どろんこ遊び
「それで、どんな練習をするの?」
魔法のことでお母さんに相談した僕の練習を、お母さんは時間を作って見てくれることになった。
時間がないのにごめんね?
申し訳ない気持ちではあるが、本格的に魔法の練習をするということでちょっとやる気になっている僕だ。
普段から追いかけっこなどで使う家のお庭で練習をすることに。何気にバスケコートくらいの広さがあるんだよね、ここ。
「まず魔法はイメージの力で発動ができるわね? でもこれをいつでも自在に使うのは非常に難しいの」
お母さんはいつもの優雅なドレス姿だが、袖をまくってやる気を見せている。
「話を聞くとジルちゃんは火と水と土に素養があるわね? まずは簡単に扱える土から練習しましょうか」
「土が簡単なの?」
「土の魔法は火や水と違って、必ず地面があるもの。火や水だと魔力を元に生み出して作るけど、土は元々あるものを使うから制御だけでも使えるのよ? もちろん練習のために土を生み出しもするけど」
お母さんは土の魔法も使えるのか。何気にレベルが高い。
「まず土の基礎的な修行ね? 土の魔法は大がかりな魔法になりやすいけど、細かい操作を必要とする繊細な魔法も多いのよ?」
お母さんはそう言って地面を隆起させて地面に小さな迷路を生み出した。
何それ!? 面白いんだけど!
「手を使わず、魔法だけで丸い土の球を作るのよ。生み出すのではなく、地面の土を使ってね? 大きさはその迷路の通路よりも少し小さいくらいの大きさよ」
「こう、かな?」
お母さんに言われて丸い土を生み出す。水と違って土は形を整えるのが難しい。
お母さんに何度かやり直しを受けて、合格を貰った。
「ここからジルちゃん自身は動かずに、その丸い土の球でその壁の道の中を進ませるのよ。壁に当ったら球を崩してスタートからやり直しね?」
丸い球の大きさは、迷路の幅ギリギリとまではいかないが、中々に狭い。
なるべくぶつからないように真ん中をキープしつつ、曲がり角では球を止める。しかし丸い球は転がってしまい、壁にぶつかってしまった。
壁はすべて砂で作られているので、ちょっとでも球が触れるだけで崩れてしまう。なんとも厳しいルールだ。
今回は最初の曲がり角でリタイヤだ。
「やり直しね」
「はぁい」
丸い球を再び作る。そしてそれをまた転がして進ませる。
ぴったり止める、ぴったり止める。
「よし」
「はい、いいわね」
動きの止まった丸い球を再び転がし始めて、左に向かわせようとする。
しかし動き出しの時にぶれてしまって、球は壁にぶつかってしまった。
「残念、やり直しね」
「むう、難しい」
丸い球を作ってもう一度進ませる。
見た感じの迷路はとても面白そうだが、入り口の段階で躓いているようで面白くない。
というか丸い球を転がすだけなのに、それがとても難しい。
「難易度高くない?」
「ビッシュお義兄様が、ジルちゃんは簡単なのにするとすぐクリアしちゃうって言ってたから」
ビッシュおじさんめっ!
「魔法を撃ちだすのとは違って難しいでしょう? 遠隔で魔法を操作するのは適性があっても難しいものなのよ?」
「水なら簡単にできそうなのに」
僕の言葉にお母さんは苦笑いをする。
「水をあれだけ動かすことができるんだから、すぐにできるようになるわよ」
「がんばる」
何度か挑戦をすると、僕は最初の曲がり角を突破することに成功した。
順調に球を転がして進めていく。うむ、順調順調。
「見えない……」
土で作られた迷路を進ませていくと、壁の高さのせいで見えない箇所がでてきた。
「むー」
普段のお母さんなら抱っこしてくれるのだが、どうやらその気はないらしい。
マオリーに淹れてもらった紅茶を飲んでニコニコしている。
しかしここから動かずにと言われている以上、台を取りに行ったりするのはダメなのではないのだろうか?
「一日でそこまで進められるのだけでもかなりの才能よ? ママはこの訓練で最初の曲がり角を綺麗に曲がれるようになるのに3日はかかったもの」
お母さんが慰めてくれるように言った。
「お母さんも同じ訓練をしたの?」
「ええ。もっと球を速く転がさないと怒られたりもしたわ」
「うっ」
僕はかなり慎重に動かしているから、球の動きはかなりゆっくりだ。
「今日はお試しだから平気よ」
「今日以外は怒るってこと?」
「怒りはしないわよ? 注意はするけど」
パチン、と飛んでくるお母さんのウィンクが怖い。
「がんばる」
「魔力が切れる前に終わりになさい?」
「はぁい」
スポアを大量に倒したからか、魔力が切れる事はなかった。
結局、お昼になるまでこの訓練を行っていたが、お昼ごはんということでタイムオーバーだ。
しかしこの訓練面白いよっ!
「シンシアはもう戻ってくるの?」
「一度休憩ですね。少々戦い過ぎてコボルドたちが警戒しているので」
「戦い? 地図を作りに行っていたんじゃないの?」
湯船につかり、僕を抱えるシンシアに視線を向けると、苦笑いを返してくれた。
「本格的な森歩きは数年ぶりですからね。体をなじませつつ、魔物を倒しているところです」
「一人で?」
「ええ。あまり人数がいても動きにくいですから」
「一人で森歩きだなんて危なくない?」
心配だ。
「青の鬣のメンバーの巡回ルートでしか動かないのでご安心を。行動ルートも提出してますので」
「大丈夫ならいいけど」
シンシアが問題ないと言うのであれば問題ないのだろう。心配はするがこれはしょうがないだろう。
「森かぁ」
「興味がありますか?」
「行ったことないし」
というかこの世界のことを僕は驚くほど知らないのだ。
僕が知っているのはこの屋敷の内部が大半で、あとは移動の馬車の中。それと王都のエルベリンの屋敷くらいである。
王都に行くまでに寄った場所もいくつかあるが、知らないに等しい。
「お外に興味がおありなんですね」
「うん。でも一人で出かけちゃいけないのは分かってるから。先生に教えてもらった」
次男とはいえ領主の息子の僕が勝手に出歩いてはいけない。日本とは違い、立場ある子供が外に簡単にでるのは問題が大きいし危険も多いのだ。クレンディル先生に色々と教え込まれた僕はその辺の理解がきちんとできているお子様なのである。
「そういえば先生はいつ戻ってくるの?」
王都ではほとんど話題にでてこなかったクレンディル先生だが、彼は王都にまだ残っていた。なんでもやることがあるそうで……たぶん軍盤関連の話だろうな。
「ビッシュ様とご一緒にこちらに来られるそうです。お二人が来られましたら、お外に出られるようになるとのことですよ」
「そうなんだ。いつ頃来るんだろ?」
ビッシュおじさんとの魔法の勉強も楽しみの一つだ。もっと自由に魔法を使いたい。
クレンディル先生は勉強や礼儀作法を見てくれるのもあるけど、それ以上に話し相手になってくれるのが助かる。
なんだかんだ言って多くの子供を見てきた先生は、子供である僕を暇にさせないのが上手だったのである。
「お二人が来られるの、楽しみですね」
「うん」
そう話していると、お湯が減っていった気がした。
「あれ」
「どうなされました?」
「お湯が減ったなって」
僕の胸ぐらいまであったお湯が、おへそくらいまで減っている。
「魔法で出したお湯ですからね。一定時間経つと消えてしまいます」
「そうなんだ?」
出したらずっと出っ放しだと思ってた。
「基本的に魔法で生み出したものは、魔力を帯びています。ですが徐々に魔力は拡散していきますので、最終的には消えるのです。石や岩も魔法で生み出しても、いずれは消えるんですよ?」
「へぇ? あれ、でもお母さんの入れたお風呂っていつまでも残ってるような」
少なくとも僕が入っている間に、徐々に減っていくものではなかったはずだ。
「あれは奥様の腕がいいからです。温度が下がりにくく、一晩くらいで自動的に消えるお湯を生み出しているんですよ」
なるほど。火の絨毯みたいに持続時間を長く意識しているんだね。
「じゃあこうして僕も」
消えないお湯は生み出せないけど、長くとどまるお湯なら作れる気がする。お母さんと一緒で、一晩くらいで消えるお湯を作る……こんな感じかな?
「熱くない?」
「良い温度ですよ? しかし聞いただけでできるんですね。やはりどこかで魔法の練習を……」
「ビッシュおじさんや青の鬣の人のおかげだし」
「魔物を倒しましたからね、そういうことにしておきましょう」
「実際にそうだし?」
スポアを大量に倒してからというもの、僕の魔力量は相当な数字になっている……と思う。
体感でしか分からないのが悩ましいけど。
「そうですね、構いません。いつか捕まえますから」
「今日も泥のお団子作ったのは魔法無しだし」
シンシアは偉いですよと頭を撫でてくれるが、どうにも誤魔化されているような気がしてならない。
お湯を補充し、上がると脱衣所には新しい服が用意されていた。
ファラかな?
汚しちゃったから、洗ってくれるファラにごめんなさいしないといけないね。




