魔法のカードはとても危ない
「うわぁ!」
シンシアに抱きかかえられて、一瞬にして移動した僕である。
視線の先にはいまだに黒煙が止まらないスポア穴。
「とんでもない威力だ……」
「ビッシュ様っ! なんてものを用意したのですかっ! いくら旦那様のお兄様といえども」
「すまぬ、完全に予定外であった」
「ジルベール様に何かあったらどうする気ですかっ!」
「しん、しあ」
「ジルベール様っ」
抱きしめられた僕はぐったりだ。
「お怪我はなさそうですね、良かった」
本気で心配してくれたのか、僕を優しく抱きしめてくれる。
「あたま、いたい」
死ぬほど痛い。
「ぶつけましたかっ!? 破片でも飛んで!?」
「いや、魔力欠乏症の一種だろう」
「そこまでの魔力を使わせたというのですか! 何を考えているんですっ」
「いや、そうではない」
おじさんが僕の口元にまた苦い緑の飲み物を近づける。
さっきこれを飲んで回復したので、大人しく飲む。
「もうちょい」
「少しずつで良い」
「うん」
コクコク飲むと、シンシアが僕の顎に零れた飲み物を拭ってくれた。
「とんでもない威力だったよね」
「魔法のカードは使用者の属性が大きく左右される。水に適性があるから火に適性はないと思ったが」
「どういうことですか?」
「ジルベールは火にも適性があるということだ。シンシア、これを使ってあちらの離れた岩を狙いなさい」
僕を抱きかかえたまま、シンシアが魔法のカードを使う。
バスケットボールサイズの火の弾が放たれ、その岩を炎が包む。
「これが一般的な威力だ。だが僕が使うとこうなる」
今度はおじさんが使った。
放たれた火の弾は、軽自動車くらいある。
先ほどの僕の魔法より弱いが、かなりの爆発と爆音が発生し、その熱がここまで届く。
「僕と同様に、火に適性があるのだろう。であれば、ファイヤーボールも見て覚えたかもしれん。ジルベールよ、火の魔法は私が許可をするまで使用するでないぞ? 全員、このことは口外法度とする。その分報酬ははずもう。良いな?」
「はっ!」
「それよりも、想定しておいてしかるべきことではないですか? ビッシュ様」
あ、シンシアが怒ってる。
「む、それはそうかもしれぬが」
「そうかもではございません。旦那様からジルベール様をお預かりしているのですよ? これ以上は許せません。こんなに震えておいでなのです」
え? あ、ほんとだ。色々あってパニックになってたけど、めっちゃ体が震えてる。
「しかし、まだスポアが」
「関係ありません」
シンシアが僕を抱っこしたまま馬車へと向かう。
「シンシア、待って、待って」
「いけません」
確かに自分のしたことは怖いけど、いつゲームのシナリオが始まるか分からない状況。
このチャンスを逃すと、次はいつになるかわからない。
「あの火の危ないのじゃなくて、水の魔法で普通にやればいいよ」
「ダメです」
「シンシア、お願い」
僕を抱っこしてスタスタ歩き、馬車に乗せてしまう。
「しんしあぁ」
「くっ、可愛い顔をしてもいけません」
「大丈夫だから、シンシアが手を握っててくれてればいいから」
「……ダメです」
「せっかく騎士さん達が集めてくれたんだし」
「彼らは仕事をこなしたに過ぎません」
「ねえ、シンシア」
「いけません」
「しんしあ、おねがい」
必殺、上目遣いっ! これならどうだ!
「……私がずっと抱き上げます。異常を感じたらそれで終わりです。よろしいですね?」
「ありがと、シンシア」
「まったく。あざとい子になりましたね」
感謝をしつつシンシアに抱きつくと、ため息交じりに頭を撫でてくれた。
うん、僕はシンシアも大好きだ。
「戻ったのか」
「ジルベール様の希望ですので。異常がありましたらすぐに帰ります」
「分かった。シンシアの判断に任せよう。しかし護衛でもあるのだろう? 両手が塞がっててよいのか?」
「足さえ自由ならばジルベール様を連れて逃げられます」
何とも男前なことを言うシンシアである。
「では魔法カードを」
「いえ、残りはジルベール様の水の魔法で倒します。カードは危険ですから触らせません」
「水の攻撃魔法など使えるのか?」
これは僕に対する質問だ。
「うん。当てるだけだよね」
「水の魔法で威力を出すのはむずかしいぞ? 水の魔法は苦手だから例題も見せられぬ」
大丈夫、僕はゲームでの知識があるし、色々なファンタジー作品を真似て魔法をいくつも生み出してるから。
「スピアスネーク」
僕はシンシアに抱っこされたまま、右手だけ上にあげて魔法を生み出す。
「シンシア、見えるところに」
「かしこまりました」
シンシアが穴の淵まで僕を運んでくれる。
「いけ」
僕の放った水のヘビは、散り散りに残ったスポア達を一匹ずつ貫いていった。
10匹ほど倒した辺りで、魔法が消える。そうしたらまた水のヘビを生み出した。
「ジルベール様」
「ん?」
「水がスポアを貫いてるのですが?」
「そういう魔法だから」
水自体は魔法で生み出した普通の水だ。敵に向かっていくときだけものすごい速度になって貫通していくのが、この魔法の効果だ。
水だから何度か敵に当たると散ってしまうので、そのたびに生み出しなおさなければならない。
「便利な魔法ですね」
「たぶん、硬い魔物には効かないと思うけどね」
あくまでも水が勢いよく突き進んでいく魔法だからね。
「先ほども言ったが、水の魔法は威力が出しにくい。どちらかといえば対人用の属性だ」
「基本的に水をぶつけるだけの魔法が多いもんね」
「そうだな。それをよくもこのように変化させた」
「頑張りました」
おじさんが満足そうにうなずくと、また僕の生み出した水のヘビに視線を向ける。
先ほどの火の爆発魔法でほとんどのスポアは倒していたので、取りこぼしを片づけるだけだ。それはそこまで時間をかけずに終わる。
「終わったな」
「分かりました。全員整列っ!」
周りの警護や穴から魔物が上ってこないように監視していた騎士の人も含めて、全員が集まった。人数は12人。
「皆の者、我が甥のために無理を言ったな。助かった」
おじさんが全員に向かって言う。僕は相変わらずシンシアの胸の中だ。
「先ほど見た通り、我が甥は魔法に非常に優れた能力を持っている。この年齢でこれほどの力を持つものなど、そうはいないだろう」
すみません、属性結晶によるドーピングの結果です。
「お前たちが向かう予定のオルト子爵家の大事な跡取りの一人だ。お前たちはそのオルト家の発展と民の防衛のために向かうことになるが、この子も大事な護衛対象だと覚えておいてほしい」
「はっ!」
綺麗に揃った返事に、おじさんは顔でうなずく。
「これだけの素質のある子供だ。今後狙われる可能性もある。そのために父は異例の早さでこの子にJOBを与え、このように魔物の討伐も行った。その意味をよく理解してほしい」
そう言い、おじさんは懐から袋を取り出した。
「今回は急遽、活動をしてもらった。先ほどの口止めも含めた報酬だ。受け取ってほしい」
おじさんが一人一人にお金を配る。
おじさんはありえないくらいの輝きを持つイケメンだ。男性騎士も女性騎士も、間近まできたおじさんの顔を見てポッとしている。
「少し余ったな。ビシャス、適当に残りは使え」
「……よろしいので?」
「ああ。オルト領は遠いぞ? 今のうちに隊の者の英気を養わせ、腹を割って話しておくがよい」
おじさんがリーダー格っぽかった騎士さんに残ったお金を袋ごとおしつける。
「……聞いたな! 余すことなく使うぞっ! 全員都に戻ったら予定を空けておけっ!」
「「「 ありがとうございますっ! 」」」
おじさんイケメンなうえに太っ腹だなぁ。
「半数は馬車の護衛に、半数は後片付けだ。僕の護衛も頼む」
「了解っ!」
おじさんが指示をだしきったようで、シンシアに頷く。
「ジルベール様、彼らにお言葉を」
「え? あー、うん。ありがとうございました」
特に何も思い浮かばないので、適当に感謝の言葉を投げた。
そんな挨拶でも問題ないのか、いまだに僕を抱えているシンシアが馬車へと向かう。
「おつかれさまでした」
「うん」
そしてシンシアに先ほどの赤い飲み物と緑の飲み物を飲まされる。
「これって、ポーション?」
「ええ。ハイポーションとマナポーションです」
「あんま美味しくないね」
「お薬ですから」
そんな会話をしながら、ちびちびとポーションをそれぞれ飲む。
はあ、なんとか全部倒せた。
ステータスとか見れればどれだけレベルが上がったか分かるんだけどなぁ。
属性結晶による属性のブーストが思いのほか危険なものだった。
基本的に火は炎の絨毯しか使っていないし、家族の前では水の魔法を制御重視で使っていたので、ここまでの威力になっているとは正直思っていなかったのだ。
これはヤバい。いくら魔法が使いたかったと言っても、効果が酷すぎる。
攻撃に転用すると、火や風なんか強い魔法程効果範囲が広いから人を巻き込んでしまう。
特にヤバいのが土魔法だ。地面と直結するから、効果の範囲がとんでもないことになる。
日本での地震の怖さを知っている僕としては気軽に使える魔法がほとんどなくなってしまったのではないかと危惧した。
「あぶない、ね」
「ジルベール様、素晴らしい才能をお持ちだったと考えればよいのです。そのような悲観した顔をしないでください」
馬車の中、対面に座ったシンシアが僕の手を握ってくれた。
自分の力を考察していた僕が静かだったから、心配してくれているのだろう。
「ん、大丈夫」
ゲームによるシナリオ、ストーリーが始まれば強い力はそれだけ僕を守ってくれる。そう考えて吸収できるだけの属性結晶を体に取り込んでいたけど、やりすぎたかもしれない。
それに属性結晶の存在自体も秘匿した方が間違いないだろう。あれが毎日1個ずつ手に入るチュートリアルダンジョンも誰にも言わない方がいい。
「攻撃魔法、覚えない方がいいかも……」
今は親やシンシアに守られる立場だ。
「ジルベール様、魔法は怖いですか?」
「うん、ちょっと……」
魔道具を使った火の爆発魔法であの威力だ。魔道具を使わないで自前の魔力で同じ魔法を撃ったらどれだけの威力になるのか見当もつかない。
「魔法はジルベールさまのような子供でも、人を傷つけることができるんです。JOBが9歳から渡されるのは、そういった危険な力であると理解させるための教育に時間がかかるからです」
シンシアの言葉に僕は頷いた。これだけの力、子供に持たせるのは危険だ。
僕は4歳、普通なら何をしでかすかわからない年齢だ。
「ジルベール様は賢いですから、それはもうお分かりですよね?」
分かる、いや、分かっていたつもりだった。
地球にも持つだけで人を殺せる銃があった。魔法もその類のもので、扱い方を間違わなければ問題ないと思っていた。
だが地球の日本で実際に銃を持ったことも、人に向けたこともなかった僕は、本当の意味で理解できていなかった。
さっきの魔法カードのファイヤーボール、それがもしシンシアやおじさんに当たっていたら、近くを守っていた騎士達を巻き込んでいたらと思うと、怖くて手が震えてしまう。
「分かって、いる、気がしてただけだったんだと思う」
僕は手元で水を生み出す。そしてそれを色々な形、動物に変えて動かした。
「僕はこういう魔法が使えればいいや……」
それと、いざゲームが始まった時に家族を守れる力があればいい。
敵を倒す魔法よりも、どうせなら何かを守れる魔法のがいい。
「おじさんに、いっぱい教えてもらわないと」
「頑張ってください。私も応援しますから」
僕の決意をシンシアは感じ取ったのか、いつもの可愛い笑みを僕に向けてくれた。




