もちろん覚えきれません
「と、いう訳で今日からお前は魔術師だ。どれ、庭で魔法を使ってみせよ」
「雑な感じだね! おじいちゃん!」
「身構えてもしかたあるまい」
「ちょ、ドアくぐるときは低くしてよ。ぶつかるぶつかる」
「おおすまん」
おじいちゃんに肩車される僕が現れたぜ。ちなみにモーリアント公爵は首が太くて肩車にならなかった。
「ここは庭も広いね」
「貴族の家では子供を外に中々出せぬでな。運動できるように広めに取っておるのだ。子供が成人したら花や木々で飾ればよいしな」
今はお兄ちゃんがいるからその訓練のためにスペースを空けているらしい。
「水が出せるのだな。出してみるが良い」
「えっと」
僕がお父さんに首を向けると、苦笑いをしている。
「いいよ、ジル」
「うん!」
「アーカムとの約束ね? 確認をするなんて偉いわ」
「うちの自慢の息子ですもの」
女性陣は何をしても褒めてくれるから好きだ。
「降りるー」
「そうだったな」
そのまま使わせる気だったの? 頭の上水でビシャビシャになっちゃってたかもしれないのに。
「じゃあまず水の球ー」
僕は自分の顔くらいの水をポポポンといくつも生み出して宙を回す。
お母さんが手元で指を回すのより、このくらいの大きさの方が制御がしやすい。
「うわっ! すごいなジル!」
「? お兄ちゃんは学校で見慣れてるんじゃないの?」
「学校?」
「あ、貴族院で」
間違えた。
「魔術師は授業が別なんだ。合同授業で見る事はあるけど、攻撃魔法や回復魔法だからな」
「そっか、目的もなく水の球を出してクルクル回したりしないよね」
「お上手ねぇ。光が当たって幻想的だわ」
おばあちゃんの言う通り、丸い水の球が浮いているだけで神秘的な光景だ。
「形は変えられるか?」
「うん」
水の形を変えて大きさを整えて、ドレス姿のお母さんの姿にする。流石に等身大にするのはきついので、一抱えできるくらいの大きさだ。お母さんができたら、次は同じくおめかししたお父さんだ。
「……すごいな」
「うちの子は天才だわぁ」
「ジル、いつのまにここまでできるように? 隠れて練習していたな?」
「えへへ」
水を制御して、二人がダンスしている様を再現する。
「ほお、優雅なものだ。魔術師はこのような事もできるのだな」
「いえ、私もここまでは……やはり属性の素質がすごいのでしょうね。私よりも」
「ミレニアよりもか! 素晴らしい!」
お母さんがおじいちゃんに説明している。
「私もこんな魔法の使い方を見るのは初めてだ」
「むむむむむ」
集中集中。
最後に二人でお互いに礼をさせて、水を徐々に薄めていって消す。
ただ制御をなくすと地面に水が落ちるだけだから、こうして空気に溶け込ませるように魔力を霧散させると綺麗に消せるのだ。
「ふう」
「とんでもない子ねぇ」
「そもそも水の形をこんなに複雑に作るのが私には……水よ在れ、その姿を変えよ」
お母さんも挑戦しているけど、大きな水の塊が躍動しているだけにしかなっていない。
「お母さん、前にウサギさんとかにして動かした人がいるって言ってなかった?」
それを聞いて練習したのだ。
「そうねぇ、でもいきなりは無理かしら。こっちなら私もできるけど」
小さなワンコを生み出して走り回らせるお母さん。
「子供ならではの発想ね。お父さんとお母さんをいつも見ているからかしら。ジルベールはお父さんとお母さんが好きなのね?」
「えっと、うん」
おばあちゃんに言われて、僕は恥ずかしくなりながらも答えた。
「まあまあ可愛らしいわ!」
「ジルちゃん、素敵よ?」
おばあちゃんとお母さんに抱き着かれる僕が現れた。
「王都にいる間はこちらのお部屋をお使い下さい」
「うん。ありがとう」
シンシアと一緒に通されたのは大きなお部屋。ウチの僕の部屋の倍くらい広い。
「私の部屋は向いの使用人室ですので、何か御用がありましたらそちらにお願いしますね?」
「わかった」
既に荷物が片付けられていたのだろう。部屋に備え付けられたクローゼットから服を取り出して、僕の着替えを用意するシンシア。
「ちょっと休憩」
「いえ、まずお着換えを」
シンシアに渡された服をマジマジと見つめる。これ、部屋着? なんかちゃんとした正装っぽいけど。
「なんか、いい服?」
「今夜はご家族へのお披露目ですよ?」
「あ、そういえば……」
「それと、ミドラード様のご婚約者様も遅れてですがいらっしゃるそうです」
お兄ちゃん結婚するんだった。あ、婚約って結婚じゃないか。
「どんな人なんだろ? ちゃんと婚約者やってるのかな?」
「エルベリン伯爵が既に確認をし、家柄的にも家格的にも問題ないと仰られたそうです」
「なんだかんだ言って、お父さんはおじいちゃんに頼ってるっぽいなー」
「ミドラード様が王都にいらっしゃる間は、伯爵家の預かりになりますから。ミドラード様も旦那様にお手紙でエルベリン伯爵に確認をしてもらう旨をお伝えしておられます」
「そうだったんだー」
父親を通り越して祖父にお伺いを立てるなんて違和感を覚えるけど。
「ミドラード様はオルト家の跡継ぎではございますが、同時にエルベリン家の跡継ぎでもありますので」
「え? そうなの?」
お父さんって確か三男だよね?
「はい、旦那様の兄君はお二人ともご結婚をなさっておりますが、長男のイーラスーラ様のお子様はお一人、女性でご結婚済みです。お子様もいらっしゃいますが、まだお披露目前。ですので正式に跡継ぎとはなっておりません。そうそう問題が起きる訳ではございませんが、エルベリン伯爵とイーラスーラ様のお二人に何かあった場合、中継ぎとしてミドラード様にお声がかかる可能性もございます」
「知らなかった……あれ? じゃあお父さんは?」
「旦那様は既にオルト家として独立しておりますので、一時的にでも中継ぎとされる場合は、オルト家とエルベリン家の両当主となります。エルベリン伯爵はそのようなことを望まないそうですので、万が一に備えてミドラード様をこちらに住まわせて教育を行っているそうです」
「お兄ちゃん、もしかして結構忙しい?」
「どうでしょうか? はい、手を挙げてください」
どうやら話をしてないで着替えろとのことらしい。言われるままに服を脱ぐ。というか脱がされていく。結構着込んでいたから、服に引っ張られて痛い。
「それとイーラスーラ様は別邸からこちらにいらっしゃいます。奥様はお孫様の面倒を見られるとのことで来られませんが、娘のアマリア様とその夫をお連れになられるそうです」
「それって、僕の従妹?」
「そうですね。イーラスーラ様のお嬢様はアマリア様とおっしゃいます。確かミドラード様の3つ上だったかと」
「えーっと? じゃあアマリア……お姉さん? 姉上? とその旦那さん? 頭がこんがらがってきた……」
おじいちゃんとおばあちゃんがいて、その息子が3人。上がイーラスーラ……イーラスおじさん、真ん中が不明。一番下がお父さん。
イーラスおじさんには名前の分からない奥さんがいて、その娘がアマリアお姉さん、旦那さんがまたいて。その下に子供がいて……。
「こちらをご覧ください」
「家系図があるんじゃないっ」
先に出してよねっ!
「えっと、おじいちゃんがローランド=エルベリンで……」
おばあちゃんがウェンディ=エルベリン。
その夫婦の子供が男3人。イーラスーラ、ビッシュ、アーカムだ。
イーラスおじさんの奥さんがロジーナおばさん。その夫婦の子供がアマリアお姉さん。
アマリアお姉さんの旦那さんがシャノワールさんで、子供がミシェル。男の子で去年生まれたばかりらしい。
「おじさん夫妻や、アマリアお姉さんとシャノワールさんは別邸に暮らしてるんだ?」
「そうですね。ご懐妊される前まではイーラス様共々こちらにおられたのですが、こちらにはミドラード様がいらっしゃいますので、ミドラード様のご学友を呼びやすいように別邸に移られたそうです」
「結構気を使ってもらってるんだ」
「使っているのはオルト家の王都での邸宅ですけどね。新築を兄に取られたと旦那様が嘆いておられました」
「あはははは」
それは悔しいかもしれない。
「えっと、ビッシュおじさんはご結婚されていないのですか?」
「ビッシュ様は奥様を亡くされております。今は魔法師団で働かれているので、そちらの近くにお一人で住んでらっしゃいます」
「魔法師団っ!? 凄い! 魔法が得意なんだ!」
「ご病気で亡くなられている方に反応をしてください」
「あ、すみません」
自分の興味のある方に意識が行ってしまった。失敗失敗。
「とても仲がよろしかったご夫婦だと伺っております。奥様はご出産前に亡くなられてしまって残念です。自分に子供はいないからと、アマリア様を大層可愛がっておられたそうです」
「そうなんだ……でもおじいちゃん、よくそのままにしておくね」
あの感じだとおじいちゃんは再婚を勧めそうだけど。
「自分の愛する女性は妻だけだと、再婚をしてもその女性を不幸にするだけだと言って断り続けておられるそうです。それでも再婚を勧められるご両親から距離を取るため、このお屋敷にも顔をあまり出されないそうです」
「そうなんだぁ」
悲しいけど、ちょっと格好いいかもしれない。
「お会いできるかな?」
「ええ。今夜いらっしゃるそうです」
「お、覚えないとっ!」
「そう思うのでしたら、早くお着換えをしてください」
靴下を履かされながら、そんな話をする。
くう、顔写真が欲しいんですけど!




