キラキラおじさん再び
「久しぶりだな、ジルベール」
「いらっしゃい、ビッシュおじさん」
「ああ」
晩餐の前にビッシュおじさんが僕の部屋に顔を出してくれた。
まだ以前のキラキラモードのままで、髭も生えてないし髪の毛もツヤッツヤのキラッキラだ。
「相変わらず、眩しい人ですね……」
「わぁー」
ウチの新人メイドの一人が早速やられている。
「お前らジルベールを頼むぞ? たぶんこいつもオレと同じ人種だかんな。下手な虫を寄せ付けんじゃねーぞ」
「オレ?」
「ん? ああ、屋敷じゃ兄上が色々うるさくてな。僕で通してんだよ」
なるほど。確かに貴族としては大雑把な話し方だ。というか賢者のイメージからだいぶかけ離れているけど。
「んで、魔法の訓練はどーだ?」
「お母さんの作った砂の迷路攻略中。あれ操作が難しい」
というよりトラップ的に配置されたでこぼこの道を丸い土弾を回転だけでクリアするのはほぼ不可能だ。
念動とかも使わないと無理なんじゃないかな。
「あー、あれは確かにいい鍛錬になるな。土系統の魔法使いにはもってこいの練習だ」
うんうん、とおじさんが頷く。
「結構有名な訓練方法なんだ?」
「別に流派がどうって訳じゃないがな。場所を取るけどどこでもできっから人目に触れるんだよ。土の魔法を使える師が弟子に操作を教えるのにいいしな。何よりあの迷路を作るのも師としての訓練になるし」
「おおー、理に適ってる」
教える側の訓練にもなるんだ。
「でもあれ、普通にやってクリアするの無理じゃない?」
「お、もう気づいたのか」
「え? マジ?」
「ああ。マジだマジ。普通にやってクリアするのは無理だぞ」
「ってことは、始まる前の台を用意したりするみたいに搦め手が……ああ、なるほど」
「思いついたか?」
「うん」
「よし、ほんじゃクリアしてみせろ」
おじさんが僕を持ち上げて肩に乗せる。
体は細そうな感じなのに結構力強いな。でも乗せるなら荷物みたいに担がないで、座らせて?
「つうわけで、早速やってみせろ」
「うん」
「あらあら、急ね」
一応師匠筋に当たるお母さんも登場だ。
「クリアできるってさ。やってみな」
「うん」
「じゃあ作るわね」
お母さんが砂の迷路を作成してくれる。
「じゃあクリアするね」
僕は土の球を作ってスタートに立たせて、土の別の魔法を生み出した。
「土槍」
ボボンッ! と音を立てて、迷路を破壊する。
そして破壊してできた道に土球を転がしてゴールだ。
「これ?」
「正解、の一つだな」
「ビッシュお義兄様、ヒントあげすぎじゃないかしら?」
「や、普通じゃ無理だって気づいたのはこいつだ」
そうやって僕の頭をグリグリ撫でる。
「コントロールの修行には持ってこいだからな。自分で迷路を作って球を動かすのは続けた方がいいぞ」
「ゴールまで分かっている迷路をクリアするのはなんか違う気がする……」
ピタ〇ラ装置でも作って遊ぼうか。
「別に迷路じゃなくてもいいんだよね?」
「まあ似たような複雑なものなら何でもだな。水はかなり使えるんだろ? 炎よ、踊れ」
おじさんが火を生み出してそれを獅子にし、同じく火で輪を作って獅子に火の輪くぐりを空中でさせている。
「うん。水よ、意の形になりて指示に従え」
おじさんに倣って、水で小さな人形を作った。そしてみんなに礼をさせて、おじさんの作った火の輪をくぐらせる。
「特に水の適性が高いんだろーが、土もかなり便利な魔法が多い。色々教えたいから練度を上げとけ。オレの手が空いたら教えてやる」
「お願いします!」
僕の言葉におじさんも頷く。
「千草だっけか。お前も訓練混ざるか? 魔術師持ってんだろ」
「わ、私は植物に適性が少しあるだけでして、ここまで精密には……」
「え? 植物に適性?」
カード作り手伝わせられるかも!?
「希少属性だな。人間にはほとんどいねえ。オレも基礎的な訓練方法しか知らねえな」
「おじさんも知らないかぁ」
「ああ、エルフの中にたまにいるくらいだな。実際に会った事のあるエルフで植物適性を持ってた奴も1人か2人しか知らん」
そっかぁ。
「ちなみにその訓練っていうのは……」
「生育魔法を使って育てる方法だな。土が弱るからあんま推奨されないヤツだ」
「やはりそうですか……」
千草が肩を落としてる。
「あ、うちの領地に物知りのエルフのお婆さんがいるって。聞いてみよっか」
「ほお、そりゃいいな」
「一族の秘伝とかだと教えてもらえないかもですが、聞いていただけるのであれば嬉しいです」
「とはいっても僕も会ったことないけどね」
シンシアとロドリゲスが前に言っていた人だ。
「シンシア先輩の、ですか。そうなるとすぐには無理そうですね」
「そうなの?」
「ここの使用人は少ないからな。基本今は殿下中心だ。殿下達がいる段階で大忙しだろ」
「そうだった!」
殿下め!
「まあ適当に抜けられる時間を作ってもらうしかねーな。ジルも話聞きたいだろ?」
「うん!」
ユージンにも会った事のあるというお婆さんだ。話が聞きたいね!
晩餐を終えて、夜になる。
お風呂を一緒にとか騒ぐ千早と千草を黙らせて一人でゆっくり……入ろうとしたらビッシュおじさんとお風呂に入る羽目になった。
「なんでオレが……」
「たぶん、おじさんをお風呂に入れる口実だろうね」
いくら見た目が良くても清潔じゃなければ僕も嫌だ。
一人でお風呂に入らず、おじさんと入り頭を洗わせるのが僕に与えられたミッションである。
「おお、意外と鍛えられた体」
キラキラツヤツヤのこのおっさん。細マッチョだ。
あとデカい。
「賢者っつっても魔法師団にいりゃ外に出てのフィールドワークが多い。そん時に満足に動けないと死ぬからな」
確かに。移動手段が馬か馬車か徒歩なのだ。体力がないとすぐに疲れてしまって行軍どころではないだろうし、そんな時に魔物に襲われでもしたら大惨事である。
「じゃあ髪あらうねー」
「あ、こらまて」
「いいからいいからー」
普段洗われる側の僕だけど、こうして洗う側になるのも楽しい。
お父さんの背中を流すくらいしかしていないからだ。
お母さんの背中? そんなところに攻め込む勇気は僕にはない。
「目に入るよー」
「お前、楽しんでるだろ」
「うん!」
子供は素直が一番なのである。
「わしゃわしゃー。泡立ち悪いね」
「髪にシャンプーや石鹼が馴染みにくいんだよ」
「サラサラなのも考え物だね」
どんな髪質してんだ。
そういえばシンシアやお母さんが僕の髪を洗う時も、桶で泡立ててから頭に乗っけてたな。僕の髪もこのレベルではないけどサラサラだもん。
まあこの人はサラサラキラキラツヤツヤの三拍子だけど。
「こうやって、泡立ててから」
「オレはいつまでこの体勢でいりゃいいんだ?」
「頭上げられたら届かないもん。鍛えてるなら大丈夫」
「こんな時のために鍛えてるんじゃねえよ」
とか言いつつも僕の手の届く位置に頭をおいてくれる優しさが嬉しい。
泡立てたらそれを頭に乗せて、梳くように髪を洗っていく。
「おじさん髪の毛多いね」
「普通だろ」
「うわ、また光の反射が強くなった」
「お前も似たようなもんだからな?」
「そうかなぁ?」
僕はおじさんと違って髪をそんなに伸ばしてないからよく分からない。
マオリーやシンシアはあまり切りたがらないけど、僕は長いのは嫌なのだ。貴族でも短髪が珍しくないから問題なく切ってもらえてる。
まあ長い髪の貴族の人もいるけど。
「おじさんは短髪にしないの?」
「たまにしてるぞ。伸びたら切るってだけだ」
「……最後にしたのいつよ」
「いつだったかなぁ。鬱陶しくなったら切る感じだからな」
「こんだけあって鬱陶しくなかったの?」
「……短くしたら短くしたで今度は周りが鬱陶しいんだよ」
ほんと、この人何者なんだろうか? あれか? この人だけジャンルが違うゲームのキャラじゃないのか? 乙女ゲーム的な。
「はい、流しますー。お湯よー泡を流したまえー」
手で桶を持ち上げて流すのは大変だから魔法で流す。ついでに魔法でわしゃわしゃさせながらだ。
「かゆい所ありませんかー」
「ぷっ、なんだそりゃ」
ツボったらしい。
無事洗い終わると、おじさんが髪をかき上げた。
「ふう。まあすっきりするのはいいな」
「普段からやればいいのに」
「そうだなぁ。こっちにいるときはそうするかー」
「おじさんがイケメンすぎて仕事に手が付かないなんて人が出るまではいいんじゃない?」
「そもそも視線が鬱陶しいんだよな……」
それはもうしょうがないと思う。男の僕でも見惚れるレベルだし。
今なんか水も滴る全裸イケメンだ。セクシーレベルが測定不能である。
「よし、んじゃ次はお前ってブハっ!」
「ああ、これ? 便利でいいでしょ」
僕の肩からお湯でできた腕が伸びていて、僕の頭を洗っているのだ。
おじさんのために作った泡の残りでわしゃわしゃするのである。
「便利そうだが、オレはそこまで水の適性がないから無理だな」
おじさんはタオルを取って、今度は体を洗い出した。
僕の。
「自分で洗えるよ?」
「頭を洗ってやれなかったからな。お返しだ」
思ったより丁寧に洗われて微妙な気分になる。
子供の世話とかはあんまりしたことないのかもね。
「あー、いい湯だ」
「適温だねー」
おじさんと一緒にお風呂だ。さすがにこの人の上に座る気になれず、対面で入っている。
「そういえばさ、適性ってなんなの?」
「んあ?」
「だって、魔術師って適性があれば自在に魔法が使えるって訳じゃないんでしょ?」
魔法に詳しい専門家がいるのだ。聞いてみよう。
「魔術師ってのは、基礎の魔法使いだな。使えるは単属性の魔法と、同時発動だ」
「うん。その二つはできる」
できないのは魔法使いになってから覚える複合魔法だ。でも単属性と同時発動ができればできるような気はするんだけど、上手くいかない。
ちなみに賢者になると三属性以上の属性を組み合わせることができるようになる。
「僕って水と火と土の適性があるでしょ? 個別に同時に発動できるけど」
「合わせて使えるようになるには魔法使いにならないとだな。そこまで使えるんならもう魔法使いを修得できるかもしれねえなぁ」
おじさんの視線が怪しく光る。
うんセクシー、ってそうじゃない。
「訓練、頑張ってるし」
「まあそういうことにしとくか。適性の話だったな」
「うん」
おじさんがタオルを取って頭に乗っけた。髪がお湯に浸からないようにとかそういう気遣いはこの人にはないらしい。
「適性が高いとその属性の魔法の消費魔力が減るのと、新しい魔法の習得が早い、それと発現も早いし操作も上手くなる。それが利点だな。適性がなくても習熟さえしてれば」
そうやっておじさんは石鹸から草を生やした。
「おお、植物魔法」
植物系の魔法は魔術師では本来覚えない。ゲームでは魔法使いになってから使えるようになっていた。
僕が使えるのは適性があったからだと思ってたけど。
「だけどそんだけだ。適性があれば覚えるのは早いが、それを自在に使えるのとは違う。こいつは経験が必要だな」
「経験……」
「適性があってもあんま使わなきゃ意味がない。適性が高い能力を持った賢者でも、戦闘から遠のけば魔法の組み立ての部分でそこらの冒険者に劣ったりする雑魚もいる」
実際にそういう人がいるのだろう。おじさんの口調は厳しいものだ。
「魔法を修得すればそれだけ選択肢が増えるってことだ。だけど何をすればいいか分からなくなる可能性もある」
「確かに」
「適性が高けりゃ確かに有利だが、それ以外を伸ばさない理由にはならねえ。火事の現場に必要なのは水の魔法だ。火の適性があっても水の魔法が使えなきゃクソの役にもたちゃしねえ。覚えとけ」
「うん。でも結局適性ってなんなの?」
「あったらラッキー、なくてもまあやっていける。その程度の認識だな。ないよかあったほうがいい」
「あはははは」
これはおじさんが適性を多く持っているからでる言葉なのだろうか。それとも分からないから適当に言っている言葉なのだろうか。
訳がわからないが、とりあえず持っている分は活用できるようにしていればいいらしい。
……さすがに全属性適性持ちなのは黙っていよう。




