魔法を試せる環境ではなかった
「ジルちゃん」
薪小屋の裏から庭を回って玄関に戻ろうとすると、母に出くわした。ちょうど外から帰ってきたところのようだ。
お母さんだけでなく、お母さんの専属のメイドさんの犬の獣人のシンシアと僕の専属メイド、マオリーも一緒だ。
「お外で何をしてたの?」
「えっと、えっと、ひみつ!」
「そう、ママにも秘密なの?」
「えっと……うん!」
子供スマイルで誤魔化すのだ。
「今日は何してたの?」
「ご本を読んでた!」
「そうなの? 偉いわ」
そう言って僕の頭を撫でてくれるお母さん。
こんなお母さんを心配させるわけにはいかないから、あまり長時間チュートリアルダンジョンにはいけない。
そもそも今日みたいに僕の周りに人がいなくなること自体が稀なのだ。
「今日はお仕事終わり?」
「ええ、お留守番ご苦労様でした」
「うん!」
お母さんも貴族家の一員だ。父の仕事を手伝いに家を出ることは珍しくない。ただ今日のようにマオリーまで連れて外に出るのは珍しいことだった。ほんの二時間程度だったが、その間僕が一人になれたのは、少なくとも自由に出歩けるようになってから初めてだった。
こういったチャンスがないと、チュートリアルダンジョンでスリムスポアを倒すことができない。
ストーリーがいつ始まるか分からない。もしかしたら鬱展開スタートの可能性だって考えられるのだ。
何かしら対策を練って、早めに力を手に入れないといけない。
「さて」
夜になる。
ファンタジーな世界だ。夜の屋敷は真っ暗である。
トイレの近くなんかは灯りを生み出す魔道具が置かれているから明るいが、僕の部屋や廊下は真っ暗である。
カーテンを少し開けると、月明かりが入り込んでくるのでその方が明るいくらいだ。
「習得した魔法を試したいけど……」
子供な僕だが、あまり時間はない。
朝起きてから午前中は基本的に母やマオリーと一緒にお勉強の時間だ。
文字の読み書きや算数、歴史や地理の勉強の時間である。
算数は早々に片付けたので、黙々と本を読み続け書き写したりする時間ともいう。子供ボディな僕は字が綺麗ではないので練習が必要なのだ。
午後は自由だから基本的に暇なのだが、やはりお母さんかマオリーがいる。
お母さんやマオリー以外にも、大人は少ないけどいるのだ。それらの目を掻い潜って授職の祭壇に行くのは難しい。
少なくとも今まではそんな隙がなかった。
今日はお父さんとお母さん、お父さんの執事兼騎士のレドリック、メイドのマオリーとシンシア、ファラが出かけていったのだ。大人は料理人兼雑用係のロドリゲスだけだったので自由に動けたのである。
「まず、チュートリアルダンジョンまでたどり着かないといけない」
僕は神経を集中させて、覚えたばかりの探知魔法を広げる。
探知魔法はゲームではほとんど使っていなかった魔法だ。
シーフ系列の職がいればそちらがMP消費なしで行える事がほとんどだし、弓師の技能でも敵の感知がある。
メリットは上記の斥候系統で調べるよりも、広い範囲で調べる事ができる事。
また相手の強さを目で確認せずに分かる事だろうか。
デメリットは魔力の消費をし続けることだ。
属性結晶を複数吸収できれば消費MPを抑える事ができるようになるが、そもそも探知の属性結晶を含めて属性結晶はあまり数が多くない。
ストーリーの進行中に、植物の属性結晶か探知の属性結晶かを選べる展開があるのと、ラストダンジョンの宝箱で手に入れるかである。僕は植物の属性結晶を選んだし、ラストダンジョンで手に入れるころにはもう斥候職が育ち切っているのでわざわざ探知を魔法で行う必要がない。
「……一人廊下を歩いてて、執務室はお父さんかな?」
屋敷の離れに使用人たちがいると思うが、そこまで探知は届かないようだ。
お母さんの部屋は近い。
お父さんが起きており、多分執事兼騎士のレドリックが廊下を歩いているのだろう。
「……無理そうだな」
授職の祭壇にいくには廊下を通って地下に向かわなければならない。
日中は別に足を運ぶのに問題ないが、夜に出歩いてたら部屋に戻されてしまうだろう。
トイレは1階だからトイレに行くといえば問題ないだろうけど、トイレから戻ってこないのは異常だ。絶対に心配をかけて、下手な言い訳をしたら叱られる。僕は怒られたくないのだ。
「むう、仕方ない」
授職の祭壇に向かうのはとりやめて、魔法の訓練を行おう。
「火は危ないし、水は……お漏らしとか思われたらいやだ。それ以外かな」
僕はまず風の魔法を使って、空気をくるくる回す。
ゲームでは魔法は固定だったが、ここはゲームじゃない。
チュートリアルダンジョンで水を試したように、イメージを込めて魔力を動かせばそれが魔法になるのだ。
JOBを持たない者でも簡単な魔法なら扱えるらしいと本に書いてあった。その本の話をお父さんとしてお父さんもそうだなと言っていたので一般的な知識なのだろう。
つまり明確なイメージを持って、魔力を込めればそれは魔法になるのだ。
「あと、空間の魔法も……」
ゲームではガトムズが仲間になったとき、彼はレベル1だが空間魔法である『収納』が使えた。レベルが上がるごとに収納できる量も増えていったのは魔力の量に関係していたのだろうが、レベル1でも使えるのであれば、そこまで難易度の高い魔法ではないのではないかと推測される。
まあ空間の属性結晶自体が、後半のボスの取り巻きを倒さないと入手できない貴重品だったからアレだけど。
「収納」
僕は魔法を使い、部屋の中の羽根ペンを収納魔法の中にしまう。
できた。
空間が歪んで、そこに物をしまうことができた。
取り出すことも。
「……これは、便利、なのか?」
どうだろうか?
遠くに物を運んだりするには便利かもしれない。まあ今のところ僕にはそんな事をする予定がないけど。
「うーん」
あっさりできてしまった。
どれだけ物を入れられるか分からないのが難点だな。
あとゲームと違って中に何が入っているのかわからなそう。
何を入れているかとかの項目が出てきたりするわけじゃないからだ。
「できないよりはいいか」
次は念動魔法を試す事にする。
収納から出した羽根ペン、問題なく動かせる。
次にベッドにある枕。
持ち上がる、そして動く。
布団……いけるな。
「あまり重い物がない……」
部屋には机とイスとタンス、それにベッドくらいだ。
極端に軽いか極端に重い物しかない。とりあえず動かせるから問題ないかな。
「はふ、眠いや」
昼寝をしたとはいえ夜だ。
無理はよくない。
布団に潜り込んで、目を瞑る。
すぐに睡魔が襲ってきた。
おやすみ……。