イケメン体質
「なんだその恰好は」
「む? どうした兄上? というか玄関で止まらないでくれ」
今日の主役は僕だから、僕は外から来るご家族を迎えるべくお屋敷の玄関ホールで人が来るのを待っていた。
お父さんを少し老けさせたような感じの伯父、イーラスおじさんとその娘さん、僕のいとこにあたるアマリアさん、それとその旦那さんのシャノワールお義兄さんが玄関から入ってきたので挨拶をしようとしたら、もう一人後ろから現れた。
「……お前、まさか普段からそのような格好で勤めているのではないだろうな?」
「イーラス兄、何を言っている?」
髪の毛がボサボサで顔が半分以上隠れているし、無精髭も酷い。でも上から羽織っている上等なローブが無駄に煌びやかさを醸し出した男だ。イーラスおじさんを兄上と呼んでいるのだから、きっとビッシュおじさんだろう。
「普段ならばローブは別の物だ。このような装飾ばかり良くて魔法防御力も低い粗悪品なんぞ、着たりはしない」
「ビッシュ!」
「はあ、伯父上は相変わらずですわね」
登場人物が多くて頭がパンクしそうだ。
「見ろ、ジルベールが呆然としているだろう?」
「ふむ……ジルベールか、アーカムの息子だな?」
そう言って不審者にしか見えないビッシュおじさんが顔を寄せてくる。
「利発そうな子だ。それに安定した魔力を感じる。立派な魔術師になれるだろう」
「えっと、おじうえ? ですか?」
「ああ。お前のお父さんの兄、ビッシュだ」
「兄上、顔が見えませんよ」
「ビッシュ! 貴様そんな顔で!」
「おや、お父上。僕の顔が見えるのかい?」
「まったくビッシュは、リヤット、ローゼル。丸洗いしてらっしゃい」
「「 畏まりました 」」
控えていたベテランっぽいメイドさんにおばあちゃんが指示をだす。
そしてその二人に左右を挟まれて、連れられていくビッシュおじさん。
「なんか、すごい人なんだね」
「あんなのでも、お前の伯父にあたる。仲良く……は、向こうが勝手にしてくれるだろうな。あやつは子供好きだから」
「そうだね。ビッシュ伯父上とはよく外で会ってるよ」
「……いつもあんな感じか?」
「……今日は、いつもよりマシ、かな?」
お兄ちゃんからそんな聞きたくもない情報が出てきた。
仕方ない、改めて今いるメンバーに挨拶をしよう。
「イーラスーラ伯父上、アマリアさん、シャノワールさん。ジルベール=オルトでございます。今日は僕のために足を運んでいただき、ありがとうございます」
ペコリ、とお辞儀を添える。
そして顔を上げると、3人は柔らかい笑みを浮かべてくれる。
そしてイーラスおじさんが前に出て、しゃがんで僕に目線を合わせてくれる。
「やあジルベール。イーラスーラ=エルベリンだ。君のお父さんの兄にあたる。気軽にイーラスおじさんと呼んでくれ」
「はい! イーラスおじさん!」
「なんとも可愛らしい顔だ。ミレニアに似て良かったな。将来美人になるぞ?」
「ありがとう、ございます?」
頭を撫でられながら、首を傾げる。
可愛いと言われるのは嬉しいが、美人になるのを喜ぶのはちょっと違う気がする。
「私の家族を紹介させてくれ。娘のアマリアだ」
「こんにちは、アマリアよ? アマリアお姉ちゃんって呼んでね」
「はい、アマリアお姉ちゃん」
「かわいいわぁ。うちの子に負けないくらい可愛いっ」
アマリアお姉ちゃんが、がっつりハグをしてきた。
かなり若い女性だ。お兄ちゃんよりも少し上くらいだろうか。
そんなハグを受ける僕に、これまた若い見た目のシャノワールさんが挨拶をしてくれる。
この人だけ髪の毛が紫色で覚えやすい。
「私はアマリアの夫、シャノワールだ。長いからシャルでいいよ」
「はい、シャルさん!」
アマリアお姉ちゃんに解放されると、二人は僕の両親のところにいく。
「アーカム様、先日ぶりですね。今日は楽しみにしていました」
「ミレニア様、お久しぶりです。相変わらずお美しいです」
シャルさんがお父さんに、アマリアお姉ちゃんがお母さんに挨拶をしている。
「私の妻は孫の世話で屋敷に残っているんだ。今度紹介するよ」
「アマリアお姉ちゃんにはお子様がいるとお聞きしました」
「ええ、そうなの。お披露目が終わったら、ご挨拶をしてね」
「はい! 楽しみです」
ふふん、立派にご挨拶できただろう?
そう鼻を膨らませていると、おばあちゃんが僕の背に手を当てた。
「さあさあ、今日はパーティよ。お食事を用意したわ。楽しみましょう」
「そうだな。ビッシュの馬鹿は後からくるだろう」
「こうなることは見えていましたからね。お爺様に予め伝えておいた甲斐がありました」
「そうだな。こればっかりはミドラードの手柄か。いや、きちんと恰好を整えるように強く言い聞かせるように言っておくべきだったか?」
「俺の言葉を聞いてくれる伯父上じゃありませんよ。魔法師団のローブを羽織ってくれただけでも奇跡です」
お兄ちゃんの言葉に苦笑いとため息が玄関ホールにこだました。
誰が苦笑いで、誰がため息か、そこの反応でそれぞれの関係性がなんとなくわかった気がした。
「わお」
大きな食堂に入ってきた男に、僕は思わず声を出してしまった。
輝くような長い金色の髪を少し濡らし、姿勢が良くて背の高いめちゃくちゃイケメンなお兄さんが登場したのである。
「初めからそうしておればいいのだ。まったく。ビッシュよ、さっさと座りなさい」
おじいちゃんがため息交じりで言うと、ビッシュおじさんが首を傾げる。
その動作にアマリアお姉ちゃんとお母さんからため息が漏れた。
「髪が重い」
「さすがに完全に乾かす時間がありませんでしたから」
おばちゃんメイドさんが、少しだけ頬を赤らめながらおじさんを席に案内する。
うわぁ、水も滴るいい男っぷりがすごい。ダンディズム一歩手前のセクシーさもあるよ。
「ジルベール、改めて挨拶を。ビッシュだ。無事お披露目の歳を迎えたこと、嬉しく思う」
「はい、ビッシュおじさん。こちらこそよろしくお願いします」
真っすぐな目で見つめられて、少し照れてしまう。なんだこのイケメン。頭おかしくない?
「では、改めて挨拶だな」
既に飲み始めていたおじいちゃんが、コホンと咳ばらいを一つ。
「アーカムの子、ジルベールが無事お披露目の歳を迎えた。またミドラードの活躍もあり、めでたくも王家主催のお披露目会の招待をいただくことになった。アマリアにも子が生まれ、めでたいこと続きだな」
お父さんがおじいちゃんから視線でパスをもらう。
「父上達や兄上達の支援のおかげでジルベールはここまで大きくなりました。また、このようにジルベールのために集まっていただき、嬉しく思います。ありがとうございます。ジルベールは我らがオルト家、そしてエルベリン家に更なる発展をもたらしましょう」
「そうだな。それでは食事を始め……再開するとするか。グラスを」
おじいちゃんの言葉に、家族みんながグラスを持つ。
僕だけジュースである。
「乾杯」
「「「 乾杯 」」」
近くの人とグラスを合わせて、一口飲む。このジュースもかなり美味しいな。リンゴっぽい。
僕がジュースをコクコク飲んでると、おじいちゃんがこちらに視線を向ける。
「実はジルベールだがな、魔法が使えた。JOBもない状態でな」
「おお!」
その言葉に立ち上がったのはビッシュおじさんだ。
「英雄の素質、であるな!」
「うむ。それで今日、魔術師の書を使ってJOBを授けた。異例の早さではあるが、JOBもつかないで魔法を使うのは少々危険と判断した結果だ」
おじいちゃんの言葉に、家族達の視線が僕に集まる。
「JOBを得た事で、制御がしやすくなりました」
僕の言葉に、彼らはみんな頷いた。
「魔法の指導はミレニアが?」
「はい。ビッシュお義兄様」
「そうか。属性はなんだ?」
「水と土です」
「土か、少々危険だな」
「土の魔法は、まだあまり使ってないです」
お父さん達の前でやったのは、泥の塊をハンコに作り変えたのと、地面をボコっと浮き上がらせた程度だ。
攻撃魔法の、地面から槍を出すアースピアースをスリムスポアに使ったこともあるけど、効率悪かったから試しに使って以来ほとんど触っていない。
一応いくつか魔法は考えているけど、実際に試す機会がないのである。
「ふむ、ではオルト領に戻る時に僕も同行しようか。しばらく身を隠したいことだし」
「何を言っておる。仕事があるだろう」
「有給を使う。せっかく小汚くしておいたのに綺麗に磨き上げられてしまった。また職場でキャーキャー言われるのは勘弁なんだよ」
「お前なぁ」
「いや、去年の授賞式の時にも綺麗にしただろ? そしたら女共のせいで仕事にならんと各部署からクレームが来てだな……」
ビッシュおじさんの逸話すげええええ。
「兄上がジルの指導をしてくれるのは嬉しいですが、よろしいのですか?」
「ああ。僕は体質のせいか髪も髭もなかなか伸びないんだ。あそこまで伸ばすのに半年もかかったんだぞ? 軽く洗われただけで髪もこのざまだし」
めっちゃ輝いてますもんね。
「髪もくすむのに3か月はかかるんだぞ」
「何そのイケメン体質」
「「 ぷっ 」」
僕の言葉に噴き出したのはお兄ちゃんとシャルさんだ。
「良い度胸だ。厳しめに指導してやろう」
「お、お手柔らかに……」
「お前次第だな」
「がんばります」
魔法師団に所属しているっていうんだから、魔法は得意なのだろう。最上位職の賢者かもしれない。
でもこんな人が亡くなった奥さんしか愛せないっていうのは、世の男性陣からすれば朗報だよね。




