ゲームのころにもなかったダンジョン
脱衣所に備え付けてあるパーマをする機械みたいなので髪を順番に乾かす。ドライヤーは小型化されていないのだ。
尻尾はダメらしいけど、髪はおっけーらしいのでシンシアの髪を梳かすと頭を撫でてもらった。褒められるのは純粋に嬉しい。
そんなこんなで湯冷めしないように部屋に移動である。
今日は一日シンシアの監視がついていた。まあシンシアは監視ではなくお世話のつもりだろうから、本ばかり読んでたら外に出ましょうと言ってお庭で一緒にボールで遊んだり、虫や花のことを教えてくれたりもした。
マオリーとより、熱い戦いができたと言っておこう。
お父さんやお母さんがいない時に僕が怪我をしたりしたら大変だから、ずっと僕についていたんじゃないかなと思ってる。
そして寝る時間。
「どうなされました?」
「えっと、シンシアは何してるの?」
「こちらに控えております。ロドリゲスの手が空いたら交代しますのでゆっくりお休みください」
僕の部屋にまで乗り込んできてしまった……。
「一人で寝れるよ?」
「存じております」
「ならいいけど」
子供扱い、実際に子供だった。
マオリーはそこまでしないが、それでも僕が寝る直前まで部屋の近くにいるのと同じなのかもしれない。
流石にベッドの中に入っては来ないが、ベッドのサイドに椅子を持ってきて腰かけている。
「シンシアは冒険者だったんだよね?」
「ええ、引退もしてないので、現役の冒険者ですよ」
「そうなんだ……ダンジョンって行ったことある?」
「はい、旦那様や奥様と一緒に行ったこともあります」
「すごいなー」
「でもダンジョンはあまりいい環境ではありませんよ? 魔物を倒しても魔石や体の一部しか入手できませんから」
「そっか、魔物から全身のお肉とかが取れないんだ」
「そうですね。ですが魔石を効率的に入手するために入るのがダンジョンです。逆に魔物のお肉や毛皮などを手に入れたければ、外で魔物の討伐を行います」
確かに。ゲーム時代だと武器や防具、薬の素材の入手をするために。そしてJOBを上げるためにダンジョンに入るけど、こっちではJOBを上げることよりも外の魔物を倒す事が必要だろう。
「ダンジョンだと手に入る部位が少ないもんね。それに外の魔物は街の近くにきたら倒さないといけないけど、ダンジョンの魔物はあんまり外にでないもんね」
「その通りです。特に旦那様やレドリックは騎士団にも籍をおいておりましたからよくご活躍を耳にしました」
騎士団は治安維持や街道保持を目的に外で魔物を倒しているのだ。
「そっかぁ。何かお宝とか手に入ったの?」
「そうですね、ダンジョンには階層守護者という強い魔物がいるのはご存じですか?」
「うん」
ゲームにもいた。ダンジョンにもよるけど、何階層かに一つ、ボスがいるのだ。こいつは倒すとレアドロップがあったりする。
「階層守護者は大きな魔石を持っていますので、それが特に高値が付きます。まさにお宝ですね。でも比較的倒しやすい階層守護者は人気なのでギルドで抽選したりしてますね」
「うわぁ……」
冒険者の人数が多ければ、確かに競合しそうだ。
「王都の近くのダンジョンは、5階層に階層守護者がいます。この魔物は学校の授業でも倒すらしいですよ?」
「授業の一環で倒されるボスって……」
なんともかわいそうなボスだ。
「ええ。ですからそこにはギルドから出向している門番がおり、常に交代で階層守護者のいる階への入場を制限しています」
「えっと、ソードマンティスだっけ」
人間サイズのカマキリだ。手の鎌は両刃になっており、風の魔法も撃ってくる魔物。
ストーリーの序盤で入れるようになるダンジョンだからか、そこまで強くはない。
まあ実際に出会ったら漏らすかもしれないけど。
「この辺りにもダンジョンがあれば、領地はもっと豊かになるんですけど」
「え? 西にあるじゃん」
「……いまなんと?」
「コボルドとかレッドウルフとかが出るダンジョン。あるよね?」
僕の言葉に、シンシアが目を丸くする。
「ないの? 本に書いてあったよ?」
これはゲームの時になかったダンジョンだから覚えている。その本を見かけた時は『へー、ダンジョンって増えるんだ?』とか気軽に思っていたもんだ。
「明日、その本をお貸しくださいね」
え? もしかしてダンジョン見失ったとか? それか無くなった? そんな事あるの?
「以前の屋敷の本か。ジル坊、こいつはお手柄だぞ」
「えっと、そうなのかな?」
「ええ。ジルベール様、素晴らしい発見です」
翌日になり朝食を終えて。
ロドリゲスの手が空くのを待ってから屋敷の書庫に移動だ。このお屋敷は書庫が大きい。
書庫の、本棚から一冊の本を取り出す。
古い本だが、表紙がしっかりしている本だ。
それをシンシアと料理人兼雑用人のロドリゲスに見せる。みんなで読むので今度はリビングに移動だ。
「これが地図で、次のページから出てくる魔物や手に入る薬草なんかが書いてあるの。領都がここだから、ここに村があって、その先のここ」
「こんなところに村があったっけか」
「無いですね。誰も把握していないなんてありえませんし」
「村がないってこと?」
「昔の本ですから、今は廃村になっているのかもしれません」
「こりゃ調査が必要だわな」
ロドリゲスの言葉にシンシアが頷く。
二人の中では解決したようなので本をめくり、1階層の説明を見る。
薄暗い洞窟で、そこには兵士と比較した大きさのコボルドの絵が描いてある。結構上手。
「コボルドは基本的に素手で爪を振ってきたり噛み付いたりしてくるって。時々武器を持っている個体もいるみたいだね」
説明文にはそう書いてある。
それと洞窟内には魔苔と呼ばれる魔力回復用のポーションや、怪我の回復用のポーション素材の赤傘キノコが取れる場所が書いてあった。
「結構詳しく書いてあるんですね」
「そうみたい。2階はレッドウルフだって。同じく洞窟だけど、1階よりも道幅が広いみたい」
ここにも魔苔や赤傘キノコが取れることが書いてある。
「3階はコボルドリーダーが指揮をするコボルドとレッドウルフの混成、コボルドリーダーは必ず剣か手斧を持っている、と。4階は……草原、トールヒューマスポアに、ミルオックス!」
本を読み上げながらイラストを見たシンシアが驚きの声を口にする。
「この牛のこと?」
「美味しい牛乳を瓶ごとドロップするんですけど、その牛乳瓶はポーション瓶にも使われている便利な瓶なんです。保温の機能がありますので。中の牛乳よりも瓶の方が貴重で、いい値がつくんですよ。お肉も絶品です」
「そうなんだ?」
そういえばゲームではポーションとか結構安く売ってたけど、自作する事もできた。空き瓶ってアイテムに入れて作ってたけど、まさかこの瓶だったのか。
「一つ売れば高値になるお宝もいいが、アーカムの統治の事を考えると、こういった消耗品が手に入るのはかなりでかいな。それに魔石も不足分を王都から買っていたが、ここで入手できるようになるのが大きい」
「魔石、足りてないの?」
「領都でも足りてないな。外の村なんかだと魔石の入手を諦めて魔道具を買わないくらいだ」
確かに。魔道具は魔石で動くけど、その魔石は消耗品だもんね。
お父さんが騎士や自警団を連れてたまに狩りをしてるけど、魔物を探すのも時間がかかるから大変だって言ってた。
今回も魔物を討伐にでかけているが、お泊りだし。
「5階はボス階層、階層守護者はワーウルフですか。残念ですね」
「まあそれなりの魔石くらい手に入るだろ」
「あんまりいい魔物じゃない?」
「そうですね、B級の冒険者ならソロで、C級でも3,4人いれば確実に勝てるかと」
「BとかCとか言われても……」
「あー、まあそこそこの戦い慣れている人間なら一人でも勝てるって話だ」
「なるほど?」
本に載っているワーウルフはゲーム内でも登場した魔物だ。確かレベル15前後くらいの時に向かうMAPのフィールドモンスターだった気がする。
倒しにくい敵ではなかったけど、クリティカルの発生率が高い敵なので、HPが低い職で攻撃を受けたりすると即死したりした。
僕が考えているより、今の世界の人達は強いのかもしれない。