有給なんてあるんだね?
「ミドラード様」
「ああ、分かった」
適当に食べて飲んでお話をしていると、お兄ちゃんにメイドさんからお声がかかった。
きっとお兄ちゃんの婚約者が到着したんだろう。
「お爺様、少し失礼します」
「ああ、聞いておる。連れてまいれ」
この場で一番偉いおじいちゃんに許可をお兄ちゃんが取って、席を外す。
そしてしばらくこの会食場みたいな食堂に沈黙が走る。
「リリー、こちらだ」
「失礼いたします」
現れたのは白を基調としたドレス姿の女性。
髪は短く揃えられた、どこかほんわかした雰囲気の女性だ。
お兄ちゃんのエスコート姿が面白い。
「ルドナンツ=カリアット伯爵が第二子、リリーベル=カリアットと申します」
スカートの裾を少し持ち上げ、丁寧な挨拶をするリリーベルさん。
「よく来た。忙しい日に申し訳ないな」
「いえ、このような場にご招待していただき感謝しかありません」
おじいちゃんの言葉に、丁寧に返す彼女。
テーブルまで足を運び、お兄ちゃんの席の横。お父さん達の正面に立った。
「お義父様、お義母さま、お初にお目にかかります」
「会えて嬉しいよ。ルドー隊長は元気かい?」
「ええ。この場に来られないことを悔やんでおられました」
「急な招待でしたもの。こちらこそお時間を作れなくて恐縮ですわ」
「いえ、別の機会を既にいただいておりますので。わたくしこそ、すぐにご挨拶したくこの場に来てしまいました」
ご家族同士で挨拶をする機会を別に設けているみたいだ。お父さんの口ぶりだと、リリーベルさんのご家族とお父さんは面識がありそうだ。
「ジルベール君ね? 今日はおめでとうございます」
「ありがとうございます! リリーベル義姉上!」
「まあ、ふふ。ミドラの事をお兄ちゃんって呼んでいるんでしょう? わたくしもリリーお姉ちゃんと呼んでね?」
「あ、はい! リリーお姉ちゃん!」
ビッシュおじさんの衝撃で感動は薄れたが、リリーお姉ちゃんも可愛らしい人だ。今日会った人たちは美男美女率がとても高い。
……ゲームの登場人物だからかもしれない。
なるほど、これだけ一堂に人が集まっているのだ。ゲームのワンシーンの可能性も十分考えられるな。
「さあさあ、リリーさん。お座りになって」
「リリー」
「はい、それでは失礼いたします」
お兄ちゃんがリリーお姉ちゃんのイスを引いた後、彼女の手に自分の手を添えて座らせる。あのやんちゃ脳筋だったお兄ちゃんが立派な紳士になっているっ!
「ジル、言いたいことでもあるのかい?」
「なんでもないし」
僕の視線に気づいたらしい。
「ふふ、王子付きになって徹底的に礼儀作法を仕込まれたものね」
「リ、リリーまで」
「ふはははは、丁寧になったのはリリー嬢とお付き合いをしたかったからだろう?」
「私も練習台になった甲斐があったわね」
「お爺様! 姉上まで!」
あ、やっぱ本質はお兄ちゃん変わらないみたい。安心安心。
そしてリリーお姉ちゃんまで顔を赤くしている。ときめくポイントあった?
「関係は良好のようだね。リリーベルはお披露目の準備をしていたのだろう? ありがとう」
「いえ、そんな。お務めですし、ミドラの弟も参加されるんですもの」
「オレは王子の相手があるから今回は免除されたけど、結構忙しいらしいね」
「お披露目の準備?」
今しているのの準備?
「王族主催のお披露目のことよ?」
僕が首を横に捻っていると、お母さんが教えてくれた。納得。
「貴族院は毎年大忙しだな」
「この時期だけですから」
「お披露目会って貴族院でやるんだ? お城でやるのかと思った」
王様へのお披露目って聞いたからてっきりお城までいくのかと思った。
「王城では広さも警備も問題があるからな。城内への不審者の侵入は防がなければならないし、子供が城内で迷子にでもなったらことだ」
「……結構人、多い感じなの?」
そこも気になる。
「今年はお披露目のお子様だけであれば30人といったところでしょうか。ですがそのご家族も同伴されますので、人数だけで言えばかなりの数になりますね」
「ふうむ、今年は少々人数が少ないな」
「そうそう王家へ貢献できる機会など来ませんから、それは仕方ない事かと。平和でいいではありませんか」
「確かにな」
「くだらぬ功績に褒賞を与えるくらいだ。いらぬと言えぬのが煩わしい」
「お前はなぁ」
「兄上よ、たかだか大きい程度の魔物を倒したからと毎度呼ばれてはたまらんよ? そもそもそういった手合いを相手取るのは仕事なのだ」
「ならば断わればよかろう? お前がわざわざ行かなくても良いではないか」
「魔力媒体が貰えるのだから仕方ないだろう?」
「魔力媒体?」
そんなアイテムあったかな?
「魔法の威力を上げられる道具のことだ」
「そんなのあるんだ?」
やっぱり知らないな。新作で導入された新しいアイテムかな?
「近年開発された特別な道具でな。何度か使うと壊れるが、魔法の威力が5倍近く跳ね上がる」
「5倍っ」
それはすごいっ!
「属性ごとに違ううえ嵩張るが、切り札にはなる」
「すごいなー、嵩張るって大きいの?」
「お前ぐらいあるかな」
「絶対に持てないや」
僕の子供ボディでは扱えなそうだ。
「そのうち見せてやろう。それとダンジョンも見つかったのだろう? 何がいる?」
「あー、それは、その。なんだ」
お父さんが歯切れ悪い。
「……なるほど、大層なものが取れるようだな」
「兄上、どうかご内密に」
「他所にちょっかいをかけられたら厄介なんだな?」
「はい」
「分かった」
ビッシュおじさんは物分かりが良さそうに頷く。
この人、結構おしゃべりが好きみたいだ。
「父上、そのダンジョンのことなのですが」
「どうしたミドラ」
お兄ちゃんが困り顔でお父さんに話を切り出す。
「レオン殿下が興味を示されています」
「「 はぁー 」」
おじいちゃんとイーラスおじさんが一緒に溜息をついた。
「なんと言っている」
「そのうち行こう、と」
「そのうちなんだな?」
「何とか止めましたが。見つかって間もないうえに弟のお披露目で父上がこちらに来られるからと」
「よくやった、と言えばいいのか……」
「まあミドラードでは止められるものではなかろう。すぐに行動を移させなかったのだから良くやったと言うべきだ」
「ですね」
おじいちゃんとイーラスおじさんが諦めたような声を出す。
「いつ頃こられるだろうか」
「恐らく、夏かと」
「夏の終わりにはシュラート国の王子の訪問があったはずだが?」
「そのシュラート国の王子も中々に腕の立つ方のようで。来られる前に語れる武勇を増やしておきたいのではないかと」
「ロイド殿下か。なんでも拳一つで戦う拳闘士スタイルだとか」
アクティブな王子様が多いなぁ。
「分かった。陛下に話を通しておこう」
「ええ。騎士団の派遣も急いでもらわなければなりませんね」
ダンジョンに騎士団? なんか変な組み合わせだ。
「ジル、気になるかい?」
「ダンジョンって騎士団よりも冒険者が入るってイメージなんだけど」
僕が首を捻っていると、お兄ちゃんが聞いてきた。
「大きい街ではそうだね。でもオルト領にはあまり冒険者がいないんだよ。それでも今まではあまり問題が起きてなかったし、貴重な素材が手に入るわけでもなかったからね」
「そうなの?」
でも南の森にはかなりいい素材になる魔物の森があったと思うけど。生態変わった?
「ああ。深きフェルブの森があるけど、あそこは難易度が高いからね。魔物が森の外に出てこないから重要視されていないんだ」
「そうなんだ」
「そうだ。だがダンジョンは別だ。魔物が溢れてくるからな」
うちの領もコボルドの被害に悩まされてたもんね。
「ダンジョンとその周りを開発させる。そうすれば人が集まり、人の出入りも増える。オルト領の発展はもはや確実だろうが」
「よその貴族やギルドなんかの権力者が横やりを入れてくる場合もある。今のうちに王家に頼ってこちらで囲い込んでしまいたい、といったところか」
面白くなさそうに、ビッシュおじさんがテーブルをコンコンする。
「子供に話す内容ではないが、まあそういうことです」
「ふむ。ではこちらで動くとしよう」
ビッシュおじさんが立ち上がって、ローブを翻した。
「何を?」
「何、弟の領のダンジョンの調査の許可をもぎり取ってくるだけだ。責任者になれば下手な連中は手がだせないだろう。騎士団もこっちで指定しておこう」
「それは助かりますが……どちらにお話を持っていかれるので?」
「ラドワーク侯爵家だ。あそこなら顔が利く」
「ふむ。悪くないな。私も一筆書こう」
「こんな夜分に大丈夫でしょうか?」
「昼間では人目があるだろう? いまくらいの時間が逆に丁度いいさ」
ビッシュおじさんがグラスに残っていたワインを一気に飲んで、おじいちゃんに視線を送る。
「分かった。執務室に来なさい。みな、急で悪いが今日はここまでにしよう。アーカム、お前も来なさい」
「わかりました」
「まあまあ、慌ただしいですね。明日にできませんの? ジルベールのお祝いの席なのよ?」
おばあちゃんがにこやかに、それでいて太めの釘を刺す。
「母上、いまのうちにしておかないと僕がアーカムの領に行くのが遅れる。僕は家族と一緒に行きたいからね」
「はぁ、まったくしょうがない子ね」
おばあさんが家族と一緒にという単語に敗北を認め、首を横に振った。
「これで有休を使わないで済むな」
ボソっと呟いたビッシュおじさんの言葉が少し面白かった。




