なかなか行けないチュートリアルダンジョン
部屋の中でできる魔法の訓練を行い続けること数日。
どうやら少しは慣れてきたらしく、魔法の発動がスムーズになってきた。
ゲームだとJOBの数値は『ダンジョン内にいる敵を倒した時』か『JOB関係のクエストをクリアする』か『町や村で休んだ時に、訓練を選択する』時にしか上昇しなかった。
恐らく訓練を選択したのと同じように、僕の訓練がJOBの数値を上昇させたのであろう。
まあゲームらしく最初は上がりやすくて後半は上がりにくいんだけど。
そんな事を感じつつ、日々を過ごしているとチャンスが舞い込んだ。
お父さんは今日、家を空ける。
お母さんとも一緒だ。
レドリックにマオリーも一緒に出かけるらしい。
なんでも領内に魔物が出たそうだ。
とうとうストーリーが始まったのかもしれない。まだ実力の足りない僕は不安になる。
「危なくないの?」
「危ないから、行くんだ」
お父さんに聞いたら、いつもの仏頂面で答えてくれた。
「ミレニアは回復魔法が使える高司祭のJOBと攻撃魔法が使える魔法使いのJOBを修めているから連れていく、お母さんがいなくても大丈夫だな?」
「うん」
てかお母さん、神官系の最上位職持ちなうえに魔術師の二次職だったんだ。何気に能力高くない?
「奥様、こちらを」
茶色い髪の凛としたレドリック、普段は執事服だが今日は金属の胸当てや脛当て、籠手などを装備した騎士のいでたちだ。
お父さんも騎士っぽい服だが鎧は装備していない。いつも通り剣を腰に下げているだけだ。
お母さんも普段のデイドレス。とても戦いに行く姿はしていない。
そんなレドリックが二本の杖をお母さんに渡した。
30センチ程度の短い杖と、登山杖よりも少し長い杖。
「緑風の杖」
「あら、知ってるの?」
「あ、えっと、本で。お母さんは風の魔法を使うの?」
思わず口についてしまった。危ない危ない。
「ええ、そうよ」
短い杖は分からないが、緑風の杖は知っている。
風の魔法の攻撃力を上げる効果と、詠唱時間を短くする効果のある杖だ。風の魔法は元々詠唱時間が短いので後半の効果はおまけ程度ではあるが。
「ジルは物知りね!」
「いっぱい読んでるから」
僕がそう言うと、お父さんが頭を撫でてくれる。
「いっぱい勉強をしておきなさい」
「うん! お父さん、頑張ってね」
「ああ」
あまり表情の変わらないお父さんだが、こうして頭を撫でてくれる手はいつも優しい。
「ジル、いい子にしてるのよ?」
「はい! お母さんも怪我しないでね」
「良い子ね」
いつものハグだ。名残惜しそうに僕を離すと、父と母は屋敷の外で待たせている馬車に乗り込む。
「ロド、シンシア、留守を頼む」
「了解だ」
「お任せください」
レドリックが御者台に座り馬車を走らせる。
僕は手を振って彼らがいなくなるのを待つと、屋敷の部屋に戻った。
「こうなったか……」
「どうかなさいましたか?」
「ううん」
僕はリビングに戻り、一人本を読んでいた。
横にいるのはお母さんを担当しているメイドのシンシアだ。
彼女は犬の獣人。小柄で、茶色い髪と尻尾が特徴的な可愛らしい印象の女性だ。
接点がないとは言わないが、あまり積極的に僕に関わってくる人ではない。
そんな彼女だが、リビングで僕の対面でソファに座り、編み物をしている。
僕が本を読んでいる中、紅茶を出してくれたり、ひざ掛けを用意してくれたり最初はしたが、そこからは動かない。
……監視されてる気がする。
「ジルベール様はあまり活発に動かれないんですね」
「マオリーと一緒に外で遊ぶことはあるけど、本を読んでるのが好きー」
体はともかく、頭は大人なのだ。たかだかかけっこやボール遊びで喜ぶなんて難しい。決してマオリーが本気を出してくれないから拗ねているわけでもないし、本気というか、ちゃんと遊ぼうとするマオリーに勝てないのが悔しいわけでもないとはっきり言っておこう。
それにしても神話の物語や、歴史書は面白い。
この屋敷には本が多い。
悪い事をしてお取りつぶしになった以前の領主は伯爵で、その伯爵家が所有していた本などが屋敷ごと父に引き渡されたからだ。
ゲームの時代では領民想いで、人当たりの良いおじさんだったけど、その子孫はそうでなかったようだ。
「これなんて読むの?」
「『ゲイボルグ』ですね、攻城兵器……お城や砦を攻め落としたり大型の魔物を倒す時に使う大きい武器の名前です」
「ありがと。大人数で扱うから何かと思った」
「……分かるんですか?」
「お母さんやマオリーが教えてくれたから、大丈夫」
「そう、ですか」
そう言ったシンシアが、僕のために書庫から持ってきてくれた本に視線を向ける。
絵本やおとぎ話が並んでいる。文字を覚える時にすでに読んだ本だ。
簡単な本と、こういった歴史書を両方持ってきてくれたから、僕が読む本を用意したうえで、難しいと言ったら簡単なのをすぐ渡せるように準備をしてくれていたのだろう。
「ジルベール様はお勉強が好きなんですね」
「んー? 勉強は嫌い。でも本は好きかな」
勉強ならば嫌いだ。
文字の書き取りは筆だから難しいし、羽根ペンはインクが途切れないように書くのがしんどい。
でも、歴史や神話は感覚的にはゲームのアナザーストーリーを読んでいる気分になる。
ゲームの時に登場した武具や魔法、地名や国名が要所要所で使われているから面白いんだよね。
「なるほど、家庭教師がいらない訳ですね」
「かていきょうし?」
そう言えばいないね。
「ミドラ様のお勉強の時にはいらしたんですよ? でもジルベール様にはついてらっしゃらないので。勉強を始める前は雇うと奥様はおっしゃってたのですけど」
「算数とかの?」
「そうですね。あと歴史と神話、魔法の先生もいらっしゃいました」
「お母さんが先生だよ?」
「ふふ、そうですね。でも来年には礼儀作法の先生を呼ばれると思いますよ?」
「お披露目の準備かな?」
貴族の子はお披露目がある、それを終えて初めて紹介できるようになる。そしてそれまでは屋敷できっちり管理されて屋敷の外には出ない。
正直屋敷の中でしか生活できないのが辛いが、そこはこの屋敷にある膨大な量の本でなんとか誤魔化せている。
「そういえばさ、お父さんは騎士以外にも持ってるの?」
「ええ、旦那様は戦士系統の最上位、騎士のJOBをお持ちです。それと魔法使い、魔法剣士のJOBもあります」
「わお、パパ強い」
お母さんが2つJOBを持っている話をさっき聞いたところだが、お父さんは騎士を持っていることしか知らなかった。
魔法剣士は戦士と魔術師のレベルを上げると取得できる職で、いわゆる複合職の一つだ。
戦士 → 剣士 → 騎士の順に生育できるが、戦士の次に選べるのは剣士だけでなく闘士にもなれる。
闘士はHP補正が高いし前衛なら持っているべき職だと思うんだけど、そっちは持っていないらしい。
「旦那様は騎士団に勤めながらも冒険者として活動なさっていましたから。実力もあり信頼も厚い、とても優秀な方でしたよ?」
「そうなんだ? じゃあレドリックも?」
「レドリックは騎士だけですね。ロドリゲスは剣士を持っています。マオリーは特にJOBを持っているわけではないですが」
「へぇ、じゃあシンシアは?」
「私は……弓師とストライカー系を少々」
弓師は弓系統の二次職。ストライカーはシーフの二次職、その次はアサシンなんだけど……なんか聞かない方が良さそう。
「みんなすごいんだね」
「みんな元々旦那様と同じ冒険者でした。旦那様や奥様とパーティを組んだこともありまして、そこで声を掛けられたのです」
「そうなんだ……」
お父さんは何かしら功績をあげたから、元々の伯爵家から独立して子爵を授かったって話だ。ああみえて結構な年齢なんだよね。見た目すごく若いけど。
そう話していると、窓が叩かれる。
「鳥?」
「伝書鳩ですね」
「お手紙を運べる子でしょ?」
「ええ。旦那様からのお手紙でしょう」
シンシアは窓を開けて鳩を部屋に招くと、足についている環から手紙を器用に取り出す。そして部屋の隅においてあった鳥かごに鳩を入れて手紙を開く。
「魔物の巣を発見できたそうです。夜間での奇襲は行わないそうで、村で泊まるとのことですね」
「帰ってこないんだ? そっかぁ」
喜んではいけないが、これで地下に行く時間が取れそうだ。
「ロドリゲスに伝えてきますね」
「うん。よろしく」
「すぐ戻ります」
く、まだ一人になれないかっ! 普段よりも姿をくらましにくいよ!