パワーレベリング
「すまん、一緒にいけなくなった」
「責任者になっちゃ、そりゃあ無理なんじゃない?」
夜になり、屋敷に戻ってきた僕達。
ビッシュおじさんも帰ってきて、開口一番に言ったのがその一言だった。
普通に考えて、責任者になったらその騎士団を率いる立場になるんだから、そっちの準備ができるまで一緒にいないと駄目じゃない?
「くくく、ジルの言う通りだな。大人しく部隊を率いてくるんだな」
「くそ、失敗した」
おじいちゃんが笑いながらそれを指摘する。
「規模はどの程度になるんですか?」
「今の段階で確定してるのは、中隊を工兵隊とセット。それと魔法師団から僕を含めて3人だ」
「結構いい人数だな」
「予算ももぎ取ったから安心してくれていいぞ」
「さすがです兄上」
「ああ。だが一部食料は現地調達になりそうだ。すまないが購入できるように手配をしてくれ」
「うちの領にも余裕がある訳ではないのですが」
「そっちはこっちの商会で用意しよう」
おじいちゃんが請け負ってくれるらしい。
「ダンジョンの探索もそうだが、ダンジョンに行くまでの街道の整備。それと例の昔あったという森の中の村の再開発がメインだな。さすがに空の魔導書が手に入るとなると、王家も協力的だ。元々騎士団の派遣はする予定だったらしい」
今日はリリーお姉ちゃんがいないからか、遠慮なく言えるようだ。
「空の魔導書のドロップ量次第だが、今後は魔術書の紙片も重要になるぞ? 大丈夫か?」
「正直ジルベールカードのほうは読めませんが、空の魔導書に関してはすべて当家の預かりにする契約を青の鬣としているので、それを延長にすれば問題無いかと。王家の取り分は25%で話をつけるつもりですが」
「まあ妥当なところではあるな。あとは空の魔導書を扱える錬金術師の手配か……こればっかりはな」
「ええ。どうしても連中に頭を下げる必要がでてきます」
「しばらくは王家に頼るか……城には職業の書を作成できる錬金術師がいるからな」
ああ、そういえば作れる人があんまりいないんだったっけ。
僕が錬金術師に早くなれれば道具を揃えて作れるようになるんだけど。
「ジルベールカードの件といい、オルト家は忙しくなるな。ミドラードを早めに戻した方がいいのではないか? もう騎士にはなったんだろう?」
「レオン殿下が卒業なされるまではあいつを外すことはできん。それこそアーカムが死んだりしない限りは無理だ」
「それほどなのか」
「殿下に意見ができる数少ない人物、というのが国でのミドラの評価だからな」
「お兄ちゃん何気に重要人物だね」
「というかレオン殿下が人の話を聞かなすぎるのが原因だ。ミドラも中々苦労しているようだからな」
レオン殿下ってまさかのわがまま王子様? そんな感じはしなかったけど。
「無理な物はしょうがない、か。話は変わるが、僕の自由にできる連中が手に入ったのでな。少々指示をだしておいた。明日ジルベールを借りるぞ?」
「ジルを? 明日はリリー嬢の家に挨拶をしにいくのだが」
「ジルはいなくてもよかろう?」
「ジルはともかく兄上には来ていただきたかったのだが」
あ、リリーお姉ちゃんのご家族への挨拶か。
確かに僕はいてもいなくても関係なさそう。
「お前達だけで行ってくればいい。ジルに必要な事をするだけだ」
「……変な事をさせないのであれば」
「問題ない」
「何をするんですか?」
「何、ちょっと安全に、狩りだ」
ビッシュおじさんの言葉に、僕は目をパチパチさせる。KARIって狩りですか?
「お待ちしておりました」
「ああ、準備はできているか?」
「ええ、全員張り切りましてな」
「助かる」
ビッシュおじさんに連れられて、馬車に乗り到着したのは王都の外から離れた場所。遠目に貴族院も見える。
「こんなところで何をするの?」
「狩りだ。安全が約束されたな」
馬車からシンシアに降ろされながら、僕はビッシュおじさんに視線を向ける。そうするとおじさんは離れて並ぶ騎士たちに目を向けた。
「どれだけ集まった?」
「300ほど。一晩で随分集まりましたよ」
「よし。ジルベール、こちらに来なさい」
「はぁい」
ビッシュおじさんの指示を受け、そちらに足を運ぶ。
待っていたのは、大きな穴だ。
「うわ、きもいっ……」
「魔物は初めてか?」
「えっと、こっちに来る時にボールゼリーを見たくらいかな」
実際には今見てる奴の細いバージョンを倒したことあるけど。
「スポア、だよね? キノコの魔物」
「そうだ。この辺にいて初心者に倒しやすく捕まえやすい魔物だな」
穴の中にひしめくのは僕の胸くらいの高さがある、太ったキノコ。スポアだ。
「これからお前にこいつらを倒してもらう」
「へ? 狩りってそういう狩り?」
「そういうことだ」
地面に大きく開けられた穴、その中にひしめくスポア。それを見下ろす僕達。
「これを使って、お前に攻撃をしてもらう」
「魔法のカード?」
「そうだ」
おじさんは箱の中いっぱいに入った魔法のカードを見せる。
「攻撃魔法の使えないお前でも魔道具ならば起動ができる。炎を中心とした比較的攻撃力の高い魔法カードを可能な限り用意した。これを使って上から攻撃をしなさい」
「なんというパワーレベリング」
穴にひしめくスポアは、騎士の人たちが集めたのかな? ご苦労様です。
「この時期は貴族院の新人もいないですし、冒険者達も活動を始めるにはまだ寒いですから、思ったよりも数が集められましたよ。プルウルフでは穴から飛び出てくる可能性もあるし、ボールゼリーだと穴に落ちた衝撃で死んでしまう個体もありますので、スポア限定ですが」
得意気な顔の騎士さんが、満足そうに教えてくれた。
「あれ? 僕の事知ってる感じ?」
「彼らはオルト領に派遣される予定の騎士だ。すでに命令も受けている。向こうで肩身の狭い思いをしたくなければ、黙ってくれるさ」
「そういう事です」
おじさんの言葉に、騎士の男性も頷いている。
「じゃあ早速やってみるがいい」
「魔法のカード、高くなかった?」
ゲーム時代でもそれなりに手に入ったアイテムだが、魔物のドロップやダンジョンなんかで宝箱から入手した物がほとんどだ。
店で売ってたけど、そこそこ高かった記憶がある。
「問題ないさ。金ならある」
「一度は言ってみたいセリフですね」
うん、うちのおじさんがごめんね?
「いいからやりなさい。手に持って、魔力を込めるんだ」
「はぁい」
僕はカードを手に持って、言われた通り魔力を込める。
これはファイヤーボールの魔法のカードのようだ。
「穴に向かって投げなさい」
「えい」
言われるがまま、魔法のカードを投げると、その魔法のカードがファイヤーボールに変わりスポアの群れに飛び込んでいった。
ゴウッ!
ものすごい音と共に穴の中で爆発が起きて、スポア達をまとめて飲み込んでいく。
「すごっ」
「ふむ。随分良い出来のカードだったようだ」
道具を使っただけなのに、立ちくらみがおきて体がフラついた。
「ジルベール様っ!」
「あ」
シンシアが体を支えてくれた。
「魔物から発せられた力を得たからだろう。これだけ一度にスポアを倒したのだからな」
「なんか脱力感がすごい……」
シンシアが後ろから抱きしめてくれたので、倒れずにすんだ。そこでシンシアのおひざに座らされる。
「これを飲みなさい」
おじさんが心配そうな顔をしながら、赤い飲み物を出してくれた。
手が上がらない。
おじさんからそれを受け取ったシンシアが、僕の口元に寄せてくれた。
「んく、んく」
ちょっと苦いけど、飲めなくはない。
「はふ、ちょっと楽になってきた」
「肉体的に成長したのだろう。魔物を大量に倒すと稀にそういう事が起きる」
「成長? 背が伸びたってこと?」
「いや、頑丈になった、と言った方が正しいかな? あとスタミナも伸びるはずだ」
……あれかな? レベルが上がって最大HPが増えたけど、体がびっくりしちゃったとかかな?
「スポアでそのような事態になるでしょうか?」
「子供だからな。しかも普通の子よりも更に小さい」
思えば相手はスポアだ。スリムスポアの同種、つまり同種討伐ボーナスが発動しているのかもしれない。今まで何匹のスリムスポアを倒したかなんてわからないから、ボーナスがどのくらい出てるのかもわからないし。
「異常はないか?」
「ちょっと、頭も痛い……かも」
「こちらも飲みなさい」
今度は自分の手で貰って、それを口に少し含む。
「にがひ……」
「薬だからな」
なんだろう、ホウレンソウとピーマンをミキサーで混ぜてドリンクにしたような味だ。
「もう少し飲みなさい」
「はぁい……」
我慢して飲むと、イスになっていたシンシアが優しく撫でてくれた。
「よし、元気でてきた」
「もう平気か?」
「うん。カード貸して」
「無理はするでないぞ?」
おじさんが魔法のカードをくれたので、再び発動する。
「離れろっ!」
おじさんの叫び声と共に、爆音がこの場を支配した。