類のような魔物くらいしかこの先には行けないらしいです。この辺の本棚が整っていないのは、皆様この鍵穴の近くに鍵が隠されているのではないかと最初に探すからですね」
なるほど。確かに近くに隠してないかって探すかもしれないね。
「あちらに鍵穴があります。上からカバーがかかっていますよね?」
「ほんとだ」
マオリーが指さしたのは本棚の上の一角。
木の板が打ち付けられていて、鍵穴は見えない。
「ほへー」
「鍵穴に何かを差し込んだ程度で罠は発動しないようですが、いたずらをしないようにお願いしますね? ジル様がお亡くなりになられたら嫌ですから」
「僕だけじゃなくてお屋敷のみんなも潰れちゃうよね、それ」
そんな最期を迎えるのは嫌だ。
「ええ。ジル様のお力で外せるようなものではないですが、お伝えしておきますね? 旦那様方やミドラ様もご存じですし」
「知らされてなかったの、僕だけ?」
僕の疑問にマオリーがにっこりと笑顔を作った。
僕みたいな子供に教えるといたずらされるかもしれないと思って知らされてなかったかな?
適当に本を選んで、部屋に戻ることにする。
マオリーが屋敷のことをしに離れたら、また戻ってこよう。
「探知」
僕は探知魔法を発動し、地形の把握を行った。
普段使うのは人探知だ。人がどこにいるか、状態はどうか、そういうのを調べるのが人探知。
それに対していま使っているのは、建物やダンジョンの構造を調べる探知魔法だ。
こうして地下の書庫で使ったことがなかったけど、使ってみるとすぐに頭の中に建物の構造が3Dマップみたいに頭に浮かぶ。
細かい詳細を調べようとすると、あまり広い範囲に広げられないのが欠点だな。
そして魔法に対して何かしら防御がされているのか、抵抗がある。
「壁の向こうに短い通路、更に先に扉があって、部屋か」
その先の部屋はそこまで広くない。
12畳分くらいの大きさだ。や、十分広いな。日本で暮らしていたときは、そこまで広い部屋のある家に住んだことがない。色々麻痺してきてるかもしれないな。
「ゲート」
空間と空間を繋げるゲートの魔法は、基本的に行ったことのある場所にしか開けない。
でも視界の届く範囲や、自分が認識している場所に出入り口を作ることは可能なのだ。ゲートを生み出すと、そこに空気が流れ込んでいくのを感じる。
「やっぱり長い間人が入ってなかったらか、埃っぽいかなぁ」
隠し扉、隠し通路、そして隠し部屋。
心躍るワードが3つも揃っている。これはテンションがあがるね!
「空気循環させないと」
念のため空気を入れ替えるように風を送る。なんというか古臭い匂いが鼻につく。
「ライト」
どうやらチュートリアルダンジョンの一部とは違うようだ。まあゲートがつなげられるから当然か。中に明かりの魔法を放り投げて、ゲートをくぐる。
空気の循環をつづけるため、ゲートは小さくして残すのも忘れない。
「うわぁ」
中は窓のない簡素な長方形の部屋だ。
大きなテーブルが真ん中にどかんと鎮座しており、壁には本棚が並んでいる。
「錬金道具だ」
錬金台、錬金窯、錬成板などや名前の知らない試験管的な道具がいくつもテーブルには並んでいる。
部屋の角には大きな錬金窯もある、僕どころか、大人一人が軽く中に入れそうな大きさ。
「昔の領主のお抱え錬金術師の部屋か何かかな?」
恐らくそうだろうな。
他にも薬棚がある。ただし中身のほとんどは風化している。
「こっちはどうだろう……」
本棚の近くに置いてあった大き目の収納箱。
鍵もかかっていないので簡単に開けられた。
「おお……なんだこれ」
なんかごちゃごちゃ入っている。
素材だろうか? 一つ手に持ってみるが風化していない。
「収納系の魔道具なのかもしれない」
箱の中には底が見えない。中身はびっしりだ。貴重な物も入っているんだろうか?
錬金術の知識がないからわからないけど、宝石的なものや属性結晶に見た目の似ているものもいくつか見える。
「わかんないや」
ピカピカ綺麗だから値打ちものだろうと勝手に決めつける。
とりあえずこのままにしておこう。
「本棚はどうだろ」
この世界の紙はライドブッカーのドロップ品、魔導書の紙片が基本だ。魔物のドロップ品で、本として作成した後に状態保存の魔法を掛けてあればいつまでも読むことが可能だ。
「錬金術関連の本ばっかり」
いくつかの本を取り出したけど、それは錬金術の本ばかりだった。
薬作成の書やカード作成の書、植物大全や魔物素材大全。錬金術師の日記や日誌、それに研究資料なんかが大量に収まっていた。
「マジか」
そんな中で目についた、見つけてしまった本。
「魔導書作成の手引き書……」
職業の書の錬成方法が書かれた本だ。これがあれば、すべての職業の書が作れるかもしれない。
「え、ちょっと待って? じゃあこっちの本棚は」
慌てて横の本棚に目を向ける。
そこにはいくつか穴あきがあるものの、半分以上が本に占められていた。
職業の書に。
「なるほど。チュートリアルダンジョンの職業の書はここで作られていたのか」
今はともかく、昔は兵士なんかにも職業の書が当たり前のように使われていた。
これは昔話的な話にも出てくるし、ゲームでも職業を持った人間が当たり前に存在していた。
ゲーム内での冒険者に至っては、ほとんどが職業持ちだったからだ。
またゲームでは見たことのない職業の書がいくつもあった。
鍛冶師や料理人、占い師などの生活補助系の職業。それに武闘家や槍術師、鞭技師といった職業の書もあった。
ゲームでも鍛冶師なんかは登場していたけど、職業の書があったとは。NPC専用の職業とかそういう扱いだったのだろうか?
「……道具もあるな」
ちらりと机に視線を向けると、そこに置いてあるのは錬金具の数々。
埃かぶっていて、使えるか分からないが、もし使えたら僕も色々作れるようになるだろう。
「早くシーフをクリアしないとだ」
魔術師を限界まで育てたので、今はシーフだ。シーフのJOBレベルが上がれば、盗賊の指先の効果も上がり器用度も上昇する。
この器用度が高くないと錬金術の使用の際に成功率が下がるのである。
「錬金術師の書はと」
あった。いっぱい。
僕は一冊錬金術師の書を抜き取って、他にも錬金術の基礎とか錬金道具の作成方法の本を自分の収納の中に仕舞った。
「……色々見たいけど、今日は戻ろうかな」
屋敷にはお母さんとマオリー、それにロドリゲスがいる。
あまり長時間姿を消している訳にはいかない。
ゲートを開いて、自分の部屋に繋げる。
そしてそそくさと、自分の部屋に逃げ込むのであった。




