ずるは褒め言葉
「カードを作ればいいんだよね?」
「……子供のお前に仕事を与えるようで申し訳ないが、あのカードは現在お前しか作れないからな」
夜になり、お父さんに呼ばれた僕はお父さんの執務室でカードの作成を頼まれた。
「カード自体を作るだけなら、そこまで負担はないよ?」
魔物を倒してレベルアップしたからだろう。ゲーム的に表現するならばMPは増えたし、消費MPも減っている。更にMP回復速度もかなりものだ。何かに注意をひかれたりしても失敗しない自信がある。
「試しにやってみてくれないか?」
「いいよー」
お父さんに言われるまま、お父さんが用意してくれていた魔導書の紙片を何枚か取り出した。
「一応見本を置いてと」
カード化という魔法ではあるが、毎回大きさやカードの質をイメージしないと同一のものにならない。
一枚一枚作製するよりも、まとめて作った方がカードの質は統一されるんじゃないかな?
「よっと」
無地のカードが一枚作製できた。
「シンシア、ハンコを」
「はい」
お父さんの指示でシンシアが出来たカードにハンコを押していく。
このハンコも改良したものだ。本物のトランプのように数字に合わせた数のマークが作られている。魔物のドロップ品である泥の塊から作ったから消えないのも安心だ。
僕は次々と魔法を使って魔術書の紙片をカードに変えた。
「ちょっと、まとめて作れるか試していい?」
「構わないが、魔力は平気か?」
「問題ないよ。スポアを倒したからだと思う」
僕は魔術書の紙片をまとめて54枚持って、カード化の魔法を掛けた。
「うん、成功。一枚一枚作るより効率いいや」
すべて同じ大きさで統一されているし、触り心地も同じだ。
お父さんにカードをまとめて渡すと、驚いた顔をしている。
「ジルベール様の行動に、私が驚いていたのは大げさではないでしょう?」
「ああ、確かにな」
なんかシンシアとお父さんが頷きあっている。
「魔術書の紙片は魔力が通りやすいから難しくないし」
「ミレニアが試して同じことができないと言っていたから簡単ではないだろう?」
お母さんの前でもカードを作ったことあるけど、お母さんは確かに首を捻っていた。
「お母さんは紙がカードになるのが想像できないって言ってたね」
「そもそもこういった品を別の物品に変えるのは錬金術師の技術だからな」
単純に植物属性の魔力をイメージしてカードを強化して大きさを整えているだけなんだけどね……さすがに得意属性を盛り過ぎだから言えないけど。
「錬金術師の人なら作れる? 正直言うと僕が専属で作ることになるとは思ってなかったんだよね」
「作れないことはないだろうが、カード化ができる錬金術師には職業の書を作らせなければならないからな。職業の書の作成を後回しにしてまでこれの作成に手を回させる訳にはいかない」
お父さんが残念そうに首を振っている。
「うちでは作れてないよね?」
「そもそもカード化の技術が錬金術師ギルドの独占で、その先に魔導書の作成技術がある。錬金術師ギルドに所属していない人間で職業の書を作れる人間はほとんどいない」
「ずるい商売しているんだね……」
「発端は王族の指示だからなんとも言えんがな」
「あー、そういえば」
元々錬金術師達はある程度自由に職業の書を作っていたらしい。
魔王をユージン達が倒し魔族という脅威がこの大陸から消えたのはいいが、魔王やその配下との戦いで騎士や兵士は戦いへと多く駆り出されて減ってしまい、実力のある者は冒険者に多くいた状態になっていた。
街の治安を守る兵士達の実力よりも、冒険者達の方が上だったのだ。
これにより、一時的に王家や貴族の力が弱まり、冒険者達、いわゆる平民たちの力が上がってしまったのだ。
そこで一計を案じたのが魔術師ギルドや錬金術師ギルドの重鎮たち。
彼らももちろん貴族だ。
現状存在する実力のある冒険者達の力を削ぐことはできない。そこで彼らは自分達にとっての力になる人間に、優先的に職業の書を使わせて、逆に信用のない冒険者達には職業の書をあまり出さないようにした。
職業の書を使って、力関係をコントロールしたのだ。
もちろん反発もあったが、それは主に冒険者ギルドと商人ギルドからだ。それ以外のギルドの重鎮のほとんどは貴族だったり、冒険者ギルドや商人ギルドの力が増大することを嫌がったのである。
職業の書の量をコントロールするには、作成者の作成量をコントロールしなければならない。
錬金術師ギルド主体で行われたそれは、徹底的に行われたんだと思う。
アサシンギルドも関わっていたとかいないとか、そんなことも聞いたくらいだ。
まあ結果として、錬金術師ギルドが職業の書をほぼ独占する形になっているのが現状。職業の書の作成できる人員も限られており、それ自体の価値がかなり上がってしまっているのだ。
これらの史実を僕は職業を得てしばらくしてから、クレンディル先生に教えてもらった。
うちの屋敷の古い蔵書にはそんなこと書いてある本がなかったからだ。
「でも別に職業の書自体を作成することは違法ではないんだよね?」
「まあそうだが、あまり吹聴する者はいないな。下手に作り過ぎると錬金術師ギルドに睨まれて何をされるか分からんからな」
「あー、面倒だねー」
いずれは錬金術師になるつもりの僕としては、あまり面白い話ではない。
「だが魔導書を作れるほどの錬金術師もそうはいないがな」
「そうなんだ?」
「ああ。連中は自分で薬を作ってそれを飲んでを繰り返すのが訓練だからな。そこを突破した更に先にカード化技術、更にその先に魔導書作成の技術だ。その域まで達する前に術師として寿命を迎えるものが多い」
それ過労死したって言わない?
僕の日課にカード作成の時間が増えた。
朝起きて、午前中のお勉強をし、午後になってお母さんがいたら砂の迷路攻略を頑張り、お母さんがいなかったらカードを作成しつつ、お庭で簡単な魔法の練習という日々だ。
今日はお母さんがいるので砂の迷路攻略の日。
「むんっ!」
「あらあら、ずいぶん早く球が作れるようになったわね」
「いっぱい練習したから」
魔法を使い、なるべく同種の土を集めて小石などの不純物を追い出した球。作成時に魔法で作った水を均等に混ぜ込むのも忘れない。
更に空中に持ち上げてクルクルと回転をさせてその球を極力真球に近い形に作り替えるのだ。最初は作るまでに時間がかかったけど、今ではお手の物だ。
「そろそろヒントをあげようかしらね」
「うん?」
「砂の壁で遠くの道が見えないでしょう?」
「うん、でも動いちゃいけないって言うから」
僕の困った顔にお母さんがクスクスと笑う。
「そうね。始めたら動いちゃダメって言ったわ」
「始めたら、あ!」
それって始める前にイスやらを用意しておけばいいってこと!?
「なんかズルくない!?」
「優秀な魔法使いや賢者はズルいものよ? 魔法は世界の理に沿って生み出されるけど、それは使う人間の中での理。使う人間の頭が柔軟であればあるほど使える魔法は拡大されるわ」
「誤魔化されてる気がするし」
「ちなみに開始したあとも動かずにクリアする方法もあるわよ?」
「え? どうやるの?」
「もう、ヒントじゃなくなっちゃうじゃない」
そう言いつつも、お母さんが僕に代わってスタート位置の土の球を動かし始めた。
「私の背でも途中から見えなくなるの。そういう時は……」
そう言ってお母さんは地面の土、自分の足元の地面を盛り上げて高い位置についた。
「球を制御しながら、足元の土も操作するのか」
「そういうこと、これは魔術師として成長するといずれ使えるようになる連続魔法の技術の応用よ?」
連続魔法は魔術師のJOBレベルがあがると覚えるアクティブスキルの一つだ。
コマンドバトルだった『ユージンの奇跡』では1ターンに2回行動できるのは非常に有用だった。
でも魔力消費が倍になるという欠点もあった。
ボス相手に使うには有用なのだけど、後半はそこらの雑魚が無駄に強いのであまり魔力消費の激しい連続魔法を連発すると、すぐに魔力が枯渇してしまう。
レベル上げやアイテム稼ぎなんかをする時にも有用だったけど、回復アイテムがいくらあっても足りなくなるから、あまり使うスキルではなかった。
「一度に魔法を同時に使うのかー、気づかなかった」
「ジルちゃん、さっきやってたじゃない」
「え?」
僕は目を丸くするけど、お母さんは逆に面白そうなものを見たとクスクス笑ってる。
「球を作るのに、水と土の魔法を同時に使っていたわ」
「あ!」
しかも浮かび上がらせていたのは無属性魔法の念動だ。一度に3つも魔法を使っていた!
「できてたんじゃん」
「だから教えたのよ? 次は自分で気づけるといいわね」
「はぁい」
お母さんに色々教えてもらった結果、自分も台を作って高い位置から砂の迷路を球で突き進んでいく。
「ぐぬぬぬぬ」
後半の道は起伏ができてたり、分かりにくく斜めになっていたりしていた。
まだクリアするのは難しい。
「もうちょっと球を速く動かしましょうねー」
「いま話しかけないで!」
集中してるんだから!




