かたきうち
「良し、そろそろ遊べそうだぞ!」
「そうね、でも時間切れみたいね」
「ぬあっ!」
夕刻に差し掛かり、窓から入る光ではカードが見えにくくなり始めた頃、馬車の速度が遅くなっていく。
今日の野営地に到着したようだ。
「残念ね。続きは明日にしましょう?」
「むう、しかたない」
カードというおもちゃで遊ぶためとはいえ、気が付けば算数の授業になっていた馬車。
暇かとおもいきや、マリアンヌ様が僕にも色々と問題を出してきたりしてそれを答えていて、褒めてくる。
そしてそれを見たコンラートが頑張るという状況を続けているのは、意外と時間が過ぎるのが早く感じた。
お母さんもだけど、マリアンヌ様もお話を振ったりするのが上手である。
お母さんが僕を馬車から降ろしてくれると、流石にずっと座っていたのが応えた僕は背伸びをした。
「村だ」
「ええ、そうよ」
到着したのは木の柵に覆われた村の手前だ。まだ春先だからか、小さな芽が出ている程度の畑も柵の近くに見える。
「今日の野営はここで行うわ。でも村に入ってはダメ、村の畑にも入ってはダメよ?」
「村に入らないのはなんで?」
「一度にこの人数で入ってしまったら、村の人たちが大変ですもの」
どういう事だろうか?
試すような視線をお母さんが僕に向けるので、僕は足を止めて考える。
「……知らない人がいっぱい来たら、落ち着かないから?」
「そうね、それもあるわね」
お母さんが僕の頭を撫で、マリアンヌ様もにこにこしていた。ほっこりさせてしまったらしい。
「村に貴族が大勢来たら、歓迎しなければならないからだ」
「そう、正解よ」
「良く覚えてましたね」
コンラートは前から教えられていたのだろう。どこか誇らしげにその知識を披露してくれた。
その言葉をちょっとだけ考える。
「なるほど。冬が明けて食料が足りてない状態で僕達がきたら、彼らはその準備に大忙しになるのか。冬で休ませていた畑のお世話や種播きがあるのに」
「あら」
「あと荷馬車の食糧なんかもこっちに分けたりするのかな。冬の間は作物があんまり取れないから」
僕達が乗る馬車と使用人のファラとクレンディル先生が乗る馬車以外に、荷馬車が3つ牽かれているんだ。野営の準備や1週間分の食料が乗せられていると聞いたけど、荷物の量を考えると過剰なくらい。
通過した村々で、冬の間で問題が起きていたらそれをフォローする役割もあったのかもしれない。
「そうだ。この時期には目減りしている小麦などを配布したり、逆に余っている食料を購入したりもする。それと医者の真似事もな。冬の間に病気になったり怪我をした人間を看てあげたりな」
「そっか。お母さん神官系の職だもんね」
別の馬車にいたお父さんがこちらに来ていたので、補足をしてくれる。
「自分の領か、王家の直轄領にしかやらんがな。しかしお前の子供は賢いな」
お父さんと一緒に来たダルウッド伯爵が僕の頭を撫でてくれた。
「息子の相手をありがとう」
「いえ、楽しかったです」
「むう、父上、オレが遊んでやってたのだだだだだだだだだ」
「そういう言い方をするんじゃない」
コンラートが嫉妬交じりで不満を口にすると、頭を掴まれていた。
「村長に挨拶に行ってくる。二人とも、いい子でお留守番をしているんだぞ?」
「あ、はい」
「うん」
「ほっほっほっ、お二人はこの爺めがしっかりとお相手をいたしましょう」
「クレンディル、頼んだ」
「さあさあ、お坊ちゃま方。長い馬車でお疲れでしょう。こちらでお茶にいたしましょう」
僕はテーブルと椅子が用意されている場所に視線を送った。シンシア達がお茶の準備を進めている。
僕とコンラートはあそこから離れない方が良さそうだ。
「クレンディル先生、コンラート君と軍盤をしてみませんか?」
「ほお、それは面白そうですな」
軍盤と言われて黙っていられない先生を煽る。
「む、オレがか?」
「うん。僕は先生に勝てた事が無いんだ。かたき討ちを頼む」
「ジルベールがか? 分かった、お相手を頼もう」
僕達は屋敷から出られなかったから、軍盤を嗜む時間が長い。馬車の中で話していたが、コンラートは体を動かすのも好きだが、軍盤もそれなりに好きなようだ。
ちなみに僕も軍盤が好きだ。あまり屋敷にいないお父さんだが、軍盤の相手はしてくれるから。
お父さんは基本的に、ハンデなしで全力で攻めてくるから面白い。
「そんなに時間がかからずに戻ってくる。戻ったら食事にしよう」
「ほっほっほっ、それではあまり時間はありませんな。コンラート坊ちゃま、お相手お願いいたします」
「ああ、こちらこそよろしく頼む」
その後、泣きそうな顔でこちらを見るコンラート君に、かたき討ちのかたき討ちを頼まれた。
もちろんそれは叶わなかったが。




