堅苦しいのはちょっと
コンコン、とドアが叩かれた。
千早は素早くドアのもとにいき、千草も立ち上がりこちらの顔を見る。
「はい」
「私だ」
殿下?
「千早、ドアを」
「はっ」
千早は使用人らしく、僕の返事を待ってドアを開けた。
僕も立ち上がって殿下をお出迎えする。
「こんにちは」
「はい、先ほどぶりです。休憩はいいのですか?」
「まあ来てからカードで遊んでたしな。それに用事もあるし」
平伏しなくてもいいとこの間言われたので、今日も軽く頭を下げるだけの挨拶にする。
「二人の主になった君に、届け物をね」
殿下はそう言うと、付いてきていたメイドさんから小包を預かる。
それを机の上においた。
「君にお願いもあってね。しばらく彼女達の力を借りたいんだ」
「どういう? あ、どうぞおかけください」
立ち話になってしまうので、殿下をイスに勧めて僕も着席する。
ここは僕の部屋だからテーブルもイスも低いから、少し手狭そうにしているのが面白い。
「君が見つけたダンジョンに僕も入るつもりなんだけど、彼女達の力も借りたいんだ」
「ああ、そういうお話ですか」
「むろん私がこちらに逗留する期間だけだが」
「……失礼ですが、どのくらいこちらにいられるご予定ですか?」
聞いた話では貴族院の休み期間の間。約3ヶ月の間だ。
貴族院は遠方の領地からくる子供たちのために長い休みの期間をとっている。というか授業をしている期間の方が短い。
だから僕はお兄ちゃんと仲よくできているんだ。まあ去年は帰ってきてないけど。
「一応一月程度で考えている。その間にダンジョンで実際に戦うつもりだ」
「なるほど。問題ないですよ」
そもそも彼女達は今までいなかった人間だ。問題なんて一つも起きない。
でも即答した僕に、殿下は驚いている。
「何です?」
「いや、ずいぶん簡単に貸してくれたものだなと」
「今までいなかった人間ですので。彼女達になにかあったとしても殿下の問題ですし」
「正直に言うなぁ」
黒髪メイドがすぐにいなくなるのは残念だけど、彼女達がいてもいなくても個人的には何かが変わるわけではない。
「これを主である君に預ける」
僕は先ほどテーブルの上に置かれた小包に視線がいく。
「開けても?」
「ああ」
開くと、そこには2冊の本。職業の書だ。
「これは、二人の?」
「ああ。姉さんが彼女達のために用意していた物だ」
「王女殿下から、ですか」
「姫様から……」
千草は何も言わなかったが、千早からの呟きに彼女達と王女殿下との関係性が窺える。千草も職業の書から視線を離せずにいる。
「二人とも、使ってみて」
「「 え? 」」
「いきなりかい?」
「ダンジョンにいけるのは殿下と組める今が一番のチャンスですから。僕は子供なのでダンジョンは簡単に行けないでしょうし」
どうせなら稼ぎができる今のうちに修得してもらった方が良い。
僕に言われるまま、二人はそれぞれの、剣豪の書と高司祭の書を手に取った。
「……開けません」
「千草は、使えます」
一次職や二次職のJOBと違って、最上位職……剣豪はその上かもだけど。それらの職業の書は使用するためにJOBレベル以外の要因も必要だ。
高司祭は一定数以上の回数の回復魔法を使う事だったかな? 千草はそれをクリアした上でJOBの数値もクリアしている様子だ。
剣豪の書の使用ができない千早は、JOBが不足しているか前提条件がクリアできていないか、それともどちらもクリアしていないのか。とにかく使えるのは千草だけのようだ。
「あ!」
そこで僕は失敗に気づく。
「どうしたんだい?」
「や、どうせなら受職の祭壇で使わせるべきだったかなって」
その瞬間に、千草は素早く本を閉じた。まだ使う前だったらしい。
「そうか。ここは古い領主館か。なら受職の祭壇もあるな」
「ええ、失敗です。お父さんに声をかけて、祭壇に行きましょう、千草、メイド服じゃなくて、ドレスとかあるかな?」
受職の儀式という物を僕は見たことないのだ。どうせならそれを取り仕切ってもらうことにしよう。
「受職の儀式か。確かに必要だな」
「そうだよね! お父さんお願いしていい?」
「そうだな……殿下、いかがいたしますか?」
「やってくれ伯爵、私は少々文言が怪しい」
みんな総出でお父さんのところに向かった僕達。ちょうどお母さんとまったりラブラブしてたところだったのにごめんね?
お兄ちゃんとお義姉ちゃんもまったりラブラブしたそうだったのにごめんね?
あと殿下の言い分的に、殿下も受職の儀式を行えるんだね。
「しかし、奴隷のためにか。ジルベールは少々変わってるな」
「ウェッジ様、僕が見たいだけですから」
この手の儀式を領主にお願いするのはお金が掛かるのが普通だ。ウェッジさんがそう考えるのも不思議じゃない。
「うう、千草、立派になって」
「姉さん、泣かないでくださいまし」
メイド姉妹はなんか漫才みたいな状態になっている。
「お母さん、千草さんに相応しい恰好って何かないかな?」
「司祭から高司祭になるのなら、確かにそれ相応の服装が欲しいわね。司祭服はあるかしら?」
「ありますけど、戦闘でも着ていたので……」
あまり綺麗じゃないらしい。
「私のが入ればいいけど」
お母さんと背格好が似ているから、いけそうな気はしなくもない。
「こっちへいらっしゃい。合わせてみせましょう。手直しが必要そうなら後日にしないといけないし」
「は、はい! わわっ!」
「とっ、千草。気を付けなさい」
今度は千早さんが転びそうなのを助けた。うん、普段からフォローしてあげてくださいな。
お母さんに千草さんが連れてかれるなか、僕はシンシアに捕まった。
「ジルベール様もお着換えしましょうね。千早さん、ご一緒に」
「はい! え? 僕も着替え? いいけど、千早さんも着替えなくていいの? 妹さんの儀式の場なのに」
「若様、千早と呼び捨てで結構です。私も着替えますが、若様を優先させてください」
「当然です」
シンシアのその当然ですって発言は、どっちに対しての言葉なのかな?
「我々はいかがしますか?」
「今は色々と片づけをさせているところだ。使用人達を更に忙しくさせる必要もあるまい」
殿下とウェッジさんは元々お父さんに伯爵位を与えるために、きっちりした身なりだった。問題なさそう。
お父さんは……着替えるらしいね。お兄ちゃんは騎士服だし、お義姉ちゃんはドレス姿だし。あれ? 僕も着替える必要なくない?
「さあ、こちらへ」
「はぁい」
何故かシンシアと千早さんに両手をつながれて部屋の外に連行される僕。
僕も殿下と会うためにおめかししてたよね? これじゃ不味いの?
先ほどまで着ていた服とは違い、白を基調としたお貴族様チックな礼服を用意され、シンシアと千草さんに着替えさせられた僕。
「お似合いです」
「若様、凛々しいです」
「凛々しい? ホント?」
可愛い以外の評価をはじめてもらえた気がするよ!
「千早さんも急いで」
「はい、それと呼び捨てで」
「いいけど、そっちももっと砕けていいからね?」
「……殿下達がお帰りになったら、そうします」
千早さんは使用人棟ではなく、僕の部屋の横の使用人室にいくらしい。
今までシンシア達は向こうに住んでたから、ちょっと新鮮だ。




