青い鬣
王都でのイベントは、こう言ってはなんだけど何事もなく終わってしまった。
貴族の子と友達になり、お父さんの実家で親戚の人達を紹介され、お披露目会という名の校長先生ならぬ王様挨拶を聞いて。
スポアを倒したりもしたけど、こう言ってはなんだけどRPG的な大冒険の始まりだという感じではなかった。
まったくもってゲームの開始っぽくない。
まあこの手のゲームは大体主人公の年齢は15歳から20歳くらいの年齢でスタートだ。
某国民的RPGの5作目みたいに子供時代からスタートするタイプのゲームもあるから警戒していたけど、そんなこともなかったかもしれない。
油断していい理由にはならないが、領に無事帰ることができればしばらくは安泰な気がする。
うちが没落して、僕の代で盛り返すみたいなスタートも考えたが、うちの領ではダンジョンが見つかり、王家やおじいちゃんの支援を受けて開発が進む予定だ。
むしろこれからピークが来るレベル。僕の代、というかお兄ちゃんの代で失敗しない限り没落することもなさそう。
「ではまた、お互いに交流を今後も密に行っていこう」
「ええ、よろしくお願いします」
お父さんとコンラートのお父さん、ダルウッド伯爵が握手をして別れを告げている。
「ジルベール、カードをありがとう。これで修行すれば次は負けないぞ」
「うん。でもほどほどにね、軍盤も僕が勝ち越してるんだし」
「ぐぬっ」
魔法兵禁止でやっても、僕の勝率は8割を超えていた。初期の駒の配置の相性が相当悪くない限り僕に負けはなかったのだ。
お子様相手に大人気ない僕がいただけなのだが。
「貴族院に行く前に、オレは戦士になるからな! そしたら一緒にダンジョンだ!」
「あ、うん。僕は魔術師になるよ」
というかすでになってるよ?
「ジルベールさん、コンラートのためにカードのデザインを変えてくれるそうですね?」
「はい、ダルウッド伯爵夫人。完成しましたら送らせていただきます。それとカードが傷んだら言ってください、新しい物を用意いたしますから」
「まあ、ありがとう。今後もコンラートと仲良くしてくださいね?」
「はい! こちらこそ!」
ダルウッド伯爵夫人は侮れない。何かにつけて僕とコンラートを勝負させて、コンラートを煽っているからだ。
僕を競争相手に仕立て上げようとする気満々なのだ。
「帰りの旅路の安全を」
「ええ。食料支援、ありがとうございます」
王都まで行ったときと同様に、お互いの領地に戻るまでの中間地点まで一緒だったダルウッド家とここで別れた。
ここからは我らがオルト家だけの帰還である。
「ようやく少しは気が抜けるね」
「それは気を張っていた人の言うことよ?」
僕の発言にお母さんが笑いながら言う。シンシア、頷かなくていいんだよ?
「そうは言っても、まだ帰りに寄るところがあるからな」
「寄るところ?」
お父さんは僕の頭を撫でて馬車へと促す。
なんだろうね?
「トッド、留守をありがとう」
「アーカムか、ちょうどいい時に帰ってきたな」
お父さんの言う寄るところ。それは領都から離れたところにある野営地だ。
いくつものテントが並んでおり、屋台のようなものも出ている。郊外のイベント会場みたいな感じになっていた。
「息子を紹介させてくれ」
「う?」
そう言ってトッドと呼ばれた大男の前に出される僕。
でかい。モーリアント公爵もでかかったけど、この人は更にデカイし分厚い。
青い髪と髭が顔の周りを鬣のようにおおっている。そして頭から出ているのは丸い耳。
獅子の獣人だ。
「トッドだ。冒険者クラン『青の鬣』のリーダーをしている」
「わー、そのまんまだ」
「……そう思うよなぁ。オレが付けたんじゃねえんだけどさぁ」
あ、触れちゃいけないことだったらしい。軽くへこんでいる。
「ジル、ご挨拶を」
「あ、えっと。ジルベール=オルトです。お父さんの二番目の息子やってます」
「ふはっ、なんだその挨拶?」
「やってるとはなんだやってるとは」
「だって、畏まった挨拶じゃなくてよさそうだったんだもん」
気軽な雰囲気のお父さんとトッドさんを見て、堅苦しい挨拶は必要ないと思ったんだ。
「まあ正解だ。こいつの息子にしては分かってるな!」
わしゃわしゃとデカイ手で頭を撫でられる。首がもげそうだよ?
「お前がダンジョンを見つけてくれたんだってな? クランで自由に出入りできるダンジョンなんてそうは見つからねぇ。助かったぜ。それと職業の書もな。勝手に使ったんだって? やるじゃねえか」
「そこ、褒めるところなの?」
「男ならヤンチャしねーとな!」
そういうものかな? まあ相手は貴族じゃないしそういうものかもしれない。
「ダンジョンって、冒険者なのに自由に出入りできないの?」
それより気になることを聞いてみる。
「まあほとんどはな。領主が入場制限をしていたりバカみたいな値段の入場料をかけてたり、ギルド占有にしていてそのギルドお抱えの人間じゃないと入れなかったり、色々だ。そういう場所以外は人気がありすぎて獲物の取り合いになるし人も多いから稼ぎになんねえ」
「冒険者も大変なんだね……」
冒険者。ユージンの奇跡でも登場したJOBとは違う意味での職業だ。ユージンもストーリーの序盤で冒険者になっている。
魔物を倒すと、その力を体が吸収し人は強くなる。JOBを得ると、更に効率よく体に吸収されて人は強くなるのだが、冒険者はJOBを持たないが魔物を倒して一般人よりも強くなった人が多い。
もちろんJOBを持った冒険者もいる。
ユージンの奇跡では、冒険者としてクエストをこなしたり、ゲームの攻略に必要な仲間を雇ったりもした。
こちらの世界ではユージンは神に認められし救国の英雄だけど、ゲームでは違う。
当時ユージンの住んでいた地域を統括していた領主は、魔王軍との戦いで多くの騎士や兵を国に取られていた。
領内の戦力が下がり魔物への対策が低下してしまったのだ。そこで領内の若者達に職業の書を与えて、そういった魔物と対抗できる戦力を整えようとしていた。
その中の一人がユージンだ。
ユージンは戦士のJOBを得たが、領を守る兵士にはならず、幼馴染のミルファと一緒に冒険者となるのだ。そんなんでいいの? って思うけど、ゲームだからか特に触れられていない。
そして冒険者としてクエストをこなしたりしていたら、だんだん暗躍する魔王の手下と戦うようになって因縁が増えて……といった感じで英雄の道を進んでいくのである。
ゲームの進行の兼ね合いで、冒険者としての活動はおろそかになるが、そこはもちろんゲームだ。
サブシナリオをたくさんクリアすればA級やS級の冒険者になることもできた。
英雄ユージン物語では、ユージンは冒険者と紹介されていたわけではないから冒険者として活動は最低限だったのかもしれない。
「冒険者、はじめてみた」
「厳密に言うと、お前の親父やお袋、それに従者の何人かは冒険者だぞ」
「あ、そうか」
お父さんは騎士の傍ら冒険者をしていたらしいし、お母さんも元冒険者だ。
あとレドリックもお父さんと一緒で騎士兼冒険者だったらしいし、シンシアも冒険者だ。
シンシアなんか、どういう経緯でうちのメイドさんになったんだろ?
「ダンジョンと周辺の整備、ご苦労様です」
「お、おう」
僕がペコリとすると、トッドが頭をぼりぼり搔いている。
「照れてるな」
結構気軽にお父さんが接している相手って、貴重なんじゃない? おじさん達にもそこそこ気を使ってた感じだったし。
「うっせ。それより、悪い知らせがある。今話していいか?」
「急ぎ、なんだな?」
「まあな。結構厄介な手合いだ。予想通りではあるが、想定以上にデカイ規模のコボルドの巣が見つかった。オレ達だけじゃ手が足りん」
封印されていたダンジョンから溢れていたコボルド。お父さんの話だと、ダンジョンのある場所の森にいくつも巣があって、この冒険者クランが対処をしていたと聞いたけど。
「それほどの規模か」
「ああ、でかすぎて潰し切れんだろう。相当な数が逃げ出して散り散りになってしまうだろうさ。下手に手を出すと近くの村に被害が出るぞ」
「どれだけの数がいる?」
「万単位らしい。三千超えた辺りからミーシャが数えるのを諦めたそうだ」
「厄介だな」
万を超えるコボルドとか、もはや国家レベルの軍隊じゃん。
「だが運がいい。うちに国から騎士団が派遣される。そのリーダーは私の二番目の兄上だ」
「三色の賢者殿か!」
トッドが目を丸くする。
ビッシュおじさん有名なのかな?
「巣から外に出てくるコボルドを重点的に狩っておいてくれ。兄上にまとめて吹き飛ばしてもらおう」
「そりゃあ助かるな。オレ達じゃ個別に倒せても逃げ出す奴全部は対処できないからな。ミーシャ!」
「怒鳴らなくても聞こえるにゃー」
トッドに呼ばれてこちらに来るのは猫耳の女の子。
小柄で、トッドの半分くらいしかない。茶色い毛の獣人だ。
「三色の賢者がこの土地にくるらしい」
「にゃんと!」
「例のコボルドの巣の殲滅に手を借りられるらしいぞ。それには三色の賢者サマが効率的に魔法を使ってもらわにゃならん」
「じゃー周辺の地図なんかを作らないといけないにゃー」
「そういう事だ。それとコボルド連中のデータもできるだけ欲しいな」
「装備とかかニャ?」
「ああ。行動範囲や狩場の情報も欲しいな」
「うちのシーフも動員しよう。地図作りを慣れている者がいる」
「シンシアかにゃー?」
露骨に嫌そうな顔をする猫娘。
「ミーシャなら慣れてるだろう?」
「あいつ硬いにゃ。シーフとしては二流にゃ」
「そういうあなたは冒険者として三流以下ですね。雇い主に意見をしないで指示に従いなさい」
あ、シンシアだ。
「ふにゃー!」
「人の顔を見るなり威嚇するのもどうなんでしょうね?」
「癖にゃ」
「直しなさい」
「嫌にゃ」
バチバチと視線が交差する二人。仲悪いのかな?
……犬と猫だし仲悪いのかもしれない。
「大体あなたは距離なんか適当でしょう? 地図なんて満足に作れるのですか?」
「お前は正確さを求めすぎるにゃ。そんにゃのいくら時間があっても足りないにゃ」
「必要な情報を正確に残しなさいと言っているんです。大体真っすぐだとかこの木が目印だといって、分かる訳ないでしょう?」
「だからって歩数をブツブツ数えながら歩くってどうにゃ? 敵に見つかったらどうするにゃ」
「敵も感知しながらやればいいでしょう?」
「横を歩かれると気が散るにゃ!」
「だったら後ろを歩けばいいでしょう?」
「なんであたしがお前の後ろにつかにゃきゃいけないにゃ! お前があたしの後ろを歩くにゃ!」
「前を歩かれると獣臭いんですよ!」
「臭いとは何にゃ! この犬っころ!」
「駄猫がっ!」
シンシアがこんなにヒートするのは珍しいなぁ。普段はあんまり動かない尻尾も上がってるし。
「あー、そうだ。アーカムの息子」
「ジルベールだよ?」
トッドが小声で話しかけてきたから僕も小声で返す。
「ああなると長い。こっちにプレゼント用意してあるからついてきな」
「プレゼント?」
僕は未だに文句の言い合いをする二人を置いて、トッドにこっそりと連れて行かれる。
駐屯地的な場所から少し離れた場所。
そこの地面には、見たことのある光景が。
「職業あんなら魔物を倒しておいた方がいいからな。安全なヤツを用意しておいたぞ」
「スポアっ」
またスポアマラソンかっ! てかこれって有名な手法なのかな?
「魔法のカードも多くはないが用意しといたから、上からぶちかませ。反撃してくる魔物はいないから遠慮しないでいいぞ」
「そ、そうですか。ではありがたく……」
穴の上から僕はまた魔法を放つことになった。
正気に戻り、心配したシンシアが即座に僕を抱きかかえたのは、言うまでもない。
まあすぐにお母さんが横から僕を攫ったけど。




