兄チョップ
僕を誰のお膝の上に乗せるか。その権利を笑顔のおばあちゃんがあっさりともぎとって、家族全員でテーブルを囲む。
「おばあちゃん、重くない?」
「大丈夫ですよ」
僕が顔をあげて覗き込むと、問題ないと笑顔が返ってきた。
「さて、説教の件だがな」
「父上、いきなりその話ですか」
「いきなりその話だ。子供達の前ならばお前も逃げられぬだろう?」
テーブルをトントンと叩き、おじいちゃんがお父さんを睨みつける。
「青い鬣の連中を動かしたそうだな。職業の書を使ったな?」
「我が領にてダンジョンが見つかりました。しかもそこから魔物が溢れ出ていたため、領民を守るためです」
お父さんの顔つきが施政者のそれに変わる。
「領民を守るためと言ったな? ではお主は息子を守る気は無かったのだな?」
「いえ、それは」
あ、職業の書の件ですか。
「いい訳は無用だ! ジルベールの未来をなんだと思っている!」
「ジルベールの未来を考えての結論です。職業の書は貴重ですが、人の命には代えられない」
「ほお、私の可愛い孫の未来を考えてだと? どの口が言うか!」
「あの、お義父様、その件でしたら……」
「ミレニア、お主もなぜ反対しなかった。職業の書を使って領民を救う、それは構わぬ。だがその後はどうした? 職業の書について文の一つもこちらに寄こさぬとはどういうことだ?」
「ち、父上に迷惑を掛けるわけには」
「そこがバカだと言っているのだ! このバカ息子がっ! 職業の書で領民が守れる? 結構な事じゃ! その決断をだせぬ領主はごまんといる! それは良い! じゃがその後はどうした! 孫のために手配をした私に報告もなく、補充の相談もなく、そのままなのはどういう了見だと聞いておるのだ!」
うわぁ、おじいちゃんも説教慣れしてそうだなぁ。あれ? でももう頼るなみたいな事を言われたってお父さんに言ってたんじゃ?
「アーカム、何年この人の息子をしているのかしら。いい加減に学びなさいな」
「母上……」
ふん、と鼻息を吹くおじいちゃんが腕を組んでお父さんを睨む。
おばあちゃんは僕の頭を撫でながら、お父さんに声をかけた。
「あなたはもう領主よ。そしてこの人はあなたの父でもあるけど、後見人の一人。貴族として、後見人よりいただいたものをどう使ったか、報告の義務があるのではないかしら?」
「そ、それは」
「こんな可愛いジルベールのためになら、この人は職業の書の10冊や20冊、集めるわよ? この人が怒っているのは、貴族として、子爵として、伯爵家に対しての義務を怠っていると言っているのです」
「それは、確かに……」
「アーカム、この人はね? 領主になって独立ができたあなたを認めているんです。そして後見人として、最大限の協力をしたがっているのですよ? それなのにあなたが父親だからと遠慮をしてどうするのです? 後見人の力を利用するなんて、土地を持たない一代限りの騎士爵でもしている事ですよ?」
「母上……母上の言う通りです」
「ふふ。さて、後は男同士のつまらないお話ね? ミレニア、ミドラード、いらっしゃいな。向こうでお茶をしましょう」
「なっ、おい!」
おばあちゃんは僕を抱っこの姿勢にかえて立ち上がった。
「アーカム、あとは頑張りなさい?」
「はい、ありがとうございました。母上」
「さあさあ、二人ともついてらっしゃいな」
「はい、お義母様」
「お爺様、父さん、頑張ってね」
僕は抱っこされたまま、向かい合って座る二人に視線を向ける。
お父さん、そんな覚悟を決めた男の目をしなくても、おじいちゃんは許してくれそうだよ? だって僕が手を振るとデレデレした顔になるんだもん。
「まあ、お手柄でしたね? ジルベール」
「父上と母上の喧嘩を止めたのか。よくやったな、ジル」
「ほんと、立派な息子に育ってくれましたわ」
褒められまくって恥ずかしい祭りである。
僕が職業の書を隠し持っていて、それをお父さんとお母さんに出した時の話を色々と美化して盛り込んで、ストーリー仕立てで面白恥ずかしくお母さんが話しているからだ。
「しかし、この歳で職業持ちか」
「そうね。でも今まで問題はないのでしょう?」
「はい、ジルちゃんはしっかりした自制心を持っており、私達以外の人の目がある時には魔法を使いませんでした……一人で隠れて使ってそうですけど」
「ソ、ソンナコトナイシ」
ばれてるー、これ絶対ばれてるー。
「それはそれで困るわねぇ。少し早めに職業の書を使う家もあるけれど、ウチは騎士の家系だもの。戦士の書ならまだしも、魔術師の書では説得力に欠けるかしら? 今後は家の外の人間との交流も増えてくるでしょう」
「あの人とも話してはいるんですけど。この子、水と土の才能があるみたいなんですの。だからそれを知った私が子供の為に使ったという事にしようかと思ってまして」
「あれ? 早目に使っても良かったの?」
なんか職業の書を早めに使う子供もいるみたいな感じじゃない?
「あまり普通の話ではないが、貴族院に入学するよりも2,3年前に才能が分かり職業の書を使われる子供がいるのは間違いないな。でもそれは親が判断して使うものであって、勝手に使うものではないぞ?」
コツン、とお兄ちゃんから僕にチョップが振り下ろされる。地味に痛いよ。
「むー」
「水と土ね……確かに二属性持ちは珍しいけど、どうやってそれを知った事にするのかしら。人の得意属性なんて調べられる物ではないでしょう?」
「そうなんですよね。水はともかく土なんて滅多に聞かないですし」
「そうなんだ?」
意外である。『ユージンの奇跡』では、主人公の仲間のガトムズが空間と火の属性を最初から使えたし、ゲームの進行中に一時的に仲間になるサブキャラクター達の中にも風や土なんかを使えるキャラが多くいたし。
「魔術師から魔法使い、賢者を目指すのであれば有利だし、いいのではないでしょうか」
「そこは問題じゃないのよ」
「そうね。それにこんな小さな子が職を持っているのが人に広まったら危険よ?」
「あー、やっかみを受けそうだよね。お父さん達の話だと、貴族家の子供でも職業の書を与えられない人がいるみたいだし」
お前は親のコネで職業を得たんだー、って。努力して大枚をはたいて職業の書を購入したり、それを目指していたりする皆様から妬みの視線を独占しそうだ。
「むう、長男だったらその辺は躱せたかもしれないのにな」
「長男はお兄ちゃんだもんね」
僕は正式な跡取りではない。こう言っちゃなんだけど、お兄ちゃんの予備だ。
「何にしても、貴族院が始まるまでは隠すしかないのではないでしょうか。ジルはお披露目が終わったら領に戻るんですし」
「何事もなければそれでいいんですけど」
お母さんが心配そうな顔でこちらを見る。
確かに。お母さんは純粋に心配をしているだけだと思うけど、僕はゲームの主人公か登場キャラクターの可能性が非常に高い存在だ。
この王都で何かしらトラブルに巻き込まれる可能性が非常に高い。
何が起こるか分からない以上、魔法を使わなければいけない状況になるかもしれない。それが人目があるところで起きる可能性もある以上、油断はできない。
「その事なんだがな」
「あ、おじいちゃん」
疲れた顔のお父さんを連れたおじいちゃんがやってきた。
「職業の書を使っていないが、魔法が使える人間もいる。そういう事にしておけばよい」
「ああ」
「そういえば」
「あれ? 結構簡単なことじゃ……」
「ジル、そういう人間は非常に少ないんだよ」
「そうなんだ?」
「ああ。属性の才能に恵まれた人間のごく一部に、そういった人間がいるんだ。お前はそういうタイプの人間だったから、我々は早急に魔術師の書をお前に与えた……そういう事にしておけばいいと父上とも話がついた」
「……ちなみにそういった人間って、どれくらいいるの?」
「私が知る限り、20人くらいかの」
「すくなっ!」
おじいちゃんが知っている中で20人かよ。
「そのうち五人は英雄譚に登場する人物だな」
「ガトムズとかの話ですよねソレ」
「ガトムズ様、だ」
兄チョップ再び。痛いよー。
「いなくはない、が非常に稀だ。お前の話を聞いたが『ジルベールカード』の件もあるし、自分を守れる力を持っているのは悪いことではない」
「あー、あれも大事になってるっぽいよね」
そんな事を言いつつ、おじいちゃんが僕を抱え上げてお膝に乗せて僕の席に座る。
お母さんやおばあちゃんと違ってゴツゴツしてて座りが悪い。
「公表するような話ではないが、隠す必要もなかろう。やっかみを受けても周りの大人で守ってやれば良い。こんな子供にコソコソさせるような真似をさせるのはどうかと思うしな。この子はこの子の自由にさせた方が何かと良さそうだ」
おじいちゃんの言葉に周りが頷く。
「ただ魔法を自由に使うのは大人がいる時だけだぞ?」
「はぁい」
返事だけはしておこう。
「じるべーるかーど? って?」
あ、お兄ちゃんは知らないのか。
「あとで一緒に遊びましょうね」
お母さんはのほほん組だ。
「職業の書の発見はよくやった。ここのところ冒険者ギルドに取られる事が多くてあまり多く職業の書がこちらに回らなくてな」
「実際に戦う人が使うのはいいことじゃないの?」
貴族ってあんまり戦わないでしょ?
「冒険者が、平民が貴族より強くなるのはあまり好ましくない」
「父上の言う通りだな。昔は冒険者にもっと流すべきだと思っていたが、領を統治し始めてからは何冊あっても足りないと正直思っている」
貴族的な考えかな? まあ確かに反乱とか起こされても困るだろうしね。




