知識チートは大事になりがち
「ではオルト子爵様、ジルベール様。今回の契約内容にてご説明をさせていただきます」
公爵の家にお泊り3日目。お父さんと公爵、それと僕の3人がつくテーブルを挟んで反対側に商業ギルドの偉い人がきていた。
めちゃくちゃ緊張しているね。
「今回考案された商品『ジルベールカード』ならびに『ジルベールカードの手引書』の生産をオルト子爵家が主体で行い、それを販売する商会を新たに立ち上げる。その『ジルベールカード』の取引に際し、モーリアント公爵家は仲介者を置くことができる。その際にモーリアント公爵家は仲介料を取らず、更に公爵家が管轄している領地ではジルベールカードの生産、販売に王国税以外の領税を適用させない。代わりにモーリアント公爵家は販売先指名権を得るものとし、カードの取引先の指名と却下を明確な理由の明記をすることにより行えるものとする。カードの取引の際にはオルト家の商会とモーリアント家の商会の合同で行うこと。以上の内容でお間違いありませんか?」
「うむ」
「ええ、問題ありません」
商業ギルドの彼が一度読んで、簡単に説明してくれた内容に僕は驚いて目を丸くした。
「……正直なところ、この状況下の中で驚いているのがジルベール様だけであることに、異常を感じます」
「そうであるか? まあ破格の条件であるとは思うが」
「無税にまでなったのは、息子のおかげですね」
「左様でございますか……しかし、破格どころの騒ぎではないように思われますが」
「オルト子爵家を守るためである」
ウチを守るため?
「このジルベールカードというのは、公爵閣下が直接動かねばならないほど強力な武器なのでございますか?」
この世界では『カード=武器か魔道具』だ。商業ギルドの人が勘違いを起こしている。
「強力で、危険な代物であるな。あらかじめ取り締まり、ルール作りをせねば面倒なことになる」
「それほどでございますか」
公爵はその勘違いを訂正する気がないようだ。
「それほどの物を考案されたのがジルベール様なのですか。確かに、守らねば危険な目にあいかねませんね」
「うむ。故に今回の契約もお前一人に話を通したのだ」
商業ギルドの彼は、次の契約書を手に取った。
「ジルベールカードの取り扱いに関し、王家主導の下でルールが確立されるまではモーリアント家はその存在を可能な限り秘匿し、守護せねばならない。これもまた異常な内容ではありますが」
「過去に似た品が出回ったときの騒動が王家には伝わっておる。それをないがしろにしてはならん。王家に連なる者として、軽はずみな行動を取ることを戒めるためにも必要な文言だ」
トランプもどきってそんな騒動が起きる品だったの!?
「……詳しくは聞きませんが、改めて確認させていただきます。本当にこれらの内容で契約をしても構わないのですね? オルト子爵家に何か弱みを握られているのではないかと勘繰る者がでるかも知れませんよ?」
「そこは上手くやる。お主が心配せんでもよいことよ」
「失礼しました。では皆さま、これらの契約書にサインと割印を」
そう言われて、同じ内容が書かれた、魔術書の紙片よりも上質な紙に公爵、お父さんの順にサインをする。
「ジル、こちらにサインを。お前の印はこれだ」
「いつの間に作ったのさ」
「昨日のうちにだ。勝手に使うなよ?」
「……はい」
僕は言われるがまま、4枚の紙にサインをして割印を押す。
商業ギルドの人は3枚の契約書を僕達に配り、1枚を大切に鞄にしまって帰っていった。
さあ、質問タイムである。
「閣下、ご質問をよろしいですか?」
「なんじゃ?」
「ジル?」
僕はお父さんを無視して、真っすぐ閣下に質問をした。
「ジルベールカードは危険な物なのですか? 僕は屋敷から出られない日々を楽しく過ごすためだけに作ったものなのですが」
「ふうむ。なるほど、あのカードを考案しただけあって、子供の割には賢いようだ」
「恐れ入ります」
一般的な子供のことは知らないけど、コンラートやサフィーネ姫様を見て、僕くらいの子供でも多少賢くても問題ないだろうと思ってはいた。
王族や上位の貴族と会った時に失敗をしないようにするため、僕のように家庭教師をあてがわれているからだろう。
「王家に伝わる古い言い伝えの一つじゃ。お主の父には既に話したが、外で話すのではないぞ?」
「お約束いたします」
王家が関わる? どんな話なのだろうか。
「軍盤が世界に広まった時の話じゃ。それまでは人々は娯楽という物をほとんど知らなかった。闘技場で人や魔物の戦いを見たり、ダンスやパーティ、それと花や音楽を愛でるくらいしか人々が知らなかった時代、軍盤がもたらされた」
「軍盤ですか」
チェスみたいなやつのことだ。
「当時画期的であった、卓上でのゲームに人々は酔いしれた。貴族たちは仕事もせずに軍盤に熱中し、互いに競い合った」
「仕事もせずに……」
クレンディル先生も時々時間を忘れて軍盤をやって、ご飯が抜きにされてたっけか。
「更に高額の軍盤も多く作られた。黄金に輝く軍盤の駒や、白銀で作られた軍盤の駒。宝石などが仕込まれた駒の誕生じゃな」
「貴族同士だと自慢合戦が始まりそうですね」
「それだけで済めばよかったんじゃがなぁ」
済まなかったらしい雰囲気を感じます。
「駒を賭けの対象にしたところから始まり、駒を秘密裏に盗もうとする輩、強盗、暗殺など」
「うわぁ」
思ったよりも殺伐としていた。
「平民の駒職人がさらわれたり、貴族のお抱えの駒職人が腕を折られたり殺されたり」
「ひぃっ」
思わずお父さんにしがみつく。
「それに単純に賭けなども問題があった。軍盤で金を賭けるのがの。少額であれば問題なかったが、高額レートで行って金が払えず、領地で重税を課しだす者や、娘や妻を手放してでも……」
「閣下、そろそろ」
「む、そうだな。子供に聞かせる話でもないか」
そうね。
「なんというか、人の醜い面を全部教えられている気分になりますね」
僕の言葉に公爵がうんうん頷いている。
「軍盤には盤外ルールが多いのは知っているな? 軍駒の生産は許可制だし、国が主催の大会を除いた場で金貨10枚以上のお金を動かしてはいけない、軍盤の駒を賭けてはならない、中古の軍盤は指定されている商会以外で取り扱ってはならない」
お父さんが軍盤に関する取り決めの一部を語った。
「うん。クレンディル先生に教えてもらった。結構厳しく取り締まってるなぁって思ってたんだ」
偽物とかの話になって首を捻ったのだ。だって木片があれば知識と手先の器用さがあれば誰でも作れそうなんだもの。
「そうだ。そしてこれらのルールは軍盤に向かって暴走する貴族や裕福な人間に向かって発せられた王家主体の法だ。ジルベールカードにも同様の処理が必要になると思われる。ジルベールカードを広めるにあたって、過去の過ちを繰り返してはならないんだ」
「王家に伝わっている過去の失敗を、兄上の、陛下に起こさせてはならないのだ。最低でも1年の準備期間を設ける。場合によっては契約の延長で2年目も3年目も、な。そのための契約だ。だがいざ準備ができたとして、ジルベールカードが用意できなければ意味がない」
「あ、つまりモーリアント公爵家が指定する販売先って、モーリアント公爵家と王家だけですか?」
「その通り、やはり聡いな。金のあるワシらで先に購入し、保管しておく。理解と良識のある人間や味方にしておきたい人間に先に渡し、ルールが確定したら一気に販路を拡大させるつもりだ」
「なるほど……でもあれですよね。流行しなければ意味が」
「絶対流行るから問題ないな」
「流行らなければ流行らせるだけである」
ま、まあ地球全域に広まっているゲームだ。たぶん流行るだろう。
じゃあ今のうちにカードの属性のイラストを数にする案も話しておこうかな。
いざいっぱい作るって時に、今までと違うカードだと混乱を生むかもしれないからね。




