もちろん僕はお留守番
「寝てる、よね?」
夜も更け、探知の魔法を広げても人の動きがほとんどない夜。
とはいっても、いつもの屋敷と違って殿下やお付きの人も多く泊っているから普段よりも反応が多い。
寝ている人がほとんど、に感じるけど中には動いている人もいる。
見回りか何かかな?
僕の探知の範囲は屋敷のギリギリ外までに絞ってある。
魔力をより込めれば範囲をもっと広げることもできるけど、そこまで必要はないので探知に全員の状態を確認するイメージで魔法を使っている。
球体のレーダーを頭の中でイメージして、そこにいる人を色で判別するゲーム的な方式だ。高低差もばっちりである。
「すぐ隣に反応があるのも違和感があるな」
シンシアもマオリーも、僕のお世話だけが仕事ではない。他にも朝食の準備や掃除などをしているのだ。
夜は明日の朝食の準備をロドリゲスとしたりするし、朝起きてすぐに仕事に入る。
だから使用人棟で寝泊まりをしていた。
しかし千早と千草は僕の本当に専属のスタッフだ。
もちろん先輩達の仕事を一緒に行うけど、僕のお世話が一番の仕事。
主がお父さんのシンシア達と違って、僕が主なので僕の側で寝泊まりするらしい。
「勝手に出かけたら気づかれたり……しないよね」
警戒をしつつ、ベッドから離れてトイレに向かう。
トイレにいく程度でも起き出したら、それは要警戒だ。
普段と違いすべての廊下に明かりの灯った廊下を進んで、一階のトイレにいく。
「大丈夫そうだ」
移動していると探知の魔法の精度が悪くなるので過信はできないけど、今のところ問題はなさそう。
問題があるとすれば、トイレの前で待っている人だ。
用を足して手を洗い、トイレのドアから出るとそこにいたのはお兄ちゃんである。
「よ」
「お兄ちゃんもトイレ?」
「いや、人の気配を感じてな」
「お、おう……」
人外っぽい反応をしてる人がいたっ!
「そうなんだ。起こしちゃった?」
「いいよ。一応殿下の護衛も仕事の内だからな。眠りが浅いんだよ」
小声で僕が言うと、お兄ちゃんも小声で答えてくれる。
「屋敷の中だから安心だってのは分かってるんだけど、ついなぁ」
「お仕事だもんね」
「でも毎回誰かが起きるたびに目を覚ましてたら、明日疲れて動けなくなっちまうよ」
明日は殿下のお屋敷に移動する日だから特別な用事はないだろうけど。
「ああ、そうか。一緒に寝るか」
「僕と?」
「おう、久しぶりにどーだ?」
「いいけど、僕の部屋でいい?」
僕がお兄ちゃんの部屋で寝ると、次の日千早と千草が騒ぎそうだ。
「おう、じゃあいこう」
「お義姉さんと一緒に寝たら?」
「……マセたこと言うんじゃないよ」
苦々しい顔をするお兄ちゃん。
まあ自分の実家で、両親や僕がいる家でそういう雰囲気になっても気まずいか。
「そりゃ失礼しました」
「分かればよろしい」
僕はお兄ちゃんと手をつないで部屋に向かった。
そして一緒に寝ることに。完全に抱き枕と化した。
……地味に寝にくいよ。
「おはようございます」
「「 おはよう 」」
翌朝、お兄ちゃんと一緒に起きて顔を洗い着替える。
そして一緒に朝食である。
「あらあら、仲がいいわね」
「母上、羨ましいですか?」
「そうねぇ、今日は一緒に寝ましょうか」
そう言うこの場にお父さんの姿はない。
いるのはお母さんとお義姉ちゃんだ。
「おはよう」
「おはようございます」
僕の後ろから殿下が入ってきた。
慌てて道をあけて挨拶をする。お母さん達も席から立ち上がって挨拶をはじめた。
「殿下、主人に代わりご挨拶を申し上げます」
「ああ。伯爵はどうした?」
「兵士達の警備スケジュールの変更指示に行っております。前もって決めておいたので、その最終確認も行なっているそうです」
「苦労をかけるな」
「本人は楽しんでおりますので、ご安心ください」
お父さんはあまり仕事の話を家ではしないけど、確かにレドリックと楽しそうにやっているイメージではある。
特にダンジョンが見つかってからは顕著だ。
「なら良いのだが」
「領地を賜って10年、この領地を発展させられる足がかりがようやく手に入ったと喜んでおります」
「そうか……ジルが発見したんだったよな?」
言いながらお兄ちゃんが僕の頭に手を置いてくれる。
「ありがとな」
「うん? うん」
少しだけ空気が弛緩した。
「殿下、こちらを」
そんな空気を払拭。
「これは?」
「ダンジョン内の魔物の情報が細かくのっております。それとこちらがダンジョン内の地図です。1階から7階まではほぼ網羅しております。それ以降は魔物が多く手ごわくなっておりますので作成中です」
「ほお、これは助かる」
殿下がソファに座って本を開く。
お兄ちゃんとお義姉ちゃんも左右からそれを覗き込む。
千早と千草も気にしているが、さすがに使用人という立場だ。視線はそちらに向かっているけど、大人しく壁際に立っている。
「千早、千草。二人も見ていいよ?」
「いえ」
「後程お借りしたいと思います」
「そう? そういえばミスリルゴーレムがいるらしいけど、千早の刀で斬れるかな?」
僕の言葉に千早がピクりと反応する。
「刀があれば……斬れると思います」
「もしかして、刀持ってない?」
「ええ、良くご存じですね。侍の専用装備を」
あ、しまった。
「えへへ」
笑おう。
「かわいい……」
誤魔化せたようだ。
「そのうち用意してあげないといけないかな?」
「国内では打たれておりませんので相当なお値段ですよ?」
「そっかぁ」
「刀ではなく片刃の剣を使っております。一部スキルは使えませんが戦えますので問題ありません」
「そっか。怪我しないでね?」
「はい、ありがとうございます」
そうこう話をしているうちに、シンシアが食事の準備ができたと呼びにきた。
この後殿下達は、街から離れた場所で魔物を相手に連携の確認を行うらしい。
僕はもちろんお留守番である。




