大人はズルい
「彼女たちは国有奴隷だ。今回の支払いに使うことにした」
「千早=シャーマリシアです」
「千草=シャーマリシアと申します」
わお、なんか名前が日本人のハーフっぽいっ!
てか奴隷って。
「奴隷って、王国法で禁止されてますよね?」
「そうだな」
王国法では、個人での奴隷の所持を禁止している。
「彼女達は、いわゆる犯罪者の家族だ」
彼女たちは元々、王家の造貨局の責任者の娘さんだったらしい。
だが彼女の父親がその造貨局で、隠れて色々とやってしまっていたそうだ。それを彼女達が告発した。しかも告発の際に、姉のチハヤさんは父親の首と証拠の書類をお土産にして、当時仕えていた第一王女に渡したそうだ。
その証拠を基に父親と悪事に加担していた親戚、親しい貴族家や部下達が悉く死罪となった。
だけど、千早さんは悪事を暴いた功績により、そして千草さんは千早さんの願いにより死罪とはならなかった。
姉の千早さんは元々うちのお兄ちゃんと同じような立ち位置で、現在の第一王女に仕えていたそうだ。千早さんは妹の千草さんだけでも守れる方法がないかと検討し実行に移した。それが父親殺しだったそうだ。
「チハヤの目論見通り、姉上はチグサを守ると言った。そしてチハヤも守ってみせるとな」
そこで適用されたのが、王国法の穴を付いた国有奴隷だ。個人で奴隷を持つことは禁止されているので、すべての奴隷は国の管理下にあるというもの。
JOBを持ち実力のある貴族や、冒険者が罪を犯してしまった時にも適用されるものだそうで、一人一人に犯罪に応じた金額の価値が与えられ、その金額を返金できるまで国の奴隷となるそうだ。
「つまり、奴隷である彼女達を使ってお金の代わりに支払うと?」
「その通りだな。オルト伯爵も納得してくれた」
「納得させられたんです。確かにジルの護衛や教育係、それにうちの使用人の少なさには困っていましたが、まさか国有奴隷を差し出されるとは思いませんでした」
「確実に信用ができる上に、裏切りの心配もない。しかも彼女達は貴族院を出て間もない。ジルベールの教育には持ってこいだと思うが?」
「お父さんが納得してるなら、僕は別にそれでいいですけど」
そう言って二人を見る。
背の高く、前髪パッツンの長いストレートの黒髪を持ったのが千早さん。
背は千早さんより小さい、同じく黒い髪の毛を後ろで三つ編みに一本で束ねている千草さん。
千草さんのが胸が大きいけど、妹らしい。
「チハヤは東国のJOBである侍を修得しており、そこらの騎士にも引けを取らぬ実力者だ。チグサは優秀な司祭、高司祭にたどり着けるであろう逸材だ」
侍ってJOBは初めて聞いたな。やはり続編だから色々JOBや設定が増えているんだろうか。
「お役に立ってみせるわ。よろしくね? 若様」
「若様、よろしくお願いします」
「ジルベールが問題ないというならそれでよかろう。さあ、この書類にサインをしてくれ」
「僕が?」
「お前への支払いだからな」
「……次からはお金でお願いしますね。お父さんも」
「う、うむ」
「ははは、まあ今回だけだ、今回だけ」
「本当かなぁ」
そして用意される書類に目を落とす。
あれ、この書類おかしくないですか?
「王家が一番得してるんじゃないか? 第一王女は他国に嫁ぐって噂聞いたし」
ウェッジさんの言葉に殿下がピタりと動きを止めた。
「……第一王女が他国に行くのに、彼女たちは奴隷の身分だから国の外に送れないわけですね?」
ウェッジさんの呟きに、お父さんも言葉を続ける。
「う」
なるほど。そうなると彼女達はどこか別の場所に移さなければならないわけか。主のいない後宮に置いておくこともできないし。
かといって下手な部署に回しても問題だ。彼女の親戚筋の大半が死罪になっているのに、生き残っていたというのは何かと目立ってしまう。
しかも陛下や殿下は、根回しと称して周りの貴族にカードを売りつけて現金化するわけだ。
彼女達を僕に押し付けつつ、自分達は現金を手に入れると。
確かに、ずいぶんと美味しい役回りである。
「その辺は大人たちの話ですからいいですけど。この書類だとお父さんじゃなくて僕が完全に彼女たちの主になるみたいなんですけど」
「私にはミレニアがいる。若い女性の奴隷など持てんよ」
「僕ならいいんですかね!?」
国有奴隷である二人の管理者になるのは僕だ。
「まだ5歳のお前なら、女性の奴隷を持っても問題ないだろ」
「彼女達の衣食住を僕が保障しなきゃいけないらしいんですけど?」
「そこはほら、保護者のいる内は問題ないではないか」
「成人したらどうするのさ」
僕はいずれ家を出なきゃいけないんだぞ? それにストーリーが始まったら、血なまぐさい生活になるかもしれないんだから。
「ジルベールカードの売り上げがあれば普通に養えるではないか。長く使っていれば傷むものだ。常に販売の需要は残るだろう」
「そのうち値段が崩れると思うんだけど?」
「その時はまた新しい商品を作れば良いではないか」
「この国でそれをやれている人がいったい何人いるのやら」
僕が思わず聞き返すと、大人達が顔を見合わせる。
「……中々良い教育をしているようで」
「耳が痛い話だ」
「申し訳ございません」
お父さんに矛先が行ってしまった。しかしまだ定職についていない身としては人の命を預かれるような立場ではないのだ。
「ジルベール、お前の才能なら王国魔法師団に入れるから大丈夫だ」
「お父さん……」
お父さんの言葉に僕は呆れてしまう。考えが甘いよ。
「入れる才能があるのと実際に入れるかは別だよ?」
「ビッシュ兄上がいるうちになら問題ないさ」
「コネってこと? 結局他力本願じゃん」
両親に頼って彼女達を養うか、おじさんに頼って養うかの違いしかないと思うけど?
「……とにかく、決定した話だ。サインをしてくれ。次の話もしたい」
「はいはい」
結局は言われるままにサインをする羽目に。
仕方ない、盗賊の指先のスキルのおかげで綺麗になった僕の文字を披露しますかね。
「確認した。無事にサインも貰えたことだし、これで完了だな。ジルベール、まだ大人しく座っていてくれ。これからは話を聞いてくれるだけでよい、子供にはと思ったが、ここまで理解力があるのならば話が分かるはずだ」
「う?」
僕の美文字はスルーされてしまった。それと殿下に言われて、僕は疑問を頭にする。
「オルト領の拡大の話だ。オルト伯爵の家族として話を聞いてくれればよい」
「それこそお兄ちゃんに立ち会ってもらうべきじゃないのですか?」
「あいつにはすでに説明してあるから、お前が聞いてくれ」
「はぁい、はい」
危ない。
「ダンジョンの発見とジルベールカードの開発で、オルト領の収入は格段に増える。これにより子爵にしたままにしておくには彼の権威が足りないと判断し伯爵位に上げたわけだが」
あ、そんな経緯だったんだ? どっちも僕が関わってるや。
「ええ。ダンジョン周りの開拓も考えると、使える兵の数も増やしたいですからこちらとしても否はありません」
そもそもお父さんの立場上、王様からの命令に否とは言えないよね?
「だが伯爵が持つ領の広さとしては狭いからな。隣接している王家直轄領と叔父上の所領の一部を分割して渡す手筈になっていた。ここまでは良いな?」
「立場が変わる分、責任が増えるってことでしょうか?」
「その通りだ」
殿下の返事にお父さんも頷いている。
「ウェッジ」
「かしこまりました」
ウェッジさんが荷物の中から大きな紙を広げる。
これはこの辺の周辺地図だ。簡単に描かれているものだから高低差とかは不明。
「イーリャッハがここでオルト領の領都がここだ。そして追加されるのがこの村とこの街の周辺を一体とした場所だ」
予めラインが引いてある。上空から見れるわけじゃないけど結構正確に記載されている。
「こちらですか……灰色の大森林に近いですね」
「灰色の、え!?」
お父さんからの言葉に、思わず聞き返してしまった。




